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イングラザールの決意の白騎士  作者: カビルンバ
始まりは唐突に
5/6

決闘

「ほんっとにあんた馬鹿でしょ!?」


イングラザール城内にある訓練場。

イングラザールの兵士や騎士ならば誰でもいつでも使える場所で、潔とディオンがこれから決闘を行う場でもある。

そこに続く長い廊下を歩いている潔の背後に、何度目になるかも分からないコロナの声が浴びせられる。

コロナが立ち止まった様なので、潔も止まって振り向く。

コロナは、怒っているような、呆れているような、心配しているような、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、どうすればいいのか分からない、という顔をしていた。


「まぁまぁ、なんとかなるって‥‥‥なるよね?」


楽観的になろうとしてなりきれなかった潔は確信と疑問の混じった、情けない声で応じる。


「ならないわよっ!言っておくけど、あいつは、ディオンは聖騎士なのよ!?」

「聖騎士ってそんなすごいの?俺、勝てるよね‥‥‥?」

「知らないわよこのバカっ!」


コロナは本気で呆れてしまったのかふい、と顔を背けるとそのまま立ち止まる潔の横を通り過ぎて歩いていってしまった。

それでもちゃんと潔を置いていってしまわない様に歩いているあたり、コロナの人のよさが伺える。


潔は感情を隠すのが下手くそである。

だから、先程の会話で声が震えていたのも素だし、そわそわして落ち着かないのも不安から来るものだ。

そもそも潔はもといた世界で殴り合いの喧嘩どころか、

口喧嘩すら数えるほどしかしたことがなかった。

それは彼自身が避けてきたからであるが、そうなったのは潔が平和主義だからではない。


潔は昔から身体能力が異常に高かった。

本気で跳べば垂直に二メートル近く跳べたし、本気で厚さ10cmのコンクリートを殴れば簡単に砕けた。

やろうと思えば空を飛ぶハエの羽の動きすら細かく見えてしまうであろう動体視力。

潔がそれを異常な事だと気付いたのは彼が小学二年生になった頃だった。

気付けば周りからは恐れられ、親からも気味悪がられた。


話が反れたが結果何が言いたかったのかというと、

潔が喧嘩と言うものを避けてきたのは恐かったからである。

相手を必要以上に傷付けてしまうのではないか、

下手をすれば一発殴るだけで人を殺せてしまう事にも気付いていた潔は、それがどうしようもなく恐かったのである。


だから、潔は不思議でならなかった。

あんなに恐れていたことをこれからしようとしている事実に。

理由があるとすれば、あの世界では異常だった自分の能力がもしかしたらこっちでは普通かもしれないという期待があったことと。コロナの涙だろう。

前者は、語ることもないが後者は違う。


この事に気が付いたとき潔は心底驚いた。

この暴力的で可愛げのない少女の事をいつの間にか放っておけなくなっている自分が居ることに。

恋愛感情とも違う、でも、大切なものを汚された様な気持ち。

あの時は確かに感じたのだ。

感じたのだが‥‥‥


「いやいや、落ち着けよさっきの俺。」


今の潔の頭の中にはやっちまったという言葉しか浮かんでこなかった。

この時の潔には知るよしもないが、聖騎士と言うのは一人で百人の騎士、即ち百騎当千の力を持つと言われる騎士の事で、聖騎士として認められるには一人でワイバーンと戦って勝つ必要がある。

ディオンはその試験を過去最高の速さで通過した、天才騎士だった。

グレイトベッド大陸には聖騎士の逸話が数多く存在し、大陸に住む人間にとって聖騎士と言うのは、一番身近な伝説なのである。多くの少年少女達が憧れる職業であり、ディオンもその例に漏れず幼い頃に見た聖騎士に憧れて、遂には自身が聖騎士になったのだとか。


