第75話『沈黙の告白 - ゴドウィンの過去』
長い戦いが終わり、オルターナ領に平和が訪れようとしている。しかし、ゴドウィンの目は深い哀しみを帯びていた。彼が三十年間隠し続けてきた真実が、今、明かされようとしている
戦いの終結から一週間が経った。
オルターナ領には、かつてない穏やかな日々が流れていた。魔導農園は安定して稼働し、作物は順調に育ち、人々の顔にも笑顔が戻りつつある。カイルを失った悲しみはまだ癒えぬものの、領地全体に「再生」の空気が満ちていた。
そんな中、ミレーヌは領主館の書斎で、父の遺品の整理を続けていた。
「これは……?」
古びた書棚の奥から、鍵のかかった小さな箱が見つかった。誰にも見せなかったのだろう、ほこりをかぶっている。
ミレーヌは躊躇した。父の秘密に触れるような気がして。しかし、そこにあった鍵穴を見て、ふと自分の首元に手をやる。転生した時から身につけていた小さなペンダント――試しに鍵穴に差し込むと、かちりと音がした。
箱の中には、一冊の古い日記と、何枚かの手紙、そして分厚い借用書の束が入っていた。
「これは……!」
ミレーヌは息をのんだ。借金の額は、彼女が背負わされたものと一致する。いや、それ以上だ。日付を追うと、すべてが彼女が生まれる前――遺跡発見直後から始まっている。
読み進めるうちに、ミレーヌの手が震え始める。
そこには、彼女の知らなかった「父の顔」があった。遺跡の発見、賢者の塔との接触、そして「ある計画」の存在。父は理想主義者などではなかった。遺物の力を追い求め、利用しようとしていた一人の野心家だった。
そして、その研究のために、彼は莫大な借金を重ねていた。
『本日、ダンロップ商会より新たに金貨三千枚を借り入れた。これで遺物の解析装置が購入できる。成功すれば、十倍になって返ってくる』
『研究に行き詰まる。さらに装置が必要だ。また借りるしかない』
『奴らは笑っている。この借金が返せなくなれば、領地を乗っ取れると。わかっている。でも、もう止まれない』
最も衝撃的だったのは、最後のページに書かれた一文だった。
『もし計画が失敗すれば、すべての責任はゴドウィンに被せよう。彼は外から来た者だ。都合のいいスケープゴートになる。そして借金は……娘に背負わせることになるだろう。すまない、ミレーヌ』
ミレーヌはその場に座り込んだ。頭の中が真っ白になる。
(この借金は……全部……父が……)
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その夜、ミレーヌはゴドウィンを訪ねた。彼の部屋の前で立ち止まり、深く息を吸う。ノックをすると、中から穏やかな声が返ってきた。
「どうぞ」
部屋の中は、古書と薬草の香りが混ざった、彼らしい空間だった。ゴドウィンは机に向かって何かを書いていたが、振り返ってミレーヌの表情を見るなり、微かに眉をひそめた。
「ミレーヌ様……どうかなさいましたか?」
「これ……見つけました」
ミレーヌは父の日記と借用書の束を差し出す。
ゴドウィンがそれを受け取り、数ページめくる。その顔色が、みるみるうちに変わっていく。
「……どこで?」
「父の書斎です。この借金……私が背負わされたもの全部、父が遺跡研究のために借りたものだったんですね」
ゴドウィンは長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。
「……はい。あなたのお父様は……遺物の力を追い求めるあまり、多くのものを犠牲にされた」
「あなたは……知っていたんですか? 父があなたを利用しようとしていたことも?」
「……知っていました」
「それでも、なぜここに残ったんですか? 騙されていたと知って、なぜ去らなかった?」
ゴドウィンは立ち上がり、窓辺に歩いていく。月明かりが、彼の白い髪を銀色に染めていた。
「お話ししましょう。全てを」
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「三十年前、私は賢者の塔の第四円環に所属していました。研究の日々に生きがいを感じ、古代遺物の謎を解くことに情熱を注いでいた」
ゴドウィンの声は静かに、遠い過去を辿るように始まった。
「そんな時、オルターナ伯爵から招待状が届いた。領地で古代遺跡が発見されたので、調査に来てほしいと。私は喜んでやって来た。これが、運命の分かれ道だった」
「最初は純粋な学術調査のつもりでした。しかし、すぐに気づいた。伯爵の本当の目的は、遺物の『兵器利用』だと。私は反対した。あの遺物は、命を育むために作られたものだ。破壊のために使ってはいけない」
ミレーヌは黙って聞いている。
「伯爵は私の反対を無視して、独自に研究を進めた。そして……失敗した。遺物が暴走し、領地は汚染された」
「その責任を、あなたに?」
「ええ。伯爵は全ての罪を私に着せた。『招き入れた賢者の塔の魔術師が暴走させた』と。私は追われる身となり、逃げ回るしかなかった。そして伯爵は……研究のために借りた借金も、全てあなたに残して、この世を去った」
ゴドウィンは窓枠に手をかけ、深く息を吐いた。
「でも……それだけなら、私はここにはいなかった。逃げ続けていただろう。でも……」
彼は振り返り、ミレーヌをまっすぐ見つめた。
「あなたのお祖父様が、私を匿ってくれた。真実を知りながら、それでも『この土地を元に戻す方法を見つけよ』と。その言葉に、私は残る決意をした」
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「それから何十年も、私は研究を続けた。領地の汚染を元に戻す方法を、一人で模索し続けた。そして――ようやく、遺物を完全制御する理論が固まった」
