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(2)

 ヴァネッサはなぜ殺されたのだろう。


 ジネットはリゼットに今晩の夜宴の衣装合わせに付き合わさせられながらそんなことを思った。


 ヴァネッサは水差しに入れられていた毒を飲んで死んだと言う。ヴァネッサがどのような人物か知らないジネットには彼女がなぜ殺されたのか、はたまた自殺かどうかということすら分からない。



 ――ヴァネッサが殺された夜、あの兄妹もこの王城にいた。



 そう告げたラルドルフは、きっとあの二人も怪しいと思っているのだろう。


 ジネットがこの王城に連れて来られた理由は、ヴァネッサの替え玉だ。ヴァネッサさえ死ななければ、こんな場所に連れて来られる必要も、あんな冷たい王子と結婚する必要だってなかったのだ。



「……王女様は何で死んだの?」



 ジネットがふと問いかけると、ジネットにドレスを当てていたリゼットの動きが止まった。



「……毒殺だと聞いておりますが」


「可笑しいと思わない?」


「……何がでしょう」


「だって、水差しよ? 水差しに入ってた毒で王女が死んだなんて聞いたこともないわ」



 リゼットがそこでジネットの顔を見上げた。



「それでもヴァネッサ様は死んでしまったのです」



 はっきりと告げたリゼットだったが、その直後に彼女は唇をわなわなと震わせた。



「……このお話は止めてくださいませ」


「どうして?」


「……ヴァネッサ様は私の主人で御座いましたが、友人でもあったのです。大切な友人が殺された時の話などしたくありません」


「どうして、リゼットは殺されたと思うの?」



 リゼットの顔が歪む。ジネットは彼女の瞳を真っ直ぐに捉えて、言った。



「自殺したかもしれないのに――」


「ヴァネッサ様は自殺など致しません!」



 リゼットの声が痛くジネットの耳を殴った。だが、直ぐにリゼットはハッとすると、おずおずと言う。



「失礼しました……」



 口を閉ざしたリゼットが新しいドレスを運んでくる。


 ジュリエッタが赤いドレスにすると言い出した所為で、リゼットの用意していた赤いドレスは使えなくなってしまった。この場合普通はジュリエッタがドレスを変えるのだとリゼットは呟いたが、一々言いに行くのが面倒なのでジネットは自分のドレスを変えることにした。


 新しくリゼットが持ってきた白いドレスを当てられながらジネットは唇を開く。



「……わたし、決めたわ」



 何を、と顔を見上げてくるリゼットを鏡越しに見ながらジネットは言った。



「王女様が誰に殺されたのか。何で殺されたのか……わたし、突き止めるわ」


「どうして……」


「彼女が死んだ所為でこんなところに来なくちゃいけなくなったのよ。殺した犯人見付けて、懲らしめてやらないと気が済まないわ」



 ここでの暮らしに暴力はない。食べ物もあるし、温かくやわらかなベッドもある。だが、違うのだ。結局、ここではジネットは生きている感覚がしない。少しでも下手をすれば、もしかしたらヴァネッサを殺した罪を着せられて王城の者を騙していたとして殺されることだってないとは言い切れない。


 王や妃が恐れているのは、ヴァネッサを殺した犯人が王城を出入りする者だった場合だろう。身内から犯人が出ることを恐れている。だが、ここでジネットに罪を着せることができれば、最も恐れることは回避できるのだ。きっと彼らはジネットがヴァネッサの妹だと口外することはないだろう。


 ヴァネッサが殺されたと知ってから、ジネットが恐れていることはそれだった。



「……ところで、」



 ジネットは鏡の中のリゼットと目を合わせた。



「ラルドルフは王女様と仲は良かったの?」



 リゼットが戸惑うように数度瞬きをした。ジネットはそんな彼女から目を逸らす。



「……聞いておいた方が、今晩の夜宴には良いでしょう」



 なるほど、とリゼットが首を縦に振って、口を開く。



「恋仲で御座いました」



 リゼットは微笑した。



「ご両親が決めた婚約相手だなんて思えないほどに」



 固まるジネットに気付かずに、彼女は続ける。



「ラルドルフ様は戦の最中で身体だけではなく、心にも傷を負われました。ヴァネッサ様もこの王城内で決められた生活を送ることで生きることに希望を抱いてはいらっしゃらなかった。その二人が出会い、お互いがお互いを癒すことができたのです」



 ジネットが予測していた答えだ。


 ヴァネッサの話をするときに見せる、彼の哀しそうな表情も声も。全ては愛した人を失ったことから表れるものだとジネットも気付いていた。


 ジネットは一度ゆっくりと目を閉じ、瞼を上げた。



「……ラルドルフは戦で傷を負ったの?」


「右目を」



 え、と目を見開いたジネットにリゼットは続ける。



「ラルドルフ様の右目は、先の戦争で失われました」


「……そう」



 ジネットの身体にも、傷はある。服の下に隠せるその傷は、彼女の幼い日々の象徴だ。それを見る度に、生々しく当時感じた痛みや罵声を思い出してしまう。それを顔に負った彼はどうなのだろう。ジネットのように弱くないだろう、彼ならばそんなこともないのだろうか。



「ヴァネッサ様」



 ジネットは伏せていた瞼を上げる。鏡越しにリゼットと目が合った。彼女はどこか哀しそうに、けれどやはりやさしく微笑もうとする曖昧な表情をしていた。その顔を鏡の中のジネットに向けて、やわらかな声で言葉を紡ぐ。



「どうか、貴方だけでも幸せになってくださいませ」


「……」



 ジネットは返す言葉がない。


 彼女の想いは分かる。けれど。


 ここで生活すること自体がもう、ジネットには地獄なのだ。



「ヴァネッサ様、それではドレスはこちらに致しますね」


「……ええ」



 リゼットが選んでくれたドレスは、袖が長い。


 ジネットの腕の傷を上手く隠し、それでいて彼女の瞳の色を引き立てる、鮮やかな薄い青色のドレスだった。


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