第二話 騒々しい魔法
「おい、ナギ。起きてくれ」
ロアンが僕の体を揺り動かす。
「ロアンさん…もう朝ですか?どうされました?」
ちらりと窓に目をやると、外はまだ暗かった。
「ちょっと研究を手伝ってくれ。今こそ君の体が必要だ」
呆れてしまう。
僕がこの世界に取り残されてからというもの、彼女はいつもこの調子だ。
彼女に急かされるまま、寝室と別の扉に手をかける。
この部屋に入るのは初めてだ、彼女に入るなと念を押されていたからだ。
扉の向こうに見えたのは、本の山だった。
足を置く場所に迷う。
この部屋に入れば、何かしらを踏まずに動くのは不可能だろう。
「ああ、気にせず入ってくれ」
ロアンは床に散らばったものを気にせず踏んでいく。
彼女は研究以外の事には無頓着なのだとこの数日で理解した。
僕が部屋に入ると一冊の本を手渡された。
「これは?」
僕がペラペラとページをめくると、それはイラストの多い絵本にも見えるものだった。
「それは子供がトアを扱えるようにするための、教本のようなものだ」
「つまり、子供向けのお勉強絵本だな」
子供向けと言われて少しムッとするが、ありがたくもある。
自分は今までトアという物に触れてこなかった、というよりも存在すら知らなかったのだ。
急に専門書のようなものを渡されたとて、一割ぽっちも理解できないだろう。
「ナギ。君にはトア技術、つまりは魔法を扱えるようになってもらう」
魔法を使う、自分が?
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!僕、魔法なんてわかりません!」
「だからそれを渡したんだろ、幼い子供にもわかるなら君も理解できるはずだ。」
ロアンはそう言うが、僕にはどうも簡単なように思えない。
「理解できるかわかりませんが、読むだけ読んでみます」
僕は本を抱え、借りている部屋に戻りベッドに腰掛ける。
「トア…かあ」
自分が創ったはずの世界で、自分の知らない現象に触れるのは少し気味が悪い。
だが魔法という響きには少なからず惹かれてしまう。
一度は皆思ったことがあるんじゃないだろうか、魔法が使えたら…と。
この世界ではそれが実現できる可能性があるのだ。
絵本を読み始めると、わかりやすく日本語とイラストで、トアの説明が記されている。
トアは、この世界を構成しているすべての源であって、周りの環境によって性質や形が変わる。
魔法とは、自分自身を構成しているトアの動きをコントロールし、周りのトアに伝播させ形を作り出したり、性質を変化させるものである。
魔力は周りのトアに動きを伝播させる力。
そんなことが書いてあるが、肝心である魔法の使い方が曖昧にしか書かれていない。
書いてあることを一言でまとめるのであれば、『トアが形を変えることを想像してみよう!』である。
「はあ?」
ロアンは理解できるだろう、と言っていたがこれでは理解できるものもできない。
魔法を使えるかも、という淡い期待を裏切られた文句を言いに、研究室であろう場所の扉を再び開ける。
「お、読み終わったか?どうだ?」
「どうだ?じゃないですよ…これじゃわかるものもわからないです」
「ん?なにか読めないところでもあったか?」
ため息が出る、言いたいことが伝わっている感じがしない。
「そうじゃなくて…魔法の使い方が想像してみるって…」
やや呆れながら僕はふてぶてしく答える。
「そうだ、想像してみろ。変に理論で理解しようとするより、よっぽど習得が早くなる」
半信半疑ながらも実践してみる。
何を想像してみようか、火をつけたり、水を出せばこの部屋が大変なことになりかねない。
ふと、この部屋に明かりを灯しているランタンが目に入る。
あれを消してみようか、それなら悲惨なことにはならないだろう。
あの炎が揺らぎを止め、静かに勢いを失っていく想像をする。
ガラスの中で揺らいでいる炎を見据え、そんなことを思う。
するとゆっくり、揺らめいていた炎が静かになり、ふっと煙を残し消える。
できた、偶然か?
ガラスに囲まれた炎が消えたのだ。
「消えた…」
目の前で、僕が起こしたであろう現象に目を疑う。
僕がしたのはあの炎が消える想像だけだ。
とっさにロアンの方へ目をやる。
「おお…」
ロアンは感心したように言葉を漏らす。
実感がわかない、あまりにも簡単に出来た。
出来てしまった。
「できました…」
ロアンは驚きの表情から緩やかに口角を上げていく。
「君は実に興味深い!」
ロアンの何かに火がついてしまった、
いや、僕がつけてしまったのだろう。
「通常、魔法の習得には半年ほどかかるはずだ」
「しかし君は先ほどの絵本を読み、1時間もたたぬうちにそれを実現させてしまったのだ!」
ロアンは何かの演説をしているかのように饒舌になっていく。
「しかも君はガラスに囲まれた炎を消したのだ!」
「ガラスになっているトアをも通過し、炎のトアを鎮めたんだぞ!?」
「これを実現させるにはもっと修練が必要な操作なんだ!」
止まらない。
こんなに生き生きとしているロアンは初めてだ。
「普段から世界を想像している君だから実現できたのか?いやしかし…」
さっきとは一転、ぶつぶつと何かを考えこみ始めた。
僕自身、実感がわかない。
内から好奇心が湧き出るのを感じる。
「ロアンさん、魔法っておもしろいですね」
そう僕が伝えると、ロアンは目を輝かせた。
「よし!外に出て、君に何ができるか見せたまえ!」
ロアンの勢いに乗せられたのか、はたまた自分も楽しんでいたのか、トア操作に熱中してしまう。
「まずはさっきやったことの逆だ、この枝に火をつけてみろ」
「やってみます」
木の枝の先端を見つめ、掌を向けて、火が上がるイメージをする。
乾燥。熱。パッと上がる炎。
自分の掌から、ロアンの持つ枝の先へそんなイメージを伝える想像。
すると枝の先からろうそくに火をつけたような、小さい炎が上がる。
「できた…!」
しかしその炎は、息を吹きかけられたかのようにすぐ消えてしまった。
「ふむ、君はやはりイメージを伝える才能があるようだ」
「私が最初に水を出した時を覚えているか?次はあれをやってみろ」
「わかりました」
今度は違う物を想像する。
湿度。冷たさ。流れる水。
掌から水を出す強いイメージ。
すると、掌から10センチくらいの場所に水の球体が浮かぶ。
しかしその水は重力に逆らって浮いている。
「あれ…流れない?」
ロアンが一度うなずき、言葉を漏らす。
「……やはり、揺れを抑えてしまうか」
集中力が切れ、水がパシャリと音をたてて地面にしみ込んでいく。
「どういうことですか?」
僕が問うと、ロアンは説明してくれる。
「今君が出した水は、流れる前にトアが水として揃いすぎていたんだ」
「トアは一度形になると姿を変えることを嫌う、安定した環境を求めるからな」
なんとなくだが理解はできる。
ただ重力に逆らう理由がわからないままだ。
僕はそれらしい理由を探すが見当たらない。
「ナギ。君はトアを揺らすより、鎮める性質に寄っているようだ」
「これは実践してみないとわからないものだ。いいデータが取れた、また頼むよ」
ロアンはそう言い残し、また研究室へと戻っていく。
僕は魔法でも騒がしいのは苦手らしい。




