第76話『父の遺品 - さらなる真実』
ゴドウィンの告白から一夜明け、ミレーヌの胸には複雑な感情が渦巻いていた。父の野心、ゴドウィンの罪、そして自分自身の存在。しかし、父の遺品にはまだ、さらなる真実が隠されていた──
朝日が領主館の窓を柔らかく照らしていた。ミレーヌは昨夜からほとんど眠らず、書斎の椅子に座ったまま、父の日記を読み返していた。
手に取ったのは、日記の最後の方のページ。
『娘よ、もしこの日記を読んでいるなら──
お前に伝えなければならないことがある』
ミレーヌの手が止まる。父の直筆だった。
『お前が生まれる前から、私はこの遺跡に取り憑かれていた。
その力を使えば、領地は豊かになり、人々は幸せになれると信じていた。
だが、それは間違いだった。
私はのめり込んだ。
もっと強い力を、もっと多くの富を。
そのために、どれだけの借金を重ねたか。
ダンロップ商会から、賢者の塔から、ありとあらゆるところから金を借りた。
お前に残すのは、汚染された土地と莫大な借金だけだ。
すまない。
本当に、すまない。
でも、一つだけ真実を伝えておく。
私は殺されることを知っていた。
ギデオン・ダンロップが、賢者の塔が、いつか私を消そうとしていることを。
だから、お前を守るために、ある人に託した。
ゴドウィン。
あの男なら、お前を守ってくれる。
たとえ私が死んでも、あの男はお前を見捨てない。
なぜなら──』
そこで日記は途切れていた。次のページは破り捨てられていた。
「なぜなら……何?」
ミレーヌは眉をひそめる。父はゴドウィンに何を託したのか。そして、なぜこの部分だけが破られているのか。
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その時、書斎の扉がノックされた。
「ミレーヌ様、よろしいですか?」
ゴドウィンだった。彼の目には深い隈があり、昨夜はほとんど眠れなかったことが伺える。
「どうぞ」
ゴドウィンは部屋に入ると、机の上の日記に目をやった。
「それを……読まれましたか」
「ええ。でも、最後のページが破られていた。なぜなら……何? 父はあなたに何を託したの?」
ゴドウィンはしばらく沈黙し、それからゆっくりと口を開いた。
「……お見せするものがあります」
彼は自分の部屋へ戻り、しばらくしてから一通の封筒を持って戻ってきた。黄ばんだ古い封筒には、ミレーヌの父の筆跡で「娘へ」と書かれている。
「これは……?」
「お父様が亡くなる直前、私に託されたものです。『もし娘が真実を知る時が来たら、これを渡してほしい』と」
ミレーヌは震える手で封筒を開けた。
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『ミレーヌへ
お前がこれを読んでいるということは、ゴドウィンが真実を話したのだろう。
そして、お前は私のことを「愚かな父」と思っているかもしれない。
その通りだ。私は愚かだった。
しかし、一つだけ知っておいてほしい。
私はお前を愛していた。
遺跡のことばかり考えていたように見えたかもしれないが、
お前が生まれた時、初めてお前を抱いた時、
私は「この子のために、より良い領地を残したい」と心から思った。
その思いが、間違った方向に進んでしまっただけだ。
ゴドウィンに託したのは、お前の命だった。
もし私に何かあったら、お前を守ってほしいと。
彼はそれを引き受けてくれた。
その代わりに、私は彼に一つの約束をした。
『もしもの時は、お前の好きにしろ。娘を救うためなら、どんな手段を使っても構わない』と。
私は知っている。
ゴドウィンが何か「禁術」を研究していることを。
でも、それでお前が救えるなら、それでいいと思った。
お前は私の娘だ。
私の血を引く者だ。
だから、きっと強い。
たとえどんなことがあっても、お前は立ち上がれる。
そう信じている。
父より』
ミレーヌは手紙を読み終え、しばらく動けなかった。父の想い、父の罪、父の願い──全てが混ざり合って、胸の中を渦巻いている。
「お父様は……最後まで、私を想っていてくれたんだ」
「ええ」ゴドウィンが静かに頷く。「方法は間違っていたかもしれません。でも、あなたへの愛情は本物でした」
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その日の午後、領主館の廊下
イザベラは庭を散歩していた。傷もほぼ癒え、歩くのにも支障はない。ミレーヌはそんな彼女を見つけ、声をかけた。
「イザベラ、少し話せる?」
「ええ、もちろん」
二人は庭のベンチに並んで座った。春の日差しが暖かい。
「最近、いろいろあって……頭の中を整理したくて」
ミレーヌはそう言って、遠くを見つめた。
「何かあったの?」
「ええ……」ミレーヌはしばらく間を置いてから、口を開いた。「イザベラ、あなたは『生まれ変わり』って信じる?」
