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伝説の杖に転生した私が、所有者である王子に可愛がられる話


 私は、“伝説の杖”に転生したらしい。

 銀色の細い杖の部分には細かな草花をかたどった細工があり、そして上の方には無色透明な大きな石がはめ込まれている。

 なぜ、杖になったはずなのに自分の姿をこんなつぶさに観察ができるのかというと、どうやら魔力で周辺の状況を、以前“人間だったとき”と同様に見れるようにしているらしい。


 そして現在、薄く天井部分が輝く洞窟のような場所、そこに湧き出る泉を覗き込むようにして、自分の姿を水面に映して見ていた。


「うーん、やっぱり杖だ……く、美少女に転生したいけれど人間にはあまり関わり合いたくなくて、でもイケメンたちに囲まれたいだのなんだのと言ったら、全無視された……酷い」


 そう思いながら、転生させられるときに言われたことを思い出す。確か、


「人型になれるんだったよね。人型~あ、なれた。……何で生きていた時に私の姿なんだ!」


 そこには、大道寺楓ダイドウジカエデとして生きていた頃そのものの姿が水面に映りこんでいた。

 相変わらず、可愛いと言われそうな容姿だ。


「人型になれるんだったら、背の高い美人にしてくれてもいいのに。酷い……でも、今度は杖なわけだし……それも“伝説の杖”らしいから、イケメンに大事に使ってもらおう!」


 そう新たな希望を抱いた私。

 どうせ使ってもらうならイケメンがいいと思うのは女として当然だ。

 だが、その期待はすぐに裏切られることになるのだった。







 どうやら私は、洞窟の中にいるらしい。

 周りが土でおおわれていて、通路のようなものになっているからそうだと思う。

 そして私が“伝説の杖”とかなんとか言われていたので、この世界には魔法があるのだろう。


 それのおかげか天井が明るいのでどこを歩いているのかがよく分かる。

 ただ一つ気になることがあって、


「魔物とか出てきたらどうしよう。あ、杖になればいいのか」


 私は良い事を思いついた。

 そして杖の状態でもぴょんぴょんはねながら移動できるのである。

 だからいざとなれば杖の形に変形して逃げればいい……そう、私はその時思っていたのだ。


 だが、私の落ちた洞窟が、そしてこの世界がどんな場所なのか、私はそのすぐ後に知ることになったのだった。







 ここは“転生魔道具の洞窟”と呼ばれ、“お見合い”によく使われる事、そしてそういった特殊事情によって、独筒内の魔物は全て駆除されていること、そして、


「いたぞ! こっちだ!」

「さぁ~、俺達のものになってもらおうか!」

「逃げられると思うなよ!」


 次々と、筋肉隆々だったり、細身だったりといった、色々な男性に私は“杖本体”という名の“体”を狙われる。

 その中には、初遭遇して、親切にもこの世界について教えてくれた男も混ざっている。

 ちなみに彼から聞いたのは、この世界ではここで手に入る武器は所有者と伴侶になるらしいこと、そして、


「君のその素晴らしい高性能な“体”、そして見た目は、人気が出るだろうね」

「え?」

「というわけで私を伴侶にしてくれないかな?」


 そう言われた私は、出会い頭にいきなりそんなことを言われてというか突然そんなの決定されたら困ると、その場から悲鳴を上げて人型で逃走した。

 だってこの方が速く逃げられるから。

 必死に走って走って走って、人数が増えている気もしたが更に逃げてそして、岩陰から突然私の前に誰かが現れ、避けることが出来ない。


「ぎゃあああああああ」


 私は悲鳴を上げ、何者かにぶつかり、そのまま抱きしめられたのだった。






 何者かにぶつかり、私は抱きしめられた。

 しかも後頭部を抑えるようにされて、どんな人物に捕らえられているのか私は分からない。

 だが、とうとう捕まってしまった。


 そしてこれから私は……。


「い、嫌だ、私にだって相手を選ぶ権利がある。放せ!」


 そう言って私はじたばたしてみたが、逃げられない。

 そこで、私の頭よりも上の方から笑い声がした。


「元気がいいな。……これは何だ?」

「こ、これじゃないです! というか放してください!」


 私は更に必死になってこの腕から逃げようとしたが逃げられない。

 さらに楽しそうな笑い語が聞こえてそこで、私を抱きしめる片方の腕が緩められた。

 よし、今だ、そう私は思って逃げようとしたが片手だけでも私は振りほどくことが出来ず、それどころか私の手首が掴まれて、そのまま中指に指輪のようなものがはめられてしまう。


 離れた場所で、私を追いかけてきたらしき人物達が呻くのが聞こえた。そして、


「帰ろうか、また駄目だった」

「やっぱりいい武器は競争率が高いよな」

「あーあ」


 などと言って、足音が去っていく。

 どうやら彼等は諦めたらしい。

 でもどうして? そう私が思っているとそこで私を抱きしめる腕が緩まった。


 おかげでようやく私は顔を上に向けられて、その私を捕まえている人物の顔が見える。

 金髪碧眼の美形の男だ。

 彼は微笑み、 

 

