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第三話 法則の揺らぎ

あの後、自分でも気づかない何かが残っていたらしい。

横になっても、瞼の裏が明るい。

森の音がやけにはっきりと耳に届く。


眠気は来ない。

身体は疲れているはずだ。

なのに、どこか揺れているような、ざわめくような感じがしてしまう。


今日はもう眠るのを諦めようかと思った。

そのときだった。

「おい、ナギ!」

始まった。


「もう…ロアンさん、次はなんですか…?」

「今日、私の助手兼家政婦が帰ってくるらしい!」

「君とあいつを使ってさらにデータが取れるぞ!それまで体を休めておけ!」


助手?家政婦?もしかしてこの家に人が増えるのか?

嫌な予感がする。

もしその人が、ロアンと同じくらいうるさ――いや、活発だったら…


僕の求めた静けさが、崩れていく気がした。

それに、休めというならあんなに大きい声を出さないでほしい。

ロアンは悪い人ではない。

ただ、研究のことになると他が目に入らなくなる。


さすがに疲れていたのか、考えているうちに瞼が重くなる。

ロアンの言う通り、少し寝よう。


……夢を見ている。

こちらの世界に来てから、初めての夢だ。

僕は学校にいた。


教室のざわめきが聞こえる。

数日しか経っていないのに、このざわめきに懐かしさを覚える。

元の世界はどうなっているのだろう、友や父は目覚めない僕を心配しているだろうか。


「…ギ」

自分がいなくても世界は滞りなく進むのだろう。

ああ、借りた本を返せないまま、こちらに来てしまった。

「…い…ギ」

友は借りパクされたと怒っているだろうか。


……誰かに呼ばれている?

