プロローグ 旅立ちの決意は突然に
注意 この小説は前に途中までPCで普通に書いていたものを手直ししています。
なので携帯、スマフォ画面では読みずらいかと思います。
すいませんがその点をご考慮にいれてお読みください。
(文章が長めとなっています)
リンシアは怒っていた。
「もうっ!いつになったら外に出られるのよっ」
ドカっと怒りのまま目的地の扉を蹴り開けて、その勢いのまま上へと続く階段を登る。
「お嬢様っ。リンティシアお嬢様っ。待って下さいっ。それに扉を蹴り開けるなんてっ」
足首の上くらいまである普段着のドレスの裾を持ち上げて、そのままダカダカと石段をあがる。その後ろを大きなバスケットを抱え、手にランタンを持った侍女が、息も絶え絶えになりながらリンシアを追いかけて扉をくぐる。
「もうすぐ成人を迎えるレディのすることじゃありませんよっ」
「いいじゃない、イアラ。どうせここには私たちしか来ないんだから」
そこは古びた塔だった。ここ、ダグレオス男爵家の敷地の隅に位置する塔は、いつの時代に建てられたのか、代々続く当主にさえ正確なことも分からなかった。
三層構造になっている塔の屋上と三階は、半分以上天井が崩れ落ち、そこへと続く階段も塞がれて立ち入ることさえ出来そうになかった。
長い年月に耐えているだけあって重厚に組まれた階段も、いたるところがひび割れ、崩れ落ちている。灯り取りの小さな窓がたまにあるだけの階段は、薄暗く、玻璃も鎧戸もはまっていない窓から入り込む枯れ葉や埃が積もって、とても歩きやすい状態とは言えない。そんな階段をドレスの裾を手に持ち、もの慣れた様子でどんどんリンシアは上へと登って行く。
「お父様は横暴なのよっ。腹が立つったらっ」
そして目的地の踊り場までたどり着くと、部屋へと続く扉を今度は力任せに手で押し開く。
バンッ。
「お嬢様っ。そのような乱暴はおやめ下さいっ」
ゼイゼイと肩で息をつきながら、イアラがやっとたどり着いて扉を閉める。
そこは階段の朽ちかけた薄暗さからは一転して、明るい部屋だった。
南向きに大きな窓があり、そこには磨かれた玻璃がはまり、床には絨毯が敷き詰められていた。暖炉の前に置かれたソファに、リンシアはスカートの裾が翻るのも気にすることなくドサっと座った。
「もう、イアラ、うるさいわよ。ここには二人きりなんだから、名前で呼んでちょうだい。それとここにいる時くらいは、礼儀作法なんてお父様みたいなこと口にしないで。ただでさえお父様にはもう我慢も限界に来ているんだからっ」
「まあまあ、リンシア様。旦那様はここのところエルヴィエラお嬢様のご婚約がお決まりになりそうで、色々バタバタしていらっしゃるのですから」
話している間にも、イアラは持っていたかごをソファの前のテーブルの上に置くと、ランタンから種火を取り出して暖炉に入れて火をおこし、薪をたす。そしてかごから水を入れたポットを取り出して暖炉にかけ、テーブルへとかごの中から取り出した焼き菓子をのせた皿を並べて行く。
「そうなのよねー。確かにお姉様の結婚相手がとうとう決まる!ってことになったころよね、お父様に外出禁止を言い渡されたのは」
皿からさっそく木イチゴのジャムがたっぷり入ったクッキーを一枚とると、一口に口の中へと放る。そのお行儀の悪さにイアラは眉をひそめつつもとがめることはせずに、カップとソーサーをテーブルにセットする。
「そうですよ。それにもうすぐリンシア様の誕生日ですし。成人の儀もありますから」
「うーん。それなのよねー。成人って言っても一応形式上のことだけだし。社交界デビューを許される、ってだけよね。色々パーティに出たりして、そこで結婚相手を探して・・・」
リンシアは言っていてだんだんイヤな気分が更にふくれあがり、今度はバターたっぷりのクルミ入りのケーキを手に取り、豪快にかぶりつく。
「リンシア様。せめてフォークくらいはお使いになって下さい」
さすがにそれにはイアラも我慢出来ずに口を挟む。それでもそんなイアラにかまうことなく、そのままケーキを食べつつリンシアが続ける。
「でもお姉様、確か今年で十八歳におなりになるのよね。だからそれくらいになるまでは余裕があると思っていたのに・・・」
この国は十五歳の誕生日を迎えると、成人として扱われることになる。貴族では女は家同志の縁談で大体十七歳くらいまでに結婚するのが普通だった。生まれた時からの許嫁など決まっていた場合は、成人を迎えてすぐに相手の家に入る場合さえあった。
