最悪、三度(みたび)
前回:開けろ~、開けてくれ~!
結局、演技の必要性なんてなく、誰一人としてこちらを見る者が居なかった。
それは幸いとも言えるかも知れないが、ここからは出る事が出来ない、その事実は覆りはしない。
「聞くだけ最悪だっただけじゃないか…! ルナとミニは良いけど、俺とキュウはどうすりゃ良いかなぁ?」
この場合の選択肢は2つ。
やり過ごすか、ここ以外…要はさっきみたいに、ルナの誘導ありきで森を抜ける、しかないのだった。
一応、もう1つの案も考えたけど、その考えは棄てた。
ルナに飛んで戻ってもらい、向こう側から兵士の感情を揺さぶって、門を開けさせようとも思ったけど、彼らは王命を反古にはしないだろう。
…俺の国の王様は、彼ら民を愛し、愛される王様。そんな王様の意思を無視する訳ない。
そして、更に追い討ちがかかる。
「ごめん、クロノ。今日はもう無理だよ…」
謝りながらルナは言った。そろそろ夕方、森に分け入った俺達を誘導するにも、空からでは暗すぎて見えないのだそうだ。
「じゃあ、せめて広い場所無いかな?…魔獣が何かわからないけど、結界を張って夜は越えたいんだ」
ざっくりと説明して、空からの探し物を頼む。開けた空間なら、まだ安全に過ごす事は出来るのだ。
何度か俺達の頭上を行き交い、程無くして、ルナ達が地上に戻って来た。
「向こうに小屋みたいなのあったよ!」
それは幸運な事に、より安全を得られる場所の発見という情報。また飛び上がっていったミニとルナに導かれ、夕日に向かって道を進む。整備された道が有り難い事この上無しだった。
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……ルナが見つけた、小屋らしきもの。それはどうやら、この道での休憩所と言った感じで、簡単に見つける事が出来た。
それでも、俺達が道に出た場所よりも国境よりだった分、すっかり夕日が沈むギリギリとなってたどり着いたのだった。
この小屋も封鎖の影響で閉まっていた。
バレたら困るけど、俺はその閉じきった小屋の鍵を開けて、ルナ達を中に入れる。
…どこも壊しては無い。人に見られたくないけど、裏口の鍵をちゃんと開けただけである。
キュウはともかく、ミニには大変だったけど、ルナの家族も小屋に入れる。
入れ替りに外に俺は、いそいそと小屋の四方にナイフを立てて周り、小屋の四隅にも同じようにしてまわる。仕上げに扉に紙を貼ってナイフで縫い留める。
簡易的な結界を仕上げ、ようやく一息をつく。
「凄いね、クロノ! こんなの初めて見たよ~」
素直にその感動を受け止める。凄い人はもっといる……とは言えない。
…だって、ほんの少しくらい優越感に浸ったって良いじゃないか?
設備自体が、軽い調整一つで動かせたのは幸運だった。灯りも使えるし、水場と火、特に暖房が使えるなんて、贅沢だ!
…俺達は、ちょっとした贅沢を満喫しながら、早めの食事を済ませる。
今日は、小屋の調味料を拝借して、より豪華になった。
食後にお茶も出して、それを啜りながらルナと話す。…ルナはキュウに背中を預けて床に座っていた。
「ところでさ~、あの人が言ってた《指定:Aクラス》ってな~に?」
少しアクビ混じりに質問される。
…俺もあまり詳しくは知らなかったから、適当に言ってみる。
「討伐隊とか必要なら、相当危ないって感じじゃないかなぁ?」
「……へぇ~………」
どうもルナは限界だったみたいで、そのまま寝息をたて始めていた。
…多分、キュウを探して広範囲を飛んで、相当叫び続けたのだろうから仕方ない。
家族に寄り添いながら幸せそうだ。
そんなルナをキュウ達任せて、見張りがてらに結界を確認しに外に出る。
夜の森からは、魔獣の遠吠えが聞こえ、暗がりの中ではやっぱり気味の悪さを感じる。
今日は、特に怖い。出会った熊型の魔獣の異常さ…思い出すだけで、胸を圧迫する。
「まさか自分の国にこんなところがあったなんて…、ハァ~……」
ため息を吐きながら頭を振る。
人間の領域が及ぶのは、周囲十数キロの森の中でも、隣の国を結ぶこの道を中心とした5キロ以内だけ。…本当に森の端っこの方だけだったのだ。
よくよく考えても、自分が無事でいられたのは奇跡にも思える。
どうやら、ちゃんと結界も働いているのもわかった。俺は何も思わず、小屋に入って素直に眠りについた……。
ーーーーーーーーーー
「ねぇ、クロノ…? なんか怖いよ…」
ミニの背中のルナが、声を潜めて訴えかける。
元来た道を、関所に向かって歩くうちに、森の異常な静けさが際立っていた。
安全圏とされる街道沿い。そこには、まるで動物の気配も、多分、魔獣の気配も無い。その生き物達が息を潜めているというよりも、全く居ないみたいだった。
「俺も怖くて堪らない…」
この森で過ごした数日でも、こんなにハッキリと恐怖心を感じる、そんな静かな日はなかった。
まるで、別のところに居るんじゃ無いかと思える程、森は何の音も立てない。
不安と恐怖を感じながら、やっと関所の門の頭が見え始めた頃、それは訪れた。
唐突に地面が揺れだし、そこから土の塊が突き出し始める!
「きゃっ!」
辛うじて舞い上がり、下からの攻撃を躱したミニの上で、驚きの声を上げるルナ。
……俺は、あれで終わったとばかり思っていたが、向こうはそうでもなかったらしい。
「そのまま逃げろ、ルナッ!」
俺も叫ぶと同時に、関所に向かって走り出す。
走り始めてすぐに、背後からは何かが爆発したかのような破壊音とともに、木が折れ飛び、反対側の木々にぶつかり、静けさが一変した。
「やっぱり、またアイツだ!」
見ないでもわかる。あの熊型の魔獣の仕業に他ならない。
2度3度と、あのとんでもない咆哮を上げて、アイツは俺達がいた場所を破壊していく。
どんどんと距離が開いていくにも関わらず、その音の振動が突き抜けていく。
「キュウちゃんお願い! クロノ、早く乗って!」
ルナの声に従って、先を走るキュウが俺の横にスピードを落として近付く。横に並びかけたその瞬間に、俺は助走をつけてその背中に飛び乗る。
「私、兵士さんに頼んでみるから待ってて!」
より高く飛び上がって、加速したミニが関所に向かっていく。
申し合わせた訳じゃないが、ルナは希望を繋げる為に賭けともいえるそれを選んだ。
遠ざかるその背中に願いながら、キュウと俺も関所に向かって加速する。
慣れない感覚に、俺は必死にキュウにしがみ付いていた。
一見無駄に見えたアイツの破壊行動は終わり、ついに俺達を追い始める。
……あの異様な姿のままの、四足での追走。
口から上がる闇色の呼気を纏いながら、まるで闇の塊となって距離を縮めてくる。
「頼む~!」
その願いを口にした瞬間、俺は門に向かって飛んでいた―――。