前日譚 0話
本編前日譚を各キャラ視点で書いてます。
冒険者エステルの前日譚をどうぞ。
前日譚最終章です。お楽しみください。
最初のきっかけはほんの些細な事だった。
10歳の誕生日。
「ねぇお父さん!お母さん!!ホタルいたんだよ!いっぴきだけいたんだよ!」
「そんな訳ないだろ?何かの光と見間違えたんだ」
「ホタルいたもん!ぜったいいたもん!!」
当時弱っていた光の精霊をホタルと見間違え、お父さんとお母さんに駄々をこねた。ホタルがいたから捕まえてみせる、と。
家を飛び出してホタルを探し続けた。平原には行くなと言われていたのに気づけば平原にある大樹の側にいた。
「いたぁ…!」
そっとホタルに手を伸ばす。
その大樹の裏から空腹状態の熊の魔物グリズリーイェーガー(推奨:AAランク)が顔を覗かせていた事に気付かずに…
小さい餌にかぶりつこうと大きな口を開けて…
(あれ…食べられる…?)
「なぁにやってんだおめぇー!!」
横からアルフが熊を殴り、間一髪のところを救出してくれた。
一瞬後、恐怖で顔が歪む私。
「グリズリーイェーガー出てるから平原に出るなって言われたろうがッ!!」
「ごべ…ごべんなざい……」
グリズリーイェーガーだけじゃない。
息を切らしながら探し回ってくれたアルフ。大好きな幼馴染のお兄ちゃん。…この日私は彼に恐怖を覚えた。
【暗黒武装:爪】【呪装狂化】【狂化模倣:人狼】
黒い魔力が彼の腕に纏わり付き大きな爪状になり、全身に呪印が伸び、およそ人とは思えない動きをするアルフに…恐怖で動けない私を助ける為に…邪悪とも言える力を使っているアルフに。私は恐怖を覚えた。
「(リミットは5分。逃げる?…無理だ、エステルを抱えて逃げれるほどグリズリーイェーガーは遅くない…なら…)……やるしかねぇよなぁ!!男の子だもんなぁ!!」
膨大な体力と全身の血液を犠牲に戦う事を決めた、と後で知った。
無力な私は恐怖の対象となった彼を目で追うことしか出来なかった。
グリズリーの攻撃を全て避け、爪を叩き込む。だがグリズリーの毛皮はアルフの攻撃を通さない。
「くそったれェ…!戦い甲斐があるやつだなぁ!お前は!」
アルフは目を潰す。鼻を潰す。耳を潰す。柔らかく効きやすい部分に攻撃を集中する。
間一髪。ギリギリの回避。多少の引っかき傷がアルフの身体に増えていく。
攻撃する度に、暗黒爪が欠けていく。
回避する度に呪印が短くなっていく。
…弱くなっていく。
ついにはグリズリーの攻撃がアルフに直撃する。
暗黒爪を盾代わりに攻撃を受け流したけど、爪は無くなってしまった。
「クソッ…あたり判定バグってんじゃねぇよ…異次元タックル並に伸びてんじゃねーよ…クソが…」
アルフは吐血しながら軽口を叩いた。余裕なんて無かったのに。
グリズリーが嗤う。目が見えずとも、耳が聞こえずとも、鼻が効かなくとも。こいつだけは喰らう、と。
「ははっ…とっておきは最後まで取っておくもんだぜぇぇぇ!!……意地があんだよ…男の子だからなぁ!!」
【リミットゲージ解放】
爆炎がグリズリーを焼く。
「おいおいまじかよ…これでもダメかぁ…」
火達磨になりながらも高笑いするグリズリー。
直後、アルフの膝が折れる。限界…だった…
悲しげで、少し満足そうな顔を私に向けて笑った。
声はもう、出なかったの。
(動くなよ?)
口の動きだけで、そう伝えてきた。
その後すぐ、アルフは動かなくなった。
気絶した。動かない。死ぬ…?
アルフが…死ぬ……?
自責が私を襲った。
いや……イヤァァァァ!!
アルフ…お兄ちゃん!!なんでアルフが代わりに…私が悪かったのに……どうして!?
待ってよ…待ってよぉ……!!