「突然ね」イザベラは少し驚いたが、真剣に考え始めた。「そうね……この世界にも、魂は輪廻するという教えはあるわ。でも、私はそれほど詳しくないの」
「そう……」
ミレーヌはそれ以上は言わなかった。
イザベラは何かを感じ取ったようだったが、無理に聞こうとはしなかった。
「何か悩み事があるなら、いつでも聞くわよ。力になれるかはわからないけど」
「ありがとう。でも、今はまだ……」
「わかった。話したい時に話せばいい」イザベラは優しく微笑んだ。「でも、一つだけ言わせて。あなたが誰であろうと、私にとっては『ミレーヌ様』よ。それは変わらないから」
ミレーヌは胸が熱くなるのを感じた。
「……ありがとう」
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夕方、工房にて
リナはカイルの遺した装置の前に座っていた。彼女の目は赤く腫れているが、手はしっかりと装置を調整している。
「リナ」
ミレーヌが工房を訪れると、リナは振り返って微笑んだ。
「ミレーヌ様。見てください、父さんの装置、もっと小型化できました」
そこには、掌に乗るほどの小さな球体が置かれていた。カイルの命と引き換えに完成した「生態系調和爆雷」の、さらに進化した姿だった。
「これなら、もっと簡単に使えます。それに……」リナは装置を優しく撫でる。「父さんの意志が、ここに詰まってる」
「リナ、あなたは……偉いわ」
ミレーヌは彼女の肩に手を置く。
「お父さんは、きっと誇りに思ってる」
「ミレーヌ様……」リナの目に涙が浮かぶ。「私、決めたんです。この装置を、もっと多くの人を救うために使いたい。父さんみたいに、誰かのために役立てたい」
「一緒にやろう」ミレーヌは微笑んだ。「私たちで、この技術を広めていくの」
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夜、領主館の屋上
ミレーヌは一人、屋上に立っていた。満天の星空が、辺境の地を優しく照らしている。
(杉本大輔としての人生と、ミレーヌ・オルターナとしての人生──どちらも、私だ)
彼女は胸のペンダントに触れた。母から譲られたそれは、今は父の手紙と一緒に、彼女の心の支えになっていた。
「父さん、母さん……見てますか?」
呟きは、星空に消えていく。
「私は、ここで生きていきます。あなたたちが残したこの領地で、あなたたちの想いを引き継いで」
足音がして、振り返るとゴドウィンが立っていた。
「ミレーヌ様、少しお話を」
「何ですか?」
ゴドウィンは彼女の隣に立ち、星空を見上げた。
「私は近々、賢者の塔へ行こうと思います」
「賢者の塔に? なぜ?」
「全てを終わらせるためです」ゴドウィンの横顔は、覚悟に満ちていた。「統制派との因縁、私の罪、そして遺物の真実。全てを、私の口で証言する」
「でも……危険じゃないですか?」
「ええ。でも、それが私の役目です」ゴドウィンはミレーヌに向き直った。「あなたは、ここに残ってください。領地を、人々を守るために」
ミレーヌは彼の目をまっすぐ見つめた。
「わかった。でも、必ず戻ってきて。約束して」
ゴドウィンは微笑んだ。
「ええ、約束します。あなたに裁かれるまでは、死ねませんから」
二人はしばらく無言で星空を見上げていた。
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翌朝、領地の門
ゴドウィンを見送るため、多くの人々が集まっていた。ガルム、イザベラ、リナ、エイラン、そして領民たち。
「ゴドウィン、無事で帰ってこいよ」
ガルムが力強い言葉をかける。
「ええ、必ず」
「先生、これ持っていってください」
リナが小さな球体を差し出す。
「父さんの装置です。もしもの時に」
ゴドウィンはそれを受け取り、優しく撫でた。
「カイル……ありがとう。必ず、役立てる」
「ゴドウィン」
ミレーヌが前に出る。
「あなたは……私の恩人であり、罪人でもある。でも、それ以上に、大切な仲間だ」
「ミレーヌ様……」
「行ってらっしゃい。戻ってきたら、また一緒に農園を眺めましょう」
ゴドウィンは深く頭を下げ、馬車に乗り込んだ。
馬車がゆっくりと動き出す。見送る人々の姿が、次第に小さくなっていく。
(必ず戻る。あなたに裁かれるために)
ゴドウィンは胸に秘めた誓いと共に、新たな旅立ちへと向かっていった。
父の手紙、リナの成長、そしてゴドウィンの旅立ち──多くのことが動いた76話でした。
今回は、ミレーヌが転生のことをイザベラに話さないよう修正しました。彼女はまだ、誰に何をどこまで話すべきか迷っている途中です。「生まれ変わりを信じる?」というぼんやりした問いかけだけで、具体的な告白はしていません。彼女の心の整理は、まだこれからですね。
そしてゴドウィンは賢者の塔へ。彼の運命やいかに?
次回、第77話『賢者の塔からの使者』では、ゴドウィンの旅立ちと同時に、新たな動きが……お楽しみに!




