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イングラザールの決意の白騎士  作者: カビルンバ
始まりは唐突に
6/6

決闘2

訓練場を囲むギャラリー達は目の前で繰り広げられる戦いに、新たな伝説の誕生を予感していた。

新米の騎士達はディオンの強さに目を輝かせ、聖騎士とまでは行かなくとも名のある熟練の騎士達は難しい顔で砂煙の立ち上る城壁を睨んでいる。

ディオン含め熟練の戦士達はこれで終わるはずがないことを分かっていた。


潔は自身の上に乗る瓦礫を右手で退かすと瓦礫の中から立ち上がり、自分の固く握られた左手を見た。

手の甲の部分に焦げたような線が入っている。

ディオンとすれ違った時につけられたものだ。

ディオンが高速で飛んできた潔を見切って切りつけたように、

潔もまたあの瞬間にディオンの剣の軌道を見切って左手で防いでいたのだ。

もといた世界で異常だった動体視力と身体能力は、

こちらに来て平凡になるどころか強化されてすらいるようで、その事実に潔は小さくため息をついた。


少し痺れる左手から視線をずらし、砂煙の向こうへと目を凝らした。

追撃は無さそうだと判断した潔はディオンの居るであろう方向へと足を踏み出した。


砂煙を抜けてみれば、同じように此方を睨むディオンの姿があった。

フェイスプレートによってその顔は見えないが、潔にはさっきとは纏う雰囲気が違う様に感じられる。

油断なく大盾を構えるその姿には正しく『聖騎士』の名が相応しいと思った潔だった。


ただ、ディオンが動揺しているだろう今を逃がす気はない。

潔の作戦『ガンガンいこうぜ』は未だ継続中である。

一歩踏み出した潔の右足が再び地面に蜘蛛の巣をつくる。


「くっ‥‥‥!」


今回は寸分たがわずディオンの正面、速度も十分。

しかし、ディオンも落ち着いていた。

大きな盾に隠れて見えないディオンの右側から、剣による高速の突きが放たれた。


潔の異常な目がなければかわすのは不可能。

潔にはそれさえも遅く見えていた。

潔は左拳を剣の腹に叩きつける様にしてそれを弾く。

攻撃に転じようとした潔よりも早い速度で体を一回転させたディオンは、反動をそのまま利用して初撃を上回る速度で横一門に剣で切りつけた。


「うわっ!」

「くそっ!」


ギリギリの所で振り上げた右腕を引き戻した潔は、

何とかその攻撃を防ぐことに成功していた。

渾身の一撃を防がれたディオンの口からは自然と悪態をつく言葉が漏れる。


衝撃をもろに受けた潔の体は動かない。

ディオンはこれを好機と見て、さらに高速の連撃を放った。

またもや、これを紙一重で拳を使って防ぎ続ける潔と、

負けじとヒートアップするディオンの剣。


「「うおおおおおっっ!!!」」


二人の口からはギャラリーを震え上がらせるような声が上がる。

二人が剣と拳を打ち合わせる度に響く音と、散る火花は目の前で起こっていることの異常さを如実に表しているようだった。

その攻防に終止符を打ったのは、攻撃の合間を縫って放たれた潔の蹴りだった。

潔の放った体重を乗せたような重みのある蹴りは、

ディオンの構えた盾に突き刺さる。


「らあぁっ!!」

「ぐうぅっ‥‥‥!!!」


その凄まじい衝撃にディオンは両足で地面を抉りながら吹っ飛んだ。

その隙を逃がさず飛び込んだ潔に、再度繰り出されるディオンの突き。

潔はそれを、上半身を後ろに反らすことで何とかかわすと、

そのままブリッジをするように地面に手を付いて足で地面を蹴りあげた。

サマーソルトの要領で繰り出された潔の足は、伸びきったディオンの右肘を寸分たがわず蹴りあげる。


それによって引き起こされる衝撃と手の痺れから、剣がディオンの手から離れ宙を舞う。

縦に一回転して着地を決めた潔は、大きな盾が眼前に迫っている事に気付かなかった。

見た目通りの質量を持つ盾を衝撃を逃がす間もなく叩きつけられた潔は押し出されるようにしてその足で地面を抉る。


この盾は潔が剣を蹴り飛ばした瞬間にディオンが放ったものである。

あの状況下で冷静になれたディオンは確実に聖騎士として完成しているのだろう。

ディオンは飛ばされた剣の代わりに魔装召喚でもう一本剣を喚ぶ。


「あの剣‥‥‥!ディオン正気なのっ!?」


その剣を見て、声を上げたのはコロナだった。

しかし、当然その声はギャラリーの歓声にかき消されて誰の耳にも届くことはない。


ディオンが左手の盾を戻そうと左手を引いた瞬間、潔の白い拳が盾の上部に叩きつけられた。

大きな盾の先が地面に突き刺さり、その一撃でその四分の一ほどが地面に埋まった。

もう一度引こうとして、盾の上部に白い拳が引っ掛かっているのに気づいた。

が、少し遅かった。


