自分と自分
前回:不思議な事が起きた。
刺したというよりも、そこに入れた、嵌めたって感じがした。
突き入れた短剣が胸に吸い込まれていく。
痛みもなければ、苦しくもない。
むしろ、こんな事が前にもあったな…という、不思議と懐かしい感じ。
感慨深げにその感覚に浸っていると、胸に一瞬だけ痛みが走った。
その瞬間、俺の体が勝手に動き出した。
意識も感覚もあるのに、まったく言う事を聞いてくれない。
「『キュウ、頼む』」
そして勝手にそう言って、アイツに向かって走り出した。
すっかり状況が飲み込めないのに、俺は魔獣の相手をし始める。
動いているのが自分だとは到底思えない。
…その動きは、普段の自分でも無理だとしか思えない事を、俺の意識に刻み込んでいく。
あれだけ恐怖を感じていた魔獣に、しかも満身創痍の体なのに、正面からやり合う。
片腕だけで、アイツの振り下ろす豪腕を受け流し、その隙を埋めるようにその脇を駆け抜けて切り払う。
アイツが追いかけるように腕を払えば、やはり剣一本で受けて、その腕に剣を振り下ろす。
―見ているのが現実なのかわからなくなる。
「『やっぱり、限界なのか…』」
(それの一体何処が限界なんだ!)
自分に対して、俺はそう叫ぶ。
見ている戦いの次元はそれだけ違うのだった。
「『見ればわかるだろう?』」
……驚いた。俺の言葉に返事をした。
「『そんな事よりも、よく見ろ!』」
また一気に駆け抜けて、今度は足を切り払って見せる。やっぱり、どこをどう見ても、限界なんて言葉が嘘のように思える。
でも、その意味はともかく、見ろと言われた以上、ジッと見てみる。
左へ右へ、アイツの正面から背後へと、まるで圧倒的な戦闘をする自分の体。
それだと言うのに、まるでアイツが衰えるように見えない。俺の体はもう何度もアイツを攻撃していたハズだった。
到底真似出来ないが、何度かのうちで、思いっきり入った斬撃もある。
(なんでだ? そんなハズ……あっ!)
気が付いた。俺の体の攻撃は確かに、その一瞬でアイツを斬ってはいた。
…だが、その傷はすぐに闇に被われて、傷を回復していたのだった。
(そんな…こんなに攻撃してるのに…)
信じられない……。
どう考えても、手数や威力の大きな攻撃をしても、ある意味無効化されている。
それは大きなショックとなって、俺に諦めをチラつかせる。
「『俺であって、俺じゃない。…やっぱり必要なのはお前であって、お前じゃないと出来ない』」
そんな風になっている俺に、俺が答える。冷たいとまでは言わないが、凄く冷静にそう言ってきた。
「『わかっただろう? これが限界という意味だ』」
事も無げにやってのけていたのに、それは無駄にしかなっていなかったのだった。
俺はただそれを呆然として聞いた。迫る絶望の足音を聞いたような気分だ。
(せめてもう少し、時間を……)
自分に対して、そう懇願する事しか考えられなかった。
《指定:Aクラス》だとか、よくわからない相手にも戦える自分。そんな希望縋ろうとするのも当然の事。
……だが、俺は冷たく告げる。
「『無理だ、それも。どうやら時間的にも限界のようだ……』」
(そんな…!)
言葉の言っている意味を察した。
今の状態がどういう状態かがわかる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『あとちょっとだけ借りるけど、我慢して…?』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自分がしている事が何かを忘れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……さっきの事だ。忘れてない。
よくわからない状況だが、あの時も同じだった。
確証はないけど、俺はあの時、忘れたんじゃなく知らなかっただけ。逆に今度は、ハッキリと見ていた。だから、わかる…わかるけど、また戻ってしまうにしても、最悪なタイミングだ。
「『さっきも言った。逆に、お前だからこそ出来る事がある。こんな風に出来るだけの俺が必要じゃあない…』」
(そんな事を言われたって…!)
出来る奴に言われる事なんて、保証にもならないのだ。俺から俺へと変わってしまえば、その先どうなるかは、もうわかりきっている……。
「『よく視ろ。俺に出来るなら、絶対にお前にも出来る。それは紛れもない事実だ。後は自分を強く信じてくれ!』」
自分自身に強く言われる。こんな命のやり取りの場でなくとも、それは正論だ。
(わかった。それが出来て何とかなるなら、俺は賭ける…。でもお願いだ。ギリギリまで、教えてくれ!)
「『わかった。それと、ついでにこれも―――』」
再び、戦いに身を投じる。
ただ見るだけだった、驚くだけだったさっきと違う気持ちで、一挙手一投足を追いかける。
それに合わせてされる呟きにも、耳を傾ける。
けして、それが出来るというイメージにならなくても、俺自身の可能性である、一つのカタチにはなる。せめて、忘れたりしないように、記憶に焼きつける―――。
……そして、ついに時間は来てしまう。
あの魔獣から離れて、俺の足が止まる。
体感したのは、長い時間にも思える。でもきっと、それほどでもない。
つまり、本当の時間稼ぎはここが正念場になる。
「『ここまでだ…。あとはクロノ、お前の時間だ。…任せた』」
(俺なりに頑張ってやる、任せろ!)
今度は、正真正銘の俺の戦いが始まるのだから。俺は当然だと思って、そう返していた。
だが俺は、いきなり起きた異変についていけなかった。
体から力が抜けて、膝が地面につく。
思わずそのまま倒れてしまいそうな体を、地面に剣を突き刺すことで堪える。
例え中身が違っても、やれる事をする為にも、今は倒れてる場合じゃないんだから。