ゴドウィンの声が、わずかに震える。
「しかし、その時にはもう……あなたの父は亡くなっていた。そしてあなたは、崖から落とされ、深い昏睡状態に陥っていた」
ミレーヌの背筋が冷たくなる。
「あの時、あなたの命は……危険だった。精神攻撃によって、あなた自身の魂は深く傷ついていた。この世界の魔術では、決して修復できないほどに」
「それで……あなたは何を?」
ゴドウィンはゆっくりと机の引き出しを開け、古い日記を取り出した。表紙には、彼自身の手で「禁術の記録」と書かれている。
「私はある禁術を知っていた。異世界から『別の魂』を呼び寄せ、傷ついた肉体に宿す術だ。成功率は……極めて低い。入ってきた魂が、この世界を受け入れる保証もない。それでも……」
「それでも、やったんですね」
「はい」
ゴドウィンは日記を開き、あるページを指さした。そこには、儀式の詳細と共に、こう書かれていた。
『儀式、成功せり。
しかし、これが正しかったのか、今もわからない。
呼び寄せた魂は、向こうの世界で生きるはずだった命だ。
倒れた後、発見され、治療を受け、回復するはずだった。
私はその未来を奪った。
私が、この手で、彼の人生を終わらせた』
ミレーヌの呼吸が止まる。
「あなたは……死ぬはずじゃなかった。倒れた後、誰かに発見され、病院に運ばれ、治療を受けるはずだった。数日後には目を覚ましていたかもしれない」
ゴドウィンの声は、かすかに震えていた。
「私はそれを奪った。あなたの人生を。家族との時間を。全てを」
「でも……私はここに……」
「その通りだ。あなたはここにいる。この世界で生きている。それが私のしたことだ。死にかけた魂を救ったのではない。生きるはずだった命を、無理やり引き剥がしたんだ」
沈黙が部屋を満たす。長い、重い沈黙が。
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「では、あの借金も……全部、父のせいだったんですね」
ミレーヌの声はかすかだった。
「はい。あなたは何も悪くない。ただ、父の野心のツケを背負わされただけだ」
「そう……だったんだ……」
彼女はうつむき、しばらく沈黙した。そしてゆっくりと顔を上げる。
「なぜ……今まで黙っていたんですか?」
「二つの理由があります」
ゴドウィンはうつむいたまま答える。
「一つは……精神崩壊のリスクです。自分の人生が『偽物』だと知った時、人間は正気を失うことがある。あなたが強くなるまで、言えなかった」
「もう一つは?」
ゴドウィンは顔を上げた。その目には、深い哀しみと、そして恐怖のようなものが浮かんでいる。
「……あなたに恨まれるのが怖かった」
「恨む?」
「あなたがこの世界に来た時、あなたは死ぬはずじゃなかった。私が、勝手に連れてきただけだ。もしあなたが『戻りたい』と思ったら? もし『お前のせいで全てを失った』と呪ったら?」
彼の声が震える。
「あなたの笑顔を見るたび、思った。『この笑顔は、私が奪った人生の上に成り立っている』と。そして同時に、この笑顔を失いたくないとも思った。自分が何よりも怖かった。あなたに嫌われることが」
「だから……隠していた?」
「……はい」
ミレーヌは立ち上がり、ゆっくりとゴドウィンに近づいた。
「ゴドウィン」
「……はい」
「あなたは……私の人生を奪った。それは確かに、罪だと思う。この借金だって、父のせいで私は苦しんできた。でも……」
彼女は窓辺に立ち、月明かりに照らされた領地を見渡した。
「父が遺跡を発見していなければ、私はここにいなかった。あなたが儀式をしなければ、私は死んでいた。皮肉なものだ。父の野心が、私をここに導き、あなたの罪が、私を生かした」
振り返り、彼女は言う。
「私は杉本大輔だった。でも今はミレーヌ・オルターナだ。この土地を愛し、この人々を守りたいと思っている。それは……偽物じゃない」
「ミレーヌ様……」
「あなたを恨むかどうかは……まだわからない。でも、今はこう言える。この人生も、悪くないって」
ゴドウィンの目から、涙が一筋こぼれ落ちた。
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深夜、領主館の廊下
部屋を出た後、ミレーヌは一人、廊下を歩いていた。頭の中は様々な感情で渦巻いている。怒り、悲しみ、困惑、そして――どこかにある、奇妙な安堵感。
(杉本大輔としての人生は、確かにあった。でも、今ここにあるのも、確かな人生だ)
ふと、転生の狭間で聞いた女性の声を思い出す。
『お願い……私の領地を……人々を守って』
(あの声は……元のミレーヌか)
彼女は自分の胸に手を当てる。
(あなたの想い、確かに受け取った。父の借金も、あなたの願いも、全部背負って、この人生をちゃんと生きるから)
窓の外では、新しい朝が静かに訪れようとしていた。
ついにゴドウィンの過去と、転生の真実が明かされました。
そして今回明らかになった衝撃の事実――ミレーヌが背負わされた借金は、全て父が遺跡研究のために借りたものだった。娘にツケを回して消えた父親。その罪の意識からか、ゴドウィンは長年、彼女を支え続けてきた。
生きるはずだった命を奪った罪。恨まれる恐怖。そしてそれでもミレーヌを救いたかった想い――ゴドウィンの告白、いかがでしたか?
ミレーヌの反応は「恨むかどうかはまだわからない」。簡単に許すわけでも、完全に拒絶するわけでもない、リアルな反応を目指しました。
そして今回は、定期テストの関係で少し投稿が遅れてしまいました。学生作者ゆえの事情ということで、温かく見守っていただけると嬉しいです…!
次回、第76話『父の遺品 - さらなる真実』では、祖父の役割、そして賢者の塔との因縁がさらに深く明らかになります。
お楽しみに!




