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かまくらでイチャついてみた

作者: 想明 芳野

「イチャイチャ成分が足りない」

「はっ?」


 季節は冬に入り、常冬の街と言われるネージュの街並みはいよいよ銀世界の一部となった。大陸全体を通して積雪量が多い地域というだけあって、冬期の間、日本で言うと一一月下旬から二月中旬の間、冒険者向けの仕事は少ない。魔物だって冬眠するぐらいの寒さなんだ。人間様があくせく働く訳がない。


 それでも冒険者に全く仕事を出さないのは問題なので駆け出しや稼業に慣れ始めた冒険者は雑用関係の依頼を受けて日銭を稼ぎ、一流と呼ばれる冒険者は貯金を切り崩して長期休暇に入る──なんてことをぼんやり考えながら湯気が立ち上るスープにパンを浸して食べていたところ、冒頭の台詞へと繋がる。


「どうしたユフィナ、今食べてるシチューならユフィナの愛情が感じられるから心身共に暖まって辛い雪かきを頑張った甲斐があったと思わせるぐらい美味しいぞ」

「そ、そぉ? こんなので良ければいつでも作って……て誤魔化さないでっ!」

「いや、誤魔化してないぞ。ユフィナの作る料理は本当に美味しいって。普通にレストランで出されても不思議じゃないから」

「……っ、そ、そんなに褒めないでよ。…………その……こ、恋人として当たり前なんだから……」


 エルフの特徴である細長いがピコピコと小刻みに揺れる。どうにか平常心を保とうにも頬を朱色に染めながらてろんてろんになってる。取り敢えず幸せな思考の海にトリップしているせいでおぼつかなくなった手元からこぼれ落ちそうになったシチューを咄嗟に受け止めて事故を防ぐ。


「あ……あり、がとう……」

「どういたしまして」

「…………」

「……」

「…………て、違う違う! 私が言いたいのはそういうことじゃないッ」

「あれ? 違ったの?」


 てっきり料理を褒めて欲しかったとばかり……いや、それなら冒頭の台詞はおかしいか。


「私が言いたいのはもっとこう、恋人っぽいことしたいってことよ。なのにここ最近……」

「あー……そういうこと」


 知り合ってからずっと一緒に居る機会が多かったからその辺全然意識してなかったけど、つまりはそういうことか。


 思い起こせば一年前。右も左も分からないまま異世界に飛ばされ、一振りの剣とテンプレ的なチート能力の宿った身体一つで冒険者稼業で口を糊してきた。ギルドの合同依頼で知り合って、戦術的な相性が良かったから暫定パーティーを組んで……あぁ、懐かしいな。


 しかし、恋人っぽいこと……ね。日本に居たときですら仲の良い女友達なんていなかった。そんな俺に恋人、それも絶世の美談美女揃いとされるエルフと恋仲だ。長命種であるエルフと人間が同じ時間を歩める筈もないが、エルフからすれば相手の人生を独占出来るということで特に問題はないらしい。そりゃ、最初は氷のように心を固く閉ざしていたけどさ、エルフというのは増悪に関わらず一度心に火が灯ればそう簡単に消えるものじゃない。それが恋心となれば……後は、分かるな?


「シンヤは何かしたいこと、して欲しいこと……ある?」


 モジモジと身体を揺すりながら期待するような目を向けてくる。ユフィナは必死に隠しているつもりだろうが、俺は知っている。この前、近所に住む娼婦のアリスさん(この道五○年の大ベテラン。人間大好きなサキュバス)のところへ菓子折を持って出入りしているのを。


『お代官様、こちらお代官様の好きな山吹色のお菓子で御座います』

『うむ。確かにこれは妾の好きな山吹菓子であるな。若い者にしては気が利くな』

『ははっ。それよりお代官様……例の件……』

『うむ。心得て折る。お主とは今後も仲良くやっていけそうだな』


 ──なんてやり取りが行われてるだろうと無意味な邪推をしている。

 言いたいことは分かる。俺だって健全な男子だ。俺の貧弱な語彙力では表現することすら叶わず、ただ美しいと感嘆の溜め息しか出てこないほどの美女が、真っ直ぐ好意を向けているんだ。


