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(3)

 ジネットが玉座の間からヴァネッサの寝室に向かう廊下に響くのは、二人分の足音。だが隣を歩くのはラルドルフではなかった。少しだけ疲れたように吐息をついたグランが両手を天井に向けて伸びをする。



「それにしても疲れたねー。陛下の威圧感はどうにかならないもんかな。君もそう思わない?」



 そう笑顔で話を振られても、ジネットは戸惑ってしまう。


 グランは知っているはずだ。目の前にいる少女がヴァネッサではないということを知っている彼は、先ほどの王との会話からどうやらヴァネッサが死んだことも知っているらしい。



「……グランは、いつから気付いていたの?」


「ん?」


「わたしが、ヴァネッサじゃないって」



 思い切って尋ねれば、グランは困ったように微笑んだ。そして前に視線を戻しながら言う。



「夜宴の前かな……ジュリエッタにドレスの色が被らないように、て言われた時、何も言い返さなかっただろう?」


「……ええ」


「ヴァネッサなら言い返すからね。きっと。相手が何も文句なんて言えないくらいに」



 確かにジネットはあの時ジュリエッタの言葉を素直に受け入れていた。あの時に既に気付いていたとするなら、彼はなぜ誰にもそれを話すことをしなかったのだろう。



「どうして、周りに言いふらさなかったの?」


「どういう意図で替わっていたのか分からなかったからね」


「意図……」


「ヴァネッサの仕業かもしれないし、王の命令かもしれない。もし王の命令なら、なぜヴァネッサがいなくなってしまったのか。考えたらきりがないけどね」



 そこまで一息に話していたグランが口を閉ざす。それから哀しそうに目を細めて、過去を思うように窓の外を見ると、噛み締めるように呟く。



「ヴァネッサは、亡くなったんだね……」


「誰からそれを……?」


「全部ジュリエッタから聞いた。……彼女は本当に浅はかだね」



 地下牢に閉じ込められたジュリエッタが事の経緯を全てグランに告白したのだという。


 自らの妹を浅はかだと語る、そのグランの心情はジネットには分からない。それでもその言葉が相手を愚弄する気持ちだけではないことくらいは分かった。


 ジネットが最後に見たジュリエッタは泣いていた。友のことを思って流した涙の理由はジネットには解けないけれど、それでもあの涙も言葉も嘘ではなかったと感じた。



「わたしは幼い頃から同じ年頃の友人なんていなかったから、ジュリエッタがどれほどさびしい想いをして、どれほど苦しい想いをしたのかは分からない」



 でも、とジネットは言う。



「ジュリエッタはヴァネッサが好きだったんだと思う」


「……そうだね」



 静かに首肯したグランは足を止めた。ゆっくりと閉じた瞼が微かに震えている。



「二人はとても仲が良かった」



 その瞼の裏側にはきっと幼い頃のヴァネッサとジュリエッタの姿が映っているのだろう。その頃の二人を知る彼が今の事実をどれほどの痛みを伴って受け入れるのか、ジネットにも想像に難くなかった。


 目を開けたグランはジネットを見ると申し訳なさそうな顔をする。



「それからジュリエッタが君に謝っていたよ」


「謝る?」


「夜宴の時、君に刺客を送ったそうだね」



 あの日、ジネットは命を狙われたのだと思った。ラルドルフが現れなければ殺されていたのだろう。



「君が本当にヴァネッサか確認しようと思ったらしい。僕たちは彼女の遺体を見たわけじゃなかったから」


「……そう」



 ジネットがジュリエッタのことを許すことはできないだろう。命を縮めるような恐怖を味わって、それをなかったことにできるほどジネットは強くないのだから。


 全てが明らかになったはずなのにジネットの胸にある霧は晴れない。それはきっとたくさんの困惑が痛みとなってジネットの心に絡み付いている所為だ。


 グランはにっこりと微笑むと優しく柔らかな声で尋ねる。



「君はこれからどうするんだ?」


「わたしは……」



 ジネットは目尻を震わせて俯いてしまう。その彼女の様子を見たグランは、そうか、と静かに頷いた。それからやさしく笑って、そっとジネットの顔を覗き込んだ。



「君にとって、ここでの生活が少しでも幸せだったことを、僕は願うよ」



 確かに良いことばかりではなかった。


 それでも、ジネットは護られることを知った。誰かに幸せを願われることを知った。


 そうしたたくさんの想いはきっと、ジネットを強くしてくれただろう。


 だから大丈夫、だと思う。


 わたしは強くなった。


 だから、自分のするべきことは、もう、分かっている。


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