一時帰国
前回:熊は消えた。でも何かいたっぽい。何それ?
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「ヒドいよ、クロノ…。うぇぇ…、まだ気持ち悪い……」
帰りの馬上、ハイドは何度もそう繰り返していた。
多分、あの魔獣の消えた瞬間に立ち会っていたら、もっとヒドい気持ちになる。
…ハイドの愚痴を耳に入れながら、俺はそう思っていた。
「それはもう良いって…。それよりも、俺はこれからどうなる?」
「え~? 僕としてはすぐに病院行き、入院、かなぁ?」
……あの後、俺はある程度は説明をした。
ただある程度しか、そう出来なかった。討伐隊として欲しい情報をこっちから選ぶことは出来ないし、どこまで話せば良いかなんてわかってなかったのだ。
結果、俺の説明は進んで戻ってと、何度も繰り返し始めたらしい。
フォルテはなんとも歯切れ悪いって感じていたと思う。
「やっぱり、この状態では無理かも知れないですね…。出来る限り、情報は早い方が良いのですが……」
少しずつ難しい表情に変わりながら、フォルテはそう言った。
やがて、何かを呟きながら、彼女は考え込み出した。ただ間が悪く、続々と報告などがそこに集まり出したために、その時間を失ってしまった。
言ってしまえば、俺の相手ばかりに時間を使う訳にもいかないって訳で、フォルテは新たな指示を出し、その結果、先行して帰還する事にしたのだった。
……………
「とりあえず、今日だけは治療院で大人しくしてなよ。…怪我もそうだけど、色々あったんだから」
「……ん。わかった…」
それも仕方のないことだろう。俺はハイドに答えを返して伸びをする。
…やっぱり、幾らか治癒魔法を受けてはいても、体の中の悲鳴が聞こえた。
(キツい1日だったなぁ…)
思い返せば、どれだけの無茶をしたのかも、何となく霧がかかったように曖昧になっていく。
自分の人生の中でも、激動とも言える1日だった。それはけして幸運な1日じゃないけど、やっぱり少しは幸運もあった。
新たな出逢いと、旧友との再会―――。
話題をすっかり変えて、ハイド達との適当な会話をしながらのんびり街道の移動。
いつの間にか、周りは俺の見慣れた風景へと変わっていた。
そして、もうそろそろで街が見えるって時に、俺は思い出したかのように限界を迎えた。
これが緊張の糸が切れるってやつだろう。
変わらなく響く馬の蹄が石畳を叩く音、一定のリズムで揺れる馬の振動。
暫く感じることのなかった、何の危険もない平穏な時間は、温かくて、懐かしくて、心地好かった。
「大丈夫だよ、クロノ。落とさないから、ゆっくり寝てて良いよ?」
「ん…そうする。……ありがと……」
…ちゃんとそう言えたかわからない。それほどあっさりと、俺はこの時最高に気持ち良く眠りに落ちた。
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久し振りのベッドの上。
森の中、固い地面と違うだけでとんでもなくよく眠れた気がした。
それはあくまでも気持ちの上でだ。体の痛みはそれなりに残っていたし、結局はその違和感で起きてしまった。もう少しいけないか(寝れないか)と思って枕に顔を埋めてみたけど、そうも言ってられなかった。
「治療院じゃ無かったの?」
視界の端に映った人影に話し掛ける。
見れば手慣れた様子でうちの中を物色していた。
「お茶って、この棚じゃ無かったっけ?」
彼女はそ知らぬ顔して、なおも探しまわる。いい加減に答えて貰いたい。
「そんなのとっくに使い切ってあるわけないって…」
「ああ、そう言えばそうだったね。忘れた」
そう言って、仕方なくと言った体でコップに水を入れて運んで来た。
それを手渡しながら、彼女はベッドに腰掛ける。
「で、何で俺の家なんだ?」
「最初こそちゃんと治療院に運んだよ? でもさ、クロノの家があるんだから、こっちの方が良いでしょ、色々と」
相変わらず、説明が足りなくて困る。言いたい事はわかるが、決定的に話を単純にし過ぎるのは彼女、元同僚のアキの悪いところだ。
「えーと、何も無いから帰されたってことで良いのか?」
「そうそう、何か見た目に反して大丈夫だって、ハイドも話してたし、フォルテもそれならって」
「あっそ」
不思議なペースで会話が終わる。
こっちはそれでも状況が理解出来たからそれでも良い。
だからといって、アキがいる理由はわからない。第一、彼女はフォルテの側が居所だろう。
「フォルテは他になんて?」
「えっと…『明日、私も話があります』とか言ってたし、私にも今日はもう良いって」
また微妙に言葉が足りない答えを返して、彼女はコップの水を一気にあおった。
……要はアキも仕事上がりと言ったところだ。
「じゃあ、帰れば良いだろう?」
「え~! 久し振りなんだし、別にいいでしょ? それにさ、あの魔獣と戦ったってことだし、その話を聞かせてよ~!」
こんな怪我人に対して、何も考えないでそんな事を言った。
……本当に、コイツも変わらずマイペースな奴だと、呆れるばかり。
そこまでの戦闘狂でも無いクセして、昔から何故だかこんな事を言って困らせる。
状況で察する能力のなさも変わらず、アキは期待した目で俺を見ていた。
(仕方ないなぁ…)
などと、目の前でタメ息をついたところで、アキはやっぱり理解してない。
懐かしい感じと言ったらそう。でも面倒くさいってのも感じた。
出来たら後で…そう言っても良かったのだが、結局は俺が折れた。
でも、話始める前に、一言だけ言っておきたかった。
「そうだ。アキ、久し振り」
「うん、久し振り! ……それより、早く―――」
目覚めたのは、俺の家。
そこに居るのは元同僚。気付けば外は夕暮れ時になっていた。