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彩違いの姫と時の王国  作者: カナデ@9/30ちび神獣2発売
1章 旅立ちは決意とともに
4/9

決意

 

 空気が重くないお食事、っていうのも、かえって想像出来ませんわ。

 

 いつものように次々運ばれて来る食事をしながら、夕暮れまでの自習でやっていた実験の結果からこれからの予定までシュミレーションしながら考え終えると、丁度メインの皿が終わるところだった。次の皿を待ちながら、ふと思う。

 少人数のパーティなら出来る広さの広間の中央におかれた、十人以上は座れるテーブルに、上座に父、右側に養母、姉、左側に弟、そしてその隣にリンシアが座っていた。

 本当は同じテーブルじゃなくても、せめていっそ端っこでも全然自分としてはかまわない、と思っていたけれど。父がこれだけは駄目だ、と厳命していたからしぶしぶ毎回この空気の重さに耐えていた。


 でも考えてみれば、多分ここにいる全員がそう思っているに違いないわよね。


 毎回食事の度に会話など勿論あったためしもなく、ナイフとフォークの立てる音と、たまに給仕に注文をする声。それ以外は給仕が食事を運んでくる足音だけの食事なのだから。

 ふとそのことに気づいて、斜め前の養母、前の姉、そして隣の弟と父の顔をそっとうかがう。その誰もが何の表情も浮かべず、ただ食事を口に運んでいた。

 ちゃんと味がわかっているのかしら。

 ふとリンシアはそう思って、自分もあまり美味しいと思って食べたことがないことに気づく。

 イアラと二人で食べるお菓子は、いつも美味しいと思って食べるのに。

 この家以外の料理は食べたことはないけれど、贅沢な料理だということは分かる。ここでの食事を、味を気にしながら食べたことなど今までなかった。いつもさっさと食事を食べて部屋に戻ることだけを考えていたから。


 私がいなくなっても、もしかしたらこのままなのかな・・・。


 この家の中で、ずっと自分だけが異質で、自分がいなくなればパーツがかみ合って、上手く回り始めるのだろう、とずっとそう思っていたけれど。今思えば、そうなった時の食事の風景を想像出来ない。

 せめて気づいた自分だけでも美味しいと思って食べよう、と思って出されたデザートの皿にとりかかる。今日は甘く煮詰めた木の実入りのパイだった。このパイはリンシアの好物の一つだった。

「リンティシア」

 全ての料理を食べ終わり、食事が終わってそれぞれの部屋へと引き上げる、という時に先に席を立った父に呼ばれ、慌てて席を立つ。

「お父様?はい、なんでしょうか」

 今までこのような場で、父に声をかけられたことはなかった。元々父がこの屋敷に居る時でも、一週間に一度、父と話をすれば多い方であるのだから。


「十日後、この家で親しい付き合いの方々を招待したパーティを開く。お前もそれに出なさい」

「えっ。で、でもお父様。人前には出なくていい、とお約束がっ」

 最初は、何を言われたのかも分からなかった。頭が真っ白になり、顔が蒼ざめて行くのがわかる。

「もうお前も来月で十五。成人の儀を迎えるのだ。その前に一度は皆に紹介しておかねばならない」

「でも、お父様っ」

「でも、ではない。リンティシア、成人の儀を迎えればお前も一人前、大人なのだ。お前もこの男爵家の一員なのだからこれ以上、お前の我侭を聞いてはいられないのだ。いいな、命令だ。そのパーティでお前をお披露目する。これは決まったことだ」

「お父様・・・」

 言うだけ言うと振り返ることなく背を向けた父に、追いすがることもできずにふるえる手を握りしめて立ち尽くす。

 いつも最後はため息をつきながらリンシアの言葉を聞いてくれた父が、これからは家の方針に従うこと以外は許さない、と宣言したようなものだったのだから。


 人前には出ない。それは父とリンシアが交わした、最初の約束だった。

 父が仕事先の国から連れ帰り、そしてリンシアを産んでそのまま亡くなってしまった母のことを、周りは当然良くは思わなかった。

 母のことを父はほとんど誰にも話すことはなかったから、誰もが憶測で勝手なことばかり言っていた。

 リンシアが物心ついた頃、初めて父に連れられてこの屋敷で開かれたパーティに出席した。けれど父から離れたリンシアに、周りの人たちは勝手に作った母の悪口ばかりをささやいて行った。

 そのことに耐えられなくなったリンシアは、パーティから走って逃げ帰って自分の部屋に引きこもり、さんざん泣いた。

 リンシアのことをいらないなら、私もいらない。だから人前には出ない、と。

 そのまま三日も熱を出して寝込んだリンシアに、父は約束してくれたのだ。もう人前には出なくていい、と。

 だからリンシアはこの屋敷以外は、叔父のクライヴが連れて行ってくれた遺跡以外外のことは知らなかった。この屋敷の中で、話をするのもイアラと叔父のクライヴ、そしてたまに姉、弟と父、各授業の教師たち。あとは厩番のアトギだけで、他には言葉を交わす相手さえいなかった。

 それでも同じような貴族と家族ぐるみの付き合いをしたり、そういう場に出ないで済むことの方がリンシアにはずっと楽だったのだから。


 それもずっとお父様との約束があったからこそ、だったのに・・・。


「リンティシア・・・」

 湧き上がる絶望、そして激情を抑えて震える手を握り締めてうつむくリンシアに、そっと声がかかる。

「・・・エリヴィエラ姉様」

 顔を上げて気遣うように自分のことを見守る姉の姿と、その後に弟の姿を確認して、無理やり心を埋め尽くそうとする感情を押さえ込んで、無理にでも笑みを浮かべようと試みる。

「私は大丈夫、大丈夫です・・・。ほ、ほら、お養母様が見ていますから。お気遣いいただいて、ありがとう、ございます」

 下げた顔を上げたリンシアを見た姉の顔が、つらそうにゆがむのを見て、笑みを浮かべることが失敗したことを知る。


 ダメ、ダメよ私。今ここで感情的になったら、今までの全てがダメになる。

 ぐっと一度歯をくいしばり、爪が食い込むくらいに手を握りしめ、今度こそかすかにでも笑みを浮かべて姉と弟の顔を正面から見つめてうなずいてみせた。


 クライヴ叔父様。もう、今しかないと思うの。だから、使います。


 こちらを気にしながらも部屋から出て行く姉と弟を見送ると、つめていた息を吐き出し、そして大きく頷く。

 こらえきれない激情を一つの決意に変えて、顔を上げて振り返ることなく自分の部屋へと歩き出した。


 あと十日。期限が切られたのなら逆に決心がつくというものよ。忙しくなるわね。

 今からのことに頭を回転させながら、周りの使用人からは不自然に見えないように、ゆっくりと自分の部屋への廊下を歩いて行った。



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