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クリスマス特別編 〜紫のクロッカス〜







雲ひとつない快晴の空に、暖かな光を放つ太陽が昇っている。

だが、その暖かな光はこの凍てつくような寒さの冬には全くもって似合わない。


そして、この場とも……



ーーゴトッ



手に持っていたペットボトルが地面に落ちる音がする。


それを落とした彼女は唖然と目の前の光景を眺める。


その彼女の前では、1組の男女が熱いキスを繰り広げている。


いや、正確にいえば男が女に半ば強引に。

この表現が正しいであろう。



「湊……くん? 」


男は、勢いよくキスをしていた女を跳ね除け、口を服で擦る。

跳ね除けられた女は、顔を歪め、苦虫を噛み潰したような表情だ。



「ゆ、由理……これは違うんだ」


目に涙を浮かべた由理と呼ばれる少女の近寄り、な? と額に汗を浮かべながら手を置こうとする。


だが、それは叶わない。


由理は、その手を叩き除けた。

そして、鼻を啜りながら掠れた声で言う。


「なん……で? 」


涙を拭った彼女は、振り返ること無く走り去ってしまった。


「ふふっ、いい気味ね」


先程跳ね除けられた女が、ニヤリと口角を上げ、静かに笑いながら湊に目を向ける。


彼女としては、好きな男の恋人、つまり恋敵に自分と湊とのキスシーンを見せつけられたという優越感しか残っていないようだ。


湊が跳ね除けた時のあの表情は、もう少しキスをしていたかったと言うものだけだろう。


「美和! お前、何であんなことを」


「決まってるわ、目障りだからよ」



悪びれる様子もなくそう答えた彼女に、湊の怒りは更に高まる。


「巫山戯るな! 」


「巫山戯て等居ないわ、全部あなたのためよ」


「は? 」


「貴方は、あんな女より私が似合う。 ゴミに付きまとわれていたのでしょう? 私が追い払って……」



ーーパチン


湊は、余りにも巫山戯た事を言う美和に怒り、遂に手を出した。


その場に人が居なかった為、何かある訳では

無いものの、誰かいれば間違いなく参議になっていたであろう。


「な、何するのよ! 」


少し赤い右の頬を抑えた美和は、湊の肩を掴み、揺さぶる。


「美和! いい加減にしろ。 いくら幼馴染と言えど、度が過ぎている! 」


「な、何よ……」


キリッと湊のことを睨み付ける美和のその表情に、湊はため息を着く。


「もういい、俺と由理には近づくな」


これ以上話しても無駄だと感じた湊は、話を切り上げ、その場から走り去った。


「何よ……」


その場に1人残された美和は、うっすらと目に涙を浮かべ、壁にもたれかかった。







「何処に行ったんだ……」



肩を上下に上げ下げし、息を切らした湊は壁に手を付き息を整えながら呟いた。


「あら、狐月くん。 どうしたの? 」


湊に声をかけたのは、同じクラスの飯高 智華だ。

彼女はクラス委員であり、リーダー性が高く男女共に好感が高い人物である。


「いや、あぁ……由理を探してて」


「神代さん? 彼女ならさっきカバンを持って下駄箱にいたわよ。


目を赤くしてたけど……なんかあった? 」


「いや、何でもない。ありがと」


俺は手を軽く上げて会釈すると、下駄箱に向かって走り出した。



(くっそ、なんでこんなことに)


階段を一段飛ばしで駆け下り、下駄箱に着いた時には、既に由理の姿は無かった。



「遅かったか……」


湊は大きなため息を漏らすと、教室に戻り、カバンを取って家に帰った。




♢ ♢ ♢



バタンッ、と、勢いよく自室のドアを閉めとる、ブレザーを脱ぎ捨て床にほおり投げてベッドに倒れるように寝転がった。



美和……どうしてあんなことを



美和とは小学生4年生までの幼馴染だ。

家が近く家族ぐるみで中がよかった。

だが、生まれつき体が弱かった美和は、東京の病院に移るため引っ越してしまったのだ。


そして、引っ越したあとそれを知った俺は何度か電話のやり取りをしていたのだが、月日が経つにつれそれも無くなり完全に関わりはなくなった。


だが、俺が引っ越してきてこの学校に入学した時、美和と再開した。

最初は分からなかったが、由理と付き合いだして半年がたった頃、たまたま委員会で会った。


それから、何度か2人で話したりもしたが、俺には由理が居た為、2人で会うことは減っていった。


休みの日に家に来ても大抵由理が居た為、本当に二人きりにならない。


だから、俺自身美和が俺にこのような感情を抱いていることも全く知らなかったし、勿論俺もそんな感情はない。


ただの、幼馴染でいたかっただけなのに……




目が覚めと、明るかった空は暗くなって居た。


「寝てたのか……」


ふと、壁にかかった時計を見ると、時刻は9時を示していた。



(そういや、由理の塾が終わる頃だな)


