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始まりはここから

昔話


 ……無造作に置かれた、その紙を手に取る女性がいた。二つ折りにされた、他とは違う1枚を見て、更にその他の数枚の紙を選び、抜き出した。

 そして、その女性は感慨深げにその日、その時を記憶から甦らせる。


 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 



 ……もし選べるなら、()()を生きたいな。


 彼女はそう言って、いつでも寂しそうに笑っていた。

 彼女が言う()()が、もし自分の知る普通と違うとしたら…そう思うと、いつも自分の口から出そうになる言葉を飲み込んだ。


 彼女の視線は、その時いつも優しくこちらを、その心を見つめていた。

 そうされる度に、自分はどんな顔をしていたのだろうか?

 目を反らしていなかっただろうか?

 周りの視線に怖がっていなかっただろうか?  ……いつもの、ただの普通の人でいれたのだろうか?



 ……………


 聖女という者に初めて出逢った。目の前の彼女がそうらしい。ハッキリと言って、そんな大層な人間とは違うじゃないか。

 今も風に舞い上がる花びらの中、そこらにいる少女に混じって、はしゃぎ回っている。


 …一体、どこが聖女なのか?

 こんな役目を負うことになった身としては、現実がこんなものなのか、と、色々と悩んでしまう。間違いじゃないのだろうか。見ればわかるとは、よく言ったもの。伝聞されるうちに、自分も余計に想像していた事を、少し反省する。


 ……………


 こんな役目だったのか、と少しだけ…ほんの少しだけ思った。自分は役目に対しての自覚はあるつもりだ。


 …だが、彼女は何か違うようだ。

 こっちよりも、目につく事にだけ反応しているみたいだ。

 まるで、犬か猫のようだ。ちょっとした仕草には、時々ドキドキする。何が起こるかわからないからだ。勘弁して欲しい。


 ……………


 彼女は今日も厄介事にクビを突っ込んだ。

 まさか、せっかく来た道の倍も逆に行くとも知らないとは…。

 普通がどうこうよりも、ちょっと足りない常識を先に教えておけば良かった。

 …健康的な若者だろうと、半日も荷物と彼女を背負っては歩けない。たった1つの薬の為に、こんな目に合うことは我慢できない。


 でも、彼女の行動の結果が、1つの村を救う事になった。感謝の渦の中心で、慌てる彼女の姿は十分普通じゃないか。


 ……………


 彼女は、けして自身を特別にしていた訳じゃない。…周りが勝手にそうして来ただけで、自分が出来る限りをして来ただけ。


 それなのに自分は、彼女だけじゃなく、他の仲間にも、出来る人はそうすべきだと任せっきりにしていた。…それに気付いたのは、彼女のお陰だ。

 彼女の心の内を知って、自分がまだ他人事のように見ていた事を、今は反省したい。

 きっと彼女は、そんな自分に対しても分け隔てなく笑い掛けるのだろうけど。


 ……………


 彼女は、いつも自分の事よりも、他の人の為だけに泣いていた。

 そうされると、何故か自分の頬も冷たく濡れた。哀しさなのか、悔しさなのか、自分の涙には価値はない。

 仲間だからこそ、それを知ったのか、いつも彼女を見ていたからなのかは、もうわからないけど、自分は彼女を泣かせないようにしたい。

 彼女の涙する価値のある命を、自分が持っていなくても…。

 

 ……………


 また増えた。まさかの5人目に、彼女は嬉しそうだったが、たった1人の男としては居場所に困る。

 仲間だとしっかりと認識して貰えてる事だけが救いなのか?