「これでもう追われずに済むな。それで……この世界に来たばかりのようだから聞くが、何か知りたいことはあるか?」

「……一見親切そうに見せて、私に襲い掛かるすきを狙っているんだ!」


 先ほどの出来事からイケメンですらも警戒対象になった私は私が、警戒して叫ぶと彼は嘆息してから、


「……どうせお前はもう逃げられないし、好きなだけ騒いでいいぞ」

「ど、どういう事?」

「その指輪、所有契約なんだ。そうはいってもお互いの意思はある程度は尊重されるが」


 そう、目の前の男は私に言ったのだった。







 その指輪、所有契約。

 目の前の男は私にそう言った。

 次に私はその中指につけられた指輪に目を移してから、


「この世界は確か、所有者が伴侶に……」


 そこまで口にした私は、恐ろしい事に気づいた。

 この金髪碧眼のイケメンの伴侶に、私は現在されてしまったのだ。

 所有契約と言っていたから所有者というわけでつまりはそういう事で……。


 私の顔から血の気が引くのを感じる。

 すると目の前のイケメンが意地悪そうに笑い、


「つまりお前は俺の“花嫁”にされてしまったわけだ。どうだ? 初めて出会った男のものになってしまった感覚は」


 などと言う。

 だがそれを聞いただけで、どうして私はこんな目にとしか思えないというか、これから私はどうなってしまうのだろうという不安で体が震えてしまう。

 そんな私を見て目の前は呆れたように嘆息した。


「冗談だ」

「冗談? でも伴侶って、所有契約って……」

「勘違いするな。俺は“保護”しただけだ」

「……“保護”?」


 私は所有契約等の言葉から“保護”という言葉が連想できず、首をかしげる。

 すると彼は、


「この洞窟には人型になれる魔法の武器が何処からともなく降ってくるが、たまにその中でも特に強力で野放しできない武器が降ってくる」

「そうなんだ」

「お前の事だ。お前は、伝説の中に出てくる“幻惑と幻想の杖”だろうが」

「伝説の杖らしいのは知っていたけれど、そんな名前だったんだ」


 私はそこでようやく自分の杖としての名前を知った。

 でも違和感があるなと思っていると、


「まったく本当に何も知らないんだな。……しっかり俺が“保護”してやるよ」

「よ、よろしくお願いします」


 そう私が答えるとようやく彼は破願して、


「俺はレナ-ドだ。お前は?」

「私は大道寺楓ダイドウジカエデです」

「カエデか。これからよろしく、カエデ」


 そう私はこの金髪碧眼のイケメンであるレナードに言われたのだった。









 こうして私は、“伝説の杖”である、“幻惑と幻想の杖”となり、このレナードというイケメンに“保護”されることになったのだが。


「なんだか洞窟を出てから、私に視線が集中しているような」

「それはそうだろう。俺、一応は王子だから、そんな視線は受けるだろうな」

「! 王子様!なんでそんな人があんな場所に?」

「……まあ様子見も兼ねて。そうしたら“伝説の杖”であるカエデが現れていたわけだから、行ってよかったな。下手をすると、悪い所有者に捕まって調教を……」

「ひい!」

「そういったわけだから、気軽に他の男について行ってはだめだぞ? カエデ。カエデは“伝説の杖”なんだから」


 そう言われて私は大きく頷くと、いい子だといって私はレナードに頭を撫でられる。

 子供扱いされて気に入らないが、それでも“保護”してくれた人には変わりない。

 だからこの程度で目くじらを立てないように仕様と私が思いつつ、歩いて行くと人の多い商店街に私達はそこで入り込んだ。


 どうなるんだろうと不安を抱えながら移動していくとそこでレナードが、


「城についたぞ。……後でカエデを“杖”として手入れをしてやろう」


 それに私はその時何も考えずに、お礼を言ったのだった。










 王子様のお部屋というだけあって、豪華なものがいっぱい並んでいる気がする。

 そう思いながら私は、鏡の周りにつけられた細工を見て、ため息をついた。

 細かな透かし彫りが美しいその一品、すごいな~と思ってみているとレナードに、


「何をしているんだ?」

「王子様の部屋らしくて凝っているな、と思って見ていたんだ」

「なるほど。だが今はカエデもこうやって飾られて“見られる”立場だぞ?」

「え?」


 そこでレナードの言葉に私は変な声を上げてしまう。

 なんで私が“見られる”立場なんだと思ってから、


「そういえば私、今は杖だった」

「そうだな。……この世界に来て日の浅い武器は、まだ人型の感覚が抜けないというが、なるほど」

「うう……私、飾られるのかな」

「武器によってはゴロゴロしていればいいから楽だ、といった話もあったな」


 それを聞きながら私は、どうなんだろうと思っているとそこでレナードが、


「カエデも壁に飾ってたっぷりと“愛でてやる”から安心しろ」

「え、えっと……なんだか変態っぽい」

「“伝説の杖”なんだから見ているだけで眼福だろう。人のかたちのカエデも可愛いから二度美味しいな」


 それはそれでどうなんだろうと私が思っているとそこでレナードが、


「そういえば俺はまたカエデの杖の形を見ていないな。手入れもするから杖になれ」

「手入れ……変感じがする」

「カエデたちの世界は道具の手入れをしないのか? 気持ちよくなるぞ?」


 それを聞きながら、たしかに部屋の掃除も含めてそういったことをすると気持ちがいい。

 だから私は、レナードに手入れをしてもらうことにしたのだった。










 レナードにお手入れをしてもらうために私は、杖に変身した。

 これで後は、色々してもらうだけだ。

 そう思っているとそこで私の杖を見ていたレナードが、


「これは凄いな。こんなきれいな杖は見たことがない。しかも伝説の杖というだけあって、魔力の流れや動きも……素晴らしい」

「そ、そうなんだ」


 感嘆するようにレナードが呟くのを聞きながら、褒められた気がしてそう答えた。

 そこで、真剣な表情でレナードが、


「すこし魔力を舐めさせてもらってもいいか?」

「え? 舐める?」

「そう、武器の魔力を感じ取るにはこの方法が一番いいんだ」

 

 と言い出した。

 舐めると言われると抵抗があるが、この世界ではこれが普通のことなのかもしれない。

 今後この世界で生活をしていくのなら、こういったことに離れておくほうが良いのかも、そう私は判断した。だが、


「ふ、ふえっ、そこ、そんな所舐めちゃやだぁ、熱いよぅ」

「うーん、甘くてなかなか。ちなみにどこのあたりが今、カエデは感じているのかな?」

「……」

「なるほど、例えばこの飾りの細工の部分をこうして……」

「や、やだっ、摘まないでぇ」

「そうかそうか。それでこのあたりに触れるのはどうだ?」

「ひあぁっ」


 そこで私は味わうかのように撫で回されて、悲鳴を上げた。

 多分杖と私との感覚を見ているのだろうと思うけれど、こんなふうに多々されるのはと思っていると今度は布などで、丁寧に磨かれる。

 それはそれで全身をくまなく触られているような感じで……。


「もう無理ぃ……」


 そこで私は、意識を失ったのだった。










 私の意識がふっと暗い意識から覚醒した。


「……あれ?」


 私はそこで小さく呟く。

 記憶が途中で切れているけれど、何があったんだっけ?

