第六話 解のない場所
こちらの世界に来て、初めての光景に僕が固まっていると、どんっと後ろから何かがぶつかってきた。
「おい、そんなとこで止まるな。あぶねえぞ」
振り返ると、背だけが異様に低く、しかし一目でわかるほど筋肉がついている身体。
「あ、すみません」
その小柄な男性は気にした様子もなく、大きな荷物を抱えて歩いていく。
「ナギさん!大丈夫でしたか?」
ライラがパタパタと駆け寄ってくる。
「ええ、びっくりはしましたけど。大丈夫です」
そんなことより、さっきの人自体に興味がわいた。
漫画やアニメで見る、ドワーフのような見た目をした人のように見えた。
「ロアンさん、今の人って……」
「ああ、岩の民のことか?彼らは身長こそ低いが、膂力なら別格だ。それに金属の扱いに慣れている」
この世界でも種族は分かれているらしい。
「二人とも、一度研究会についてこい。ナギは会員証を作るからな。」
「そういえばお前、苗字は持ってるのか?」
なぜそんなことを聞かれるのかいまいちわからなかった。
「ああ、はい。持ってますが……」
ロアンは一瞬考え、口を開く。
「苗字は持っていないことにしろ。貴族だと思われたら面倒なことになりかねん」
納得した。確かに面倒事の匂いしかしない。そんなのはごめんだ。
「わかりました。では凪とだけ名乗ります」
面倒事を一つ回避したことへの安堵と、苗字を名乗れなくなることへのわずかな寂しさを覚える。
「研究会に所属すると、所属している派閥によってそれを表す物が、名前の後につく」
そんなものがあるのか。
確かに、身分を証明するのに組織の名前がついていれば、いろいろやりやすいのだろう。
「私であれば、ヴィレル。ロアン・ヴィレルだ」
「私はライラ・フルクシアとなっています」
「なんかかっこいいですね」
自分にもこういった名がつくと思うと少しワクワクしてくる。
「お前も気に入った派閥があれば、そこの名を名乗ればいいさ」
ふと気になる。
「派閥ってどれくらいあるんですか?」
「そうだな、大きい派閥であれば7つほどだ。その派閥の中でも探求するものの違いで、細かく枝分かれしている」
「私の所属している派閥は、トアの性質を観測、検証することに重きを置いている」
なるほど、と思いつつライラの方を見る。
「ライラさんのフルクシア?はどんな派閥なんですか?」
「私の所属しているところは、トアの揺らぎや変化を技術として研究している方が多くいらっしゃいますよ」
ライラの性質が重宝されそうなところだ。
彼女の性質は特殊なものだろうし、興味が引かれるのもわかる気がする。
「さ、ぱっぱと研究会で用を済ませてしまおう」
そのままロアンは、どこかに向けて歩き始める。おそらく研究会のある場所へだろう。
ゆっくりと流れていく景色を見ていると、様々なものが目に入る。
野菜を売っている露店。看板の中に瓶が描かれている、おそらく魔法?道具を売っていそうな店。
剣や槍を見えるように飾っている店や宿屋など、この世界の生活が垣間見えてくる。
騒々しいのは嫌いなはずなのに、ワクワクするなという方が難しいほどのファンタジー感。
色々なものにいちいち興味がわいて仕方がない。
そのまま歩いていると、ひときわ大きな建物が見えてくる。
「あれが研究会の本部だ」
やけに立派だと思ったら本部らしい。
「エルミアはトアに対して中立なんだ。ほかの町や都市だとこうはいかない」
「だから様々な思想が集まることの多い研究会本部は、エルミアにある」
「やっぱり思想が違うと仲が悪いんですか?」
ロアンは少し考えてから、
「いや、そうとも限らないんだが、噛みついてきたり嫌味を言ってくる輩は少なからずいるな」
やはりそういう物なのだろうか。
その建物へ着き、扉の前で一呼吸置く。
近くで見ると、見上げるほどの大きさがある。
入り口であろう扉を開けると、木の匂いがする大き目のロビー?のような所だった。
外の騒がしさが嘘のように静かな場所だった。
僕らは、受付であろう方へ歩いて近づいていく。
「よう、ラディス。久しぶりだな」