 どこか先輩風を吹かせる彼女と、他の仲間のやり取りを見ているのは微笑ましい。

 だけど、自分としては増える荷物に、音量の上がった女性達の声が時々ツラい。

 ほんの一時の休める時間には静かにしてくれないだろうか。


 ……………


 彼女も仲間も、どれだけのその使命に、心と体に傷を負ってしまったのだろう。

 ……もう彼女達に、そんな風になって欲しくはない。それは、自分の役割だから。

 ……自分は彼女達の横に、後ろにいる事が使命じゃない。

 もう、耐えられない。自分だけが、普通でいられる事が。だから、頼れるものに、縋れるものに全てを委ねる。…彼女が心配するような事には絶対しないようにしたい。

 そうならない自信が、今の自分にはある。

 だから、少しの間、自分の事を忘れて貰いたい。


 ……………


 彼女が感情のままに怒った。それは初めてだった。

 あまりにも、普段の彼女からは想像出来ないくらいに、とても激しく、とても怖かった。

 彼女は、何も伝えずにいなくなった事、そして、傷だらけになった体の事を咎められた。

 言う事は出来なかったけど、自分の勝手だろうと言いそうになった。ダメだ。それは違うと気付くと、彼女が泣いてしまっていた。

 ほんの一瞬の黒い心が彼女に見透かされたと思った。


 …でも、彼女の怒りはその事じゃ無かった。仲間が教えてくれた。ただ寂しかったからだと。そして、嬉しかったのだと。

 ほんの一つの覚悟にも責任が伴う立場が、自分にもあるようだ。

 

 ……………


 彼女は、再び女神に出逢い、その枷を解いて貰った。

 その日から、彼女は眠ったままになってしまった。女神は教えてくれた。彼女は自分の闇に向き合う為にそうしているのだと。


 …自分は、可能な限りを彼女の側にいる事を望んだ。そして、自分が知る限りの話を眠る彼女に語り続けた。

 それはあの頃、口にする事が出来なかった、自分の知る限りの普通の話。

 早く、彼女とその話をしたい。こんな、一方通行なカタチじゃない。


 ……………


 彼女はまだ眠ったまま。それを知るのが、ついに自分達だけでは無くなった。

 欠けたその部分を狙うように、闇の矛先が幾度も迫る。これを書いている時間があるのが奇跡にも思える。

 その力無き者を守る為に、自分達はただ孤立していた。だが、これで良い。それでも良い。

 彼女が、またその心を傷つけてしまわなくて良いのだから。


 それに何よりも、自分は戦える。彼女を守って。勿論、此処で自分の命が終わって良いなんて思っていない。

 他の仲間もそうだ。

 …何故か、自分は不思議と、この瞬間瞬間で強くなっている気がする。

 絶対に彼女も、彼女達も守ってみせる。


 ……………


 彼女の涙を拭って上げたい。それは、自分の為の涙だから。

 彼女がやっと目を開けてくれた事が、何よりも嬉しかった。…でも、彼女が起きた時に、自分はそれまでの自分ではいられなかった。


 …もう、片腕は無い。

 秘かに夢にしていた、彼女を両腕で抱き締める事は出来ない。

 ……彼女に怒られたのは、二度目だった。


 ……………


 目覚めた彼女は、変わらない彼女だった。

 誰かの為に、変わらず自分の出来る事を出来るだけやる、そんな聖なる人。

 ……だからと言って、全てが同じでは無かった。

 彼女の力は、より人間を越えた、神に近い処まで高まっていた。 …悪しきものでは無かったとしても、それを拠りどころにしていた者達は、より彼女を祭り上げ、そして畏れた。


