魔核
サービス回
「わぁお‥‥‥イッツビッグ。」
清水少年が出来ない英語を全力で使って目の前にあるものを表した結果そうなった。
「その言い方、なんか安っぽく聞こえるわね。」
隣には呆れ顔の日野少女。
少年が目の前にある王城の巨大さに呆気にとられていると、
日野少女が馴れた足取りで衛兵の構える門へ歩いていく。
清水少年と日野少女は最後の審査を終えて城門をくぐった。
清水少年はここに来るまでになん十回とやった検問を思い出してげんなりしていた。
それと同時に自分達が割りと優先されて数々の関所を通れた事から、日野はこの世界で割りと偉い人なのだろうと見当もつけていた。
城に入ったら、まずは何か食べたいものだとお腹をさする清水少年。
日野は門の前で大きく息を吐く。
その横顔が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうかと清水少年は首を傾げた。
日野が両手で開けた大扉を後に続くようにくぐると、突然花の咲くような可愛らしい声が響いた。
「コロナっ!戻ったのね‼」
声のした方に振り向いた清水少年の目に写ったのは、金髪、碧眼の純白のドレスに身を包んだ幼児体型の美少女が、日野に抱きついているという目の保養以外になり得ない光景だった。
「お、王女様、他人の目の前ではしたないですよ!」
「他人‥‥‥?もしかしてこのお方が?」
そう言ってこちらを見るロリ少女に日野少女は一つ頷いた。
日野のその目は慈愛に満ちていて、こうしてると可愛いのになと清水少年は思ったのだった。
ロリ少女はこちらに歩いてくると足をクロスさせるようにして、さらにドレスの裾をちょこんと摘まむと清水少年の前で優雅に一礼した。金のロングヘアーが揺れる。
「私はイングラザール王国第一王女、名をアルマ・フォン・ベディングフィールドと申します。以後お見知りおきを、『神炎の騎士』様。」
なんて?と思いながらも、その高貴さにやられた清水少年は自分でも情けないと思うがとっさに出た日本式の一礼と、「どうも。」という素っ気ない返事しか出来なかった。
「なんだ!その気のない反応は‼」
一瞬光に包まれた日野の格好はさっきとは違っていた。
鎧姿の日野が腰に下げた剣を抜きかけていた。
「ちょ!ちょい待って!!無茶言うなよ日野!さっきまで俺は一般人だったんだぞ?」
「日野?」と首を傾げるアルマ王女。
可愛い仕草だったが、今の清水少年はそこにつっこむ余裕がなかった。
「落ち着いて下さい、コロナ。
私は大丈夫ですから。それよりもコロナ、彼は私たちにとっての勇者様ですよ、口に気を付けるべきは私たちの方です。」
そう言われて、悔しそうにしながらも見るからにしゅんとなった日野少女。
剣を納めて清水少年に向き直ると俯きがちにこう言った。
「申し訳、ありませんでした『神炎の騎士』殿。」
唇を噛みながらそう言った日野少女はどこか苦しそうだった。
清水少年には経験がないが、こういった優雅で美しい立ち振舞いを強制され続ける人生というのも、案外大変なものなんだろうなという事だけは分かった気がした。
ならば、と清水少年は出来るだけ明るく聞こえる声でこう言った。
「うえぇ‥‥‥気持ち悪っ!
急にそんな口調になられてもこまるっつの。
居心地悪いから今まで通り普通にしゃべってくれよ。
さっきみたいのは勘弁だけど、ムカついたら蹴ってくれても構わないぜ?」
「コロナが蹴ったのですか!?」
心底驚いたようなアルマの声。
「そうなんですよ。王女様、あろうことかこの女はこの俺のーー。」
「や、止めてく、ださい‼あれは、その、わ、申し訳ありませんでした‼」
「口調が変。許さん。王女様、いいですか?彼女はこの俺の大事な大事なムスーー」
日野は一瞬悩む素振りを見せて、
「わ、わ、私が悪かったわよ‼だから許して‼」
辺りがしんと静まる。
近くにいた王女様は勿論、衛兵、メイドや執事に至るまでが驚いたように日野少女を見つめていた。
その驚きは、声の大きさというより彼女の口調に向けられているようだった。
清水少年はやっぱりなと呆れた顔になった。
日野少女が苦しそうな理由。それはきっとここでの生活が原因だろうと清水少年は考えた。
彼女はここにいる間、王女親衛騎士団団長としての振る舞いを求められ、これまではそうしてきたのだろうが、彼女はきっとそんな生活をどこか息苦しく感じていたのだろう。
多分、彼女は血筋で団長になったわけではない。
心の奥底では自由な生き方を望んでいたはずだ。
そして本来の性格は、活発で暴力的。
苦しいはずである。
何かに怯える様に肩を震わせる日野少女に、清水少年は前半は日野だけに、後半は回りに聞こえるようにこう言った。
「やっぱりお前はこっちの方がいいや。
しんえん?の騎士が命ずる!日野!俺と喋るときはその口調で固定な。」
「‥‥‥後悔しても知らないわよ。」
「お手柔らかに。」
これまでの日野らしい言葉に清水少年は肩を竦めた。
それまで若干空気だったアルマが恐る恐るといった感じで口を開いた。
「あ、あの。神炎の騎士様?」
「何ですか?」
「はい、その、もしかして自己紹介をされてないのでは?
