謎の声と ~ルナ視点~
前回:クロノ視点
…体が震えて、止まってくれない。
いっそ気絶してた方が、良かったんじゃないかと思ってしまう。
あの魔獣のせいで、空から落ちた。
その瞬間から、世界がスローモーションで見えた。……凄く、すっごく長い間、空中を飛んで、深い穴にでも落ちてるような感覚―――。
覚えてないのに、知らないのに、いつかもそうだったと思うような感じ。
「ああ……私、どうなっちゃうだろ……?」
ひっくり返る上と下、右と左。
見るのが堪らなく怖くて、目を閉じた。
……それがいつまで続くのかわからなくなって、思いっきりギュって目を瞑った。
―瞬間、体が別の方に動いた。
目を閉じてたけど、きっとそれが助かった瞬間だったのがわかった。それがクロノだったのもわかっているのに、不思議と懐かしいって気持ちが溢れた。
抱き止められて、抱き締められて、一緒に止まるまで地面を転がってた……。
思い出したように目を開けると、すぐ目の前にクロノの顔があって、目が閉じてた。
もしかしたらって思って、クロノの胸に耳を当てて確認する。
「良かった…動いてる!」
でも、そうした時にあの魔獣を見てしまった。その姿があまりに大きく感じて、怖くて堪らない。
でもそれは、魔獣が怖かっただけじゃない。奥の方でキュウちゃんがぐったりとしていたのも見えたからだった。
私は何故目を反らしたかはわからない。
……だからって今度は逆を向いたら、道の反対側でミニちゃんが倒れてるのも見つけちゃった…。彼女も、クロノ達と同じように目を閉じて、やっぱりぐったりとしていた。
とても嫌な感じがした……。キュウちゃん達は大丈夫って、信じたいのにそう思えなくて……。
だから、私はまた目を閉じて、ギューってクロノにしがみついた。
……そうしたら、クロノが声を出した。
いきなりだったから、ビックリした。
クロノは「俺だから何だよ?」って、私じゃない誰かにそう言ったようだった。
どういうやり取りかわからないけど、それで私はクロノがどうかしちゃったと思った。
そっと開けた目には、さっきと変わらない、嫌な光景しか映らない。
「ルナ」
…今度聞こえた声は、私を呼ぶ声。
一瞬ビックリしたけど、クロノはちゃんと私に話し掛けた。
「平気」って言って離れて、クロノに向き直った。
…さっきのクロノは一体なんだったんだろう?
そんな風に考えてたら、凄く真剣な表情でクロノは言う。
「ルナは関所に戻ってくれ。もしかしたら討伐隊が来てるかも知れないだろ?」
聞き始めた感じだと、クロノは何かを思いついてくれたんだって思う。
「それを信じるしかないけど、ルナにはその人達を呼んで来て欲しいんだ」
…どうして? みんなで一緒に逃げよう!
私はそう思って、クロノを見上げる。
「キュウとミニが気になるよな…。でも、そっちは俺が何とかする! アイツの注意を反らすくらいは俺に任せて、ルナは一刻も早く伝えて来てくれ! 頼む!」
任せろって、そう言うけど…どうやって?
私はただ走れば良いの? 一人だけ?
後ろから、魔獣が追っかけて来たりしない?
…クロノだってボロボロなんだよ? 心配にならない訳無いじゃない!
不安をクロノに全部ぶつける。
「大丈夫だって!」
……なんでか、その言葉が不思議なくらいに強く心に響く。
前にもこんなことがあった気がする―――。
信じるだけで、きっと何とかなる。大丈夫。
『あの人なら、そう。私にもそう教えてくれた。…最悪なんて、有りはしないの♪』
私の声が、私にそう言った気がする。
こんなに胸がドキドキするけど、怖くて不安でじゃない。
キュウちゃんが無事だって信じる。ミニちゃんの無事を信じる。クロノを信じる……クロノなら大丈夫だって信じれる。
「頼んだぞ、ルナっ!」
――私は、森の中を走り出す。
振り向く暇なんて無い。…ううん、その必要は無い。
あの魔獣に見つからないように、道に沿う木と木の間を、一生懸命に走る。
後ろから聞こえる、魔獣の声と激しい木の悲鳴に聞こえないフリをしながら、足元の根っこを踏み締め、越えて、関所を目指して走り続ける。
転んだなら起き上がれば良い。ぶつかったって躓いたって、痛かったって気にしてられない
んだ。
それよりも考えないと…。
行って戻って、どれだけの時間がかかるかわかんないし、関所の兵士さんにも言わなきゃだし、討伐隊の人にも……もう着いてるかな?
多分、見えたのがそうだって思ってこっちに来たけど、見間違いじゃ無かったよね…?
色々な事が頭に浮かんで、不安になってくる。
「ハッ、ハァ…。んっ!ハァ、ハァ…。 うーん、もう~~~っ!」
息、苦しいし、走りづらいし、不安になるし、とにかく頭がわ~っ!てなったから、叫んでいた。
……それでも走って、あと少し。
どんどん関所が大きくなってきた。
半分以上戻ったあたりで森から道に飛び出してたし、そこからまた半分。ここからはもっと全力を出さないと…。頑張らないと!
「きゃっ!」
そう気合いを入れた瞬間に、私は転んでしまった。
凄い風が後ろから吹いて、体を煽られてしまったからだった。
「クロノ、キュウちゃん、ミニちゃん…」
道の先の事が気になる。だから、危なくそっちに行きそうになる。
「大丈夫だって!」『最悪なんて、有りはしないの♪』
そんな声が耳に甦って来た。
そうだ。私はここまで来たんだもの。
今は道の先よりも関所に早く行かなきゃ―――。
私はまた必死になって、みんなの為に全力で走り始めた。