出会いは突然に1
街道から一本外れた森の中の山道。木々の陰で日中でも薄暗く、用心の為にもここを通る人はあまりいない。その為この道を通るのは、ほとんどが後ろ暗いことがある人か、そのわけ有りの人を狙う盗賊の類だ。だからその道を通ると、助けを求める悲鳴を聞くことは珍しいものでもない。けれど。
「こらー!イアラに何しようとしてくれてんのよ、あなた達はっ。こんなかよわい女の子二人に襲いかかるからには、せめて今から襲うぞっ、とか声くらいかけてから来るくらいはしなさいよっ」
まだ十代半ばくらいだろうと思われる少女独特の高い声で、こんな叫び声を聞くことは滅多にないだろう。
その声が聞こえてくる方からは、大勢の人の気配と何やら争っているらしい喧噪が聞こえてくる。あまりの聞こえた声の意外性に、やっかいごとに巻き込まれたくなければ近づくな、の鉄則を忘れてつい足音を消して近づいて行く。
「リンシア様っ。危ないですっ、私のことはいいのでどうか逃げて下さいっ」
「そんなこと出来るわけないでしょ!イアラ、ちょっと待っていなさい、今、私がっ」
近づいて木々の間から伺い見ると、十人程の見るからにこの辺りを縄張りにしている野盗だろうならず者たちに囲まれ、そのうちの一人にイアラと言うんだろう侍女の少女を捕らわれ、もう一人のもっと幼い少女、多分こちらがリンシアと呼ばれたお嬢様だろうが他のならず者に抵抗している、という構図だった。
「ちょっと、離しなさいよ、あんたっ」
どう見ても体格差がありすぎて、小さな少女の抵抗などものともせずにとうとう一人に手を捕まれてしまう。
「その汚い手を離しなさい、って言っているでしょうっ」
それでも少女は捕まれた手をくるっと後ろを向くことで逆に自分の方へと引き寄せ、相手が体勢を崩した
処で思いっきり後ろ足を振り上げて相手の足の間、男の股間を思いっきり蹴り上げた。
「うげっ」
にぶい音ともに男が痛みに少女の手を放して患部を手で押さえる。少女はさらに押さえた男の手の上から、逆の足で蹴りつけて悶絶させる。
「もう、そうそうにこの奥の手を使わなきゃならなくなるなんて」
よく見ると、少女達を囲んでいるならず者のうち何人かが、片膝をついてしゃがみこんでいたり、悶絶して倒れ伏していたりした。
その以外な光景に一瞬気配も隠すのも忘れ茫然となっていると、後ろに付き従っていたセシムにふいに肩をたたかれて声をかけられる。
「ファーディス様、見ているだけでいいのですか?」
「うわっ。お、おいっ」
うっかりすっかりセシムの存在を忘れていて、思わず大きな声を上げてしまっていた。
その声に二人に気づいていなかったならず者と二人の少女全員が、一斉にぎょっとしたようにこちらを向く。全員の視線がとっさに隠れた木に集中しているのが分かる。
「セシム。お前わざと言っただろう、今。しかも名前まで言って。それに俺のことはいつもディスと呼べと言っているだろう」
「それはすいませんでした、ディス、様」
女の子二人が襲われているのを見てるだけなんですか?とその目がありありと語っていた。
その瞳に一つやれやれとため息をつくと、しぶしぶと木の陰から出て視線が注がれる中堂々とならず者の前へと歩いて行った。やつらが次に言いそうな言葉くらいは、簡単に想像がついたけれど。
「おいお前たち、俺たちに何のようだ。何も用がなければ、さっさといっちまいな。それとも、俺らとやりあおうって言うのか?ああ?」
奥にいる多分ならず者達の頭目なのであろう小太りのひげ顔の男の言葉に、少女の一人を捕まえている男と倒れている男以外が、一斉に得物を抜いて二人の方へと向き合う。
「ハア・・・。なんでこの手の輩は、こう、どいつもこいつも同じようなことを言うのかな。たまには独創的な言葉も聞きたいものだ。なあ、セシム」
「あああ?何なめたことぬかしているんだよ、お前は。今の状況分かっているのか?お前達にはこのお嬢ちゃん達がどうなろうと、何も関係ねぇだろうがよ。それとも本当に俺達とやりあおうって言うのか?お前らみたいなたった二人の優男に、俺達がやられるとでも思っているのかよ?ああ?」
頭目と思われる男が、オーバーな身振りで手下を振り返り下品に笑うと、その笑いに合わせて一斉に手下達も笑いだした。その耳障りな笑い声に眉間にしわが寄る。