考え事をしているうちに、開けっぱなしだった両開きの扉から訓練場に出た潔は、急に射してきた太陽の光に思わず目を細める。

右手で日の光を遮りながらそのまま進むと、先に来ていたアルマと話すコロナが見えた。

訓練場の中は割りと広く、回りはレンガの壁で囲まれている。

訓練場全体を見下ろせるように少し高い位置に置かれた椅子にはオルトンが座っている。

ギャラリーもかなり多いが、その大半がイングラザールの騎士達だった。


潔が訓練場に入った瞬間喧騒が止み皆が潔を注意深く観察していた。

潔はこの世界に来てからずっと学校の制服のままであり、所々汚れているため、見るものにみすぼらしいという印象を与えるが、歩き方、振る舞いなどに緊張した様子は見られず、その堂々とした潔の態度に尊敬の眼差しを送るものも少なからずいた。


潔はアルマとコロナのいる場所に向かって歩いて行く。

アルマは潔の存在に気づくと胸元で小さく手を振った。

その顔はいつも通りの笑顔だが、今のアルマはそれを無理やり顔に張り付けているようだった。

潔はある程度、アルマ達に近づくと駆け足で近寄り声をかけた。


「悪いねアルマたん。待った?」

「いいえ、大丈夫ですよ。私は、ですが‥‥‥。」


アルマはそう言って訓練場の中央に目を向けた。

そこには全身を鎧に包み腕を組んで立つディオンの姿があった。

フェイスプレートに隠れてその表情を見ることはできないが、

アルマの様子からするとずいぶん待たせてしまったようだ。


「あいつ、いつから居んの‥‥‥?」


潔がそう聞くと首を傾げるアルマ。


「うーんと‥‥‥ディオンはホールを出てすぐにここに来ていたんじゃないでしょうか?」

「うげ、ってことは少なくとも一時間は待ってるのね。」


決闘をするにあたり、潔とディオンには一時間の猶予が与えられていた。

食べたばっかりで動くのは辛いだろうというオルトンの配慮が二割、訓練場に観客席を準備するために時間がかかるというのが八割だったが、潔には有難い心遣いだった。


潔はその一時間を臨時的にオルトンから与えられた自分の部屋でゴロゴロしながら作戦を練り、コロナのお小言を頂いて過ごした。


潔は小さく「よし。」と言うと訓練場の中央に足を一歩踏み出した。


「‥‥‥待ちなさいよ。」


背後からかけられたコロナの声に振り向く。

俯いているため髪に隠れてその表情を見ることはできないが、代わりに続く言葉があった。


「どうしてあの時、決闘を受けたの?」


潔はその質問にどうやって答えようかと悩み、

さすがに、コロナが泣いていたから等と言う勇気の無い潔は何とか無難な言葉を見つけた。


「どうしてって‥‥‥あいつが気に入らないからだけど?」


潔がそう言うとコロナはつまらなさそうに顔を反らした。

やっぱり言い直すべきと思って口を開きかけた潔の胸の中央、丁度魔核のある部分にコロナの拳が軽く打ち付けられた。

トン、という音がして潔の体から緊張がとれていく。


「答えは期待はずれだけど、負けるんじゃないわよ。

やるからには勝ちなさい。負けたりしたら承知しないんだから。」


やっと見えたコロナの顔は明るかった。

目元はやっぱり腫れているけどいつものコロナだ。

潔は少し嬉しくなっていつもの調子で答えた。


「何だよ、結局応援してくれんじゃん。

さっきは勝てないみたいなこといってたのに。」

「勝てるなんて思って無いわよ。

ディオンの、聖騎士の恐ろしさは私が痛いほど知ってるわ。」

「は?」

「でも、負けるんじゃないわよ。

絶対に諦めないで、万が一にも勝てる可能性があるとすれば、

全てはあんたがどれだけ粘れるかにかかってるんだから。」


コロナの言葉に、「そんな無茶な。」と頭をかく潔。

しかしその表情はコロナ同様明るかった。


「分かってる。

諦めるなんてするわけねぇさ。

‥‥‥じゃあ、行くかな。

あいつが降参するまで精々粘るとしますか。」


潔が訓練場の中央に歩いていくと、それまでつまらなさそうに立っていたディオンが組んでいた腕を降ろした。

同時に、訓練場一帯にディオンの声が響く。


「準備は万端ですか?勇者殿?

ちゃんと整えてから来た方が身のためですよ?

少しは怪我もしにくくなるでしょう。」


ギャラリーの所々から漏れる笑い声。


「心配しなくても大丈夫だ。

あんたこそそんな立派な鎧着けてて大丈夫か?