 冬期休暇に入る前は忙しかったから耐えられた。だが今は密室で、二人きりだ。この、世界一美しい俺の恋人は、それはもう献身的だ。夜を待たずとも、求めれば応じてくれる。それが分かるぐらいにはいい。


 問題は致すのが決定事項として、それまでの間、何で時間を潰すか。ネージュに限らずこの世界は娯楽関係が少ない。庶民の娯楽と言えば賭博、酒、女が一般的。ギャンブルは昔、親父がボーナス全部持って行かれるのを何度か見てるから必然的に忌避感がある。酒は嗜む程度。女は言うに及ばず。


 適当に時間を潰せて、かつ恋人っぽいことが出来るようなこと……。


「ねぇ、シンヤ……」


 色っぽい声が耳朶を打つ。白魚のような指が無骨な指に絡む。あ、ヤバイ。なんか興奮してきた。てか何その指。同じ冒険者でもなんでシミ一つないほど綺麗なんですかユフィナさん。一週間前、レッドドラゴンのブレス一緒に浴びてあちこち火傷してましたよね?


「私を好きにしていいのは、シンヤだけだよ?」


 吐息が首筋を撫でる。本格的にヤバイ。もうムードとか関係なく押し倒したい。いやダメだ。始めてはめいっぱい優しく愛でると決めているんだ。今はこの状況を打破する為に考えるんだ。ユフィナの要望を満たしつつ、興味を逸らすことの出来る何か……。


 ……………あった。ありましたよ、すぐ近くに。


「よし分かった、ユフィナ」

「シンヤ……」


 うるっと瞳を滲ませながら上目遣いで見てくる。ゴメン、期待を裏切る形になるが、それは夜まで待って欲しい。


 後ろ髪を引く思いを断ち切るように、俺は彼女に向かって宣言した。


「かまくらを作るぞ」





 常冬の街と言われるネージュで、雪に困ることはない。夏でも粉雪がちらつく日があるくらいだ。昨日は一日中雪が降っていたけど今日は雲一つない快晴。街の住民達や冒険者はせっせと雪かきをしてる。


 因みに我が家の雪かき事情は魔術で解決している。具体的にはユフィナが威力を調節した火魔術で雪だけを溶かす。だが、今回はそれをやる訳にはいかない。


「かまくらは……まぁ平たく言えば雪で作った極小サイズの小屋だ」


 納屋にあったシャベルを片手にせっせと土台を作りながらユフィナに説明する。ネージュで暮らして一年経つけどこの街の人間、本当に雪で遊ばない。だからかまくらも雪達磨も雪合戦も知らない。雪国で生まれ育った子供なら絶対遊ぶと思ったんだけど……。


「俺の育った故郷ではあまり雪が降らないんだ。そんな故郷に雪が降った場合、それを使って遊ぶんだ」

「それが、かまくら?」


 希望通りの展開にならなかったことに不満を感じながらもしっかり手伝ってくれるユフィナ。本当、いい娘だ。自分がこんな良い娘と一緒になって罰が当たるんじゃないかってぐらいできた娘だ。


「そう。まず、こうやって雪を山盛りにする。ある程度の大きさになったら今度は中を削って空洞を作る。重労働だけど達成感はある」


 中学時代、地元が記録的な大雪に見舞われたことがあった。学校が休みになって、遊びに行こうにも大雪じゃどうにもならない。じゃあかまくらを作ろうってことで妹と一緒にかまくらを作って、その中でお菓子をパク付いたのはいい思い出だ。


「次に作るときは恋人と一緒がいいね」「お兄ちゃんも早くいい人見つけてね」「お前もな」──そんな、他愛もない会話をしたような気もする。それがまさか実現するとは。惜しむべくは、自慢の彼女を妹に自慢できなかったことか。