「まあ、エルヴィエラ様の場合は長女ですからね。ユリアス様はまだお小さいですし・・・」
「そうなのよ!私はどうせ妾の子だし。お姉様、私と違って凄く美人だから引く手あまたで、どこの家と縁続きになるかお父様も選びたい放題だったであろうし。だから私はいいだろう、って思っていたのよね」
リンシアには三歳違いの姉と四歳下に跡継ぎになる弟が一人いる。三兄弟の中でリンシアだけ母が違い、リンシアを産んだ時に母は亡くなっていた。
「何をおっしゃいますか。確かにエルヴィエラ様はとてもおきれいですけれど、リンシア様だっておステキですよ。この国では珍しい藍色がかった黒髪も、光に当たると金色に光る金茶の瞳も、私、凄く好きですよ」
「えー。それは身内の欲目ってものよ、イアラ。そりゃ私は色は珍しいけれど、顔立ちは普通だし、目はきつい上に鼻は低いし。お姉様をみれば美人だな、とは思うけど、正直自分はどうでもいいわ」
ちょうど沸いたお湯でイアラがカップにリンシアお気に入りのハーブティを注ぐと、カップを手に取り冷ましながら口をつける。その香りがリンシアのささくれだった気持ちを少し和ませた。
リンシアは勿論母親のことは知らないけれど、母親は隣国のセルシア王国の出身だったらしい。父の男爵がこの国、タージェ国の大使としてセルシア王国に赴任していた時に母に見初められたらしい、と話しに聞いていた。
隣国、とは言っても国境を兼ねる険しいケルト山脈が海近くまで二国を隔てており、昔からあまり人の行き来はなかった。
この国があるユレゾリア大陸では北に行く程寒くなり、そして髪や目の色が薄くなる。
丁度中間にあるタージェでは一番茶色の髪と茶色の瞳が多く、北の隣国とは親交があることから薄い色合いの髪、金髪などの人はそれなりに見かけることはあるけれど、南の国境は険しいケルト山脈で隔てられていることから、それ以上濃い色の髪の人はあまり見かけることはなかった。
だからリンシアのような黒に近い色合いの髪は、船が着く港町以外ではあまり見かけることはなく、とても珍しかった。
「お姉様は誰が見ても文句なんてつけようがないくらいの美人だったから、ずっと安心していたのに・・・。この間お父様に呼ばれて行ったら絵師が居たのよ。私の肖像画を描くのですって。何年かに一度は今までも描いていたけれど、去年描いたばっかりだというのによ?なんだかイヤな感じがするわ」
「そうですよね。リンシア様ももう成人、十五歳ですから。そういう話があってもおかしくないですよ」
そのイアラの言葉に、手に持ったカップをこみ上げる激情のままソーサーに戻す。ガチャンっと大きな音を立ててハーブティがテーブルに飛び散った。けれどリンシアはそんなことにはまったくかまうことなく、正面に座ったイアラへと詰め寄る。
「いーやーっ!いやよっ。イアラまでそんなことを言わないでっ。私はそんなことに興味なんてないわっ。冗談じゃないわよ。ウェステア時代の遺跡を発掘して、研究してっ!そして大発見なんてしたりしてっ。ほんの少しでも忘れられた時代の真実に近づきたいのよっ。私はだから結婚なんかに振り回されるなんてごめんなのだからっ!」
「リンシア様・・・。そのお気持ちはとても良く分かりますが、そうは言っても今はクライヴ様は今、いらっしゃらないですし・・・」
「そうなのよっ!叔父様ったら、もう三年も音信不通なのですもの。どうせどこかの遺跡にはまって、時間を忘れて調査に没頭でもしているのに違いないのよっ。ずるいわ、そんなのっ」
最初はこの屋敷で唯一自分をかまってくれる叔父に、ただついて回っているだけだった。
よくこの部屋に連れ出してもらっては、本や発掘品を見ながら色々教えて貰っていた。
その叔父のクライヴが見せてくれる様々なものや話に、この屋敷の中しか知らないリンシアにとっては想像も出来ないくらいの神秘さに魅せられて、いつの間にか叔父と一緒になってウェステア時代の研究に夢中になっていた。
ケルト山脈に連なる山の麓にあるこの屋敷の裏手の山の中には遺跡があり、そこに初めて連れて行って貰った時の感動を、リンシアは今でも鮮明に覚えていた。それ以来、他のことなんて目に入らなくなった。
ただそんなリンシアを男爵である父親が良く思うはずもなく。今までは父親の年の離れた母違いの弟であるクライヴの援護もあって、礼儀作法と地位のある良家の令嬢にふさわしい教養を完璧に身につけることを条件に、たまに遺跡に行くことと、この塔での研究の許可を貰っていた。
なので頑張って礼儀作法も教養も、男爵家専属の教師からは教えることはもうない、という言葉を今年に入ってすぐに貰っていた。