湊は、ベッドから起き上がると、制服のままだった服を着替え、コートを羽織り家を出た。



自転車に乗り、塾の近くまで行く。


12月24日。


クリスマス・イブのこの季節は、息を吹き出せば真っ白な煙になるほど寒く、手袋を忘れた俺の手は、赤くなって悴んでいた。


手を重ね合わせ、はぁ、と吐息をかけるとほんのりと暖かい。



それから暫くすると、塾の中からチラホラと生徒であろう人達が出てきた。

その中に、薄いグレーのコートを着た由理を見つけた。


湊は、自転車を押しながら由理の元へと向かう。


「由理」


「湊くん? どうして……」


「いや、昼間の誤解をな……解きたくて」


「誤解? やってたじゃん……」


小さく言われたその言葉に、湊は言葉を失う。


「何か言ってよ……だまんないで」


そう言われて顔を上げると、由理の目にはたくさんの涙が浮かんでいた。

その涙は頬を伝う。


俺はそれを人差し指で優しく拭うと、そのまま腰に手を回し、強く抱きしめる。


「ごめん……俺の不注意で」


「どういう事? 」


俺が抱きしめる力を弱めると、その隙間から顔を覗かせ、未だ潤んだ目で見つめながら言う。


その顔に、不謹慎ながらも可愛いと思い、顔が赤くなることを湊自身感じる。


「あれは……美和が俺の不意をついて急に……」


「そんな事……なんで」


「さぁな」


俺は何故か分かっているものの、敢えてはぐらかした。

美和が俺の事を好いているなんて知りたくはないだろう。

由理の事だ、怒ったりはしないだろうが、少なくともいい気分にはならない筈だ。


「なぁ、明日時間あるか? 」


唐突に切り出した俺に、由理は小首を傾げた。


「明日、デートしよう。 イルミネーション、近くでやってるから」


「う、うん! 行く! 」


「なら6時くらいに駅集合な」


「分かった、待ってるね」


俺は喜ぶ由理の頭を軽く撫でる。

ぎゅっと抱きついて来る由理を抱き返し、人目がついてきたため、そろそろ行こう、と言って、自転車の後ろに由理を乗せ、家まで送った。





翌朝……と言うより翌昼であろうか、目が覚めた時には既に12時を回っていた。

既に家には誰もおらず、俺は1人で浮かれながらシャワーへと向かった。



それから暫く、リビングのソファーで寛いでいると、インターホンがなった。


うちのインターホンにはカメラがついており、外の人物が画面に映し出された。


「美和? 」


そこに映っていた人物に、少し疑問を抱きながらも応答する。


「なんだ? 」


「あの……昨日の事で……」


恐らくは、あのキスの事であろう。

手で服の裾をつかみ、俯いて掠れた声で弱々しく言う。


よく見れば、目は赤く腫れている。


昨晩、相当泣いたと思われる。


「とりあえず、上がれ」


そう言って玄関に向かい、鍵を開けると、美和がゆっくりと入ってきた。

何時もならば、自らドアを開けてはいるくらいの勢いはあるのに、今日はまるで別人のように勢いがない。


そのまま家に上がり、リビングに通すと、ソファの隅っこにちょこんと座る。


荷物は膝の上に置き、コートも脱がない。

まるで初めて人の家に行くかのようなぎこちなさが目に見える。


「で、どうしたの? 」


美和の横に座り、尋ねるとこちらに体を向け頭がカバンにつくくらい深深と下げてきた。


「ごめんなさい」


「何が? 」


「昨日……キスした。 由理さんにも、嫌なことした」


「由理に謝った? 」


俺が問うと、力なく首を横に振る。


「まだ」


「まぁ、俺は許すよ」


「いい……の? 」


「特別だ、バカ」


頭を上げた美和のおでこを軽くつくと、目に涙を浮かべ、またごめんなさいと、頭を下げた。


「だからいいって」


頭を上げさせようと、肩を持った時、異変に気づいた。

妙に呼吸が速いのだ。

呼吸を整える為の肩の上がり下がりが異常に早い。

特別何かした訳でも無い。


「美和、大丈夫か? 大丈夫か? 」




ーーピーポーピーポー



ーー八幡さん、大丈夫ですか?