「ふぅん……私の里でも雪は降るけどこういう遊びをしていたエルフはいなかったわ」

「こういう地域ならそういう発想があっても不思議じゃないと思うんだけどな」


 どさっ、どさっ、と土台を積み重ねていく。一時間前の庭は新雪で覆われていたが、今は無数の足跡と露出した黒土、そして真ん中で激しく自己主張する雪の塊。たまに通り過ぎる通行人は俺達二人の奇行を眺めて首を傾げてる。


 二メートルぐらい積み上げたところで今度は空洞を作る。ユフィナが火力調整した拳大の火球を上手に制御して溶かすだけの簡単なお仕事だ。その間、突っ立って待ってるのも気が引けるので紅茶を淹れる。


「お疲れ。ユフィナの好きな気持ち渋めの紅茶」

「ありがとう。……ねぇ、折角だからあの中で飲まない?」

「そうだね」


 初めからそのつもりだったけどね。

 そんな訳で急遽、かまくらの中で即席のお茶会が始まった。最初は紅茶を啜ってお喋りするだけだったけど、ユフィナはかまくらを気に入ってくれたようでそのままかまくらの中で軽食をパク付くことに。


 家からちゃぶ台サイズのテーブルとシート、即席で作った食事を運び、肩を寄せ合って食べる。


 ……うん、なんかいい。というか凄くいい。肩と肩が触れあう距離と誰にも邪魔されない空間。恋人同士で身を寄せ合うにはこれ以上ない素敵なシチュエーションだ。


「なんだか、落ち着くね」


 紅茶を啜ったユフィナがぽつりと呟く。


「最初ね、シンヤがかまくら作ろうって言った時は気付いてよって思ったけど……」

「それは……返す言葉がないな」


 今だからこそ言えるけど、ユフィナは早い段階で俺に好意を寄せてたそうだ。具体的には自分の不注意で魔物の毒にやられたとき、真っ先に駆けつけてきたとき。依頼を放棄する形になったけど、あのときの判断に間違いはなかったと言える。


 武器を捨ててユフィナを担いで夜の森を踏破して医者に診てもらい、一命を取り留める。あと一日遅ければ彼女の命はなかった。


 その日を堺に彼女の態度は軟化していったけど……うん。ぶっちゃけ当時の俺は好意を持たれてるとか毛の先ほども考えてなかった。優しくしてくれたのはあくまで恩であって、仲間として認めてくれたからだと、そう言い聞かせて今まで通り接してきた。


「デートで服屋に行ったとき、シンヤに選んで欲しかったのに『女性定員が居るからその人に訊いた方がいいよ』とか……耳を疑ったよ」

「いや、ユフィナなら何着ても似合いそうだったし……」

「カップル限定メニューを注文したときだって『そんなに限定メニューが食べたかったの?』て真顔で訊いたよね?」

「俺の記憶が確かならがっつり三つ食べてたような気がしたけど?」

「あ、あれは……そう! ヤケ食いよ! シンヤが鈍かったし……」

「あーんってやったときの反応は最高に可愛かったけどね」

「あれは反則じゃない! シンヤは時々私の心を弄ぶんだから。……そりゃ、嬉しかったけど……」


 打てば響くように、昔の俺への愚痴がどんどん出てくる。そして自分がどれだけアピールしていか熱弁を振るう。そんな彼女の言葉に適当に相槌を打ちながら時々、お手製の菓子を手ずからユフィナの口に入れて指先を舐め取られる。お返しに耳に息を吹きかけてやればふにゃっと表情をだらしなく緩ませて胸に顔を寄せてくる。


 いつまでも、いつまでも……俺達は愚にもつかない話に花を咲かせていた。





 この日を堺にネージュでしばしかまくらが見受けられるようになった。狭い空間で肩を寄せ合ってイチャイチャしている俺達を見たカップルが真似をして、数日と経たないうちに街のあちこちでかまくらが見らるようになったことはちょっとした話題となった。


 同時に──万年非モテ街道まっしぐらな男連中はかまくらの中でイチャ付いてるカップルを見て『見せつけるんじゃねぇよチクショー!』と血の涙を流し、雪道を爆走していくとか。


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