最初の1歩2
「イアラってば虫が耳元を飛んで行っただけで悲鳴を上げそうになるのですもの。いつ獣が襲って来るか、心配になったわ」
明るく照らし出された広大な広間のような部屋を、目的の場所へと向かいながらリンシアがイアラに声をかける。何度も通って安全を確認している場所に着いた安心感と、もうすぐ一つ目の目的を果たせる、という思いで気分が浮き立っていた。
「リンシア様・・・。だって、仕方ないじゃないですか。私はリンシア様と違って恐がりなのですよ。夜道、ってだけで不安ですのに、それを何が出るかもわからない山道、だなんて・・・」
思い出したのか、帰り道を思ったのかまた身震いするイアラの様子に、リンシアはふと考え込む。
「ごめんなさいね、イアラ。・・・いいのよ、無理しないで。これから、もしかしたらずっとこんなことの繰り返しになるかもしれないのよ。もっとひどいことも、もっと危険なこともあると思うの。私が自分で選んだことなのだから。あなたが付き合うことなんてないのよ?」
それはずっと思っていたことだった。勿論イアラにはずっとついて来て欲しい、と思っている。リンシアが産まれた時からずっと一緒にいてくれて、ずっと支えてくれたイアラは、実の姉のエルヴィエラよりも姉のような存在だったのだから。
「何言っているのですか、リンシア様っ!それこそ、それとこれとは別ですよ!私は何があってもリンシア様に付いて行きます。でも、もし私が足手まといだとお感じになったら、どうぞ気にせずに行って下さい」
「イアラ、それこそ何を言っているのよっ!・・・ありがとう、イアラ。凄く頼もしいわ。イアラがいてくれれば、外の世界なんて怖くないわ。絶対にイアラを守ってみせるから!さあ、そうと決まったらちゃっちゃと部品見つけて完成させて実験するわよっ」
「リンシア様・・・」
守って貰うのではなく、私が身体を盾にしてでもリンシア様をお守りします。
そうイアラは常々決意していたけれど、とりあえず燃え上がったリンシアに水を差すことなく、ズンズン前を進んで行くリンシアの後を、荷物を抱え直して慌てて追いかけた。
イアラもリンシアの乳兄弟である弟は死産だったので、母も父も亡くなり家族と呼べるのは、ずっと一緒に育ったリンシアだけだったのだ。本当はかわいい妹のようにリンシアのことは思っていた。だからリンシアには今の生活のまま生きるのは窮屈なのも、外を求めるのも十分に分かっていたから、外の世界へ出るときは、絶対に自分だけはリンシアの傍から離れないでいよう、と最初から決めていたのだ。
「ほら、イアラ。もうすぐよ。この部屋の先はこの通路とほぼ同じ部屋がずっと連なっていて、そこから使える部品を少しずつ集めて来たから、まだ入っていない奥の部屋に、残りの合う部品があるはずなのよ」
リンシアのその言葉と同時に、この広い広間の入って来た丁度反対側の壁に着いた。一見何もないただの壁に見える壁の一部に、灯りをつけた時と同じような光る球を近づける。すると一部の壁がスライドして、片手を広げたくらいの穴がぽっかりと空いた。その中にある台座にその球を収めると、今度は人が通れる大きさの壁がスライドして通路が出来た。
更に球に手をかざすと、その通路の中も光に満ちる。
「いつ見ても不思議ですよねー、ここは。表の遺跡とは全く違いますし、どういう仕組みになっているか私には全然検討もつきませんよ」
今いる広間も、今ではどうやって作ったのかも研究を重ねても検討さえつかない技術で作られていた。壁も床も継ぎ目が見あたらず、こうやって入った入り口も、どんな仕組みなのか、調べてみることさえ出来なかった。天井などは上を見上げても発光した光で何も見ることが出来ないくらい高かった。