刹那、時間が止まる。
泣き叫びそうになる私に光が届いた。
『ねぇ、ずっとボクを探してくれていたんだよね?…ボクは光の精霊…ホタルじゃないよ!!……彼のおかげで多少力が戻ったんだ…ねぇボクと契約しない?ボクは契約すれば力をもっと取り戻せる。君は彼を救える…どうしたい?』
精霊が私に問いかける。
精霊が剣を差し出してきた。
「お願いがあるの、聞いてくれる?」
『なにかな?』
「…私に戦うための……勇気を下さい…!!」
『…ふふっ…了承した!行きなさい!新たな勇者よ!』
止まった時間でアルフに呼びかける。
「アルフ…起きてアルフ!!……アルフが護ってくれたんだ…私だってぇぇぇぇ!!アルフを護りたい!!」
光から剣を取り出し、グリズリーに向けて振り下ろす。
時間が動いた。
あれほどアルフが苦戦したグリズリーを一刀両断。
「えへ…やった…」
初めての力の解放。ぽやぽやした。放心状態でいったいいつまでいたのだろう…
両親が冒険者を連れてきて…お父さんの両腕で抱きしめられて目が覚めた。
お父さんはアルフを責めた。
…子供が命を張るんじゃない、と。
お母さんもアルフを責めた。
…私を庇わなければ傷を負わなかったのに、と
私もアルフを責めた。
…なんで死ぬ気で戦ったの、と
みんな、アルフに感謝していたのに。感情がそうはさせてくれなかった。
だから私はアルフを護る為にも強くなりたかった。
冒険者になる!と両親を説得し、勇者だからと紹介状も貰った。アルフの分も。
最初の1年は辛かった。
アルフと2人でダンジョン攻略して…ずっとアルフに無茶をさせていたから。…前衛と中衛を1人でこなしてもらってた。私は剣聖で前衛しか出来ないから。
アルフに力の内容を強引に聞き出し、血液を対価にしてる事をしった。…手頃に手に入るから、と武器も剣を持ってもらった。魔法も血液を対価に威力や能力を上げてもらって、サポートもしてくれた。
初級魔法が全部使えるからって…なんでも頑張ってくれてた。
それから武闘家ネルが加入してくれたの。
…アルフは私のなのに、私のサポートよりもネルのサポートを優先してた。
おかげで前衛2枚体制で隙も少なくなって安定してた。
それから1年後、魔物大量発生の調査を受けたあとに
白黒魔導士ユナも加入してくれた。
ネルのサポートは全部ユナがやってくれるようになり、アルフは遊撃手として回避盾とユナが足りないとこの補助に落ち着いた。やっとアルフが対価を払わずに済む。そう思った。
また1年後、重騎士ラルが仮で入ってくれたの。
どうしても盾役が欲しかった依頼があって、俺に任せろって言ってくれた。
ラルの最初の動きはぎこちなかったけど、アルフが補助してくれたおかげでパーティーとして最高の連携が出来た。
動きが遅いラル。上手く加速させたり、ヘイトを押し付けたり…さすがアルフだって思った。
でも、気づくべきだった。
動きが遅いラルがアルフから習って加速移動出来るようになって、さらにカバーリング範囲が広がって……
アルフはなにをしているの?戦ってる?
そう疑念が生まれちゃった。ずっと前から一緒にいてくれたのに…
長い間、Bランクで停滞してた原因を。
全てアルフに押し付けた。
だから、張り切って入ったダンジョンで
みんなを庇って、押し出して。転移の罠にかかって消えたアルフに皆、動揺した。
動揺しているのに皆、その後の戦闘の動きは完璧だった。ドウシテ?
その数日後、転移先のダンジョンと死亡報告を聞かされる。ナンデ?
見つけられない?ナンデ?他国?ナンデ?Aクラスダンジョン?ナンデ?
ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ
…私は護ってくれたアルフを護りたかった
…チガウ
アルフからありがとうって言われたかった
…チガウ
…アルフの力に怯えてた
…ソウダ
私は要らないって言われたく無かった
…ソウダ
アルフもみんなもそんな事言わないのに
…ソウダ
アルフと共に…アルフの全力と共に並び立ちたかった!
…ソウダ
でも無理だった!!無理だったの!!
ネルを救い!ユナを救ったのは誰!?
…昔見たあの力は使ってないのに!?
……恐怖したの。アルフを。昔のように。
だからアルフの全力を皆に伝えなかった
…ソウダ
アルフの実力がバレれば、私よりアルフを求めるから
…ソウダ
アルフより私が優れているとみんなに思わせた
…ソウダ
私がアルフを隅に追いやった
…ソウダ
私がアルフを弱くした
…ソウダ
剣を持たせ、魔法を使わないように言った
…ソウダ
中衛職で中途半端な動きを指示した
…ソウダ
アルフからみんなのサポートを奪った
…ソウダ
みんなからアルフへの信頼を揺るがせた
…ソウダ
私がアルフを殺した
ソウダ!!
…私は今日も最高のパーティーでダンジョンを攻略する。
みんな、さいこうのなかまだね!!
人の心でドッジボール




