出会いは突然に2
「ここら辺でいいかしら」
山道から森の中に入りしばらく木々の間を闇雲に走って、イアラが息を切らして根を上げた頃、鬱蒼としげる藪の中へとリンシアが飛び込む。
「ほらイアラ、早くこの中へ入って。・・・何しているのよ、貴方たちもよ、早くこっちに来て」
「そこでやつらをやり過ごそうっていうのか?別に俺達は隠れなくても自分たちの身ぐらい守れるぜ」
「い、い、か、らっ。ほら、早くこっちに来てっ」
余裕の有る様子でたたずむ二人のうち、ディスと呼ばれていた若い方の男の腕を引っ張り、無理矢理藪の中へと引きずり込む。その様子を見てセシムは自分からディスの後を追って藪の中へと入った。
「いい?そこを動かないでね。それっ」
リンシアは三人を自分の周りに集めて座らせると、素早く荷物の中から遺跡で組み上げた発掘品を取りだし、その中心へとコアを押し込む。そして手をかざした瞬間、見えない何かが藪の中の四人を囲むように発生するのを、視覚ではなく感覚で感じた。
「何だ、これは?」
その生まれて初めての異様な感覚に、身震いを覚えて思わずディスがうめく。セシムも身の置き所がないように身じろぎした。
「凄いわね、身体で感じるなんて。これはウェステア時代の遺跡の発掘品を、私が組み上げたものよ。まだ効果の全ては実証してはいないけれど、この中のことを周囲は認識出来なくなるの。だからここに居れば、あいつらは私たちを見つけることは出来ないわ」
「へえー、本当にそんな効果がこれにあるのか?しかもこれをお前みたいな子供が作ったっていうのか?」
ディスはじろじろと不躾な視線で、リンシアの全身を眺め回す。今のリンシアは膝下丈のスカートにブーツ、そして髪は一部を上げてリボンで留めていた。その格好はまんま良家の子女のもので、こんな街道から外れた山の藪の中、という今の場所ではとことんまで浮いていた。異質だとさえ言える。そのことは自覚しているだけに、ムッとなってリンシアは言い返す。
「何よ、子供って。失礼な人ね。来月の誕生日で成人の儀を迎えたら、私はれっきとした成人女性なのよ。それに私が作ったなんて言ってないじゃない。これはウェステア時代の遺跡の発掘品よ。この技術はウェステア時代のもので、私にも全然解明なんて出来ていない、ってちゃんと言っているでしょ」
「全然解明出来ていない技術に、なんでそこまで自信を持っているんだよ、お前は」
「なんですって!初対面の貴方に、お前呼ばれる筋合いなんて私にもないわよっ。本当に失礼な人ねっ」
「失礼はそっちだろうが。俺達に助けられておいて、礼の一つも言えないんだからな」
「別に、私は助けてくれなんて言ってないじゃない。そっちが勝手に首をつっこんで来たのでしょうっ」
「何だとっ!」
目をそらしたら負けだ、とばかりににらみ合う二人に、脇から走って乱れた呼吸がやっと整ったイアラが、おどおどとしながらも手を伸ばした。
「まあまあ、リンシア様。このお二方があの場に行き合わなかったら、私たちがどうなっていたか分からないのは事実なのですから」
「えっ、イアラ。こんな人がいなくたって、絶対私はイアラをあんなやつらの好きになんてさせなかったわよ、ええ、絶対に!」
「どこからそんな自信が出てくるんだか。世間知らずなこんなお子様に、何が出来るっていうのか」
「ちょっ」
その意地悪な言い方に、さすがに限界まで来ていたリンシアの堪忍袋の緒がブチッという音とともに切れる。その怒りのまま大声で怒鳴り返そうとした時、ふいに横から手が伸びてポンっと肩に手がおかれた。突然のことに驚いて言葉が止まった隙をつくように、セシムがずいっと前に出て二人の間に入るとディスの正面に身を乗り出した。
「若様。その言い様はあんまりですよ。ご自分が言われていやなことは、口に出して言ってはいけませんと何度も言っているではありませんか。もっと若様としての自覚をもって、ですね」
