唐突な現実
前回:何とか脱出。そして出会い。
「そっか! じゃあ、私達はクロノとは入れ違いだったんだ~」
……時系列はこうだった。
丁度、俺が国を旅立った日。その次の日に到着して、3日間の興行。挨拶回りと旅の準備で、約1週間前に出発。
どうやら、キュウが逃げ出したのは3日前らしい。
段々と数字がややこしくなったので、俺はそれくらいだと思う事にして諦めた。
「次からちゃんと地図買おう…うん。ありがとうな、ルナ!」
そう言えば、バカな話を一つ。
…ルナの事を救いの女神様――なんて思ったのは、空から声を聞いたからだった。
大いに笑って貰った。荒唐無稽だけど、人と会わない生活の中で、俺はどうかしてたんだろうな。本気でそう思っていたから。
ルナ曰く、魔獣のショーは地上と空中のショー、それから両方を合わせた3つで構成していて、ルナは看板娘として、全部の担当をするらしい。それでも彼女は自分を『半人前』なんて言うんだから、末恐ろしいかも知れない。
「たまに失敗しちゃうんだもん、まだまだだよ? それにさ~、私はいつかあの『月の聖女様』のようになりたい!」
目を輝かせて、ルナは力説を始める。
偶然ってよりも、彼女の両親、それからご先祖から続く『魔獣使い』の家系として、月から肖る名前をつけて貰った事を、凄く嬉しそうにも話していた。
そんな彼女の憧れ…月の聖女、か。
遍く魔獣と心を通わし乙女。その魔獣、一つ一つの命を隔てなく慈愛の心で慈しみ、魔獣を闇から解き放ちし者なり。
……確か、そんな感じだったっけ?
「芸名…ってやつかと思ってたけど、本名か。その歳で夢どころか、頑張ってるのは凄いな…」
素直な感心に対して、彼女は照れながら微笑んでいた。
道に出てからの俺達は、ルナとその一座が滞在中の方へと向かっていた。
せっかく稼いだ俺の旅の無駄さが際立つが、俺の国側の関所の向こう側らしい。
―整備された一本の道の両側に関所がある。
ずっと国から出ない上に、田舎の中の田舎暮らしなもので、全くそんなことも知らなかった。
「国境はこの森の真ん中?…の川って話だよ」
足りない知識に補足までくれるルナ。なんて優しい娘なんだか…。
「でも、なんかおかしくないか? 国境って言うか、関所があるにしても、全然人の往来がないみたいじゃないか?」
失礼な話かも知れないが、こんなところだと、盗賊みたいなのが森に巣くってたっておかしくないハズだ。
例えば、俺のように間違って森に入ってしまう人間もいると思う。森に感覚を狂わされたりしても、俺はこの近くにいたハズなのに、どっちにも遭遇して無かった。
これは単純に考えてもおかしい。
言い方は悪いが、みんな空から越える訳ないだろう。
「私にもわかんない。私達は関所近くにキャンプしてるだけだし? それに、私はキュウちゃんを探すのに、ミニちゃんと森の横側から飛んで来たんだもん」
ルナもこればかりはわからない、そう言った。実際、今回のルートも初めてらしいのだから、それは仕方がない。おまけに空を飛んで来たし、当然だった訳だ。
……そんな疑問が晴れないまま、すっかりと別の事を話しながら、俺達は歩き続けて(ミニは飛んでたけど)いた。
ーーーーーーーーーー
恐らく、関所と思われる頑丈そうな門が遠くに見えて来た。
段々と近付くにつれ、俺は「ここが関所か」なんて、初めて見る建造物に驚いていた。
……そして、更に近付いた時、人の往来がない事の答えを知った。
「門、閉じてるね?」
「本当だな? 普通、こうなのかな?」
ミニの背中に乗るルナが、その光景を口にする。対して俺も疑問を口にするしか無かった。俺のイメージは、門は大体は開いていて、その真ん中か外側に兵士が居て、「はい、行って良し!」って感じだと思っていた。
まるで、ここは通さないぞ、みたいな状態は予想外だった。
だから、俺は門を叩いて叫んだ。
「すみませーん! ここを開けて下さーい!」
何の反応も得られないものだから、繰り返す度に、声も、門を叩く力も大きくして騒ぎたのだった。
声も力も最大になろうかとしたタイミングで、やっと兵士らしき人の反応が返って来た。
『お前は何者だ?! ここは今、封鎖中なハズ!どこから入ったんだ?!』
やっぱりそうなのか、と思う反面、どう答えれば良いのかわからない。…素直に言ったら言ったで、違法に関所を越えてるように(事実そうだけど)思われるだろう。
それに、どう思われるかわからないけど、魔獣を連れてたりもする。ヤバい状況でしかない。
開けて貰える可能性は、封鎖と言う以上は低い。だけど、それならそれで、状況だけでも知りたいと思って、適当な事を言う。
「すみません! 向こう側から来たんですけど、連れが途中で足を怪我したんで、休み休み来たんです!」
ちょっと自分に驚いた。よくもまぁ、こんなウソを言えるすらすらと言ってるな、と。
ちなみに、そのための仕込みはしてる。
……どこで見られるとも限らないので、ルナにも演技してもらう。両足にわざとらしく布を巻き、俺の剣の1本を杖代りに持たせていた。
『くそっ、向こうのヤツらは…! ……だが、すまないがダメだ!』
「お願いします! どうか、せめてどうしてかは教えて下さいよ!」
ついつい、演技に熱を帯び始めていた。
何とか状況だけでも。…多分、常套句だが、試してみた。
『今、この森には《指定:Aクラス》の魔獣が確認されている! 従って、我々は討伐隊の到着、及び討伐、又は撃退の確認がとれるまでは、封鎖を解除出来ない! これは、我々の独断ではない、王命である!』
耳を疑いたくもなる。最悪のタイミングで、俺達は閉じ込められているのだ。しかも、王命と言ったら、最上級の命令だ。
……そして何より、彼が言った《指定:Aクラス》とは何ぞや?
無知が故に、この偶然がどれだけの問題なのかを知る由も無し。
―――兵士曰く、哀れな供物にならないように。
だが、そんな事を聞かされたところで解決にはならない。
それなら、まだ安全な今、そっと通してくれよと俺は叫んだのだった……。