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《世界崩壊カウントダウン》通信断絶、物流停止――その日、日常は静かに死んだ  作者: リン・モ


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第十一話:歩き出すしかない

2027年6月26日。


朝。


空は、古くなった饅頭のようだった。


灰色。

乾いているのに、どこか腐っている。


六時半。


ユ・モーランは、編み袋の口を縛っていた。


細い黄色のビニール紐。


強く引く。


食い込む。


親指の付け根の肉が、二つに割れるように押し潰される。


痛み。


だが、手は止めない。


袋を足で押さえ込み、両手で紐を引き切る。


指先が血の気を失い、青くなる。


そこでようやく、固く結んだ。


中に入っているのは――


生活だ。


残り三キロの米。

乾麺。

ランチョンミートの缶詰。

アルコール。

アモキシシリン。


雨具。

ナイフ。

手回しライト。

ナイロンロープ。

斧。


底。


硬いもの。


家族のアルバム。


擦り切れた絵本。


重い。


だが、取り出さない。


視線が、玄関の棚に止まる。


黒い財布。


ユ・モーランはそれを手に取る。


中を押す。


厚みはある。


取り出す。


紙幣。


三千元。


新しい。


折り目もない。


リ・ジーシーを見る。


紙が擦れる音。


「持っていくか」


彼女は、シャオユイの襟を整えていた。


動きが止まる。


視線が紙幣に落ちる。


「持っていこう」


静かに。


「カードは使えない」


「田舎なら……まだ通じるかもしれない」


分かっている。


この紙は、もう米一袋すら買えないかもしれない。


それでも――


捨てることはできない。


何年も、これに縛られて生きてきた。


これを捨てるのは、裸になるのと同じだ。


不安が、露出する。


数秒。


リ・ジーシーが戻ってくる。


赤い布袋。


逆さにする。


乾いた音。


金属。


ネックレス。

ピアス。

ブレスレット。

子供用の守り飾り。


そして――指輪。


彼女は見ない。


価値も、思い出も。


ただ重さを量る。


「こっちの方が使える」


低く。


指輪をはめる。


緩い。


位置を変える。


残りを袋に押し込む。


乱暴に。


「一番奥に入れて」


「生理用品と一緒に」


「誰も見ない」


ユ・モーランは頷く。


ポケットに入れる。


硬い。


違和感。


「ただの紙だ」


小さく呟く。


ナイフを腰に差す。


歩く。


ズレる。


引き上げる。


リ・ジーシーは登山バッグ。


パンパンに膨れている。


シャオユイはピンクのリュック。


小さい身体には重い。


だが、何も言わない。


胸のベルトを締める。


「カチッ」


「パパ」


顔を上げる。


「どこ行くの?」


ユ・モーランはしゃがむ。


目線を合わせる。


頬が痩せている。


「田舎だ」


「おばあちゃんのところ」


自然に言う。


距離。


数百キロ。


途中。


何があるか分からない。


言わない。


必要なのは、方向だけ。


この街は、もう腐っている。


食料は尽きる。

水も足りない。

空気も悪い。


煙。


毎日。


人は消えていく。


残ったものは――


見たくない。


だから。


進む。


三人。


玄関に立つ。


床は湿っている。


冷たい。


冷蔵庫は開いたまま。


空。


リ・ジーシーが振り返る。


七年住んだ場所。


ソファ。


へこんだ場所。


視線が止まる。


二秒。


扉を閉める。


「カチッ」


鍵をポケットに入れる。


習慣。


廊下。


暗い。


深い井戸のように。


ゴミ。


足元。


踏む。


音。


ユ・モーランが先頭。


蹴る。


進む。


一階。


ガラスは砕けている。


風が入る。


腐った魚の匂い。


車。


ドアを開ける。


座る。


スイッチ。


「……」


無音。


もう一度。


「カチッ」


それだけ。


バッテリーは死んでいた。


油はあっても、動かない。


汗。


一気に出る。


頭が鳴る。


車は、ただの鉄の塊。


リ・ジーシー。


「……やめよう」


静かに。


ユ・モーランは降りる。


ドアを閉める。


「歩く」


短く。


「西だ」


「外環に出る」


「足があれば、進める」


歯を食いしばる。


リ・ジーシーは何も言わない。


シャオユイの手を握る。


温かい。


汗。


外。


道路。


黒い汚れ。


ビニールが転がる。


風。


音。


二十分。


幹線道路。


景色。


詰まっている。


車。


無数。


積み重なる。


壊れている。


ドアが開いたままのもの。


閉じたままのもの。


中は見えない。


臭い。


強い。


腐敗。


排泄物。


焦げたゴム。


混ざる。


喉に張り付く。


ユ・モーランはマスクを出す。


シャオユイに着ける。


押さえる。


しっかりと。


道の端を進む。


ガラス。


瓦礫。


一台のSUV。


足が止まる。


窓が割れている。


半分、外に出た身体。


人。


もう、人ではない。


膨張した皮膚。


空洞の眼。


ネクタイ。


斑点。


ハエ。


飛び立つ。


リ・ジーシーがシャオユイを引き寄せる。


隠す。


「見るな」


低く。


シャオユイは従う。


顔を埋める。


店。


壊されている。


棚。


空。


靴。


片方だけ。


赤い。


小さい。


止まらない。


止まれば――


終わる。


一時間。


建物が減る。


高速入口。


料金所。


壊れている。


標識。


「西北方向」


人。


点々と。


座っている。


荷物。


自転車。


疲労。


ユ・モーランは止まる。


息を吐く。


水を出す。


三人で分ける。


冷たい。


苦い。


「少し休む」


袋を下ろす。


肩。


痛む。


座る。


風。


ゴミが舞う。


道路。


人が歩く。


同じ方向。


誰も話さない。


誰も振り返らない。


ユ・モーランは煙草を出す。


潰れている。


一本。


口にくわえる。


火はつけない。


「歩けるか」


シャオユイを見る。


赤くなった肩。


何も言わない。


ただ、立つ。


ユ・モーランは立ち上がる。


荷物を背負う。


「行くぞ」


短く。


「暗くなる前に、進めるだけ進む」


リ・ジーシーが頷く。


シャオユイが手を取る。


三人。


歩く。


――その時。


背後。


足音。


一つではない。


二つ。


三つ。


止まらない。


だが、分かる。


距離が、縮んでいる。


一定の速さで。


ユ・モーランは振り返らない。


振り返った瞬間。


終わる。


歩幅を、わずかに上げる。


何も言わず。


前を見る。


だが、意識は――


後ろにある。

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