「あー、もうっ。分かったよ。悪かった、俺が悪かったよ。だからその若様ってのはやめてくれっ。ちゃんとこの子に謝ればいいんだろうがっ」
「ほら、リンシア様もですよ。この方達のご好意で私たちが助かったのは事実なのですから」
「・・・分かったわよ、イアラ」
イアラの笑顔に、ふう、と一つ溜息を落とすと立ち上がり、笑顔を浮かべる。
「ごめんなさい、お二方。先にこちらからお礼を言うべきでしたのに、大変遅くなってしまって、失礼いたしました。私はリンシア、と申します。こちらは私の侍女で一番大切なイアラです。先程は助けていただきまして、どうもありがとうございました。お二方に深く感謝を申し上げますわ」
お礼の言葉と共に、スカートの裾を両手で持ち、足を落として正式な礼を取る。
リンシアとしても、実際この二人があのタイミングで助けてくれなければ、今回は相手の人数が人数な為、どうなっていたか分からなかったことは重々承知していたのだ。
ただ相手の言葉が敏感になっている神経に障って、それまでの緊張もあってかんしゃくを起こしてしまった。その失礼も重ねて詫びる。
「今回はあの集団が森の中からいきなり現れて、ふいをつかれたところをイアラを人質にとられてしまったものですから。ちょっとまだ気が立っていたようです。助けていただいたのに、失礼な物言いをしてしまって申し訳ありませんでしたわ」
ニコっと笑みまで浮かべて心からの感謝の言葉を告げると、その様を茫然とした様子で見上げていたディスの脇腹を、思いっきりセシムが脇からどつく。いきなりの衝撃にむせながらも、立ち上がってリンシアに向きなおった。
「い、いや・・・。こっちこそ無気になって大人げない言い方になってすまなかった。俺はディス。そしてこっちはセシムだ」
「セシムさんもどうもありがとうございました。本当に助かりましたわ」
「ええ。お二方がいなければ、私はどうなっていたことか・・・。本当にありがとうございました」
イアラと二人、二人に向かって深々と頭を下げる。
「いや、こちらこそディスが先程は失礼して申し訳ない。本人も悪げはないのですよ。リンシアさん、と言いましたね。どうぞ許してやって下さい」
「おい、何だよセシム。その言い方は。それじゃあまるで、俺がいたずら盛りの子供みたいじゃないか」
「まるで、じゃありませんよ。貴方はいつまでたっても子供のように私の目を盗んではいたずらばかりしでかすのですから。それにレディが礼をつくしてお礼を述べているのですから、貴方もちゃんと礼をつくして応えるべきではありませんか」
「セシム・・・。もう、分かった、分かったよ」
一つため息をつきつつ両手を広げると、改めてリンシア達に向かい合う。
「ええと、リンシアとイアラさん、だったか。二人とも怪我もなかったようで良かった。あんなろくでもなさそうなならず者達から貴方たちみたいなご婦人を救うためならば、いつでも力をお貸ししますよ」
かすかな微笑みを浮かべて紳士らしく礼を取ったディスの姿に、リンシアとイアラの二人はほうとため息をついた。
改めて向かい合って見ると、ディスは年の頃はイアラより一つ、二つくらい年上の、多分十代の終わり頃だと思われる青年だった。まだ筋肉が付ききっていない細身のしなやかな身体と、やわらかそうなウェーブがかったダークブラウンの髪に、この国でも珍しい深いブルーの瞳。その言葉使いだけを聞くと無骨そうに思えるけれども、身のこなしはスマートで正装をして紳士然とした立ち振る舞いをすれば、とても絵になりそうな端正な顔立ちをしていた。多分貴族の社交界に顔を出せば、たちまち女性に取り囲まれるだろう。
「そんなお気になさらず結構ですわ。先程はこちらが悪いのですから、どうぞ普通にお話になって下さい」