 そこで私は思い出した。


「えっと、レナードに杖の手入れをされたんだけれど……何であんなに私、感じたんだろう」


 丁寧に撫で撫でさわさわされて、意識を失うくらいに感じさせられてしまった。


「どんな仕様なんだこの杖。酷すぎる。というか今ここはどんな状況かな?」


 そう呟いて私は、杖の体のまま動いてみる。

 けれど転がるようにしても上手く動けない。

 まるで見えない不可視の紐で縛られているかのようだ。


「どういう状況だろう? 放せ、放せ!」


 そうやってじたばたすると、ようやく私を拘束しているものが外れた。

 それから杖が立っている? 状態にまで起き上がり、はねながら床に降りる。

 次に人型になって私がいた場所を振り返ると、


「う、一段高い所に台座が……しかも宝石やら花やらで飾られていて、何コレ」


 私は自分のいた場所を見て呆然とした。

 せめてもう少しこう、壁に軽くかけたるだけの扱いがいい気がした。

 ここまで可愛く飾られていると、何だか変な感じがする。

 

 そう思っているとそこで部屋の扉が開いて、レナードが入ってきた。

 レナードは私を見つけると、


「起きたのか」

「う、うん。でもなんだか紐みたいので縛られている気がした」

「寝ている時に転がってけがをしたら危ないかと思ってそうしたがよくなかったか」

「そ、そうだったんだ。てっきり逃げられないように拘束したのかと……」

「……」

「な、何で答えないんの!」

「そういえば杖でもものは食べられるから、何か食べるか?」

「食べる!」


 そこで食事を提案された私は、すぐに意識がそちらに行ってしまったのだった。








 杖になっても私は食事ができるらしい。

 何でも食べたものをそのまま魔力として蓄えることが出来るそうだ。

 というわけで、王子様権限でレナードが色々な食事を持って来てくれた。


 美味しそうな食事の数々。

 綺麗になるよう飾られた野菜料理からか、彩り豊かな野菜だと思われるソースのかけられた肉、そしてデザートのケーキが私の目の前に出されている。

 どれからにしようと思っているとそこで、


「俺が食べさせてやる」

「え? 自分で食べれるよ」

「……杖の健康管理も大切だからな。肉に野菜にバランスよくとらなければ」


 そう言われて私は、真っ先にお肉にしようと思ったのにと、心の中で呟いて……そこで気づいた。


「このお肉は何の肉でしょうか」

「……」

「な、何の肉なんですか!?」

「実は最近、母がダイエットよ~と叫んでいる関係で、一見肉に見えるこれらはすべて野菜や、豆類なんだ」

「……お肉」

「俺もほどほどにして欲しいんだが……今日はすぐに用意できる肉が無くて。“モモガ鳥”や“ウララギ牛”、ママレド豚”といった美味しい肉もあるからその内ご馳走するよ」

「わ~い。……でもこれ、野菜なんだ」


 そう思ってみるとこの唐揚げのようなものも含めて、段々に悲しい気持ちになった私。

 けれどそこでレナードが肉を焼いたものにソースを絡めたものを取り、


「ほら、口を開けろ」

「はい。あ-ん。ぱく、もぐもぐ。! 美味しい」

「……そう、実は美味しいんだ」

「……でもお肉も食べたいな」

「その気持ちはよく分かる。でも今は野菜で我慢してくれ。これを食べたら外を案内してやる」

「! 本当! わーい、もぐもぐ」


 こうして私はレナードに食べさせてもらったり、私ばかりではと思いつつレナードに私が食べさせたりして美味しい食事の時間が終わったのだった。








 食事の時間が終わり、私はレナードに外に連れて行ってもらうことになった。

 “保護”の関係で、この世界について教えてくれるらしい。

 このレナードという王子様はとても親切だ。


「後で何かお礼をしないと」

「? 何がだ?」

「“保護”してもらえて、こんな風にこの世界について教えてもらえたわけだし。あとでお礼をしないとと思って」

「……別にしなくていい。俺がしたくてしているんだし」


 そう、何処かそわそわするようにレナードが私に教えてくれる。

 お礼を言われたりすると恥ずかしいのかもしれない。

 いい人だなと私は思いながら、


「……よし、私、“伝説の杖”だから、“伝説の杖”としてレナードのお手伝いをするよ。それでどうだろう?」

「“杖”か。“杖”……ね」


 そこで呻くようにレナードが呟く。

 何か問題があるのだろうかと思っているとレナードが、


「実は俺、基本的に扱う武器は“剣”なんだ」

「え……で、でも魔法は使えるんだよね?」

「使えるには使えるが、“杖”等の媒体を使用するほど魔法に詳しくはないからな。……でもカエデの“杖”は魔力を通すだけで使えたか? ……その辺りは記憶が曖昧だからあとで調べよう」


