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塾終わりに天童くんと帰るようになり、気付けば一月くらいは経過していた。
季節はもう秋だった。
茶色い枯葉が幾重も空中を舞っては地面に落ちていく。何度もそんな光景を見てきた。
私達中学三年生は受験に備え、今は勉強真っ只中だ。
周りには、ちらほらと推薦で本命や滑り止めが決まった人も現れだした。一方、推薦で高校に落ちた生徒やまだ推薦を受けていない人達(私や天童くんがそうだ)も合わさり、張り詰めた空気と緩和した空気が混在し、三年生の教室はなかなか混沌としている。
…私と天童君の関係はというと、あれから特に変わりない。
お互い塾の時間が重なる日、火曜と金曜日に同じバスで地元に帰る。
そんな日常を繰り返していた。
火曜日の今日も、別々の塾を終えた私達二人はバス停のベンチで合流した。
「お疲れ綾地」
「お疲れさま天童くん」
彼はすでにベンチに腰掛けており、私もそれにならい彼の隣に座る。
「そうだ。これ綾地にやるよ」
思い出したかのように彼はポケットに手を突っ込み、缶コーヒーを取り出し私の手のひらにちょこんと乗せてきた。青いパッケージのパイプを加えたおじさんが描かれてるやつだ。
缶コーヒーの肌さわりは、なんだかちょっとぬるかった。
たぶん彼はホットのやつを買ったのだと思うけれど、あまりにぬるくて、カイロ代わりに冷たくなった指先を温めることは出来そうにない。時間がたっている証拠で、私が来るまで彼は長時間このベンチで私を待っていてくれたのかもしれない。
「カフェイン入ってるから眠れなくなったら悪い」
「大丈夫、私コーヒー飲んでも寝付き変わらない体質だから」
「うらやましいよ、俺なんかコーヒー飲むとすぐ眠れなくなるんだ」
私は彼をまじまじと見る。
「なんか顔についてるか?」
彼も困った様な表情で見返してくる。
「ううん。確かに天童くんってコーヒー弱そうな感じだなって思っただけ」
本心だ。
だって天童くんって、凄い健康的な生活を送ってそうで、そういうの弱そうだもん。
「ぷ、なんだよそれ」
「変なこと言ったかな?」
「たぶんね」
そういって、私達二人笑みがこぼれた。こんな会話を繰り広げているが、バス停には私達二人しかいないから別に他人を気にする必要もない。
夕暮れの帰り時の時間だけれど、終日こんな感じだ。
この寂れたバス停は私達専用の空間といっても過言ではない。そして待ち時間のあいだ、こんな風におしゃべりをすることがいつしか私達の決まりごとになっていた。
おしゃべりといっても、別に色気のある話とかをするわけではない。
試験の傾向だったりとか、どんな勉強方法をしているかとか、お互いの参考書を貸しあったりとか、そういう学生の領分だ。誰が誰を好きなのかとか、友人が告白したりといった色恋沙汰の話はてんで出てこなかった。意識してお互い避けていたのかもしれない。
少なくとも私はそうだ。
恋人ではないけれど、そこそこ親しい友人以上。そんな、今の彼との関係は心地がよいから、私達の関係が壊れるのは、正直嫌だった。
「コーヒー美味しい。ありがとう。今お金返すから」
缶につけた唇を離し、私は彼を見る。
コーヒーの後味は、やけに生ぬるくて、甘くて、私の好きな味だった。
「いいよ、通り道の公園の自販機で買ったら、オマケで出てきたんだ」
「なら、お言葉に甘えるね」
遠い目をする彼は、切なそうに言葉を発した。
「……あそこの小さい公園つぶれるらしいな、たて看板に書いてあった。再開発やら何やらって」
「そっか……」
その言葉にドキリとする。
多分、彼の言ってるのは塾からバス停までの帰り道にある公園のことだと思う。週に二回塾帰りにそこを通るけど、一度もこどもが遊んでる様子を見たことはなかった。田舎だからとか、少子化のせいとか、再開発をする理由はいくらでも検討はついた。
公園がなくなるのはなんだか寂しかった。
何故だろうと思ったら、すぐに分かった。
私達の関係に似ているんだ。
受験が終われば、隣町まで私も天童くんも行くこともないから。
少なくともあと三、四ヶ月後にはそうなる。
私と天童くんは別に恋人同士でもないし、一緒に帰る必要性があるわけでもない。
同じ高校にだっていかないだろうし。
この関係の終わりは私が思っているよりもずっと間近なのだ。
三、四ヶ月と言ったのは、受験の終わる最低ラインの話で少なくともどちらかが志望校に受かれば、もっと早くこの関係は清算される。
それが明日だとしてもおかしくはないのだ。
なんだかそれはちょっと、いやかなり寂しかった。
「大丈夫だよ」
「…何が?」
「俺達の関係。そんな簡単に終わらないよ」
どうやら、不安が顔に出ていたみたい。私の考えていることは彼にはわかっているようだった。
ただ彼の言葉に同意することができない。
多分彼の言うとおりにはならないだろうと、と薄々感じていたから。
青春の終わりなんて、私が思っているよりもずっと早くに訪れるかもしれない。
ふと、そんな考えが頭をよぎった。