こことは違って、山を登ったところにある表に出ている遺跡は、敷地にある塔のように石造りで重厚に組まれた、大きな建築物だった。年代の古さを物語るようにあちこち崩れ落ちていても、今ではどうやってくみ上げたのか分からない大きさの石が天井を覆い、建物内部には様々な仕掛けが仕掛けられていた。それでも今のこの場所に比べれば、まだリンシアの時代との共通点があった。
「そうねー。私の考えとしては、表の遺跡はこちらの遺跡を隠す為に後から築いたものだと思うのよ。こちらの部分が本当のウェステア時代からの遺跡だと思うけど、ここ以外の遺跡を見ていないから、何とも言えないのよね。今までの研究書を塔にある分はあらかた調べてみたけれど、こちらの本来の遺跡の部分については、書いてある文献も研究所もなかったのよ。表の遺跡がウェステア時代の遺跡だと思われている節さえあるのよね・・・」
「そうなのですか。そうしたら、この遺跡が特別だったのですかね?クライヴ様もここには何度も足を運んでいらしたし」
「ええ・・・。でも、イアラ。ここを見つけたのは、叔父様がいなくなってからよ。見つけた時私はむしゃくしゃしていて、辺り構わず殴り倒していたのよねー。そうしたら偶然さっきの広間への通路の入り口の仕掛けをを見つけたのよ。それからそれぞれの仕掛けに合う球を探すのには苦労したけれどね」
その球を使った仕掛けは、入り口の仕掛けに弾が残っていたことから、しかけ自体を発見出来たのだ。
「あら、そうでしたか?それでしたらクライヴ様は、遺跡のこの部分のことはお知りにならないのですかね?」
「そうね・・・。もしかしたら、叔父さんはこの遺跡の入り口をずっと探していたのじゃないかしら、とは思うわ」
「だからクライヴ様は何度も何度も足を運んでいたんですね」
「多分叔父さんは、遺跡が表の部分ではなくこちらの部分があることを、知っていると思うわ。ただ、多分何らかの理由があって表向きは隠されているのよ。この遺跡を調べてみて、文献と照らし合わせれば合わせるほど、最近ではその思いが強くなったの」
脳裏にニッコリと笑いながらも、どこか背筋が寒くなる叔父の笑顔を思い出し、リンシアはこっくりと一つうなずいた。
「あの人は、一筋縄でいく人じゃないもの」
「ああ、まあ、そう、ですね。クライヴ様は・・・こう、どことなくオーラがあるというか、その」
「オーラってどんなオーラなのよ、イアラ。まあなんとなく分かるけど。あの、叔父様、だし・・・」
「ええ、そうですよね」
「だから!自分で研究出来ることは全部やるつもりだったのに!もう、お父様のせいで予定が狂ったのよ」
「でもリンシア様は外の世界に出て行きたいと、ずっと思っていらっしゃったでしょう?」
「ええ、そうね。ずっと、思っていたわ。このせまい世界から飛び出して、世界中の遺跡を見て回りたい、って。そうずっと、ずっと思っていたわ」
「リンシア様・・・。大丈夫ですよ!私がリンシア様にはずっとついていますから!」
「・・・そうね、やっと念願がかなうんですもの!くよくよなんてしている暇はないわよね!さあ、着いたわ。ここよ」
広間から続く通路の行き当たりに、今度は緑に光る球を取り出すと壁にかざす。すると先程と同じように一部がスライドして新たな通路が現れる。
「この鍵の球を見つけたところでお父様に外出禁止を言い渡されたのよ。だからまだこの先は調べてないの。でもきっと最後の部品があるはずよ」
リンシアははめた球に手をかざして光を灯すと、迷うことなく通路へと入る。その後ろにビクビクしながらイアラが続く。
「今までの通路だと、大体こちら側は広間なのか、何もなかったのよね」
向かって左側の壁に手をかざすと、そのから少し先の壁から音もなく扉が浮き上がり、左右に開いて扉分の大きさの隙間が開いて入り口が出来た。
「そこが入り口ね」
