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次の週の火曜日の事だ。
「はい、これあげる。スイートポテト。こないだの缶コーヒーのお礼」
私は極めて平静に努め、かばんからスイートポテトの入ったタッパーを取り出す。天童くんに食べてもらうためだ。これで彼との仲が進展すればいいなという期待も含めてある。
昨日、家に帰ってから私も色々考えたのだ。
たぶん彼を、私は好きなのだと思う。
少なくともお互い別の高校に行っても、仲のいい友人以上ではありたいと思っている。
このまま一歩も進まない関係は心地がいいけれど。それだけじゃダメなんだ。
この関係にはタイムリミットが設けられていると気付いたから。
このスイートポテトは、彼とお近づきになるための第一歩である。
もっと仲良くなって、卒業までに彼に告白できればいいなと私は淡い期待を抱いていた。
「いいのか?」
「いいよ?」
そういって彼は、スイートポテトをタッパーから一つ摘み上げた。透明のサランラップを丁寧にはずし、勢いよくほお張る。
「すごいおいしい」
「…よかった、おいしいって言ってくれて」
彼がおいしそうに食べる姿を見て私もほっとした。ちなみにこのスイートポテトはこの日の為に試行錯誤を重ね父や母に試食してもらった第4号目だ。
「さっきから凄いいい匂いがしてたんだけど、これだったのか」
タッパーに入れて密閉させたつもりだったのだけれど、彼は気付いたみたいだ。
人より鼻がいいのかな?
「残りも食べる?」
じっと、残りのスイートポテトを彼が見ているものだから、私はタッパーの中身を勧めた。彼もこくこくと頷く。パクパクと残りのお菓子も平らげ、すぐに容器の中身はなくなった。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまです」
私も嬉しかった。
彼があんなに美味しそうに食べるんだもの。作ったかいがあったよ。
「よかった…不安だったんだ。天童くんって女の子からよくバレンタインデーにお菓子もらってるじゃん。だから舌が肥えてると思って」
「………あれは義理だけだよ」
「ふうん」
「い、いやホントだって」
「わかった、じゃあ信じる」
天童君は申し訳なさそうに言った。
私に気を使っているのだろう。
天童くんはやはりというか、女の子に人気がある。彼が所属するグループは私があまり話さないオシャレな女の子達のグループに何時も囲まれていたりする。彼が彼女達とどういった関係なのかは私は知らない、学校では彼と話しもしないし。
「…なぁ、綾地」
私は彼の横顔を見る。
彼は真っ直ぐ道路の方をみすえ、何か思い悩んでいる様子だ。
「俺綾地のこと好きだ」
「………そっか」
あまりの突拍子のなさに、返事でもなんでもないよく分からない言葉を口走ってしまった。
本当にびっくりした。
だってそんなことありえないと思っていたから。
まさか、私達が両思いだなんて。
私はなんて答えればいいのだろう。
最初に惚けたリアクションをとったため、後からどう言いつくろえばいいかわからないし、彼にそんなこと言われるなんて思っておらず、口元がゆるみそうになっていたし。
「前文化祭の時、家庭科室で綾地がお菓子作ってるところをたまたま見てさ。お菓子作ってる時の手使いが凄い丁寧で、綺麗だなって思ったんだ」
彼は冷静に、さらりとそういった。
「なんか、それから綾地のこと意識しちゃって」
いや彼はさらりといってはいなかった。
彼の頬が徐々に赤く変化していって、まるでショートケーキのイチゴみたいに、一点だけ赤くなるのだもの。それは秋風が寒いからだけじゃないはずだと私は思う。
「綾地が通っているから」
「え?」
「綾地が毎日隣町の塾に通ってるって聞いて、俺もこっちにした。帰り道で一緒に帰れるかもって…」
「…なら天童君はストーカーさんだね」
「そ、そういうわけじゃ!いや、そうかも、しんないけど」
私の返事に彼は酷く狼狽していた。
…よし。私は彼に向き直り、彼の綺麗な目を見た。
手に汗が出てるのを感じる。体の芯が凄い熱くなっている。
「あ、あのさ私…」
私も緊張して、ただ一言、いいよと答えればいいだけなのに、声がかすれて上手く出なかった。
「お、俺!忘れ物したから、塾に戻る」
「へ?」
彼は顔を真っ赤にして立ち上がった。
私は盛大に瞬きを繰り返し、呆けていた。
参考書をぐいぐいカバンに詰め込み、彼は、塾に戻る準備をしていた。
「でも、いまからだとバス一時間後じゃないとこないよ?次の日じゃダメなの?」
「返事は今度聞かせてくれよ」と私に告げて、ベンチを走り去っていく。
タッタッタと綺麗なフォームで走る姿は美しく、すぐに彼は見えなくなっていた。
流石、元陸上部。
「バカ」
私は秋空に向かって、ひとりごちた。