第78話『ギデオンの最後の言葉』
ゴドウィンの旅立ちから三週間。ミレーヌの元に、一通の手紙が届く。差出人は、王都の牢獄に囚われているギデオン・ダンロップだった。「最期に、会ってほしい」──彼は何を伝えようとしているのか。
ゴドウィンが賢者の塔へ向かってから三週間が経った。オルターナ領には静かな日々が続いていたが、ミレーヌの胸には常に彼の安否が気がかりとして残っていた。
そんなある日、一通の手紙が届いた。
「ミレーヌ様、王都からです」
ガルムが厳しい表情で封筒を差し出す。
差出人は、王都の牢獄。そして名は──ギデオン・ダンロップ。
『オルターナ伯爵家当主 ミレーヌ・オルターナ様
突然の手紙、お許しください。
私の刑期は、来月に執行されます。
最期に、あなたにだけは伝えなければならないことがあります。
面会を賜りたく、お願い申し上げます。
もし来ていただけるなら、私の最期の言葉をお聞きください。
来ていただけなくても、それは仕方ありません。
ただ、これだけは知っておいていただきたい。
真実は、まだ隠されていると。
ギデオン・ダンロップ』
ミレーヌは手紙を読み終え、深く息を吐いた。
「行くんですか?」
ガルムが尋ねる。
「……行くわ。彼が何を言いたいのか、知っておくべきだと思うから」
「危険ではありませんか?」
「もう、彼に何かできる立場じゃないでしょう?」
ミレーヌは王都への旅支度を始めた。イザベラが心配そうに彼女を見つめる。
「ミレーヌ様、私も同行してもいいですか? ギデオンは……私の元婚約者です。最後に、私も彼の言葉を聞きたい」
ミレーヌは少し考えて、頷いた。
「わかった。一緒に行きましょう」
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王都、牢獄
王都に到着した二人は、厳重な警備の牢獄へと案内された。面会室は狭く、冷たい石壁が無機質な印象を与える。
鉄格子の向こうに、ギデオンがいた。
かつての優雅さは微塵もなく、頬はこけ、髪は伸び放題。しかし、その目だけは以前と同じように鋭く光っていた。
「来てくれたのか」
ギデオンは歪んだ笑みを浮かべる。
「まさか、本当に来るとは思わなかった」
「用件を聞きに来ただけです」
ミレーヌは冷静に答える。
「『真実はまだ隠されている』とは、どういう意味ですか?」
ギデオンはイザベラにも気づき、一瞬目を細めた。
「お前もか。まあ、いい。お前たち二人に聞いてほしい」
彼はゆっくりと話し始めた。
「お前たちは、私が全ての黒幕だと思っているだろう? 違う。私は確かに多くの罪を犯した。お前の父を殺すように指示したのも、お前を崖から突き落としたのも、この手だ。だが──」
彼の声が低くなる。
「全てを始めたのは、私じゃない。お前の父でもない。もっと上の者だ」
ミレーヌの背筋が冷たくなる。
「どういうことですか?」
「賢者の塔の『統制派』は、表向きは研究機関だ。だが、本当の目的は別にある。古代遺物の兵器化。そして、それを利用した王国支配だ。お前の父は、最初はそれに加担していた。だが、途中で目を覚ました」
「父が……?」
「ああ。だから私は殺すように指示された。お前の父が黙る前に、口を封じろと」
イザベラが声を上げる。
「それって……あなたも誰かに操られていたってこと?」
ギデオンは自嘲気味に笑う。
「操られていた? 違うな。私は自らの意志でやった。ただ、『きっかけ』は誰かが作った。私はその流れに乗っただけだ。それがどうした?」
彼はミレーヌを見つめる。
「お前の父は、最期に何かを残したはずだ。日記か、手紙か。そこに、真実が書かれている」
ミレーヌは息をのんだ。父の日記。あの破られたページ。
「『なぜなら』の続きを知りたいなら、賢者の塔に行くことだ。統制派の元首領が、全てを知っている」
「元首領?」
「ああ。奴は今、塔の奥深くに隠れている。表向きは引退したことになっているが、今でも影から糸を引いている。奴の名前は──」
ギデオンが口にした名前は、ミレーヌも聞いたことのある、賢者の塔の創設者の一人だった。
「なぜ、あなたがそんなことを?」
イザベラが問う。
「なぜか?」ギデオンは虚ろな目で天井を見上げる。「私は死ぬ。それなら、せめて真実を語ってやろうと思っただけだ。お前たちに恨まれるのも、嫌いじゃないからな」
その言葉には、かすかな自嘲と、そして寂しさが混じっていた。
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面会後、牢獄の外
ミレーヌとイザベラは、しばらく無言で歩いた。
「信じるの?」
イザベラが尋ねる。
「……わからない。でも、父の日記に確かに『なぜなら』で途切れていた。それが気になる」
「賢者の塔に行くの?」
「行かなくちゃいけないかもしれない。でも、まずはゴドウィンに連絡を取るわ。彼なら何か知っているかもしれない」