「それじゃあ、聞かせて貰うけれどよ。なんであんた達みたいな若い娘が、たった二人でこんな裏道なんかで何をしていたんだ?もしかして連れとはぐれたのか?まさかここまで街道からあの男達に連れてこられた、なんてことはないよな」
一転してとたんに無頼な口ぶりに戻ったディスに、今度はリンシアも反発を覚えることなく答えを返した。
「ええ。あの男達にはさっきそこで絡まれたのですわ。そしてすぐ貴方たちお二人に助けていただいたのです。訳は言えませんが私たちにも事情がありまして、街道を外れたこの道を二人で旅をしていた処です」
「はあ?言えない事情って二人っきりでこんな道を旅していた、なんてその様子を見ただけで分かるだろう。どうせ、ええとリンシアだったか。あんたがどこぞの貴族の娘で、今は家出中。違うか?理由は無理に結婚でもしろとでも言われたってとこだろう。で、見つかったら連れ戻されるから、こんな裏道を通った、ってとこか。いかにも世間知らずなお嬢ちゃん風なあんた達二人じゃ、馬車もないんじゃ無謀にも程があるというものだぞ」
「・・・確かに助けていただいたことは感謝していわますわ。でも貴方に、そこまで言われる筋合いはないと思いますが」
もう少しで手をあげるところだった。
リンシアに一度でも人に手をあげたことがあったなら、多分躊躇なく思いっきりディスの頬を打っていただろう。目の前が真っ赤に染まったと感じるような衝動をなんとか喉元で堪えて、怒りに震える声を絞り出した。
「なんだ、図星を指されたくらいで怒っていたら、どうせすぐさっきみたいなろくでもない奴らにどこかに売られちまうのがおちだぞ。そっちの大人しそうな侍女さんまで巻き込んでそんな目に遭う前に、さっさと家に帰って大人しく結婚でもした方が、あんたの為だと思うがな」
パンッ。
一度は耐えられた衝動も、二度目はとても堪えきれなかった。
気がついた時には、思いっきりディスの頬を手で打っていた。こちらが手をあげたのに、頬を打った手がジンジンと痛んでリンシアにたった今初めて人に手をあげたことを実感させる。
「貴方にそこまで言われる覚えはない、と言っているでしょう!まだ私のことだけなら許せるけど、イアラのことまで言わないで。確かに私は世間知らずでしょう。実際に屋敷から出たのは、これが初めてよ。でもだからこそそれだけの決意で出てきたのよ」
無意識のうちだったからか、全然手加減せずに打った手が、熱を持ったように痺れてうずく。その手をギュッと握りこんで、頬が赤く腫れてきたディスをまっすぐに睨み付けて言い放つ。
「どれだけ甘いと言われても、私は世間知らずのお嬢様なんかでずっと生きていくなんて冗談じゃないのよ。そんな人生なんてまっぴらごめんだわ。だから家を出てきたの。私が自分の好きに一歩を踏み出したことに、貴方からとやかく言われる筋合いなんてないわっ」
そんなこと、リンシアだって分かっているのだ。本当にイアラと二人このまま何事もなく無事に生きていけるなんて思ってない。イアラのことをこの危険な女の二人旅に巻き込んでいることなんて十分過ぎるほどわかっているのだ。
「助けていただいて、本当にありがとうございました。でわっ、失礼しますっ」
怒りに震える手で装置からコアを取り外して荷物に押し込み、イアラの手を掴んでもう一度深々と一礼するとそのままくるりと向きを変えるとそのままの勢いで歩き出した。
「リンシア様っ?」
どこに向かっているのかも分らないことなんてことは、今はどうでも良かった。人が立ち入ることもあまりなく生い茂る雑草をかき分け、木の根に躓きそうになりながらも必至で歩く。
「ちょっ、ちょっと待って下さい、リンシア様。そのままの格好ではこの山の中じゃ危ないですわっ」
木と木の間をすり抜けようとした時、枝にスカートがひっかかり態勢を大きく崩して倒れそうになる。
「危ないっ」