やはり、怒っているのだろうか。

「ナギ」

うるさい。少し返すのが遅れているだけじゃないか。


「おい、ナギ!」

身体が跳ねるように起きた。

目をやると、ロアンがいた。


「休めとは言ったが、ここまで眠りこけるとはな」

「すみません、疲れていたみたいで…」

僕は伸びをしながら、床に足をおろす。

森の静けさが、夢のざわめきを消していく。


「そろそろあいつが帰ってくる頃だ。人前に出られるようにしておけよ」

ロアンがそう言いながら僕の髪に触れる。

「君の寝ぐせはトアと違って、爆発的だな」


彼女の指が触れると、落ち着いたものを感じた。

「からかわないでくださいよ」

少し気恥ずかしくなって、彼女の手をどける。



外に出てから水浴びをしようとして、ふと思いつく。

魔法で水を出せば、水を汲みに行かなくて済むのでは…と。

「やってみるか」


意識を集中させ、掌から水が流れるイメージをする。

前回は宙に浮いてしまったから、流れる水を強く。

ざばっと水が溢れる。うまくいったらしい。


「今回は上手くいったようだな?」

身体が固まる。下は履いているが上裸だ。

「何見てるんですか!?覗きですか!?」


「あのなぁ、確かに君のトアに興味があるとは言ったが、子供の体を見て興奮するような変態ではないからな?」

「せめて一声かけてくださいよ!」


そんなやり取りの最中だった。

静かだった森が、少しざわめく。

「帰ってきたらしいぞ」


それに呼応するように、胸の奥が静かに騒ぎはじめる。

森の中から見えたのは、白い服をまとった少女だった。

白い布が、風に合わせて大きく揺れている。


「ただいま戻りました。ロアン先生」

その声は、周りのざわめきが演出かのように、静かで澄んでいた。

彼女がこちらへ近づいてくる。


僕は何とも言えない違和感を感じていた。

彼女の周りだけ、空気が落ち着かないような。

そんな違和感。


「ナギ、紹介しよう。助手のライラだ」

「初めまして、ライラと申します。よろしくおね――」

彼女は自己紹介をしながら、こちらを見る。

だが、一瞬だけ空気が止まったような静寂が入る。


ふと先ほどまでのロアンと交わした会話を思い出す。

そうだ、水浴びの途中だった。つまり、僕は今上裸である…

「うわ!ごめんなさい!」

「いえ!こちらこそ申し訳ありません!」

彼女は目を手で覆いながらも、頭を下げている。

「ははは!仲良くやっていけそうだな!」

ロアンは、こんな時でもいつもの調子だ。



「さっきはすみませんでした…」

僕は部屋に戻り、服を着てからリビングにいる二人の元へ行く。

「こちらこそ間の悪いときに帰ってきてしまって…」

気まずい。不可抗力とはいえ、初対面の女性に肌を見せてしまった。


「改めまして。私、ライラと申します。ナギさんのことは先生からお伺いしておりました」

彼女は椅子から立ち上がり、丁寧にあいさつをしてくれる。

「どうだ、ライラ。こいつはなかなか面白いやつだぞ?」

「面白いって…ロアンさんが、勝手に面白がってるだけじゃないですか…」


ライラは、くすくすと僕らのやり取りを見て笑っている。

自分も簡単な自己紹介を始める。

「ここで居候させてもらっている、凪です。よろしくお願いします」

「ええ、ぜひ仲良くしていただけると嬉しいです!」

女性と話すのに慣れていない僕は少しどぎまぎしてしまう。


「だがナギ、ライラもなかなか興味深いぞ?」

彼女は僕とライラを交互に見つめ、何やら企んでいるようだ。

ロアンがコップに水を注いで、僕らの間にある机へ置く。

「ライラ。帰って来て早々だが、実験だ」


「今から二人に、この水へ魔法を使ってもらう!」

ロアンから好奇心を抑えられない様子が伝わってくる。

「ロアン先生。どんな魔法を使えばいいのですか?」

「まあ落ち着け。魔法といっても二人にしてもらうのはコップに触れるだけだ」

……一番落ち着いてないのはロアンじゃないか?

そんなことを思いながら説明を聞く。


「二人には反対からコップに触れてもらう。私はその時、水のトアがどう反応するのか見たいのだ!」

僕は拍子抜けして、ロアンに聞く。

「それだけ?」

「ああ!早くやって見せてくれ!」


ライラと目が一瞬合い、二人で同時にコップへ指先だけ触れる。

すると水が揺れ始める。

コップの中で小さな波ができ、僕側へと波が寄せる。

僕の方へ波が到達すると、先ほどまでの波が無かったように水が動きを止める。


ライラは首を傾げ、不思議そうに見つめている。

もう一度コップの中で同じことが繰り返され、何の意味があるのかロアンに問おうとした。

その時。

先ほどまで僕側の縁まで来ていた波が、コップの中央まで来て消える。

まるでそこから先が仕切られているように。


僕が消える波を見つめていると、ロアンが声を上げる。

「ナギ!君は実に面白いやつだ!」

頭の中がはてなで埋まる。

「何がですか…?」

彼女は興奮した様子で語り始める。

「実は今までにも同じような実験をしたことがある。その時はライラが水を溢れさせてしまったんだ、すべての実験でな」

「だが!今回は波が途中で止まったんだ!しかも君たちの中央で!」


ロアンが何をそんなに興奮しているのか、まだ僕にはわからない。

ライラの方を見ると、彼女は口に手を当て、少し驚いているようだった。

「ロアンさん、僕にもわかるように説明を…」

今のままでは僕だけ置いてけぼりだ。


「つまり、ライラはトアを揺らす力が強いんだ。しかも無意識のうちに周りのトアを動かしてしまうほどにな」

「しかし、ナギ!お前はライラの揺らす力と同等のトアを鎮める力を持っていることになる!」

「ああ!君は最高の実験体だ!」


そういうや否や、ロアンは僕を抱きしめる。

「ちょ、ロアンさん!」

ライラが見てる前で抱き着かれ、動揺してしまう。

それを見て彼女はまた控えめに笑っている。


「ナギさん、もう少しお付き合いいただいてもよろしいですか?」

ライラがもう一度コップに触れる。

今度は指先でなく、掌で。

すると水が音を立てるほどに揺れ始める。

「ナギさんも」

彼女に促されるまま、僕も反対側から先ほどと同じように、コップに指先で触れる。


すると、中央より僕側で波が消える。

伝える魔力がライラさんより少ないのだろうか?

少しの対抗心から、指先ではなくコップを握るように手を変える。

波を鎮めることへ意識を集中させると、波はまた中央で消える。


「あの、ナギさん…手が…」

そうライラに言われ、手の感触に意識が向く。

指先に温かいものが触れている。

それが何かわかったとたんに、水がばしゃりとコップから溢れた。

「こら、ナギ。集中を切らしただろ」

ロアンに小言を言われたが、僕は指先に残った感触に気を取られたままだった。


「しかし、面白いものが見れた。これからは君たち二人に研究を手伝ってもらうとしよう」

ロアンは満足そうにうなずいている。


「あ、それと今日からの飯はライラが作る。楽しみにしておくといい」

吉報だ。ここ数日味気のない物ばかりで辟易していた。

「ナギさんのお口に合うと良いのですけど」

ライラは少し困ったように言う。

「いえ!人の手が加わった料理を食べられるだけで、とてもありがたいです!」


ロアンが思い出したように口をはさむ。

「それともう一つ、部屋は一つしかないからどうにか一緒の部屋で寝てくれ」

「「え!?」」

ライラさんと同時に驚きが口から漏れる。

「なんだ?部屋が一つしかないんだ。しょうがないだろ。それとも外で寝るか?」

そう言い残すとロアンは部屋へ戻って行ってしまった。


小さくため息をつき、コップへ目を落とす。

量の減った水には、波がまだ微かに残っていた。


……落ち着かない

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