スタスタとそちらに向かうリンシアに、イアラが慌てて声をかける。
「リンシア様!そんな、無防備に入って大丈夫なのですか?もし何かあったらっ」
「大丈夫よ、イアラ。ずっと閉め切った場所だったはずなのに、今まで一度も空気がよどんでいたことは無かったのよ。今も息が苦しくも、黴臭い匂いもしないでしょう?もう何百年もこの扉は開かれたことがないかもしれないのに。どういう仕組みなのだかは、私にはまだ全然分からないけれど、今も生きている何かの仕掛けがあると予測しているの。それに罠としかけも一度もしかけられていたことはなかったから、ないと思って問題ないわよ」
「そうは言いましても、少しは警戒していないと、いざという時にどうしますか」
そんな必死なイアラの言葉とは裏腹に、リンシアがあっさりと気にせず空いた隙間から中へと入る。
「ほら、平気じゃない。やっぱり何もないわね。まあ、ここにも何か仕掛けがあって、作動させれば実は・・・、なんて可能性の方が高いけれど。本当に不思議よね、ウェステア時代の技術ってどうなっているのかしら。とても記録に残っていないくらい昔に滅びたとは思えないわ」
中は広い広間となっていた。天井も、奥の壁も見えるけれど、どこから照らしているかも分からないけれど、通路と同様に光りに満ちていた。そしてその広い部屋には何もなかった。不自然な程に、埃さえも見当たらない。
「さあ、ここには探している部品はなさそうだわ。次に行きましょう」
仕掛けの有無を調べている時間は今のリンシアにはない。だから未練を残さないようにさっさときびすを返して、今度は通路を横切って反対側の壁に手をかざした。すると同じように音もなく壁から扉が浮き上がり、次々開いて行く。こちらは先程に広間とは違い、小さい部屋の連なりなのか、定間隔おきに扉があった。
「さあ、ここはどうかしら」
そのままリンシアは一番手前の身近な扉へと近づいて中へと入る。
「・・・ここには多分ないわ」
中は見ても今の技術では動かすことは勿論、仕組みでさえ全く理解出来ないであろう装置が壁際を覆い尽くしていた。その全てが四角い箱状の中に収まり、手で取り外せるような部品は見あたらなかった。
「次、行きましょう」
自分には夜明けまでしか時間がないと言い聞かせ、部屋に背を向け隣の部屋へと向かう。
「リンシア様・・・」
そんなリンシアの背を、イアラがそっと見守る。外の世界へと向かえば自由は手に入るけれど、今度はいつこうしてウェステア時代の遺跡へとたどり着くのかは、分からないのだ。ここだってリンシアがずっと必死で研究してきた結果、見つけたものなのだから。
「ああ、ここは当たりだわ。ちょっと待っていてね、イアラ。探してみるわ」
二番目の部屋は、先程の部屋とは違い、どことなく生活感のある部屋だった。壁にはやはり箱形の遺産で埋められていたが、部屋の中央には、ベッドとおぼしきものがあった。ベッド、とは言ってもリンシアが今使っているような木で作ったベッドではなく、やはり壁と同質の物質で作られ、傍らにはおそらく何かを作動させるためであろう装置らしきものがあった。
「この多分ウェステア時代のベッドだと思うこれの部品を寄せ集めて、あの装置をくみ上げたのよ」
「寄せ集めだったんですか?」
「ええ。ここに装置があるでしょう。この装置の効果を推測して、なんとか切り離したの。本当は全て一つの装置を外せれば良かったのだけれど、基本的に作りが分からないから、無理だったのよ。だからゆるんでいるもや、壊れかけていたものから部品を取って組み立ててきたの」
「これは完全品に見えるのですけれど、部品なんて取り外せるのですか?」
「ええ、大丈夫よ。完全品にしかない部品だったのですもの。ほら、これよ。このコアが必要だったのよ」