だからこれからは思いっきり発掘と研究だけに打ち込める、と喜んでいたというのに。もう三月も父親からは遺跡に行く許可が出ないのだ。
「私だって遺跡に行きたいわ。何度も何度も調査して発掘して、やっともう少しで出来上がり、ってとこまで来たのよ。足りない部品だって、だいたいある場所まで目星もついているのに」
この部屋の暖炉のある側とは反対側は、壁一面本棚に覆われていた。床にも本棚に入りきらなかった本と、一見見ただけでは何かは分からない部品みたいなものがあちこちに山を作っていた。
そしてその雑然としたスペースの真ん中に置かれたテーブルの上には、床の上同様にさまざまな部品と本、そして何やら設計図らしきものと、組み立て途中らしき物が置かれていた。
リンシアはその発掘品を見ながら、決意を込めてつぶやく。
「絶対完成させてやるんだから」
「でもリンシア様・・・。そうは言ってもリンシア様がお年頃のレディ、ということには変わらないのですよ。私もリンシア様のお気持ちは、ずっと見てきましたから分かりますけれども」
「イアラ・・・。分かっているのよ、私も。でもこうなる時のことは考えてなかったのよ。ずっと叔父さんと結婚して、このまま発掘と研究をずっと続けていけばいいと思っていたのですもの。政略結婚にはお姉様もいるし、私は妾の子ですもの。それでいいだろう、って思っていたのよ」
ずっと、このままで。そう思っていたのは、今のように女の身で発掘して研究をする、ということがこの国では許されていないことは、この屋敷と遺跡以外の外の世界を知らないリンシアにも理解していた。
この国では、良家の家の令嬢は成人まではずっと家で礼儀と教養を身につけ、成人すると家が決めた結婚相手の家へと嫁ぐ。そういうものだと家庭教師から教えられていた。
「やっぱり私、お父様にもう一度交渉してみるわ。いつも駄目だって言われているけど、成人の前に最後だから、とか言って遺跡に行く許可を貰うの」
「最後になさるのですか?リンシア様が?今組み立てている発掘品を完成させたら、遺跡の研究も終わりになさるのですか?」
リンシアがそんなことはしない、と確信を持ってイアラは笑いながら尋ねた。
リンシアより二つ年上のイアラは、リンシアが産まれた時からの付き合いだった。リンシアの乳母をやっていた母が八年前に亡くなってからは、リンシア専用の召使いとしてこの屋敷に残り、ずっと二人で寄り添いながら生きてきた。
身分の違いは分かってはいても、妹のように思える。だからずっとこの屋敷で不自由をしながら生きてきたリンシアに、自分に出来るだけのことはしてやりたい、自由を望むなら、出来ることならかなえてあげたい、そう思っていた。
「何言っているのよっ!そんなわけないじゃない。私はずっと研究は続けるわよ。続けてみせるわ!どんなことをしても。とりあえずあれが完成して実用化出来れば、状況も変わるはずなんだから。あ、そうだ。だったら行く時に実験の用意もして行かなくちゃ。とりあえず寒暖、防水に、防火。あとは…」
「リンシア様?」
それでも何やら次々に出てくる物騒な言葉に、イアラはいやな予感を感じながらも、話しながら自分の世界に入ってしまったのかぶつぶつ独り言をいいながら机へと向かい、そして猛烈な勢いで書き留めだしたリンシアの姿を遠目で見守る。
「まあ、今に始まったことじゃないものね。とりあえず発掘用のお洋服の準備と、それからお弁当と、ああ、もう寒いから防寒具と・・・」
とこちらもこちらでリンシアが男爵から許可をもぎ取って来ることは疑いもせずに準備に想いをはせる。
レディとして、と言いながらも自分の主人であるリンシアが、姉のエルヴィエラのように普通に家の為に嫁に出るなどとは思ってはいなかった。
「あ、イアラ。水を途中の小川で汲みたいんだけど、水を入れるタルなんてあるかしら」
「そうですね・・・。ワインの空いた樽があると思いますよ。あとで台所で聞いてみますね」
「お願いね。絶対にこのままお父様の言いなりになんて、ならないんだから」
今までだって、十分言いなりになんてなってないです。そう心の中で思ったけれど、賢明なイアラは声に出してはいうことはなかった。
「絶対に、私はこのままお父様のいいなりになんて、ならないんだから」
その決意を胸に、着々と準備を進めていくのだった。
途中までは書いてあるので、手直ししながらあげていきます。
それ以降は、もう1本と並行にあげていきますので、気長にお付き合い下さるとうれしいです。