「だからたまには違う反応でもしてくれって言っているんだよ。すべてにおいて独創性ってものが感じられないぜ」
「ふざけてんじゃねーぜ、お前ら。人が親切に怪我する前に消えなっ、って言ってやってればいい気になってつけあがりやがって!やっちまえ、お前達っ」
「おおっ」
またしても頭目とおぼしきその男がオーバーな身振りで手を振り下ろすと、それに応えて手下達が各々の獲物を手に、一斉に二人に向かって来た。
「お前のせいだぞ、セシム」
「いいえ、ディス。貴方が向こうの言うように優男だからですよ」
「ああっ?何だよ、それはっ」
一斉に飛び掛かってきた男たちを、二人は平然と言いあいをしながら向かい討つ。
キィン。
獲った、とばかりに大振りに振り下ろされた剣を、二人の剣がはじいて飛ばした。そして返した剣で相手に斬りつける。
「な、何っ」
いつ二人が剣を鞘から抜いたかさえ見えなかった男達が、倒れる仲間と飛び散る血しぶきに一瞬ひるんで動きが止まった隙をついて、自分から飛び込んで行って更にそれぞれ斬りつけて二人を倒す。これで二人に向かってきた残りはあと六人。
「こいつら、出来るぞっ」
ここでさすがにならず者たちも、相手をしている相手がただの若者でないことに遅ればせながらに気づくと、一度距離をおいて体勢を立て直しにかかる。二人はそんな隙を見逃すわけにもいかずに、盗賊達が一歩さがるところにあわせて踏み込め、そして切りこんで行った。
「今さら遅いっていうのっ」
目の前の男を一合の元に斬り伏せ、その勢いのまま更に踏み込んで返し刀で後ろの盗賊の手を切り裂く。
次々倒れていく手下を前に、頭目とおぼしき男が不甲斐無い手下どもにはっぱをかけようと声を荒げる。
「やい、てめーらっ。何そんな若いやつらにやられてんだよっ。相手は所詮二人、まとまってたたみかけやがれっ」
「おおうっ」
頭目の恫喝に、逃げ腰になっていた男達がいきり立ち、リンシアに蹴られて倒れていた男たちも回復して合流し、慎重に二人を遠巻きに取り囲む。その包囲網な中でディスとセシムは背中合わせに立った。
「ちょっと待ちなさいよ、あんた達っ。私を無視して何をやっているのよ」
「えっ、何だ」
緊迫した空気を切り崩した少女の声に、すっかり少女のことを忘れていたディスとセシム、そしてならず者達は少女の姿を探して辺りを見回す。
「あ、あそこだっ!」
山道を少しはずれた小高い場所に、仁王立ちした少女の姿があった。
「ばかな・・・。逃げなかったのか」
その姿を見て、思わず声が出ていた。もうとっくに少女は逃げたもんだと思っていたのに。
「ちょっと、ばかとは何よっ。イアラを放って私が逃げるわけないでしょう。それに、貴方たちの方が勝手に首をつっこんで来たんじゃないのっ」
「な、何っ!人の好意を何だと思っているんだ」
「好意ってのは押しつけるものじゃないでしょっ。いいから貴方たち、ちょっとしゃがんでなさいよ」
「なんだって?」
ならず者達があっけにとられている間に、素早くリンシアは小弓を構えると矢を射る。
矢がならず者達の中心の地面に刺さると、小さな火花が飛ぶと同時に煙りが立ち上がり辺りに立ちこめた。
「うわっ、何だこれはっ」
「うわぁっ、目がっ。うっ、ゴホッ」
いきなり視界が悪くなったことに混乱する男達の中に小さな影が飛び込み、イアラを捕らえていた男の脛を思いっきり蹴りつけると、いきなりの衝撃に掴んでいた手の力を緩めた男からイアラを解放する。そしてリンシアはイアラの手を掴んむと、そのまま猛然と煙りの外へと走り出した。
「ほら、今よ。こっちっ」
その時すれ違い様に助けに入ってくれた二人の男に声をかけて誘導する。
「おい、お前。こっちってあてはあるのか」
「いいから、早くっ。いつまでもこの煙幕が持つか分からないのよ。男ならごちゃごちゃ言ってないで、ついてきなさいっ」
煙幕が晴れた時、そこには少女達二人と、若い男達二人の姿は消えていた。
「あーっ、野郎もあの娘二人ともいねぇじゃねぇかっ。久々に高く売れそうな上物だっていうのに。野郎どもっ。まだ遠くには行ってねぇはずだ。手分けして草の根分けてでも探し出して連れてきやがれっ」
「へ、へいっ」
その頭目の号令に、動ける部下達は木々の中へと散って行った。
すいません、ここも長いので切ります