第七話 場所の輪郭
扉を開けた向こうは相変わらず、人や音であふれていた。
「ナギさん!最初は何を買いに行きましょうか?」
「ロアンさんも言っていた、服を買いに行こうかと思ってました」
すれ違いざまにじろじろと見てくる人は少なくない。
やはり元の世界の服は浮いているのだろう。
「では私がいつもお世話になっている服屋さんに行きましょうか!」
ライラが、町の騒がしい方とは逆へと歩き出す。
「町の中央へは行かないんですか?」
ライラは得意げな顔をして言う。
「実は中央にある服屋さんは割高なんです」
なるほど、観光地価格みたいなものなのだろうか?
「この世界にある服はどんな素材で出来てるんですか?」
ふと気になって聞いてみた。
「植物の繊維からできてるものもあれば、動物素材のもの、人の手でトアを形にして作っているものなど……」
「たくさん種類がありますよ!普段使いでしたら、人工的に作られたものが一番便利だと思います!」
「ちょうど、ナギさんが着ているような感じの素材ですね!」
そんな話をしながら歩いていると、店や建物が少しまばらになってきた。
「そろそろですよ!ほら!」
ライラが指さした方を見ると、服の形をした看板のかかった店が見えた。
外観は少し古いが、しっかりと手入れがされていることがわかる。
ライラが扉に手をかけ、ギギギと音を鳴らして店へと足を踏み入れる。
「こんにちは!」
店の中へ声をかけると、奥からガタイのいい男がぬっと顔を出した。
「おう!ロアンとこの嬢ちゃんじゃねえか!今日は何が入用だい?」
男と目が合う。
「あ、こんにちは」
店主らしき男がにやりとした後、話し出す。
「ははーん、さては彼氏とお出かけかい?嬢ちゃんも隅に置けねーな!」
ライラが少し怒ったように、
「もう!ナギさんとはそんなんじゃないです!」
彼女はそう言いながら、耳だけを赤く染める。
「わりぃわりぃ、それで?今日はそっちの坊主の服を買いに来たってところかい?」
僕の方を、というより僕の着ている服を見て、そう言ったのだろう。
「そうです、この国ではない、遠い所から来たんです。どうやらここでは故郷の服は変に見えるみたいで」
「ははは!そりゃそうだろうな!最初あんたを見た時、貴族かと思って身構えたよ」
「まあそういうことなら話が早えや。目立たねえ服が欲しいんだろ?」
そう言いながら、店主は端の方にある服の並んだ場所を指さす。
「あそこにかけてある服は一律470トールだ。好きなのを選ぶといい」
ライラが僕より早く、服を見始める。
「ナギさん!これとかどうですか?とってもお似合いになると思います!」
「あ、でもでもこっちも――」
彼女がこんなにはしゃいでるのは、初めてだ。
静かな人だと思っていたが、新しい一面を見た気分になる。
足りない背丈で、上の方にある服を取ろうと必死になっている。
ぴょんぴょんと飛び上がるたびに、白く長い髪が揺れる。
それが日に当たってきらきらと光って見えた。
「ねえナギさん!聞いてますか?」
はっとして彼女の声に意識を向ける。
「ご、ごめんなさい」
「もう!ナギさんの服を買いに来たんですよ?」
いつの間にか彼女の腕には、3着ほど服が抱えられていた。
「こっちに鏡がありますから、合わせてみましょう!」
彼女に手を引かれ、鏡の前に連れていかれる。
「ちょ、ライラさん!手……」
そう伝えるが、彼女の耳には届いていないようだ。
「ほら!この服なんてナギさんにとってもお似合いです!」
彼女は僕を着せ替え人形のように、次々と服を合わせ始める。
「うーん……決められない……ナギさんは気に入った服、ありましたか?」
自分としては、目立たず動きやすいならなんでもいい。
しかし、そんなことを言える雰囲気ではなさそうだ。
「これとか……好き、かもしれないです」
ライラが選んできたものの中から、恐る恐る一着選ぶ。
すると彼女の顔がパッと明るくなる。
「やっぱり!私もこれがいいと思ってたんです!」
ああ、なぜか悪いことをしてしまったような気がしてくる……
「じゃあこれとこれ!お願いします!」
ライラがカウンターに二着、服を置く。
「あいよ!嬢ちゃんのは今日買わないのかい?」
「私は大丈夫です!また必要になったらお伺いしますので!」
店主が僕とライラを交互に見てくる。
「そんじゃ二着で800トールだな!」
計算が合わない。最初、一着470トールと言っていたはずだ。
「あの、940トールじゃないですか……?」
「いいもん見せてもらったからな!今回は負けとくよ!」
ライラはハッとした後、顔を手で隠しながら頭を下げている。
「すみません、ありがとうございます……」
「ははは!まあこれからも彼氏と仲良くな!」
「だから、そんなんじゃないですってば!」
お金を払った後、僕らは会釈をして店を後にする。
「あの……ナギさん」
ライラが俯きながら、話しかけてくる。
「はい、なんですか?」
「私、はしゃぎすぎちゃいました……」
「ああ、大丈夫ですよ!普段と違うライラさんを見れて、新鮮でした」
むしろ、さっきの彼女を見てライラも僕と同じ、子供と大人の間にいる人なんだと思った。
「私、お友達と出かけるのって初めてで……」
「だから今日のお買い物、とても楽しみだったんです」
しゅんとしながら話す彼女を見て、僕は次の言葉を選ぶ。
「僕も楽しみにしてました。今日はありがとうございます!」
「それにさっきのライラさん、とてもかわい――」
思わず口を抑える。
僕は今、何を言おうとしたのか。自分でわからない。
ライラは驚いたようにこちらを見上げた。
そして静かに笑いながら、
「その先は言ってくださらないのですか?」とからかってくる。
「ご、ごめんなさい」
必死に言い訳を探す。自分に聞かせるための言い訳を。
今、僕は間違いなくライラさんに「かわいい」と言おうとした。
なぜ?普段と違うライラさんを見たから?
町に来て浮かれている?僕は無意識に彼女をかわいいと思ってしまった?
自分のことなのに、わからない。
僕が動揺しているのを見て、彼女はまた静かに笑う。
「ナギさんも、かわいいですよ」
だめだ、このままではおかしくなってしまいそうだ。
「ラ、ライラさん!次の店にいきましょう!」
何か行動を起こさないと自分の思考が抑えられない。
「はい、参りましょうか!」
そのままなるべく、彼女の方を見ないようにして次の店へ向かう。
彼女が揺らすのはトアだけのはずだったのに。