 そうレナードが言い出した。

 ただ私としては、


「そうなんだ、レナードには私、“杖”としてお手伝いできないんだね」

「……分かった。俺は、カエデのために魔法の練習をする」

「え? でも無理しなくても……」

「いや、折角カエデが俺のためにそう言ってくれているから、頑張るよ」

「う、うん。でも魔法剣士って格好いいよね」


 私が特に意味もなくそう言うとレナードは更にやる気を出したようだった。







 こうしてレナードは魔法についてやる気を出したらしい。

 けれど今は、外を案内するのが先だそうで、魔法の練習は後だそうだ。

 そこで私はレナードに、


「それで、何処か見てみたい場所はあるか?」

「そもそもこの世界がどんな場所か、私は知らないのですが」

「分かった、まずは街に出てみよう」


 といった話になり、城から出て城下町に向かう事になった。

 一応王子様なので、服装等を偽装する。

 そういえば私も洞窟であった時のレナードは、普通っぽい格好をしていたような気がする。


 その時と同じ服装で私は、レナードに外に連れていかれているわけだけれど、


「そういえば私、“伝説の杖”らしいけれどこの人型でも分かるのかな?」

「ある程度“強い”人間や武器は見抜けるだろうが、その指輪をしている間は能力なども抑えられて気づかれないだろうな」

「そうなんだ、この指輪にはそんな効果があったんだ」


 私はそう答えながら自分の中指につけられた指輪を見る。

 こうやって陽の光の下で見ると、透かし模様が綺麗な銀色の指輪で、所々に水色の石が入っている。

 これも何か意味があるのかもしれないと思っていると、そこで私はレナードに手を繋がれた。


「人が多くなってきたから、こうやって手を繋いでおいた方がいい」

「確かに逸れてしまいそうだね」

「指輪をつけているからどこの場所にいるかはすぐに分かるが、この方が確実だろう」


 レナードがそう言ってくるので、私はそうなのだろうと頷く。

 それから私は街について映画館や店や公園など、幾つも案内してもらったのだった。







 こうして色々な場所を案内してもらい、別の公園に私はやって来た。

 この都市にはそういった市民に開かれている公園が幾つもあるそうで、その公園にはそれぞれ“意味”があるらしい。

 なんでも私達のような“武器”は普通の形では治せず、その方法の一つとして“鍛冶屋”に直してもらうのだそうだ。


 その一方でちょっとした傷などは、お手入れという、先ほどレナードに私がしてもらったようなアレ以外に、こういった公園で癒すらしい。

 この世界には魔法の属性には、地水火風光闇があるそうだが、その内の光属性が私であるそうだ。

 ちなみに光と闇は、それ以外のどこの属性でも自分の属性として扱えるらしい。


 そのため何処の公園でもちょっとした傷なら癒せるそうだ。

 そして現在、私はある公園にやって来たのだけれど、そこには大きな池のような場所があり湯気が立っていた。つまり、


「わ~、ここ、温泉なんだ。確かに色々な武器が入ったり、人が入ったりしているね」

「あそこにいる人間のようなものは、弓だな」

「あの人も私と同じ武器なんだ。ちょっとお話を聞いてこよう」

「……いきなり話しかけるのは失礼だから止めておけ。それよりも入ってきたらどうだ?」

「うん。杖の姿のままがいいかな?」

「……そうだな。カエデの肌を他の男に見せる必要ないし」


 レナ―ドがそう言ってひとり頷いている。

 心配してくれているらしい。

 いい人に拾われたなと私は思いながらレナードに私は、


「レナードも一緒に入らないの?」

「……ここでカエデを見ているから。あそこでタオルが借りられるぞ」

「そうなんだ、うん。じゃあ入ってくるね」


 そう答えた私はその温泉に向かい、その時レナードが、天然で素直……可愛すぎると呟いていたことなど、気づきもしなかったのだった。








 こうして杖の状態で温泉に入り、気持ち良くなってしまった。

 ただ私だけが心地いいのもどうなんだろうと思いつつ、温泉から出てからレナードに聞くと、私は頭を撫でられて、


「カエデが気持ち良ければそれでいい。この世界に来たばかりで、まだ慣れていないから、これで少しでも慣れてくれればいいな」

「……私、レナードのために出来ることは何でもするよ」

「俺は自分の事は自分でできるから。ああ、カエデが望むなら後で“杖”として使ってあげるぞ」

「……うう……何かレナードのために出来ることがないかな」


 こんな風に一方的に好意ばかり受けているのは、どうなのだろうと私は思ってしまう。

 きちんとお礼をしたいけれど、私の“杖”として出来ることもまだよく分からない。

 するとそこでレナードが、


「だったらカエデにはお菓子を作って俺に渡して欲しい。この世界ではその、“武器”から作ったお菓子を渡すのには気持ちを込めた意味があるから」

「そうなんだ! えっと、お城の料理人の人に教えてもらえるかな?」

「いいぞ」

「何か食べたいものってある? どうせならレナードが好きなものがいい」


 だって作って渡すなら、“保護”してくれているレナードの好きなものがいいだろう。

 そう私が思っていると、口にレナードは手を当てて、私から顔をそむけた。

 しばらくレナードは肩を震わせてから、真剣な表情で、


「それなら、“モモガの果実”を使ったものがいい。今の時期美味しいんだ」

「分かった、その果物を使ってみる!」

「楽しみにしている」


 そうレナードは私に言ったのだった。








 町を案内してもらった私は城に帰ってきた。

 レナードのために好物のお菓子をと思って、さぅそく調理場に案内してもらったのだけれど。


「……何だか皆様の視線が気になるのですが」

「気のせいだ。それで、菓子職人のミゼルは何処だ」


 そこでお菓子職人と呼ばれた人物が一人現れる。

 水色の髪に赤い瞳の、少女ではあるのだけれど。


「可愛い子がいる! 私よりもかわいい子が!」


 慎重にコンプレックスが少しあった私はそういうと、そこで現れた人物が、


「……ここで再教育をしてやろうか?」

「ふえ?」


 そこで怒ったようにミゲルが私に言う。

 だがこの細腕ならば私の方が勝利できそう、などと私は思っているとレナードが、


「カエデ、ほどほどにしておけ。ミゲルは、ここにいる料理人全員を倒してしまうくらい強いぞ」

「え、ええ!」

「ちなみにカエデは体術か何かの訓練は受けているか?」

「そ、そんなもの受けてないよ」

「だったらミゲルに可愛いと言わない事だ。彼女は背の高い美人女性に憧れているからな。……どうなっても知らない、と言いたいところだが……カエデも可愛い部類だからな。少しは手加減してくれるかもしれない」


 などとありがたくもない話を聞いてしまった私は立ち尽くしているとそこでミゲルが、


「それでレナード様、何の御用ですか?」

「実はこのカエデに、菓子の作りかたを教えて欲しいんだ」

「菓子? 菓子……レナード様へのプレゼントですか?」

「……そうなるが、まだ俺はカエデを“保護”しているだけの状態だからそこまでの意味はない」

「……なるほど、そうですか。分かりました。では……先ほどこの私を可愛いと言い出したことを後悔する程度に、優しくお菓子作りを教えますね」


 そこで、私は地味に根に持たれていると知ったのだった。








 お菓子作りをする事になったが、今日は遅いので明日といった話になった。

 そして私はその日、また夕食をレナードの部屋で一緒に食べることに。


「両親と食べなくていいの?」

「今日は、どちらも別の会に出席中だから」


 そう答えたレナード。

 王族なりにしなければならない事もあり、大変なんだそうだ。

 それを聞きながら、また昼間のように食べさせあいっこして、それからちょっとしたボードゲームのようなものをする。


 レナードにやり方を教えてもらっての私も挑戦するけれど、


「レナード、ちょっとは手加減してよ!」

「……涙目なカエデが可愛い」

「! そんな事のために私は負けさせられていたのか! く、だったら私だってレナードを涙目にさせてやるぅうう」


 といった理由で私はその後レナードと戦い続けてようやく一勝したので、ようやく眠ることになったのだけれど。


「“杖”の姿になってあそこにまた飾られるのかな? そうしたら気づいたら縛られていたり?」

「……寝相が悪いと床に転がるからな。それで本体が折れてしまう事もたまに……」

「ガクガクブルブル」

「でも“伝説の杖”だから少しくらいの衝撃なら大丈夫かもしれないが……そうだ。“いいほうほうをおもいついたぞ”。カエデが人型のまま俺と一緒に寝ればいいんだ。この部屋はベッドが一つしかないし」

「レナードはいいの? 私がいたら邪魔にならないかな」


 私はレナードの好意に甘えて、ベッドに入って一緒に眠ることに。

 もぞもぞと私は布団の中に入ると、一緒にベッドの中に入り込んだレナードに抱きしめられる。


「え?」

「抱き枕代わりにすると寝やすいんだ」


 そうなのかと私は納得して、その日、私はレナードに抱きしめられながら眠ったのだった。









 鳥の鳴き声に私は目を覚ました。

 何の声かは分からないが、とても気持ちがいい気がする。

 そこでぐっと私は誰かに抱きしめられた。


「むぐっ、うぐっ……」

「起きたみたいだからとりあえず抱きしめておこう」


 笑うような声が私の頭の方から聞こえる。

 どうにか上の方を見上げると、レナードが笑っていた。

 と思っていると更に強く抱きしめられて、


「は、放せ~」

「……元気なカエデを力でこうやって押さえつけるのも楽しいな。もっと暴れるがよい」

「うご~、放せ~」


 レナードに面白がられて更に抱きしめられてしまい私は、じたばたした。

 悔しいので逃げだしてやると暴れる私だが、レナードの腕の力は意外に強い。

 しかもこうやって抱きしめられると服越しにレナードの体温を感じる。

 