「ふっ、ハァッ!!」


一度目に盾に叩きつけられた潔の膝はその表面にヒビを作り、

二度目に叩きつけられた膝は厚さ20cm程もある大きな盾を容易く打ち砕いた。


「馬鹿なっ!?」


宙に飛び散る金属の破片を挟んで二人の騎士は睨み会う。

潔が着地したのとディオンが剣の腹に額を付けるようにして正面に構えたのはほぼ同時だった。

潔が拳を振りかぶる。

ディオンの構える剣に金色の粒子が舞う。


「うおおおおおっっ!!!」

「貫けっ!『グリントスタウロス』っ!!!」


潔の右拳と金色に輝くディオンの突きだした剣が衝突する。

ディオンの剣先から迸る黄金の光線が潔の拳に当たって拡散する。その光線は潔の右腕を焼き、拡散した物は潔の背後の壁に飛んでいき、突き刺さった。

流れ弾に当たるのを恐れたギャラリーが我先にと安全地帯に雪崩れ込む。


「あああぁっ!!!」


潔は右腕が焼ける痛みに耐えながら更に一歩踏み出した。


グリントスタウロスはディオンの必殺技だった。

剣先から光属性の光線を放つこの技は、悪魔殺しの技である。威力は凄まじく、それ故に禁じ手でもあった。

そんな技を人間に使うなどオーバーキルも良いとこである。

ディオンはこの日までそう思っていた。


そもそも使うつもりなんてなかったのだ。

しかし、恐怖から使ってしまった。

抜いてしまった。

悪魔殺しの必殺剣を。


なのに、目の前の男はそれを受けてもなお膝を着かない。

それどころか徐々に押されている。


ディオンはこんな馬鹿な話があるものかと思った。

大陸最強の聖騎士と言われた自分でも及ばない。

ディオンは潔を妬ましく思うと同時に心から尊敬した。


ディオンの剣にヒビが走った。

ヒビは少しずつ剣全体に広がっていき、細かく、砕けた。

自分ではどうしようもない。

ディオンは自分のプライドと共に砕け散った剣を見た。


そして、目の前で右拳を振り抜いた体勢から更に右足で踏み込み、左腕を引き絞る男を見て思った。


ーーこれが伝承の騎士か。化け物め。ーー


潔の放ったアッパーは深々とディオンの顎に突き刺さり、その体を浮かせた。

フェイスプレートが砕け散り、ディオンは青空を見た。

ゆっくりと流れる時間に身を任せ、微笑んだ。

受け身も何もなしに地面に背中を打ち付ける。

下半身が跳ね、ディオンは地面に大の字に倒れた。


一瞬の静寂。

煙をあげる右腕を左手で抑えて、膝を着く潔。

次第に状況を理解し始めるギャラリー。


そして、イングラザールの訓練場に大きな歓声が響き渡った。


「潔っ!!」


狂ったような歓声の中を、聞き慣れた声が真っ直ぐに潔の耳に届く。

潔は立ち上がろうにも、決闘が終わってから急に重くなった体を持ち上げる事ができずに、声のした方に首を向けることしか出来ない。


潔の視線の先にはギャラリーを掻き分けるようにして駆けてくるコロナがいた。

コロナは珍しく心配そうな顔で、潔の側まで来るとその傍らに膝を着いた。


コロナからふわりと良い香りがして、それがすごく潔の心を落ち着かせた。

張つめていた心と体の緊張が解けて、体から完全に力が抜ける。

その瞬間、決闘中ずっと握りしめていた核から感じる光球の存在が、意識の手から離れていった。

それと同時にそれまで潔の体を包み込んでいた純白の鎧が赤い粒子に姿を変えて、天に立ち上っていく。


ーあ、やべ。


「ちょ、ちょっと!」


後ろに倒れそうになった潔の体が、細くて白いでも力強いコロナの腕で支えられる。

潔の右肩に触れたコロナの体が小さく跳ねた。


「熱ッ!!‥‥‥何これ、酷い火傷‥‥‥!」

「‥‥‥コロナ、俺、勝っただろ‥‥‥。」


潔の右腕はかなり酷い痛み方をしていたが、何とか笑顔を作ってそう言った。

正直にいってしまえば、直ぐにでも大声で泣きたいほどの痛みだったがコロナの顔を見た途端に強がらなくてはいけない気がしたのだ。

格好をつけたかっただけなのだろう。


潔がそう言うと、コロナは途端に呆れた顔になった。

でも、潔はそれでも良いと思った。

この乱暴な少女には心配そうな顔は似合わない。


「ホント男って馬鹿みたい。

決闘なんて可愛らしいもんじゃないわよ。

どっちかが死んでてもおかしくないくらいなんだから。」

「へへ、ディオンも生きてんだろ?」

「ええ、あんたらみたいな怪物を殺す方法なんてあるのかしらね。」

「‥‥‥俺、結構強い?」


目を瞑る潔の耳に溜め息が聞こえた。

一体何に対する溜め息なのか、潔には全く分かっていなかったが。


「‥‥‥立てる?」

「ん。無理そう。なんか、上手く力が入らなくて‥‥‥。」

「まぁ、そうよね。」

「?」

「捕まんなさい。そのケガ早く治療しないと。」