ロアンはカウンターの向こうで座っている耳の尖った人に、親しい様子で話しかける。
その男は読んでいた本から顔を上げ、ロアンを見上げる。
「ロアンの姉貴!?」
「姉貴呼びはやめろと言ってるだろう、ラディス」
呆れた様子でロアンは話し出す。
「今日の会議に顔を出そうと思ってな。それとこいつの入会手続きもだ」
僕の方を親指で指す。
「あ、ナギって言います。よろしくお願いします」
「ナギ君ね!よろしく!俺のことはラディスって呼んでな!」
ああ、苦手なタイプかもしれない……
「ナギ君はなんでロアンの姉貴と一緒に?」
「まあ……いろいろありまして……」
僕が返答に困っていると、ラディスは何かを察したような顔をした。
「まあなにか訳があるってことだな。言いたくないことは誰にでもあるもんだ。ごめんな」
なにか勝手に想像しているようだが、悪い人ではなさそうだ。
「ライラ、お前も会議に少し出るか?」
「いえ、せっかくですけど今回はナギさんのお手伝いをしようと思っています!」
ありがたい。こちらの世界の常識が、元の世界と同じだとは限らない。
「そうか、まあ何かあればいつも通り連絡してくれ」
連絡?この世界にも遠隔で連絡ができるものがあるのか。
「あの、連絡ってどうすれば?」
僕は聞いてみる。
「ああ、ナギさんは知らないのでしたね。いつも私たちは距離が離れているとき、これを使うんです」
ライラはポケットからつやつやとした、石のようなものを取り出した。
「振動石と言って片方の振動石に魔法を使うと、ペアになっている振動石が震えるんです」
思ったより不便そうだ。
「ただ、振動を伝える事しかできないので使うのは緊急時だったり、至急の用件がある時だけです」
話していると、横からすごい勢いでラディスが割り込んできた。
「そしてなんと!この技術を実用化したのは何を隠そう、このロアンの姉貴なんだ!」
ラディスはきらきらと目を輝かせながら説明してくれる。
「この振動石はトアの揺れと、一度形になると離れるのを嫌うという性質を――」
ぱんと乾いた音を立て、ロアンの手がラディスの頭を弾く。
「いいから手続きの準備をしろ、ラディス」
「すいません姉貴!すぐに準備します!」
はあ、とロアンがため息をつく。
「昔からああいうやつなんだ、ラディスは」
ロアンは呆れながらも、どこか優しい目でラディスを見つめている。
ラディスが準備を終え、一枚の薄い板のようなものを用意してくれた。
それに名前や年齢を書きこみ終わるとラディスが声をかけてきた。
「じゃあナギ君、ここに指で触れてくれ!」
言われた通り、指で触れる。
すると一瞬指先に熱を感じた後、ハンコを押したような模様が浮かび上がってきた。
「これで一旦は終わり!もう会員証として使えるよ!」
「あとは所属する派閥を決めて、そこの代表に認められれば名前の後に派閥名がつくよ」
「ありがとうございます」
受け取った会員証を内ポケットへとしまう。
「どうする?今日は会議で各派閥の代表が集まるんだけど、話だけでも聞いていくかい?」
どうしようか。もしかすると貴重な機会かもしれない。
少し悩んで、買い物を優先することにした。
「実はこの後、ライラさんと服や色々なものを買いに行くことになっていて」
「おっと、女の子とのデートは大事だもんな!じゃあそれが終わったら戻ってくるといいさ!」
「そんなんじゃないです!ただ買い物に付き合ってもらうだけです!」
とっさに否定の言葉を放つ。
「ははは!そういうことにしておこうか。今日は夜までここに皆いるはずだからゆっくり楽しんでな!」
……やっぱり苦手なタイプかもしれない。
「それじゃあ私は会議に出てくる。ライラ、ナギを頼んだぞ」
「はい!買い物が終わりましたらすぐに戻ります!」
「ナギさん!いきましょっか!」
ライラはやけに楽しそうにしている。
「は、はい!ラディスさん、ありがとうございました。ロアンさん!いってきます!」
そういいながら僕らは入り口を開け、騒がしい街の空気へ戻っていく。