 それが何となく心地いい気がするから、きっと私は逃げられないのだと思う。

 だがそれでもこんな腕から逃げられるくらいの力があるのを私は見せつけたい、という欲求がある。

 だから私は頑張って、レナードの腕の中でもぞもぞしていたが、幾らやってもびくともしないため私は疲れてぐったりした。


 するとようやくレナードが私を開放してくれる。

 私は敗北してしまった、そう思っているとそこでレナードが、


「それで今日は、食事をしてからどうする?」

「ミゲルにお菓子作りを教えてもらおうと思っていたのだけれど」

「ミゲルは午後からしか来ないぞ」

「え! そうなんだ。どうしよう……そうだ! だったら私、“杖”の私を使って、レナードに魔法を使って欲しいんだ!」


 そう私はお願いしたのだった。








 早速私を“杖”として使ってもらう事に。

 なんでもこのお城の中にはそういった練習場があるらしい。

 広く大きい城の敷地内には、ちょっとした森のようなものもあるそうだ。


 けれどそ足りにはまだ行かず、今日はこのお城の花園を通って練習場に向かうらしい。


「今日は宮廷魔法使い達の練習がない日だったから良かった」

「宮廷魔法使い……そんなのがいるんだ」

「うん、でも彼等にはカエデは見せたくないな」

「? どうして」

「カエデは“伝説の杖”だろう。そんなものがあったなら皆目の色を変えて追いかけてきそうだ。魔法使いは“杖”が大好きだから」


 そうレナードが語るのを聞きながら私は、洞窟内で血走った目で男達に追いかけまわされた悪夢の記憶が呼び覚まされる。

 あれと同じことがここに来ると起こっていたかもしれないのだ。

 そう考えて顔から血の気が引いている私にそこでレナードが、


「どうしたんだ?」

「いえ、昨日ダンジョン内で追いかけまわされた記憶が……」

「カエデは見た目も可愛いし“伝説の杖”だから。皆が欲しがるのは当然だろう。でも大丈夫だ。今は俺の“保護”の元にあるからそう簡単に手出しできないぞ」

「うう、レナードに出会えて私は良かったよ。あ、あそこにある闘技場のような場所が練習場?」

「そうだな。技の威力を試すために大きな岩があったから、それを今回は魔法で壊してみよう」

「わ~い、私、どれくらいの魔法が使える……使ってもらえるのかな」


 そんな楽しみを覚えながら私達は、その場所に向かったのだった。








 練習場にやって来た私達。

 広いその場所は床に歩きやすいように灰色の石が敷き詰められている。

 そのすぐそばには茶色の巨岩など、魔法の練習用の装置らしきものが置かれている。


 ちなみにここにある攻撃練習用の道具は魔法で強化や防御がされているらしく、ちょっとやそっとでは壊れることも無いらしい。

 だから思いっきりやっても“大丈夫”だそうだ。


「とはいっても、カエデの“体”に魔力を通すだけだからな」

「う、“体”と言われるのは抵抗があるかも」

「“杖本体”に魔力を通してその中で、好きな魔法の幾つかを選択するそうだ。場合によっては魔法自体も瞬時に“合成”出来るらしい」

「……もしや私、意外にも“高性能”な“杖”だったりするのかな?」

「それは“伝説の杖”だから。ほら、カエデ、“杖”になってくれないか」


 そう言われた私は即座に“杖”の形になる。

 後はこれをレナードに握ってもらい魔力を通すだけ!

 それでこの世界に来て初めて攻撃魔法が見れるのだ!


 そんな楽しみを覚えているとそこで私の杖を握りしめたレナードから、魔力が注がれるのを私は感じたのだが、


「うにゃ!」

「……今、カエデの声が聞こえた様な気がするが気のせいか」

「き、気のせいじゃな……やぁああっ、んんっ」


 そこで魔力を流されるたびに私は、凄く“感じて”しまう。

 体をさわさわされるだけでなくもっと直接的な刺激に感じる。

 ま、待ってよ、もう少し手加減してぇぇ、そう私が叫びたい気持ちになっていると、


「“光の槌”」


 そうレナードが呟くと同時に魔法陣が周囲に幾つも浮かび上がりそして、轟音と強い光が聞こえた。

 眩しいので感覚をシャットアウトして、それから音も聞こえなくなったので周りが見えるように私はすると……目の前の大きな岩が、“消失”していたのだった。








 目の前の巨大な岩が消失した。

 それはもう跡形もなく。

 大きさで言うと私が肩車して5人ほどの高さで、幅は私が大きく手を繋いでこれまた五人ほどの岩だった。


 それがそんなものがあったのかというくらいに目の前から消えている。


「こ、これはもしかして、“質量が別の場所に転移”したのでは」

「……なるほど、カエデの位置だとこの岩が見えないのかもしれないな。……下の方を見てみろ」

「下?」


 そこでレナードに言われて私は、下の方を見る。

 そこには砂のような茶色いものが広がっている。

 これは一体なんだろう?


 そう私が思っているとそこでレナードが、


「そこに流れているのが、先ほどの岩だったものだ」

「……え?」

「出来るだけ手加減したがそれでもこの威力だったようだ。流石は“伝説の杖”だな」

「ど、どうしよう、訓練用の備品壊しちゃった」


 まさかそんな事になるとは思わず私はどうすればと思っているとレナードが、


「練習用だから問題ない。後で宮廷魔法使いの人達に話しておく」

「で、でも……」

「これだけの強力な攻撃で破壊されたのだから……むしろ彼らは喜ぶと思うぞ。こんなすごい杖が現れた! と」

「そ、そういうものなのかな?」

「そうだから安心するといい。それでもう少し魔法を頑張るか?」


 私はレナードに言われたのだけれど、魔力を通された時に感じたあれは、その、何というか……。

 それに、こんな風に延々と備品の破壊を繰り返すのは気が引ける。

 だからここで私はレナードに、魔法の挑戦はやめてもらえるようお願いしたのだった。







 こうして私は、“伝説の杖”としての私自身の能力に恐れをなし、部屋に逃げ帰った。


「あ~う~」


 私は部屋のベッドの上でごろごろしていた。

 何かする事はないかと聞いた所、レナードに、私がベッドの上でごろごろしている所が見たいと言われてしまったのだ。

 私にはその意図がすぐに分かった。

 

 私が他に何かレナードのために出来ることはないかと聞くから煩いと思ったのかもしれない。

 だが先ほどからレナードは呻きながらこちらを見て悶えているような気がするが、そんなに私は変な行動をしているように見えるのだろうか?