その時、一人の男が二人の前に現れた。セレスタだった。
「お待ちしていました」
彼女は真剣な表情で言う。
「ギデオンが何を話したか、教えていただけますか?」
「あなた、まさか私たちを監視していたの?」
イザベラが警戒する。
「いいえ。ただ、ギデオンが何かを知っていることは、私も把握していました。彼の言葉が真実かどうかは別として、あなたたちには伝えるべき情報がある」
セレスタは懐から一通の封筒を取り出した。
「ゴドウィンからです。彼も、ギデオンの面会の噂を聞いて、これを用意していました」
ミレーヌが封筒を開ける。そこには、ゴドウィンの緊迫した筆跡があった。
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『ミレーヌ様
ギデオンが何を話したかは存じ上げませんが、彼の言う「真実」には注意が必要です。
彼は最後まで、あなたを罠にかけようとしている可能性があります。
しかし、一つだけ確かなことがあります。
賢者の塔の統制派には、確かに「闇」が存在します。
私が追放されたのも、そのためです。
もし彼が誰かの名前を出したなら、その人物には近づかないでください。
私が戻った時に、全てを話します。
どうか、お待ちください。
ゴドウィン』
ミレーヌは手紙を読み終え、深く息を吐いた。
「どうするの?」
イザベラが尋ねる。
「……戻るわ。ゴドウィンが戻ってくるのを待つ。彼は約束した。必ず戻ると」
セレスタがうなずく。
「賢明な判断です。塔の中は今、混乱しています。あなたが不用意に来るのは危険です」
「ゴドウィンは……無事なんですか?」
「ええ。彼の証言は、多くの者に衝撃を与えました。統制派は追い詰められていますが、まだ完全に力を失ったわけではありません」
「彼を守ってください。お願いします」
セレスタは深く頷いた。
「約束します。彼は私の旧友です。命に代えても守ります」
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帰路の馬車の中
ミレーヌは窓の外を見つめていた。王都の景色が、次第に後ろに流れていく。
「イザベラ」
「はい?」
「ギデオンの言葉、どう思う?」
イザベラはしばらく考えてから答えた。
「彼の言葉には、いつも毒があった。でも、あの目は……どこか虚ろだった。自分が何をしているのか、わからなくなっていたのかもしれない」
「そう……かもしれないね」
「ミレーヌ様は、彼を許せるの?」
ミレーヌは首を振る。
「許すとか許さないとか、そういう問題じゃないと思う。彼は彼なりのけじめをつけたかった。それだけよ」
馬車はオルターナ領へと向かっていた。夕日が地平線を赤く染めている。
「帰ったら、みんなに伝えなきゃ。ゴドウィンが戻ってくるまでは、じっと待つって」
イザベラは微笑んだ。
「それがいいと思う。きっと、彼も戻ってくるわ。あなたに会うために」
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数日後、オルターナ領
ミレーヌは領主館の書斎で、父の日記を開いていた。破られたページの残骸が、まだ箱の底に残っている。
「なぜなら……何を書こうとしたんだろう」
彼女は破片を並べてみるが、文字は断片的で読めない。
その時、扉をノックする音がした。
「ミレーヌ様、お客様です」
エイランの声。
「誰ですか?」
「ゴドウィン先生の使いだそうです。賢者の塔から」
ミレーヌは急いで応接間に向かった。そこに立っていたのは、セレスタではなかった。見知らぬ若い男が、疲れた様子で立っている。
「オルターナ様、私は賢者の塔の者です。ゴドウィン先生から伝言を預かってまいりました」
「伝言?」
男は深く息を吸い、真剣な表情で言った。
「『約束は、守る。必ず戻る。しかし、今はもう少し時間が欲しい。待っていてほしい』と」
「他には?」
「……それだけです。ただ、先生はとても穏やかな表情でした。『彼女は待っていてくれる』と、確信しているようでした」
ミレーヌは胸が熱くなるのを感じた。
「……わかった。伝えてください。『待っている。必ず戻ってきて』と」
男は深く頭を下げ、立ち去っていった。
ミレーヌは窓辺に立ち、遠くの空を見つめた。
(ゴドウィン……私は待っている。あなたが戻ってくるのを)
(あなたの言葉を、あなたの真実を、あなた自身の口で聞くまで)
夕日が領地を黄金色に染めていた。新しい一日が、また始まろうとしている。
ギデオン最後の言葉。彼は「全てを始めたのは別の者だ」と語り、賢者の塔の元首領の名前を挙げました。真実はまだ、深い闇の中にあるようです。
ゴドウィンからは「待っていてほしい」という伝言。彼は必ず戻るという約束を、今も守り続けています。
次回、第79話『ゴドウィンの決意』では、賢者の塔での彼の戦いと、ついに帰還する時が描かれます。お楽しみに!