さっきからお前、とか日野とか呼んでいるようですし‥‥‥。」
少年と少女はああそういえば、とお互いに顔を見合わせた。
「してないな。」
「してないわね。」
アルマはそんな状態でどうすればここまで仲良くなれるのかと疑問に思ったのだった。
「こほん‥‥‥では改めまして。
俺の名前は清水潔。潔でいいぜ。」
「分かりました。潔様、ですね。良いお名前です。
ほら、コロナ、あなたの番ですよ。」
潔達三人はコロナが話しやすいようにとアルマの自室に来ていた。
アルマにせっつかれて少し恥ずかしそうにしながらコロナは口を開いた。
「まぁ、もう知ってるだろうけど‥‥‥コロナ・デアよ。」
「はい、コロナ良くできました。」
アルマはそう言って背伸びをしながらコロナの頭を撫でた。
一生懸命に背伸びをするその姿は可愛らしかったが、潔は何とか自分を抑えることに成功していた。
「止めてください王女様!潔が、下卑た野獣のような目で見ています‼」
「失礼な奴だな‼お前は‼俺はこんないたいけな少女をとって食ったりしません‼」
「食う?潔様は私をお食べになるのですか?」
「食べちゃおっかな。」
「死ねっ!」
みぞおちだった。
痛かったが今回ばかりはコロナに感謝すべきだと思った潔だった。危うく人の道を反れるところだった潔は、それでもぶつぶつと「上目遣いは卑怯だよアルマたん」とか「可愛かったなアルマたん」とか呟いていたため、コロナからもう一発もらうことになったのだった。
「あ、みぞおちでした。」
「ほんっとうに気持ち悪いわねコイツ。」
コロナに蔑まれるのも悪くないなと思った潔だった。
アルマはそんな潔達を見て楽しそうに笑っている。
「あ、そうでした!潔様!」
「はい、なんでしょう?」
素早く居ずまいをただした潔に、アルマはにっこりと微笑んでいった。
「あなたにこの世界で生きていく力を与えねばなりませんね。」
「力?」
「はい。潔様はこの世界で生まれた方ではありませんから、改めて儀式が必要なのです。潔様の内に秘められた伝承の力を目覚めさせる儀式が。」
「は、早く脱ぎなさいよ。」
頬を赤らめたコロナがまつ毛を震わせ、潔を横目に見ながらそう言った。
「め、目は閉じておりますので、どうかお早めに!」
そう言ったアルマの顔を覆う手には僅かな隙間があった。
耳は真っ赤である。
潔は今美少女二人の目の前で服を脱ぐことを強要されていた。
「は、恥ずかしいから、こ、こっち見ないでよねっ!」
「今、吐きかけたわよ‥‥‥。あー‼もうっ!焦れったいわね‼いいから早く脱げってのよこの変態っ!」
「い、いやーっ!!」
どう考えても立場が逆である。
取っ組み合いの末、強引に上半身裸にされた潔は生娘の様な声を上げたのだった。
「へー。あんた意外に良い体してるじゃない。」
コロナが潔の体を見て感心したようにそう言った。
「まぁな。これでも結構鍛えてるんだぜ?」
「ふぅん‥‥‥ちょっと見直したわ。
アルマ王女、儀式いつでも始められますが‥‥‥アルマ王女?」
つられて潔もアルマに目をやるとそこには顔を手で覆いながら震えるアルマの姿が。
だから隙間開いてますよアルマたん‥‥‥。
「は、ひゃいっ!み、見てましぇ、せん‼
私は見てませんよ潔様!」
いやいや、と思う潔とコロナ。
「普通に見て良いですよアルマ王女。
じゃないと儀式も出来ないでしょう。」
「それはそうですが‥‥‥。」
「で、でも‥‥‥。」と食い下がる幼女(体型)の目の前で上半身裸待機。尚且つ、裸を見ることを強要している現状に潔はこうふ‥‥‥犯罪臭を感じたのであった。
「‥‥‥何か興奮してきた。」
「さいってーね、あんた。」
「よ、よーし‥‥‥い、行きますっ!」
潔が美少女に蔑みの視線をいただいた直後、アルマが覚悟を決めた。