 そう考えるとやる気がなくなり、ぐったりしているとそこでレナードがやってきて、


「なんだ、もう疲れたのか?」

「レナードが私を見て笑うから、私はやる気をなくしてしまったのです」

「そうなのか? 普通に“可愛い”と思っただけだが」

「うぐっ……でも可愛い可愛い言われすぎているのも慣れてないというか」

「そうなのか。分かった、これから気を付ける。……所で話は変わるが、先ほど魔法を使ってみてどうだった?」


 そこでレナードの魔法を使った時の感覚を聞かれた私は、どう答えるか迷った。

 酷く感じるような体の内側からこう……そんな快楽だったのだ。

 それを伝えるべきなのか? でもレナードに嘘をつくのはどうだろうと私は思ってから、


「その、凄く感じちゃった」

「……魔力を通すと、その武器ごとに違った感想が出てくるらしい。人によっては活発になったり、逆に鬱になったり」

「そうだったんだ……」

「カエデの場合は、快楽を得てしまうようだな」


 と、嬉しくもない私のこの世界での性質を、私はレナードに言われてしまったのだった。







 魔法を使うと快楽を得る傾向が私にはあるらしい。

 なんという効果をつけてくれたのですかと小さく震えているとそこで、


「そんなに感じるならその……魔法は使わなくてもいいんじゃないのか?」

「! 私の“杖”としての存在意義が」

「……普通に可愛がられていればいいじゃないか?」

「く、こうなれば私だって別の能力を開花させないと……」


 私は真剣に考えてそう呟くと、レナードが不思議そうに、


「別に、新しい能力を身に着ける必要があるのか?」

「あるよ、大ありだよ! 今はレナードの“保護”の元にいるけれど、そのうち放り出されたら私……」

「一度俺が拾ったからそう簡単に“捨て”ないぞ? 逃がすつもりもないし」

「え?」

「カエデはこの世界に疎いんだから怪我をするかもしれないじゃないか」


 真面目な顔でそう言われて私は、なるほどと思って頷く。

 確かに私はこの世界に疎い。

 でもだからと言ってレナードに“保護”されて何かをしているのもどうだろう、と思っているとそこで部屋の扉が叩かれた。


 すぐに聞こえた声から、菓子職人のミゲルだと分かった。


「レナード様。“花嫁”の“杖”にお菓子の作り方を教えると聞いたのですが~」

「……カエデはまだ“花嫁”ではないが」

「え! えっと……はい、そうですか。ではそのように。それでどうしますか? 今から教えますか?」

「どうするカエデ。今からお菓子作りを教えてもらいに行くか?」


 そう聞かれたので私は即座に頷き、ミゲルについていって、城の調理場に向かったのだった。









 お菓子を作りに行く事になった私。

 出来ればレナードの好きな“モモガの果実”がいいというと、


「確かに今の時期はその果実が美味しいですね。というかレナード様のリクエストを聞いて作るのですか?」

「うん、何も分からない私にダンジョンから連れ出して“保護”してくれている親切な人だし」

「そうですか、親切……親切」


 ミゲルはそう何度もつぶやいてから、何かを考え込むように呟いて、


「うん、分かったそれで行こう。では、“モモガの果実”のお菓子……カスタードクリームと合わせたタルトにしよう」


 そういいだしたのだった。









 まずは小さなタルト生地を作る。

 今回は大きなものを切り分けるのではなく、小さなタルトを作るらしい。

 というわけでバターや小麦粉砂糖などを使い、小さなタルトのお菓子の入れ物? を作っていく、のだが。


「そこ、もっと力を込めて混ぜる!」

「はい!」


 実はミゲル、結構厳しかった。

 私は涙目になりながら、言われた通りにこなしていく。

 タルト台を作り、焼いたり冷ましている間に、カスタードクリームや果物を切っていく。

 

 “モモガの果実”は種のない桃のような果実で、味わいも似ている。

 みずみずしいその果実は口の中でとろけて優しい甘さと香りが口に広がる。

 味を見てケーキに使うカスタードクリームの砂糖の量を考えるのだそうだ。


 そしてそれを考えて作ったカスタードをタルト台に乗せて、桃を重なった花びらのように乗せていき、最後に金粉のようなものを飾る。


「き、綺麗にできた」

「私の教え方がいいからだな」

「ありがとうございます」


 お礼を言うとミゲルが目を瞬かせてから私を見て、


「素直なんだね。上手くできて良かったね」


 そう私に言ったのだった。








 出来上がったケーキは幾つかある。

 その内の一つを半分に割り、私とミゲルで味見をする事に。

 口に含んだ瞬間、クリームとケーキと果物がとろりと混ざり合う。


 みずみずしい果実と濃厚なクリーム、そしてタルトの香ばしさが口いっぱいに広がる。

 美味しすぎて、幸せすぎる……そう私が思っているとミゲルが、


「この味なら、レナード様も満足してくれるだろう。……食べさせてあげたりするのかい?」

「えっと……そうだね。そうするとレナードも喜んでくれるかな?」

「……うん、喜んでくれると思うからやってみるといいよ。あ、このケーキに合う茶葉は“ナナミの葉”かな。確かここに……あった」


 そこでミゲルが戸棚から紅茶の缶のようなものを一つ取り出す。

 銀色の缶に入った茶葉は、うっすらと青い色をしている。

 これは飲んでも大丈夫なものなのだろうか?


 そう私が動けずにいるとそこで、


「ほら、こっちに来て紅茶の入れ方を覚えるんだ」

「う、うん。でもそれって他の人のお仕事をとっちゃうんじゃ……」

「……一緒にいる杖や武器は、相手のためにお茶を入れたりするよ。だから、今はレナード様の“保護”によるものとはいえ、一緒にいるのだからこういった事は出来た方がいいよ?」

「わ、分かった」


 そしてお湯を沸かす魔法などを教わり、そして三つほどの茶葉の傾向を教わる。

 しかもその時に私は、どの茶葉がレナードが好きなのかを聞く。

 後でそのお茶を淹れてみよう、レナードは喜んでくれるだろうか?


