出来ることを
前回:自分であって、自分じゃない感じ。
(本当にこんな状態で…?)
急に感覚が繋がった瞬間、体の動かしかたがわからなかった。
それに、すっかりと忘れていた痛みと苦しさ、疲労がやって来たせいで倒れそうになったのだ。それでもギリギリ何とかなったが、違和感があってやっぱり辛い。
意思とは合わずに動く体。徐々に馴染んで来るのを待っていたが、そんな暇はなかった。
…背中がゾクリとする。
それは明らかな敵意と殺意だった。忘れてた訳じゃない。ほんの少しだけ、注意が逸れただけだ。
振り返る間もなく、地面を打ち付ける足音とともに大きな影が覆い被さっていた。
(最悪なタイミングで…)
目の前の敵に対して、この魔獣が目溢しなんてする訳がない。…わかり易く、最大の攻撃を放つ予備動作を始める。
今の自分には、それを避ける余裕は少し足りないようだ。少しだけは直撃からは逃れられるかも知れないが、そのダメージは計り知れない。
……ただし、それはさっきまでなら、だ。
間違いなく咆哮を使うだろうが、俺は賭けて見せる、今の自分とあの声に。
自分じゃない自分ほどには出来ないが、今の自分に出来ることをしないといけないんだ。
俺はアイツに背を向けて、ヨロヨロと逃げ出す。
……ただこれは単なるフェイク。本当の目的から目を逸らす為の一手。
そして予想通りに、アイツは俺を逃がさないように、俺の周りに土塊を突き出させた。
流石にそれも攻撃の一部なので、一番危険な箇を破壊する為に剣を振り下ろす。
「えっ、あれっ?」
やれば出来ると剣を振ったのだが、何故かイメージとズレた。
……と言うか、土塊の方が後から出て来たのだ。
そこにあるように見えたのが実際にはなかった。…錯覚だったのだろうか?
(あ…っと、そんなことより!)
とにかく、道も確保出来たのだから、とそこを突破する。ほんの少しの地面の凹凸にも引っ掛かりそうだ。
まぁ仕方がない。別に格好つかなくても。ワタワタと空間を掻きながらバランスをとって、一歩でも先へと踏み出す。
…より冷たい感覚が背中に走った。
(―――! ごめんな、ミニ…)
攻撃されると感じた。だから、無理やりに振り返って、アイツに向き直る。
それは一瞬のタイミングに合わせる為。
心の中で、この瞬間に頼るべき小さな竜に謝りながら、力を渡す。こっちの準備も間に合った。
この一瞬一瞬がとても長く感じた。
そして、魔獣の纏う闇が薄くなって、気持ち悪いくらいに静かになる。
「グォォォオオオーーーーーッ!!!」
(『竜の唄声』「竜の唄声!」)
「キュォォオオオーーーーン!!」
心の中で、浮かび上がった言葉を復唱する。すると、ミニが高らかに鳴き声を上げた。
―目の前に渦巻く闇色の暴力的な咆哮に、ミニが放った風が激しくぶつかり合う。
その攻撃と攻撃の音が、高く低く、大きく小さくと波打つように体を通り抜けていく。
そして段々小さくなって、その変わりにもの凄い風が吹き起こる。
中心近くの木々はその枝と幹をザワザワと揺らし、地面では小石が舞って周りで様々な音を立て続ける。風に向けて踏ん張る俺にもビシッ、ビシッとぶつかる。
「頑張れ!後少し、あとちょっと…!」
地面に爪を食い込ませ、必死に口を開けてるミニを応援する。瞬間、胸に痛みが走った。
……限界に達した。それが俺に伝わって来たのだ。
だけど、それでもミニは頑張ってくれた。
目一杯にその翼を広げ、より大きく鳴いたのだった。
「ギュオオオオーーーーーーーーッ!」
何とか堪えていた風が一段と強くなって、体が飛ばされそうな、暴風に変わる。
やがて一瞬、耳に響く高い音。魔獣の咆哮は消え、小さな竜のその唄声だけがこの場に残る。…せめぎ合う力がなくなって、竜の唄声は魔獣へとぶつかる。
激しい風は魔獣を巻き上げ、追い討ちをかけるように地面に叩きつけた。そして唄声は地面にぶつかると力が砕け、突風となって道を駆け抜けたのだった。
「ありがとうな、ミニ…。あとでルナにも褒めて貰えるからな?」
「キュィイ~……」
…あの後、吹き荒れる風をやり過ごした俺はそう言って、頑張って力尽きたミニの側に駆け寄っていた。
束の間のやり取りだったが、直ぐに向き直り、また臨戦態勢を整える。
…残念なことに、あれだけの攻撃が直撃したにもかかわらず、あの魔獣はまだまだ敵意剥き出しで起き上がっていたからだ。
「不死身だとかっていうのか…?」
見た目にはそれ相応にボロボロな魔獣。…それに、あの闇がその体を蠢き、体の輪郭が酷く歪に見えて気持ち悪い。
ただの影のようなそれの赤い2つの目が、恐怖を覚えさせる。
しかし、闇でもなければ、実体のない影でもない。手応えこそ鈍いが、足止めするくらいの大ダメージは与えられたハズ……。
剣を握る手に、腕に、駆ける脚に力を込めて、俺は魔獣へと追撃をかける。
「せいっ! やっ! とりゃあああ!」
見よう見真似に、自分じゃない自分がやったように、駆け切り抜け、目一杯の攻撃を展開する。
…だけど、今度はその攻撃が闇を切り払うことが出来ないのだった。
(くそっ! 俺にだって出来たハズだろ…)
頭の中のイメージは、唯一あの魔獣に傷をつけた時の攻撃だった。
それが未だに出来ないことに、酷く焦っていたのかも知れない。
―瞬間的に、注意が魔獣から外れた。
自分の手を見つめて、剣を強く握り直す。剣を振る自分を、イメージを強く思い描く。
……それは、攻撃する前にしておく基本。
完全にタイミングを間違っていた。
次に魔獣に目を映した瞬間、俺は地面を転がっていくのだった。