徐々に外されていく指。
その光景に潔はごくりと生唾を飲み込んだ。
「や、やっぱりダメですっ!コロナ!私の手を潔様に!」
結果片手しか外せなかったアルマはもう片方の手で両目を覆ってしまった。
何故か安心するようにため息をつく潔とコロナ。
結局、アルマの指示通りにコロナがアルマの手を動かすと言う、見る人によっては新しいプレイにも見えるだろう方法をとることにした。
「コロナ、潔様の胸の中央に。」
アルマの指示によって潔の胸の表面を撫でるように動くアルマの手。
潔は極度の緊張から全く動くことができなかった。
目隠しされた幼女(体型)が息荒く、男の胸を撫でる。
ヤバいいろいろヤバいと、今の状況を客観的に見て潔はそう判断した。
やがて、アルマの手が潔の胸の中央に辿り着くとアルマは口を開いた。
「グレイトベッドよ、大いなる神々の寝台よ。
我、この地に眠る血を継ぎし者、大いなる者の敬虔なる信徒なり。
この者の眠れる力を呼び覚まし、この者を縛る枷を断ちたまえ!」
アルマがそう言って静かに手を離すと、少しして潔の体に異変が起こった。
アルマの触れていた部分がボコッボコッと膨らみ初めそれが拳くらいの大きさになり、膨らみの中央にスッと線が入ったかと思うと、ニチャっという音を立てて皮膚が左右に割れて中から真っ赤な宝石が出てきた。
「ぎゃああぁぁぁああぁっっ!!SANが!SAN値が減るぅ!」
「きゃあっ!お、落ち着いて下さい!潔様っ!」
「大丈夫よ潔っ!その宝石に害はないわ‼」
暴れ始めた潔を取り押さえながらコロナが言う。
「ほ、本当か‥‥‥?」
「ええ、コロナの言う通りです。
害が無いどころかその宝石、魔核がないと私達は魔法を使うこともできませんから。」
目を覆いながらも落ち着いた声でアルマが言った。
「じゃあ、二人にも‥‥‥?」
「勿論あるわ。‥‥‥見せろとか言わないでよね。
流石にそこまではできないわ。」
そっぽを向くコロナとそれに合わせるように苦笑いを浮かべるアルマ。
潔はどうして?と言いかけた言葉を慌てて飲み込んだ。
考えてみれば当然のことである。
魔核が現れる場所は胸の中央と決まっているのだろう。
「い、言わねぇよ。」
それにしても、と潔に歩み寄ったコロナがその魔核に優しく触れながら言った。
「綺麗な赤ね、澄んでいるのに奥が見えない。
鮮やかな赤‥‥‥あんたには勿体ないくらい美しい魔核だわ。
流石伝承の騎士様ね。」
核に触れられるのは不思議な感覚だった。
感触はあるのに自分の一部ではないような感覚。
「魔核の色はその人が使える魔法の属性を表すの。
あんたは間違いなく火属性ね。
そして魔核の鮮やかさによって、その属性との相性が分かるわ。つまりあんたと火のエレメントの相性はバッチリってこと。」
そう言って顔を上げたコロナと潔の顔の距離はたった10cmほど。
一瞬で耳まで赤くなったコロナ。
やがてゆっくりと何事もなかったかのように後ろに二、三歩離れると俯いてしまった。
熱くなった顔を冷ますように手で扇ぐ潔は、何か喋らないといけない気がして震える声で言った。
「あ、アルマたん。アルマたんは何色の魔核なの?」
それまで前が見えず立ち尽くしていたアルマがピクリと反応する。
「私ですか?私の魔核は水色をしております。
ですから、水属性の魔法と神聖魔法を少し。」
「へー。魔法って幾つも使えるの?」
「いえ、私の場合は水色だったからです。
神聖魔法は魔核が白寄りの色だと使えるらしいです。」
「魔核が真っ白って人はいないの?」
「昔は居たらしいですが‥‥‥何分かなり昔の事なので。」
アルマと話をしている内に頭が冷えてきた潔は、ワイシャツを身に付けながら改めて異世界に来たことを実感した。