お気に入りなら別のにしな、キズ付く処じゃ済まないかもよ?」


ディオンの時と同様に、だが堪えようとしてしきれなかった様な笑い声がギャラリーから響く。

ディオンが笑い声のした方にさっと顔を向けると、その声はピタリと止んだ。

潔に向き直ったディオンの口から舌打ちするような音が聞こえた。


「さっさと始めてしまいましょう。」


ディオンがそう言うとその左手に彼の身長程もある大きな盾が、

右手には腕の長さほどの直剣が、黄色に輝く粒子を纏って突如表れた。

盾も剣の柄も鎧と同じ紺色を基調として、金の装飾が入ることで程よい纏まりが生まれている。


潔は魔装召喚が本当にありきたりな魔法であることにショックを受けながらも、魔核へと意識を集中させた。

意識の手が相変わらず光輝く光球に触れそうになった瞬間、

潔は不安な気持ちを払うため、コロナが勇気をくれた場所に、握った拳を思い切り叩きつけた。


それは、潔の単なる思い付きだった。

あまりの緊張から、ふざけずにいられなくなったのかもしれないし、言ってみたかっただけかもしれない。

しかし、この日以来『イングラザールの伝承の騎士』と言えばこの台詞。

と言われるまでに有名になってしまうとは、このときこの場にいた誰にも予想出来なかったのである。


「変身っ!!!」


瞬間、潔の体を深紅の粒子が取り巻いた。

ただの魔装召喚にしては集まる魔力が異常なことに、何人が気づけただろうか。

赤い粒子はやがて収束し、その全てが純白の鎧となって形を成す。

頭部に灯った赤い焔は敵対するものに深い恐怖を与え、

彼の背に守られる者には絶対の安寧を与える。


「よし、始めようぜ。」

「どうぞ、いつでも。」


審判の下ろした旗が開始を告げる。

潔は旗が振り抜かれた瞬間、踏み込んでいた。

潔の左足を中心に、地面が蜘蛛の巣状にひび割れる。

ギャラリーの目が驚きに見開かれるなか、この時一番焦っていたのは潔であった。

潔の考えた作戦は先手必勝からのガンガンいこうぜだったが、

潔自身ここまで凄い加速がつくなんて思っていなかったのだった。


「うおおおっ!?」

「いけないっ!?」


弾丸の様に迫る潔を盾で受けようと構えたディオンは、反射的に身を反らしギリギリの所で潔をかわして、更にすれ違い様に下から上への高速の切り上げをお見舞いした。

ガイィンッ!!という音を響かせ、火花を散らしながら、起動を変えた潔は轟音と共にレンガの壁へと突っ込んだ。


この間僅か数秒のことであり、ディオンと潔以外は誰一人として起こったことを説明出来るものは居なかった。

潔の異常な加速は勿論、高速で迫る潔をとらえ続け更には一撃を入れたディオンもある意味異常である。


ディオンはチラリと右手に持つ剣を確認した。

彼が騎士になってからの付き合いである愛剣は、潔を切りつけた部分を中心として刃が欠け、歪んでいた。

この剣は決して安物ではない。

イングラザールの名のある剣匠に頼んで鍛え上げてもらった名剣である。

その証拠として、聖騎士になった今でも大きな損傷もなく使い続けられていた。


ディオンは小さく舌打ちをした。

ガキだと思って侮った。とんだ化け物ではないかと。

そして睨み続けていた砂煙の向こうから無傷で表れた潔を見て、ディオンは恐怖した。

聖騎士になるための試験でワイバーンと対峙したとき以来の冷や汗に、あのとき以上に震える手。


こいつには勝てない。


一瞬だけ頭に浮かんだそんな言葉を、ディオンは頭を振って吹き飛ばす。

その目にはさっきまではなかった深刻さがあった。


「殺す気で行くんだ、ディオン。

‥‥‥そうでもしないと勝てないぞ。」


そんなディオンとは対照的に潔は全く冷静になれていなかった。

この白い鎧の思った以上の性能に、戸惑いが隠せない。

しかし、戦い始める前には考えもしなかったことが思い浮かんでいた。


「‥‥‥ひょっとしたらひょっとするかもしれないか?」


今、訓練場は異様な空気に包まれていた。

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