ほんの少しの……
前回:逃げたと思ったら、また会った。
吹き飛ばされて転がっていたキュウは、起き上がり熊型の魔獣に対して、牙を剥き出しにして吠える。
この3本の尻尾を持つ魔獣、キュウはどれ程の心の強さを持つ魔獣なんだろうか。
…最初の咆哮だけでも吹き飛ばされ、戦うにしてもあまり大きくない体で、尚もキュウはヤツに立ち向かう。
それに比べて、情けなく震えるだけで、アイツにはまるで見えていないかのような、俺の存在……。その悔しさや、怒りや、なけなしの勇気でさえも、アイツへの恐怖心が勝っていた。
「やめろキュウーーーッ! お前はが相手しなくても良いんだーーーッ!」
叫ぶ声だけが変わらず、なんとか自分の中から飛び出す。
相手なんてしなくて良い。しちゃダメだ!
変わりに俺がアイツの相手をできる訳じゃない……けど、それよりもキュウは、ご主人の下に帰らないといけない。
今だって彼女は森の上を飛んで、声を頼りに捜してくれてる。出来るなら、ここから逃げて、自分が暮らしている世界に戻って貰いたい―――。
でも、そう思う事しか出来ない俺を置き去りにして、魔獣対魔獣の対決は続く。
さっき見た限りアイツの方が格上。圧倒的な力に、キュウを吹き飛ばすような特殊能力付きだ。それだと言うのに、キュウは臆せずに向かっていく。きっとキュウだって相応の力を持つ魔獣なんだろう。
だってまだ出会って半日、数回の戦闘もわりと余裕で捌いていたんだ。
ハッキリと戦力外となって情けないけど、今、俺が余計な手出しをするのは絶対にダメなんだろう。
持ち前のスピードで、アイツの単調な力技を避けて、爪でもって前足、後ろ足に傷をつけていくキュウ。
心無しか、注意を自身に向けているような立ち回り。
四足の状態では、キュウの方が戦えている。
それだけでも、俺は期待で恐怖心から解かれ始めていた。
殺られることしか感じて無かったのがまるでウソのようだ。
心の底からキュウを応援する。これが戦闘だと言うのに、動く度に煌めくキュウの銀色の毛がキレイで、目を奪われる。
曲芸のような身のこなしで、黒い熊型の魔獣を翻弄する。突進に対して真っ正面から向かい、頭を踏みつけてやり過ごす。
簡単に思えるくらいに、キュウは爪や牙で分厚そうな毛皮を裂いていく。
…そして、ついにヤツがキレた。
余裕ぶって相手をいたぶるつもりだったのだろう。それが逆になって、好き放題されてしまえば当然と言える。
俺もこんな事を思えるだけ、心が持ち直していた。
それが大きな油断だった。
アイツが立ち上がって、前足を大きく横に広げ、何かをした。
……傷だらけの表皮を光が被う。見た目は魔法のような感じなのに、暗い闇色。
表皮の傷をそれが消していき、全身にまで広がる。そして異様な変化を見せると、より一層恐怖を掻き立てる姿となって、アイツは立っていた。
―人型とまではいかないが、前足はすっかりと腕と言える状態で、特に前腕部が肥大していた。
まるで煙のような闇を口から吐き、咆哮を上げた!