 そう思いながら今しがた入れたお茶をカップに注ぐと、澄んだ琥珀色をしている。

 何処からどう見ても私が知っている紅茶に見える。と、


「この青い茶葉は高級品なんだ。でも異世界の人には不気味なものに見えるらしいね」

「そうなんだ?」

「うん、私の恋人の短剣もそうだったから。でもこれを見て安心したかな」


 そう言われた私はは、大きく頷いたのだった。








 そして出来上がったそれらを部屋に運ぶと、レナードは誰かと話していた。


「この城の西の方で、強力な魔物が……」

「それで場所の特定は」

「今探している最中です。場合によってはレナード様のお力をお借りすることになるかもしれません」

「分かった、では……カエデ、きていたのか」


 そこで私に気付いたらしいレナードが私に微笑む。

 嬉しくなってすぐに駆け寄りたくなるも、すぐに邪魔をしてはまずいかなと思ってその場にとどまる。

 するとレナードが、


「では後はまた何かあれば、俺に行ってくれ」

「はい」


 どうやら丁度話が終わったようだ。

 レナードと話していた人……中年のおじさんであったけれど大きな剣を携えていて、強そうな人が去っていき……私の方をちらっと見た。

 そのまま、くわっと目を開き、


「これは……伝説の杖! だが、杖……剣ではないのか……」

「え、あの?」

「いや、お互いの気持ちが一番だからな、うん。では……」


 そう言って一人去って行ってしまう。

 私はよく分からないがそこでレナードが、


「作ってきてくれたのか?」

「う、うん、タルトだけど、どうだろう? あ、私がレナードに食べさせようと思ったのだけれど、いいかな?」


 恐る恐る聞くと、レナードが驚いた顔で私を見て、次に微笑み、


「食べさせてくれるなら嬉しい」


 そう言われたので私は、早速ケーキをフォークのようなもので切り分け、レナードの口に運ぶ。

 どうだろう? 気に入ってくれるだろうか?

 そう思ってじっと見ているとレナードは笑顔になり、


「とても美味しい」

「よ、よかった」

「もう一口いいか?」

「うん」


 私も嬉しくなって、レナードがあーんと口を開ける所に、ケーキを入れたのだった。








 こうして美味しいケーキを楽しんでもらってから、レナードには私も食べさせてもらっていた。


「ほら、口を開けろ」

「あーん」


 そうして食べたケーキは、試食した時よりもやけに美味しく私は感じられた。

 どうしてだろうと思っていると、レナードが、


「悩んでいるような顔をしているがどうした? 可愛いから俺は見ていて飽きないが」

「か、可愛い……私、そう言われて嬉しくない」

「そうなのか? 可愛い可愛い」

「うごっ、私の頭を撫でるな、撫でるな! こんなもので誤魔化され……たり……は……」


 そこで私は頭を撫ぜられて心地よくなってしまう。

 特にこう、私はレナードに撫ぜられたりすると、こう……。

 しばらく気持ち良くなってその撫でる感覚を味わっているとそこで、レナードの手が放される。


 なんでだろうと思っていると、私から顔を背けてプルプル震えている。


「どうしたの? レナード」

「いや……カエデが可愛すぎて……」

「……」

 

 私は無言になった。

 どうやらレナードは私を見て、可愛すぎて悶絶しているらしい。

 もしかして服装のせいだろうかと私は気づき、


「私、もっと違う服が着たい」

「一応、杖でも人型をとっていれば服を着替えられたはずだな。そのうち階に行ってもいいかもしれない。連れて行ってやる」

「本当!」


そこで、レナードが私に微笑み頷き、


「ほら、ケーキもまだ残っているぞ。あーん」

「あーん」


 レナードに言われて私は口を開けて、お菓子を咀嚼した。

 自画自賛になってしまうが、この菓子は大変美味である。

 そうしつつ紅茶も楽しんでから、レナードが、


「可愛いのも個性だしな。俺が“保護”したくなるくらいだし」


 そう言われると幸運な気もするが、それだと何だかペット扱いな気がしてそれはそれでなんとなくこう……。

 私が不満に思っていると、レナードに私は抱きしめられた。


「可愛いよな、カエデは」

「……微妙にうれしくない。うう」


 そう答えながらもレナードの腕の中にいるとすごく安心するとは思う。

 これは何だろう、そう思っていると、レナードが大きく深呼吸をしてから私から離れた。

 そしてそこで城の人が来てレナードは何かを話す。


 小声なので全部は聞けなかったが、聞き取れた一部は、魔物と言っていた。

 だから私はレナードが戻ってきてから、


「魔物か何か、出たの?」

「そうだな。強力な魔物だが、ここは安全だぞ」

「私、役に立てるかな?」

「……危険だからカエデはここでお留守番だ」

「でも、私、伝説の杖なんだよね?」

「俺は強いから必要ない」


 強い口調で言われて私はびくっと震えてしまう。

 すると言い過ぎたと思ったらしいレナードが、私の頭を再び撫でてから、


「気持ちは嬉しい。それは貰っておく」


 そう言われてしまい、それからお昼寝をしたくなったので抱き枕代わりになれと言われて私は、渋々、頷いて一緒に眠ったのだった。







 お昼寝の後も、夜、私はレナードに抱きしめられて眠った。

 その次の日は、公園に行ったり城の周りを散策したり、その次は私という杖のお手入れをされて喘がさせられたリ、その次の日は、お菓子作りにまた挑戦したりしていた。

 いたって平和な日々だけれど、レナードは時々魔物に関して真剣に話している。


 まだ捕まらないらしいが、その魔物を追跡吸う手段を得たといった話を私は聞いた。


「この件はもうすぐ解決するから心配しなくていい」


 そう私は言われる。

 更に私は私を使ってもらえないか聞こうとしたら、新しい杖の台を作ったと言われて私は、ガラスが沢山ちりばめられて、しかも全体に波を描くような線の形の硝子で杖を置く台が作られている。


「こ、これは……」

「しかもここの硝子のフックをつけると、魔法で以前よりも頑丈にここに固定される」

「……私が逃げられないように?」

「……気のせいだ。転がってカエデが怪我をしないようにするためだ」

「な、なんで今の答えに間があるのですか!?」

「気のせいだ」


 そう言い切ったレナードだが、ちょっと私に対して“過保護”過ぎやしないだろうと思わなくはない。

 そこで誰かが私達の部屋に駆け込んできた。


「レナード様! 東の方に魔物が現れました! 討伐隊が向かっていますが……予想よりも多く集まってしまい……」

「分かった、すぐ行く」


 レナードがそう答えたのだった。









 私はお留守番させられてしまう事になった。

 

「折角の“伝説の杖”になったのにな~。でもレナード、大丈夫かな」


 レナードは強いらしいと私は聞いたけれど、本当に大丈夫だろうか?