迫ってきた木の根に思わず目をつぶった時、自分の体をイアラのものとは考えられない力強い腕に背中から抱え込まれた。
「何っ」
リンシアが今のディスに抱きとめられた自分の体制を一瞬茫然とした頭が理解した時、とっさに手をやみくもに振り回してその腕の中から逃れようと暴れた。
「いやっ、放してっ」
「うわっ、ちょっと待てっ、暴れるなっ」
振り回した手がディスの顎にあたり、体を支えていた手が外れてぐらりと態勢が崩れる。
「あーもう、だから待てって言っているだろっ」
もう少しで倒れる、というところで手を掴まれ、そのまま持ち上げられて態勢を立て直させると、そのまま手を放された。
「なっ、何よ貴方っ。あなたなんて、あなたなんて関係ないじゃないっ」
「ああ、そうだな、悪かったよ。謝る。すまなかった。だから今はちょっと静かにしててくれ」
がばっと下げられた頭に呆然としていると、そのまま再度手を掴まれて木の蔭へと引き込まれ、反射的に声をあげそうになったところを口を手で塞がれた。
「いたかっ?」
「いや、今声が聞こえたきがしたんだが…」
「じゃあまだここら辺にいるだろう、よく探せっ。これで手ぶらで帰ったら、お頭に何を言われるか分かったもんじゃないからな」
「ああ。じゃあ、俺はここいらをあたるから」
頭に上った血が、聞こえた声に気付いて一気に下がって周りの状況がやっと目に入る。
見るとすぐそばの木の陰に、イアラとセシムが寄り添うように身を隠していた。
「んっ」
後ろからディスに口を塞がれていない方の手で荷物を指差され、その意図を察して音を立てないように荷物の中から遺産を取り出してコアをはめて手をかざした。その途端に何かか辺りを覆ったのを確認してから手が離される。自由になったリンシアは、そのまま無意識に三歩歩いてから振り返る。
「すまなかったよ、さっきは。言い過ぎだった。この通りだっ」
更に頭を下げられて、こわばっていた顔から力が抜けていくのを感じた。
「・・・またセシムさんに謝れって言われたからですよね?どうせ私は貴方が言うとおりの世間知らずで、迷惑ばかりかける貴族のお嬢様ですから。貴方が言った通りですから、謝る必要なんてないですよ」
それでも無言で眺めた下げられたディスの頬に、自分が叩いてしまった跡とは別に赤く腫れた跡を見つけて、憎まれ口が自然とこぼれおちる。
「リンシア様・・・。ほら、またこうしてこの方たちに助けられたのですから」
「分かっているわ、イアラ。分かっているわよ・・・」
それでも心にとげがささったように、じくじくと痛んでどうしたらいいのか自分でも分らなかった。
「すまない、リンシアさん。本当にディスには悪気はないんだが。悪気がなくても言っていいことと悪いことがあるってことが、どうしても分らないみたいだ」
「いいんですっ。実際に私はお嬢様でお二人に助けられたことは事実ですから。感謝もしています。ありがとうございましたっ」
どうしてかセシムの言葉を聞いているのがいやで、思いきるように頭を下げた。
「リンシア様・・・」
ぐうー。
どこか張りつめた空気の中、ふいに間が抜けた音が響く。
「あっ」
「そういえば、朝、軽く食べただけでしたよね」
その音に自分も凄く空腹であることに気付いて、ポンっとイアラが手を打った。
「・・・俺達も飯まだだったよな。当分どうせ動けないみたいだし。食べますか」
一気に和んだ空気に合わせるように、セシムが固まったままのディスの背中をどかっとたたく。
「そうですね。では用意しますね。ほら、リンシア様。今用意いたしますから、座って待っていて下さいね」
やみくもに木々の中を走る間もなんとか無事だった荷物の中から、イアラが手早く敷物を出して木々の間のなるべく平らなところに敷く。そしてセシムと二人、さくさくと食事の準備を始めた。
データがなくなっていたので、書きながらの投稿になります。




