第79話『ゴドウィンの決意』
ギデオンの最期の言葉から一ヶ月。オルターナ領は春の訪れと共に、新たな命が芽吹く季節を迎えていた。しかしミレーヌの心には、戻らぬゴドウィンの影が常にあった。賢者の塔での彼の戦いは、今どうなっているのか──
賢者の塔、最上階。
そこは塔の創設者たちがかつて集った神聖な場所だった。今はすっかり寂れ、窓から差し込む光だけが、長い歴史を物語る調度品をぼんやりと照らしている。
ゴドウィンはその部屋の中央に立っていた。彼の前には、白髪の老人が車椅子に座っている。賢者の塔統制派の元首領、ヴァルター・フォン・アルトハイム。塔の創設者の一人であり、三十年前の事件の真の黒幕だ。
「久しいな、ゴドウィン」
ヴァルターの声は老いてもしっかりとしていた。
「まさか、お前が生きているとは思わなかった」
「私も、あなたがまだ生きているとは思いませんでした」
ゴドウィンの声は静かだった。
「あの日、全ての罪を私に着せて、あなたは隠遁した。今も、影から糸を引いている」
「証拠はあるのか?」
「あなたがギデオン・ダンロップに指示を出していた記録。遺物の兵器化計画の全容。そして──」
ゴドウィンは一通の封筒を取り出す。
「三十年前、私に全ての罪を着せた時の議事録。あなたの直筆の指示が、ここにあります」
ヴァルターの目がわずかに揺れる。
「何が望みだ?」
「あなたの自白です。公の場で、全てを認めてください」
「認めれば、お前は満足か?」
ゴドウィンは首を振る。
「いいえ。私自身の罪も、認めます。あの時、もっと強く反対していれば、多くの命が救われたかもしれない。逃げ出した私にも、責任があります」
ヴァルターはしばらく沈黙し、それから深い息を吐いた。
「……わかった。認めよう。ただし、一つ条件がある」
「何です?」
「お前のその証言、私一人の責任ではない。当時は、多くの者が同じ道を選んだ。私だけが悪いわけではない」
「それは、あなたの言い訳ですか?」
「違う。真実だ。この塔は、最初から腐っていた。私が創った時から、な」
ヴァルターは窓の外を見つめる。そこには、塔の下に広がる街並みが見えた。
「私は若い頃、この塔で学問の真理を追求していた。いつからか、力に取り憑かれた。遺物の力を使えば、世界を変えられると信じた。愚かだった」
「あなたは……後悔しているのですか?」
「後悔? いや、もう遅すぎる。ただ、真実は語るべきだと思っただけだ」
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その夜、賢者の塔大広間
塔中の者たちが集まる中、ヴァルターは自らの罪を告白した。三十年前の事件の真相。遺物の兵器化計画。ゴドウィンへの罪の着せ方。そして──
「私は、オルターナ伯爵の暗殺も指示した」
ヴァルターの声が大広間に響く。
「彼が計画から離脱しようとしたからだ。ギデオン・ダンロップに、私が指示した」
会場が騒然となる。
「さらに──」
ヴァルターは続ける。
「ミレーヌ・オルターナへの襲撃も、私の指示だ。彼女が真実を知る前に、口を封じるためだった」
ゴドウィンの拳が震える。
「私の罪は重い。どのような処罰も受け入れる。ただ──」
ヴァルターはゴドウィンを見つめる。
「この男、ゴドウィンにだけは、罪を着せるな。彼は最後まで、正しい道を選ぼうとした。私はそれを、潰そうとした」
大広間は静まり返っていた。誰もが、この告白の重みを噛みしめていた。
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翌朝、塔の中庭
ゴドウィンは一人、中庭のベンチに座っていた。春の日差しが、長い冬の終わりを告げている。
「ゴドウィン」
声をかけたのはセレスタだった。
「お疲れ様。長かったね」
「……ああ。でも、やっと終わった」
「これから、どうするの?」
ゴドウィンは空を見上げた。
「戻るよ。約束したから。彼女に裁かれるまで、死ねないと」
セレスタは微笑んだ。
「彼女は、あなたを裁くなんて言わないと思うよ」
「……何故だ?」
「だって、彼女はあなたを待っている。『裁く』んじゃなくて、『帰ってきてほしい』って。それだけだって」
ゴドウィンは少し驚いた表情を浮かべ、それから優しく笑った。
「そう……かもしれないな」
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数日後、オルターナ領
ミレーヌは畑で作業していた。春の種まきの季節だ。魔導農園のおかげで、作物は順調に育っている。
「ミレーヌ様、休憩にしませんか?」
エイランが声をかける。
「もう少しだけ。この区画、終わらせたいから」
その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえた。ミレーヌは顔を上げ、目を凝らす。
一頭の馬が、領地の門に向かって走ってくる。その背には、見慣れた姿。
「……ゴドウィン?」
ミレーヌは立ち上がる。手に持っていた鍬が、地面に落ちる。
馬は領主館の前で止まった。ゴドウィンがゆっくりと降りる。彼の顔には、長い旅の疲れがあったが、その目は確かにミレーヌを見つめていた。
「ただいま、ミレーヌ様」
ミレーヌは駆け出した。涙が止まらなかった。
「……おかえり! おかえりなさい!」
彼女はゴドウィンの胸に飛び込んだ。ゴドウィンは優しく彼女の背中を抱きしめる。
「約束したでしょう。必ず戻ると」
「うん……うん……!」
領民たちが集まってくる。ガルム、イザベラ、リナ、エイラン──皆が笑顔で二人を見守っている。
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その夜、領主館の屋上
二人は久しぶりに、並んで星空を見上げていた。
「全部、終わったんですか?」
ミレーヌが尋ねる。
「ええ。ヴァルターは自白し、塔は改革されることになりました。開放派が中心になって、新しい体制が始まります」
「それで……あなたは?」
ゴドウィンは少し間を置いて答えた。
「私は、ここに残ります。あなたに裁かれるまで」
ミレーヌは彼の顔を見上げた。
「私……裁くつもりはないよ」
「知っています。でも、私自身が自分を裁く必要がある。これからも、ずっと」
「それじゃあ──」
ミレーヌはいたずらっぽく笑った。
「長いお仕置きってことで、どう? これからも、領地のために働いてもらうの」
ゴドウィンは驚いた表情を浮かべ、それから声を出して笑った。
「それは……良いお仕置きですね」
「でしょ?」
二人の笑い声が、夜空に消えていく。
ついにゴドウィンが帰還しました。ヴァルターの告白、塔の改革、そしてミレーヌとの再会──長かった戦いが、ようやく終わりを告げます。
ミレーヌは「裁くつもりはない」と語りました。ゴドウィンはそれでも「自分を裁く」と言います。二人の新たな関係性が、ここから始まっていきます。




