第7話: 『魔導農法の実践 – 領民の目覚めと暗雲』
いつも読んでくださりありがとうございます!
農園の再生も少しずつ軌道に乗り始め、領民たちの表情にも光が見えてきました。
……が、そう簡単に物事は進みません。
近隣領主・ラントフ男爵が、とうとう牙をむいてきます。
せっかくの努力に水を差すような横槍――果たしてミレーヌはどう立ち向かうのか?
それでは本編をどうぞ!
【共有地への拡大 – 領民の参加】
魔導キノコの成功は、もはや邸内の実験では収まらなくなっていた。ミレーヌとゴドウィンは、次の段階として、領内にわずかに残る共有地の一角を借り受けることを決断した。かつて領民たちが共同で作物を育てていた、しかし今は忘れ去られたその土地は、魔性に侵され、荒れ果てていた。
「まずはここを、みんなで浄化してみせましょう」
ミレーヌは、エイランやテオ、そして彼らを通じて興味を示し始めた数名の領民――足を悪くした老兵ガルムや、若いが病弱な農夫の未亡人リナなど――を前に、力強く宣言した。
作業は単純だが、重労働だった。まずは枯れた雑草や廃墟を取り除き、土地をならす。そして、ミレーヌとゴドウィンが laboratory で培養した魔導キノコの菌糸を豊富に含んだ培養土を、慎重にすき込んでいく。
最初は戸惑い、ぎこちなかった領民たちも、ミレーヌ自らが鍬を握り、汗を拭いながら働く姿や、ゴドウィンが驚くほど的確な指示を出す姿を見て、次第に心を開いていった。
「おい、そこはもう少し深く掘らないと菌糸が根付かんぞ、テオの小僧」
「あ、はい!ガルムじいさん!」
「リナさん、その水はそっちにかけて。お嬢様が、水の量は適切に、って言ってただろう」
わずか数人ではあるが、そこには確かに、協働というものが生まれ始めていた。それは、領地が没落して以来、久しく失われていたものだった。
【目覚めた希望 – 蒼き畑の誕生】
数日後、共有地に驚くべき変化が現れた。魔導キノコが移植されたポイントを中心に、土地の色がみるみるうちに黒ずみ、そしてそこから蒼い光を放つ菌糸のネットワークが放射状に広がり始めたのである。それは、地中に張り巡らされた神経網のようでもあり、あるいは夜空の天の川のようでもあった。
「うわあ……! 地面が……光ってる……!」テオが歓声を上げる。
やがて、その光のネットワークの上から、通常の作物の種が蒔かれた。すると、それらの芽は信じられない速度で成長し、その葉脈や茎に、ほのかな蒼い輝きを宿し始めた。魔導キノコから供給される純度の高い魔力が、作物を強化していたのだ。
「ミレーヌ様……! 見てください! この豆の成長は……! そしてこの香り……!」老兵ガルムが、感動のあまり声を震わせた。彼は何十年も農作業をしてきたが、こんな生命力にあふれた作物は見たことがないという。
エイラン老婆も、黙って輝くハーブの葉を揉み、その芳醇な香りを深く嗅いだ。
“……これは……ただものじゃない。薬効も……通常のものよりずっと高いかもしれん……”
彼らの目には、かつての諦めや猜疑心はなく、驚嘆と、沸き上がる希望、そしてミレーヌへの信頼が輝いていた。
【暗雲 – ラントフ男爵の警告】
しかし、その成功は、隣人からの祝福だけでは終わらなかった。
ある午後、一人の騎士が、数名の屈強な従兵を連れてオルターナ邸を訪れた。ラントフ男爵の紋章を胸に刻んだ、傲慢そうな男だ。応接間(かつては華やかだったが、今は質素な調度品だけが残る)で、ミレーヌとゴドウィンは彼と対面した。
「ご機嫌よう、オルターナお嬢様」騎士は嘲るような笑みを浮かべ、ろくに敬礼もせずに言った。「男爵様が、ひとつ気にかけておられてな。どうやら貴女様の領内で……妙な魔術を使い、土地をいじっているそうではないか」
ミレーヌは内心動揺しつつも、平静を装った。
「魔術など使ってはいません。ただ、オルターナ家に伝わる農法と、新しい知見を組み合わせたまでです」
「ふん、その『新しい知見』ってやつが、問題なんだよ」騎士はわざとらしく席に足を投げ出した。「借金まみれの没落領主が、妙な真似をすると……周辺の領地に、悪い影響が出るかもしれねえだろう?男爵様は、それをとても……憂慮されている」
それは明らかな脅しだった。ゴドウィンが微かにミレーヌの前に進み出る。
“ご心配には及びません。我々の農法が、領地の境界を越えることは――”
“お前が口を挟むな、老いぼれ執事”騎士は遮った。“お嬢様、忠告しておく。余計な真似はやめて、さっさと領地を売り払い、借金を返済するのが身のためだ。でないと……何が起きるか、保証できねえからな”
そう言い残すと、騎士は嘲笑いながら邸を後にする。
重い沈黙が応接間を覆った。
【決意の強化 – 守るべきものの出現】
ミレーヌは少し顔色を悪くしていたが、恐怖よりも怒りが先に立っていた。
“ふざける……!こちらの成功が面白くないだけだろう……!”
“その通りです”ゴドウィンは静かに、しかし厳しい口調で言った。“しかし、彼らの脅しは単なる威嚇では済まない可能性があります。これ以上、規模を拡大すれば、物理的な妨害工作も覚悟しなければなりません”
その時、邸の窓の外から、はしゃぐ子どもらの声が聞こえてきた。テオや、他の家の子どもたち数人が、蒼く光る共有地の畑の周りを走り回っているのだ。彼らの笑い声は、荒廃した領地の中では忘れられていた生命の歓声そのものだった。
ミレーヌはその光景を見つめ、拳を握りしめた。
(……もう、後戻りはできない)
(この光景を、この笑い声を、私は守りたい)
(ラントフ男爵のような者たちの傲慢な欲望のために、この希望の芽を摘ませたりはしない!)
彼女はゴドウィンを振り返った。その目には、もはや迷いはなかった。
“ゴドウィン、防衛策を考えましょう。魔導キノコの畑を守るための。そして……収穫までのカウントダウンです。あの騎士に笑いものにされないよう、見事な作物を実らせ、確かな利益を上げて見せなければ”
さてあとがきは恒例(?)の きのこの豆知識です。
今日は「毒キノコの毒」について。
実は、毒キノコの中には「加熱しても毒が消えないもの」が多いんです。
たとえばドクツルタケの毒は、煮ても焼いても壊れません。
しかも少量で命に関わるほど強力。
「見た目がおいしそうだから食べてみよう!」は絶対にやっちゃダメなんです。
――というわけで、次回もお楽しみに!




