消えたモノ
前回:覚醒的な。…とにかく、クリティカルヒット!
「くぅっ! ハァハァ!」
体にぶつかった衝撃で、呼吸するだけでも苦しい。せっかくキュウのお陰で持ち直した体は、またボロボロになってしまった。
それまでとは違って、直撃よりも先に、それごと斬った感触がしていた。だから、幾分かはマシだったと思っていたが、衝撃はそこまで散らせなかったらしい。
……でも、それは仕方ない。それよりも―――。
フラフラと立ち上がって、魔獣を探す。
4、5メートル先に、闇が歪に蠢いていた。自分の精一杯を込めて、それに手応えさえもしっかりと感じたというのに、尚も魔獣からは闇が溢れている。
「そんな…。何でだよぉ!」
悔しいって気持ちよりも、哀しいって気持ちが強く湧き上がる。
それでも俺は、まるっきり動かない魔獣に近寄る。見てわかるほどの致命的な血溜まりに一歩一歩踏み出して、よりツラい気持ちになっていく。
「どうして、どうしてこんな…」
もしかしたら、討伐隊が来てもこんな結果になっていたかも知れない。
でも俺は、あの瞬間から、こんな結果にはしたく無かったのだ。
そして、まるで俺の心の内に共鳴するように、剣の輝きも無くなった。
……不意に蠢いていた闇が止まった。
「? …なんだ、この感じは?」
体に異様な寒気が走った。それまでの感情も忘れるだけの、そんな心まで底冷えするような、何か。
慌てて俺はそこから跳び退く。
その時、闇が大きく膨れ上がって、その周囲の景色まで歪めた。
……そして、まるで空気が抜けた風船のように萎んでいき、言い様のない気持ち悪い何かを放って唐突に消えたのだった。
「うぇっ……。なんだ、今の…?」
指先までが冷たくなるほどの冷たさ、それと、立って居られなくなるほどの恐怖…なのだろうか? …とにかく、体が震えて止まらない。
あの魔獣の本体、大型の熊の魔獣の姿も消え去っていた―――。
まるで現実感のない終わり。
血溜まりと、その上を歩いた、自分の足跡が地面に赤く残っていた。
けして見間違いでもなければ、幻や夢でもない。体に残ったダメージも、ちょっと力尽きたミニもキュウも、確かにここにいる。
「そうか、本当にあったんだよなぁ…」
少しずつ、自分らしさが戻ってきた気がする。それは良いようで、非常にマズイ事態だった。
ちょっとどころじゃない、かなり切迫している。どれだけの時間がかかったかはわからないが、討伐隊が来てもおかしくない。
それはそれとして、あの声はルナも一緒だと言ってた。…ミニとキュウのこんな状態を見せる訳にはいかない。
そして、俺は最後の最後でまた失敗をした。
ーーーーーーーーーー
「クロノ~! ミニちゃん、キュウちゃ~ん!」
(ああ、聞こえる。ルナの声だ。心配そう…。)
キュウの背中にもたれながら、その声を聞いた。そして、段々と馬の蹄の音が近付く。地面を振動させるその姿も大きくなってきた。
馬に跨がった5人ほどの姿が見える。それと、遅れて馬車も2台。
そして、先行する5人の馬があの血溜まりの前で止まる。
一番前の、多分討伐隊のリーダーと思われる人の背後から、ルナが飛び出してきた。
「キュウ~、ミニ~!」
家族の名前を叫びながら、2体の魔獣に抱きつく。何とか無事に合わせることが出来て、とりあえず俺も満足。
「あれっ…? ね、ねぇ、クロノは大丈夫なの…かな?」
家族それぞれの無事の確認と抱擁を済ませたルナは、ようやくお気付きになったらしい。
別に、感動の再開に水を差すつもりがなくて、黙っていた訳じゃない。
何でかとってもシンドいから、俺はキュウの背中でぐったりしていたのだ。
……正直、遅すぎない?…とか思ってしまったのだが、そう突っ込みを入れる元気もない。
「ルナさん、その2体の魔獣が家族…で良いのですか?」
「あっ、はい!この子達が私の大事な家族です。あの魔獣とは関係ありません!」
ルナの話に割り込み、リーダーらしい人が確認を取る。きっとルナからも話は聞いていたのだろう。それでも、ちょっと信じきれず、ルナは声を上げた…そんな感じだと思われる。
「いいえ、すみませんでした。…我が騎士達よ! この魔獣は対象、そして敵ではない!」
彼女は後ろに振り返ると、彼か彼女らに向かって、そう宣言する。それから、テキパキと命令を出した。
「アキとマキは周辺を警戒、アイラは探知魔法にて魔獣を探索、ハイドは怪我人の治療をお願いします。…他は街道の被害状況を確認、それでは散開!」
声を聞いただけでも…だったのだが、知り合いだ。そして更に、聞いてしまった名前も全員が悉く知り合いの為、俺はとても居心地が悪くなった。
……単純に考えても、やましい事がないのだが、俺は失踪者のようなものである。この森で遭難していた事など知られたくない。
「…で、クロノさん。…ハァ~、全く何をしているんですか?」
声からして、かなり呆れている様子。普通にしていても良いのだろうか?
……なんて事を考えていると、俺はキュウから落とされた。
「あうっ! …勘弁してくれよ、キュウ」
ただでさえ動けないというのに、キュウは俺を踏みつけて、動きを封じ込めてしまった。
「まったく…。死んだフリまでして、もうっ相変わらずの人ですねぇ…!」
そんな言葉が頭上より降って来た。
今度はどことなく、怒っている様子だった―――。