その瞬間が過ぎた時、キュウも俺も、訳もわからずに吹き飛ばされていた。
俺は木と地面にぶつかって止まっている。理解が追い付かない頭を上げて、キュウを探す。
そして、まだ見つけられない姿よりも先に、この場所の雰囲気が一変していた事を知った。
地面から土の塊が突き出し、アイツの周りではそれが砕けている。中心にいたアイツの足元はへこみ、広場と言えるここを囲んでいた木々が無残に倒れていた。
少なくとも、離れていた俺がこんな目になっているのなら、より近くにいたキュウが無事であるハズがなかった。
転がっているだけじゃ何も見つけられない。だから、痛む体に無理をして立ち上がった。
それなのに、キュウの姿を見つけられない。最悪な想像が、呼吸を荒くする。吐き出す息が震える―――。
「キュウっ! どこに居るんだキュウっ! 返事しろって!」
叫んでも、その声にも反応が返ってこない…。頼む、無事で、生きていてくれと願う。
俺は尚も探し続けるのだったが、一変してしまった様相、その障害物のせいで、あの銀色の姿を見つけられない。
……そして、最悪は続く。
キュウを探し当てたのは、アイツが先だったのだ。
その場にある土の塊を砕きながら、真っ直ぐ一方向に歩き出したアイツ。
ゆっくりと進む。その度に荒く、闇色の息を吐きながら。
そして足を止めた時、空に向かって、まるで勝ち誇ったように声を上げた。
「キュウっ!」
やっと見つけ、名前を呼ぶ…。
アイツの足元で、土を被っていたキュウは僅かに鳴いて、フラフラと立ち上がる。
辛うじて、あの咆哮自体の直撃は無かった…そう思ったが、空気を震わせる音にやられていたようだった。
踏ん張って何とか立とうとしているのに、ガクガクと震えていた。
離れようと踏み出すだけで蹌踉めき、自由の利かない体が行きたい方とは違う方に向いてしまう。
……そんな好機を逃すつもりはヤツにはない。
キュウをいとも容易く捕まえて、そのゴツい両手で挟み持ち上げた。
簡単に目の前に吊らされてしまったキュウも、それなりの抵抗を試みる。その牙、その爪で、アイツのゴツい両腕に噛み付き、引っ掻き……持てる全てをやった。
それなのに、アイツには効いてない。…いや、効かなくなっていた。
太過ぎる腕には、その口を大きく開こうとも、顎の力を発揮できるだけ噛み付けない。
それに爪だってそうだ。まるで刃物のような切れ味を誇っていたソレは、やはり毛皮の上を何故か滑るだけのようで、見える程の傷さえつけてなかった……。
「ギャウーーンッ! ガ…、グゥ…、ギャウゥゥ」
キュウが苦し気な声を上げ始める。
ぶら下がっていた後ろ足までを使って、首を伸ばして辺り構わず噛み付き、必死にその手から逃げようと藻掻くキュウ。
……アイツは、キュウの事をその力で押し潰そうとしていたのだ。
段々と、その声には苦痛が増して、まるで懇願するかのような弱さが滲み始める。
それに合わせて、少しずつ小さくなるキュウの動き。
「止めろ…」
堪えれなくなったのは俺もだ。
始めに呟くように吐いた言葉は、きっと届いてない。だけど、それだけでも良い。
そこから何度も同じ言葉を繰り返していく。それの意味は、単純に自分を奮い起たせるためだったから。
気持ちをのせて、自分の心を大きくさせれたら、きっと全てを変えれる―――!
「止めろーーーッ!」
ハッキリと聞こえるように、ハッキリと敵意が見えるように、俺は叫びながらアイツに向かって駆け出した。
倒すなんて、そんな大きな事など考えてない。キュウを死なせたくない、そんな一心で、剣を構えて突進した。
剣技なんて格好の良いものじゃなく、ただヤツの足に突き出していく。
その刃先がそれを捉えた感触が、手から腕、そして頭に伝わる。
初めて俺がした攻撃は、予想外にも思える。
…実際にそれをそう思ったのは、ヤツも同じ。
ついに俺に対しても敵意をぶつける。キュウから片手を離して、その空いた腕を俺目掛けて振りだしたのだ。
狙いは外したけど、俺も戦う事が出来る。
思っている程のダメージが無くたって、ヤツがキュウよりも俺だけを狙ってくれたら、きっとキュウは助かるハズ。
……そんな都合の良い考えは、簡単に打ち破られた。
この魔獣は、頭が良いのを忘れていた。ずっと片方の腕だけだったのに、調子にのってしまった。
何度目かの攻撃に踏み出した瞬間、俺の目の前にキュウがいたのだ。ヤツはキュウを掴んでいた側、その手を振って来た。
間に合ったにしても、それを避ける為には武器を振れない。キュウを傷付けれない。
そんな戸惑いの一瞬で、俺は振り回されたキュウによって打ち倒された。
予想なんてしてない。単純に持っていた生き物を道具にするなんて…。
その衝撃が、ただの一撃以上に俺にダメージを負わせた。地面に叩きつけられ、中が揺れる頭では、今起きた事が処理出来ない。起きなきゃいけないのに、体が言う事を聞いてくれない…。
アイツは、最後の仕上げを演出しようとしている。赤い目を光らせ、その視線の先、俺の目の前に土の塊を出現させた。
一瞬、ヤツが笑ったように見えた。
凄く嫌な感じがしてくる。鳥肌がたち、寒気が手の先、足の先までに伝わる―――。
目の前で、キュウを掴んでいた手が高々と持ち上げられていく。
――まさか!
「止めろーーーッ!」
止めたいけど、体が動いてくれない。
……ただの土塊だろうが、ヤツの力で叩きつけられたらマズイ!
まさに、その腕が振り下ろされようと加速した時、ヤツの顔が弾けた―――。
後で修正したい。大きさのイメージがおかしい。初回の〇鬼みたいです。