そう言って、手を差し出すコロナ。

その手を左手で握ると予想以上の力で引き上げられた。

コロナに手助けしてもらいながら、何とか立ち上がった潔の前に人影が立ち塞がった。

なんだと思って見上げた潔の前にはボロボロの金属鎧に身を包むディオンの姿があった。

ディオンの目には憎しみの火が灯っていた。

潔には誰かに恨まれるような経験はなかったが、知らなくてもそれと分かるほど直接的な憎悪の感情が潔の目の前で渦巻いている。


そう感じたのはコロナも同じようだった。


「勝負は着いたでしょ?これ以上はーー」

「黙れ。」


コロナの言葉など雑音でしかないと言うような態度でそう言ったディオンは、暗い炎の灯る瞳を閉じた。

再び開けられた目には先程の炎の痕跡は微塵も感じられず、ただ青い瞳が揺れていた。


「俺の、完敗だ。数々の無礼、申し訳ない。

私の処遇は貴方に決めてもらいたい。

死ねと言われれば、死のう。」

「あんた何勝手なことっ!

そういう話はきちんと陛下の御前でーー」

「貴様は口を挟むな穢れた血っ!私はこの男に聞いているのだ‼

さぁ、決めてくれ伝承の騎士殿っ!」


一拍置いて潔は口を開いた。


「ああ、そうだな。じゃあーー」

「潔!?あんたまでーー」

「こいつの、コロナの事を穢れた血なんて呼ぶのは止めてくれ。」

「何ふざけーーって、え?」

「‥‥‥。」

「あんたなりの考えがあっての事かも知れないけど、コロナは俺の仲間だ。それだけ気をつけてくれればあんたをどうこうするつもりはない。俺は別にあんたが嫌いなわけじゃないからな。」

「それだけか?」


ディオンの表情は全く動く気配もなく、その心情はいまいち読み辛い。


「それだけの事が、俺の一番の願いだ。答えは?」

「‥‥‥分かった。俺から言い出した事だ。

ただ貴様も不用意に俺に近付かないようにしろ。」


ディオンは渋々といったように頷いた後、コロナを睨みながら言った。


「では、失礼する。」


ディオンは、クルリと踵をかえすと潔達に背中を向けて歩き出した。


「ディオン!」


声をかけたがディオンに振り向く様子はない。

潔は心の中でディオンの愛想のなさに苦笑しながら続けた。


「楽しかった!」


ディオンは意外にもそれに左手を挙げる事で答えた。

何人かの騎士達がその背中を追うようにして駆け寄るがディオンはそれを手で制して、一人城へと入って行った。


潔はディオンの背中を最後まで見送ると、左側から視線を感じて振り向いた。

コロナは潔と目が合うと素早く目を反らして、ポツリと言った。


「あんたが戦った理由って‥‥‥」


あまりにも小さい声で、最後の方は潔には聞こえなかった。

なんとなくコロナの言いたいことが分かった気がしたが、さっき自分で言った臭いセリフを思い出しそうになった潔は少し熱い顔をコロナからそらした。


反らした先には何人かの騎士と話し合うアルマがいた。

アルマは潔の視線に気が付くと数名の騎士に断って此方に駆けてきた。


「潔様!」

「アルマたん。」


アルマは潔の目の前まで来ると、息を調えてから笑顔でこう言った。


「潔様、お強いのですね。驚きました。

こうもあっさりイングラザール最強の聖騎士を下してしまうなんて‥‥‥。」

「最強!?お、俺ディオンの剣とか盾とかボロボロにしちまったんだけど‥‥‥反感買っちまったかな?」

「大丈夫ですよ。

ディオンはちょっと頑固なとこもありますが根は良い人ですから。その他の騎士達も個人的な感情で、決闘の結果に文句をつけるような事はしません。」

「そ、そっか。」


内心胸を撫で下ろす潔。

ディオンとは仲良くしたい気持ちもあったため、戦いとはいえ相手の物を壊してしまった事には罪悪感を感じていたのだ。


「ふふ。妙なところで臆病なんですね潔様は。

戦っている間はあんなに勇ましかったのに‥‥‥。」

「アルマたん惚れ直しちゃったんじゃなぁい?ゲヘゲヘ。」

「そ、それは‥‥‥その、あの、分からないと言いますか‥‥‥ゴニョゴニョ‥‥‥。」

「うぇ、うぇいっ!?」


何故かコロナが冷たい視線を送ってきているが、潔はそれを努めて無視した。


「そ、そうだっ!お怪我は!?お怪我は無いんですか?」

「あ、そう言えば!アルマ王女っ治癒神術を!こいつ、右腕に酷い火傷がーー」


コロナの言葉に素早く反応したアルマは潔の右腕に駆け寄るなり首を傾げた。


「火傷‥‥‥?」

「ーあった筈よね‥‥‥?」


潔は自分の腕からいつの間にか消えていた火傷の跡と痛みに呆然とした。

そして、自分がどんどん人間という生物から離れていく感覚に恐怖を感じたのだった。



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