今の精一杯
前回:キュウのお陰で形勢逆転…?
勝ち負けを考えると、限りなく勝ちかも知れない。
もっと正確に言うなら、別に負けても少しでも時間を引き延ばせたら討伐隊という味方が後詰めにいるのだ。…生きてさえいれば、こっちの勝ち。
でも、そんなことを頼りにもしてられない。
(もう限界だもんな…)
武器を解放出来た。あの傷をつける状態になった。
…その代わり、その力の出所は今にも尽きてしまいそうだった。
胸の奥で、その何かが消えていく感じと、段々冷えていく熱。やっぱり強がりを見せても、内心は焦っている。
「やろう、キュウ。やれるだけやって、運頼みだけど…頑張ろうな!」
背中に跨がった状態は、見た目はともかく立派な騎士のつもり。
「《月の代行者》クロノス、お前を止めて見せる!!」
名乗りを上げると同時に、キュウが走り出す。
まるで応えるような不思議な感覚。今だけの特別な関係だが、まるで一体感を感じた。
右…、左…、左…。次から次に突き出す地面を、瞬間瞬間でキュウは避けて、魔獣に近付く―――。
「跳べっ!」
移動が全てじゃない。叫んだ瞬間に、俺も剣を振る。
振るう剣が淡い光を放って、魔獣を覆う闇の一部を切り裂き、その毛皮に薄く傷をつける。
…予想に反して、あまりにも結果が悪かった。
「くっそ~! 構わないからやってくれ、キュウ!」
咄嗟に叫んだ。
感じる魔獣の次の攻撃に、キュウへと命令をする。
俺の背中側で尻尾が逆立ち、体の周りでパチパチと光が弾け始める。
―振り回された前腕に、キュウが溜め込んだ魔力を放つ。
(くぅぅっ!)
歯を食いしばって、その雷撃を耐える。でも、それは魔獣も同じ事。
切り裂かれた闇の隙間から、魔獣の剥き出しの箇所を大きく弾いた。
出来た隙を使って、キュウは離脱する。
「ワウッ!ワウワウッ!!」
「ごめん、そんな怒らないでくれよ…」
繋がっているから、その気持ちがわかる。
ちゃんとやれっ!とキュウが声を荒げたのだ。
大見栄きって、やってヤラカシた事を詫びながら、もう一度とキュウに伝える。
「グルゥ…」
不機嫌そうにキュウが反応して、俺を見つめた。その気持ちはわかるが、今度は大丈夫だと心の中で呟く。
そして、急加速で駆け出した。
(頼む、今度はもっと近くに!)
その気持ちをキュウが違える事なく実現してくれる。今度こそは失敗しないように、ギュッと剣を握る手に力が入る。
「とりゃあっ!」
振り下ろされた前腕を躱して、懐深くに潜った瞬間、真一文字に剣を振り抜く。
切り裂いた闇の向こうから、血飛沫が舞う。
「ガァアア!」
悲鳴とともに魔獣が傷を押さえて後ろに蹌踉めく。
だが、浴びてしまった返り血でほんの一瞬、視界を失い追撃を逃してしまった。
しかもそれだけじゃなく、苦し紛れの反撃も見えなかった……。
体が突然、別の方向へと加速した。肩口には、その衝撃と激痛が走り、地面へと倒されていた。
……苦しい。痛い。感覚が鈍い。
たった一撃の対価に、より大きなダメージを負ってしまったみたいだ。
それは、後悔しても遅すぎた。辛うじて意識が保ったのも最悪だったかも知れない。
見上げた魔獣と目が合う。
その体に見えた赤い血よりも、より怖く、より深く、より死を感じさせる危険な赤。
そして、その意思は、何も躊躇う事などなく、俺へと怒りをぶつけるつもりらしい。
まるで、これで終わりだと言うように、倒れ伏している俺へとゆっくりと前腕を振り上げた―――。
ーーーーーーーーー
目を離さず、それを見ていたハズだった。
自分でも不思議なくらい、此処までなんだと諦めがついた。
…なのに、俺は立った。
心の奥で、突然声がしたから。
『頑張って』
その言葉とともに、嘘のように痛みと苦しさが無くなった。
そして、声のした方に視線を向ける。
視線の先で、キュウが突然力尽きたようにフラフラして、ゆっくりと倒れて短く鳴いた。
まるで心が空っぽになった気がした。
俺へと振り下ろされた魔獣の腕が、目の前を覆う。
「やめろ…」
小さく呟いた声に、目の前の時間が止まる。
それは、本当に時間が止まった訳じゃない。
……魔獣がその攻撃を止めただけだった。
キュウに身代わりになって貰った事で、消えかけた力が戻ってきたらしい。
そして、それだけじゃなくて、力が何かがわかった。
……だから、わかった。
……だから、魔獣が止まった。
……だから、哀しくなった―――。
「待ってろ、今、解放してやるから…」
俺の気持ちを魔獣に伝えて、剣を構える。
――剣の名前は《ムーンファルクス》、闇を払い、魔獣の心を鎮める宝剣――
それは、《月の聖女》の慈愛の具現。
それまで感じ無かった、魔獣の悲痛な叫び声を、俺はこの剣から聞いた。
この魔獣は闇に心を狂わされただけの、哀れな魔獣。
ただの敵じゃない。救いを求めていただけだった。
「ガッ!グ…グ…グガァァアアアーーーっ!!」
訳もわからない力に飲まれて、あるべき姿を失ってしまった、可哀想な獣は、また飲み込まれていく。
「ダメだって、言っただろう…!」
躊躇せずに振り下ろされた前腕を躱して、俺は背後に回り込む。そして、淡く光を放つ剣を振り抜く。
光が闇を払い、その闇が霧となって消えていく。
地面を使った力、振り回してくる腕を掻い潜りながら、魔獣を覆う闇だけを狙い続ける。
瞬間、一際大きく血飛沫が飛ぶ。
「チクショウ…、くぅ…、チクショウ…!」
悔しくて、涙が出る。救いたい気持ちが届きそうなのに、上手く出来ないから…。
斬っても、払っても、次から次へと魔獣からは闇が吹き出して取り払えない。傷付けるよりも、そうしたいって思う事を、闇が邪魔をする。
……そして、魔獣は咆哮を上げる予備動作を取った。
「お前も頑張ってくれよっ!」
そんな悲痛な叫びも、結局は届きそうで届かなかった。
魔獣がこちらに向かって顔を向けてくる。
俺は仕方ないって、覚悟してしまった。
「すまない! …ごめん、ごめんな……」
ムーンファルクスの輝きが強くなって、周囲を照らす。その輝きを振り上げ、魔獣に向かって振り下ろした―――。
ほぼ同時になった、咆哮と斬撃。
だけど、吹き飛ばされるよりも先に、この手には届いたって感触が強く伝わった。
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