 変に胸騒ぎがする。

 危険な魔物が近づいてきているらしいけれど、と私は不安を覚えながら部屋で待っているとそこで、


「レナード様の“伝説の杖”はここか!」

「! ど、どちら様ですか! あれ?」


 現れた人達のうち一人は、以前からよくレナードと魔物の話をしていた人物だ。

 そして他にも魔法使いっぽい格好の人達が何人かやってきて私を取り囲む。


「な、なんですか!?」

「レナード様が怪我をさせたくないから絶対に戦闘に行かせないと言って、貴方の能力解析をさせてくれませんでした。ですが今ならできます」

「え、えっと」

「それによってレナード様のお手伝いにいって欲しいのです。……今回、危険な相手ですから」


 それを聞いた私は即座に頷いた。

 この能力がレナードの役に立てるなら、と思ったのだけれど。


「ふああああっ」

「回復魔法は最上級レベル、しかも杖自身で自動で発動」

「ふええええっ」

「魔力の量もこんなに……凄い、この都市の結界丸々一つが、十分の一の魔力でできます」

「えうっぁああああ」

「これは最上級攻撃魔法……それも幾つもの属性を……」


 といったように測定される間、レナードの手入れのように私は散々感じさせられてしまった。

 この世界は一体どうなっているんだ、と思っているとそこで、レナードとよく魔物の話をしていたおじさんが、


「貴方はレナード様を恋愛感情で好きですか?」

「それは……」

「本来であれば、危険な場所に何てあなたは行きたくないはずです。それにレナード様の役に立ちたいなんて思わないはず」

「それ、は……確かに好意を受けているから私も返したいって思っただけで」

「本当に?」


 そう聞かれてしまうと私も答えられない。

 そして黙ってしまった私にそれ以上聞くことなく、杖になるよう私は促された。

 そして担がれて目的の場所に向かうと、目の前で誰かが飛んでくるのを目撃する。


 すぐに私はその人影に体当たりするように抱きつく。

 彼は驚いたようだ。


「カエデ、どうしてここに!」

「心配で来たんだ! というか血が!」

「……カエデの持っているらしい自動の能力で消えたみたいだな。カエデにはまだ魔法は教えてい無し」


 そう言われて、私にそんな能力があるらしいとさっき聞いたのを思い出した。

 おかげでレナードを助けられたけれど、でもまだ魔物は残っているらしい。

 少し離れた場所に大きな羽の生えた蛇のようなものがいる。


 その周りには兵士らしき人も倒れている。

 だから私はレナードに、


「私を使って欲しい」

「……仕方がないか」


 呻くように呟いたレナードによって、杖になった私が握られる。

 魔力が通されてから、いつもの比じゃないくらい私は感じさせられている間に、炎の塊を呼び出されて、魔物を一瞬にして殲滅した。


「……凄まじい威力だな。さっきまでほとんど手も足も出なかったのに……カエデ、助かったよ」

「……」

「カエデ?」

「……感じすぎてもう、らめぇ……」


 私は小さくそう呟いて、くてっと、そのまま記憶が途切れたのだった。








 はっと目を覚ますと、レナードの部屋の天井が見えた。

 すぐに周りを見回すと、


「……誰もいない。あれ、夢だったのかな?」


 私は周りを見回してそう呟く。

 私はただここで待っていただけなのだろうか?

 そう私が不安を覚えていると部屋の扉が開いた。


「レナード! あ、えっと私……」


 そこでレナードが私の目の前に来て微笑み、


「戦闘に無理やり連れてこられたらしいな。今度連れて来たら、クビだと伝えておいたから安心すればいい」

「ち、違うよ。私もレナードのお手伝いをできればって思ったんだ! 実際にレナードは怪我をしたわけだし」

「……油断しただけだ」

「油断したとしても怪我をしたのは確かだよ。そして、魔物だって私が倒したじゃないか」

「……ふん」


 レナードがそっぽを向いた。

 だが私としては、酷いと思って、


「レナード、なんで私をそんな手伝いをさせてくれないんだ」

「危険だからだ。それに強い力を持っていると気付かれれば、狙う人間も出てくる」

「ぼ、私だって魔法も使えるらしいし、自分の身ぐらい自分で……」


 そこでレナードが私の頬に手を当てた。

 ゆっくりとレナードの顔が私に近づいてきて、そのまま唇を重ねる。

 嫌だとは、思わなかった。


 むしろすぐに離れていくレナードの唇にもう少し……という気持ちすらいだいていた。

 そこでレナードが私に、


「カエデ、俺はカエデが好きなんだ」

「……えっと」

「本当は初めて会った時に気に入って、だから、結婚指輪なんてつけて、“保護”という名目で連れてきて……逃げられないようにしたのに」

「え、えっと、あの……」

「ゆっくり俺のものにしようと思ったのに、こんな可愛く、俺を心配だからって言って……俺が我慢できなくなるだろう」


 突然の告白。

 でもじっと私を見つめている。

 真剣なまなざしで、だ。


 だから私も、さっき言われた私の気持ちを考えて、


「私も、レナードが好きだと思う。親切だし優しいし、それに、レナードが怪我をするって思ったら、いてもたってもいられなかった」

「カエデ……」

「だから私、レナードとなら一緒に居てもいいかなって思う。私もレナードの事が、好きです」


 そう返したのだった。






 それから私はレナードの正式な伴侶という事で、式を挙げさせられそうになっていた。

 なんで私がウェディングドレスを着るんだと聞いたら、似合うからと言われてしまう。

 そして私はそのドレスを選ばさせられている。


 だがいろいろとすごいことになっているそれらを見ながら私は、


「うう、じゃあ飾りの少ないこれで」

「これか? もっと可愛くていいのでは? これもいいと思う」


 というわけで幾つも試着させられてしまった私。

 レナードが楽しそうだからいいのだけれど、そろそろ許して欲しいなと思っている。

 そこでレナードが、


「それでこれを選んだらまた外に遊びに行こう。何処に行きたい?」

「え、えっと……後で観光ガイドブックが欲しいです」

「分かった」


 微笑んだレナードにまた私は魅入られてしまう。

 男なんて冗談じゃないと思っていたのに、レナードだけは私にとって特別なようだった。

 こうして、私は伝説の杖になって、レナードの伴侶になってしまったお話はひとまずはお終い。


 そんな私が、伝説の魔獣を倒すといった活躍をする事になるのは、また、別の話である。













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