ーー呼吸が異常に速い。



ーーストレッチャーに乗せるぞ!



ーー近くの病院で受け付けられる場所は……





♢ ♢ ♢



異変に気づいた俺は、美和の体が弱い事を知っていた為、直ぐに救急車を呼んだ。

救急車で運ばれた美和は、今緊急オペを受けている。



搬送されてから凡そ5時間。

美和の両親も病院について、今は医者からの説明を受けているところだ。


湊は手術室の前の椅子に座り、ずっと頭を抱えこんでいる。



その静かな空間には、時計の針が進む音のみが響き渡っている。

外は真っ暗になり、見舞いの人達で賑わっていたロビーには、人っ子一人居ない。


どれほど時間がたっただろうか、未だ街は手術中のランプは消えること無く、赤く点灯している。



と、そんな時、突然にそのランプが点灯を辞めた。


扉が開き、ベッドに寝かされた美和が数人の看護師に連れられ、手術室から出てくる。

その隣の扉からは、マスクを外し、首にかけた執刀医が笑顔を浮かべながら出てくる。



「美和! 」


ベッドに美和の両親が寄り添う。

俺は、邪魔にならないように2人の後ろから顔を見る。



「先生、美和は? 」


俺がそう尋ねると、先生は笑顔でいった。



「手術は無事成功です。 一週間後には良くなるでしょう」


「ありがとう……ありがとうございます! 」


それを聞いた両親が先生に頭を下げると、俺もそれについで頭を下げる。


よかったと、美和の手を握る2人に気を使って、俺はその場から離れた。



病院から出て、外の空気に当たりに行く。

そこで、携帯を開くと、LINEの通知が50件来ていた。


時刻は9:45分。


約束の時間を3時間以上上回っている。



「やっべ……」



寒い夜。

真っ暗な道を、ただひたすら止まることなく走り続ける。


無駄だと分かってはいる。


流石に待ってはいないだろう。


だが、湊は走り続ける。

待ち合わせの場所へと一時も止まること無く。


冷たい空気が喉を乾燥させ、ヒリヒリと痛い。

にも関わらず、厚手のコートを着ているため、冬の外に居る人とは思えないくらい体温が高い。


一人の男の冬の疾走を空から見守るように、少し欠けた月が光り輝いている。



ーーはぁ、はぁ……


荒い呼吸を整えながら、駅に着いた湊は、辺りを見回す。



「流石に……はぁ……居ないか」


激しく肩で息をし、近くにあったベンチに腰掛ける。



「湊……くん? 」


何度目であろう、彼女から悲しげにでも少し嬉しそうに名前を呼ばれるのは。


「ゆ……り? 」


「遅いよ……」


手袋をし、マフラーをしている由理は、耳を赤くして待っていた。


「待っていて……くれたの? 」


「うん。 信じてた」



色々あったあとだ、信じれる要素なんて少ない。


なのに、なのに……


彼女はこの寒い冬の外で、何時間も俺の事をひたすらに待ち続けてくれた。



「由理! 」



ベンチから立ち上がると、彼女の元に走り、抱きしめる。


「湊くん……来ないかと思った」


またも涙声で話す彼女に、心底自分が情けなく感じる。



「ごめん……」


「でも、来てくれた」


「当たり前だ」


頭を撫でるようにして言うと、彼女の表情は柔らかくなる。

目を細め、柔らかい笑顔を湊ににむける。



「よかった……来てくれて」



腰に回していた手をゆっくりと緩めると、僅か数センチの間に、由理の顔がある。


今日はクリスマス、駅の前は結構な人がいる。

だが、そんな人目が気にならないほどに愛おしい。


目の前にいる彼女が、とても……


彼女しか目に入らないくらいに


彼女のことしか頭に入らないくらいに



ーー2人はそっと、唇を重ねた。








頬に一筋の涙が流れ、その涙は大きな窓から降り注ぐ一筋の太陽の光に照らされる。

その眩しさに顔を顰めながら、アルトは目を覚ました、



「んんぁ……夢か」



国王から頂いた自室のベッドに眠っていたアルトは懐かしい、愛しかった人の夢を見たと、濡れた頬を拭う。

叶わなかった事だと……。



「叶わぬ夢か……この夢は」









クリスマス特別編です。


紫のクロッカスの花言葉は


「愛の後悔」


という意味があります。



さて、どいう意味なんでしょうね……

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