 何よりも彼女は、哀しそうだった。

 …最早、寂しそうに笑う事も無く、辛そうだった。自分も仲間達も、一緒に彼女を慰めた。

 彼女は一言だけ、空に向かって呟いた。


 ……私の願いは、もう遥かに遠いね…。


 ……………


 彼女と、仲間達、そして自分。

 それだけじゃなく、巡って来た場所からも、数多くの人々が集まり、決戦を前に一時の語らいをしていた。

 彼女の側で、長い時間を過ごしたからか、名も無き男と呼ばれていた自分も、一人の英雄に数えられていた。

 …別に、それを望んだ訳でも無いのに、吟遊詩人が詩として謳っていた。

 彼女は珍しく、心の底から笑っていた。


 ……貴方も、私と一緒ね。普通じゃ、無くなっちゃったね。


 それを聞いて、哀しみや寂しさを得る訳じゃ無く、自分はより彼女に近付けた気がして、嬉しく、誇らしかった。

 結果がどんな風になろうとも、自分は変わらない。彼女のように、やれるだけをやろう。

 より強く、彼女を想うように、この場所で輝く命を、曇らせないようにやりきってみせる。


 ……………


 女神が三度、彼女の前に現れた。

 今度は、余人を交えず、ただ一人と一柱の語らいがされた。

 ……でも、聞かなくとも自分はもう知っている。だから、彼女にそれを聞く事は無い。


 彼女は自分に言った。だからこそ、自分は真面目に応えた。

 今まで、誰かが泣き笑いするのは、失礼だけど、あまり素直に見れなかった。

 でも、彼女がそうするのを、そんな風には出来なかった。


 きっと、本当の彼女をその時初めて見て、触れた。

 ほんの一瞬でしか無かったのが、名残惜しかった。今も顔が熱い。今日ばかりは、頼もしい仲間が、ただの邪魔者になった事が許せない。


 でも、それで良かったと思える。

 この瞬間まで、ただ本当に普通に過ごせた事が幸せな時間に違いない。

 ……きっと明日だけじゃなく、明後日もその次の日も、それから先も。


 彼女達を、自分を、女神を、世界を、終わらせたくない。


 ……………


 彼女は、眠りそうな感じで、自分の背中に体を預けている。他のみんなも、思い思いにその場から世界を見渡している。

 疲れた、と思う。地平線の向こうに、光が溢れる…それは半日以上、頑張ったって事か。

 今日は短いけど、このくらい。


 …やっぱり、夜明けが一番好きな瞬間だ。


 ……………



 ―最後の1枚。


 彼女は長い時間で、あまりにも色々なモノを失くしてしまった。

 いつか、それを自分が取り戻して上げたい。

 ただ、彼女は自分を置いて、先に欲しかった普通を手に入れたのが、正直、羨ましい。

 あまりにも卑怯だ。不公平だ。

 何よりも普通で、彼女の為に普通でいられた自分は、どうしたら良いだろう。


 肩書きはいらない。『英雄』なんて呼ばれる必要は無い。

 どうか、のんびりと彼女の側にいさせて欲しかった。


 ……どうしたら良いだろう? 怒るのは違うだろうし、嘆くのも何処か間違っている。


 いっそ、この話が無かった事に出来たら良いのに。

 …仕方なく、喜んでおこうと思う。

 嬉しくない訳じゃない。本当に。

 きっと、彼女もそう望むだろうから。




 いつか、この記とともに消えたい。

 …そのいつかまで、彼女と一緒にいれる事を、心から願って。  名も無き普通の男






 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 



 ―とある場所、部屋の中。


「フフッ♪」


 静かな部屋に、女性の笑い声が染み込んでいく。


 目の前の一冊の本の横に、無造作に置かれた数枚の記録。…悪気なく、ついつい読んでしまった。

 別に、それは本の資料という訳でもなく、何かの拍子に何かの偶然に、そこにあった。それだけ。


 ただ、厚めな本よりも、見知った者の文字が見えたから、懐かしさとともに一気に読んでしまっただけ。

 これはとても面白い読み物だ、と次の瞬間には女性は悪い笑顔を浮かべて、その数枚の紙をかき集めると、それを片手に部屋から出て行こうとする。


 扉を開けて、外の騒がしさが部屋の中に入ってくる。


 だが、女性は扉を開けたところで立ち止まり、片手の重さとその騒がしさにに忘れ物を思い出す。


「おっと、お土産お土産~」


 呟きながら、部屋を見渡して何かを探す。

 その存在を見つけると、今度は本も持ち上げて先程の紙と一緒に片手に持ち直す。

 もう片方には酒瓶を手に、女性は振り返ってそのまま扉を越える。まだ封をされた酒瓶なのだが、彼女のテンションは高めだ。瓶を抱え直して扉を閉めると、彼女は騒がしさの中に突撃した。


「みんな~、()()()()見つけて来たよ~!」


 彼女は本と紙を持った手を高く上げて、その騒ぎの、更に中心となっている者達に、自分の存在をアピールするのだった。


 その女性の登場に、騒ぎが少し小さくなる。そして、集まる視線が彼女を捉えるが、すぐにまた騒ぎが戻ってくる。


「「あっ!」」


 2つの声が重なり合って、その声が着火点となって、より一段と騒ぎが広がる。

 必死な表情で、女性を追い掛け始める男性と女性…そして、本を掲げたままで、それから逃げる女性。

 女性の掲げる本には、よく見ると既にタイトルが印字されている。



 そのタイトルは―――


 ―『6人の聖女と1人の英雄の物語』―


          ―――と印字されている…

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