そう言ってリンシアが装置らしきものから取り外したのは、円錐形状の、材質は扉を開ける時に使った球と同じように見えるものだった。色はほのかな金色で、よく見ると内側の中心に光りが見える。
「うん、これなら行けそうよ。あと、このコアを止める台座の部品は・・・。よし、取れたわ。後は組み上げて効果を実証しましょう。さあ、イアラ。さっきの広間まで戻るわよ。急がないと夜が明けてしまうわ」
リンシアは立ち上がると、すぐさま入り口の方へと引き返す。立ち止まったら、全ての決意が崩れて行くような、そんな焦燥に駆り立てられるように、最初に入った広間まで一直線に戻って歩いて行く。
「分かりました!あ、でも水は汲んでこられませんでしたね。もっとも樽なんて私たちだけでは運んで来られませんでしたが」
「いいわ。、仕方がないもの。出来る実験だけ、急いで済ませましょう」
夜明けが近づいて来た薄暗い夜空と、鬱蒼とした木々の間に、無数の篝火とランタンの灯りが揺れていた。
見え隠れしている灯りでさえかなりの数が見受けられ、屋敷からこの裏山、そして屋敷にちらばる灯りの下には、多分普段の屋敷にいる使用人の人数よりもかなり多いのだろうな、とリンシアはただ呆然と思ってしまった。
「な、なんなのでしょう、これは…」
「なんなの、って言われても、イアラ。それは私も知りたいわ。何が一体どうなっているのかしら・・・」
実験を無事終えて、また来た裏道をたどる為に裏口から出て、見通しのよい空き地に出て見た光景が、無数の篝火だった。山の中腹にあるこの場所から見下ろすと、この遺跡へと続いている麓からの山道と、屋敷から近くの町へと続く街道を中心に灯りが集中しているのが見て取れた。
「今、屋敷から街道とこの遺跡までの道を人が灯りをともしている、ということは、私たちを捜している、としか考えられないわよね」
「ええっ!で、でもどうしてですか?なんで夜明け前だというのにリンシア様の不在が分かったのでしょう?それにこんな人数・・・。出てくる時はお屋敷はいつも通りでしたのに」
「ええ、何がどうなっているのか、私にも検討もつかないわ。お父様、何をお考えになっているのか・・・」
「…どうなさいますか、リンシア様。これから・・・。予定通り一度屋敷に戻りますか?」
「そうね・・・。いえ、やめましょう。どう考えても屋敷に戻ったら、二度と自分の意志で外に出られるとは思えないもの。このまま行きましょう」
「リンシア様」
「せめてイーチャだけでも連れ出せた良かったのだけれど」
「この状況では無理、ですよね。では荷物も最低限にしませんと行けませんね」
「ええ。山を下りるまでに考えるわ。旅の準備自体はもうしてきてあるのですもの。さあ、行きましょう。まだこちらの裏道には気づかれていないけれど、これだけの人数で山を探されたら、もしかしたら、があるかもしれないわ」
「ええ、わかりました。・・・何も出ないといいですね」
「これだけ人が山に入っているのですもの。獣は多分寄りついては来ないわよ。さあ、急ぎましょう」
「ええ」
外に行くのだ。ずっと、ずっと考えて待ち望んでいたことなんだから。
どうして今リンシアが屋敷にいないことが分かったのか。わかってもなんでリンシアを探す為にお父様がこんなにも大がかりなことをしているのか。
考えても多分答えなどでないし、確認する為に待ち望んでいた自由を諦めることなんて、絶対出来ないことだったのだから。
これで、良かったのかもしれないわね・・・。これで迷いなく旅立てるもの。
とりあえず追手からどうやって逃げるのか、それだけを考えていればいいもの。
木々が生い茂った獣道さえもない山道を、気づかれる危険を考えてランタンさえ灯さずにイアラと二人手を繋いで、一歩、一歩、自分で選んだ未来へと一歩を踏み出していった。
次にやっとキャラ登場します!