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没落令嬢は農業で成り上がる!〜転生教師の魔導農園改革〜  作者: 星川蓮
第8幕『全面戦争 - 生命の砦』

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第72話『ギデオンの狂気 - 人質作戦』

「蔓」ネットワークの復活により、勢いづくオルターナ領。しかしその動きを察知したギデオンは、追い詰められた獣のように危険な行動に出る。彼が選んだのは、最も卑劣な手段だった

調査委員会到着前日。オルターナ領には緊張と期待が入り混じる空気が流れていた。


「東側の検問所が突破されたとの報告です!」

ガルムが書斎に飛び込んでくる。

「我々の支援物資が、ついに領内に入り始めました」


ミレーヌは安堵の息をついた。吟遊詩人をはじめとする「蔓」の働きで、封鎖は少しずつ綻び始めている。工房ではリナが新型装置の量産を始め、領民たちの士気も高まっていた。


「これで調査委員会にも、孤立していないことを示せる」

ゴドウィンがうなずく。

「しかも、自主的な支援が集まっているという事実は、我々の技術や人柄への信頼の証です」


しかしその時、通信機がけたたましく鳴り響いた。イザベラから託された特別な魔導通信機だ。


『……ミレーヌ様! 緊急です!』


声の主はリディアだった。彼女の声は震え、恐怖に満ちている。


『イザベラ様が……捕まりました! ギデオン様に、内通の嫌疑で!』


書斎の空気が凍りつく。


「詳しく教えてください!」


『昨夜……イザベラ様が密かに連絡を取ろうとしていたところを、使用人の密告で……。ギデオン様は激怒して、彼女を地下牢に閉じ込めました。それだけじゃありません……』


リディアの声が途切れる。


『ギデオン様は……イザベラ様を人質に、オルターナ領に最後通牒を突きつけると言っています。要求は……』


「何ですか?」


『あなたの……ミレーヌ様ご自身の身柄と、魔導農園の全技術の明け渡し。拒否すれば……イザベラ様を公開処刑すると』


通信が途切れた。


誰も言葉を発せなかった。窓の外では、何も知らない領民たちが忙しく動き回っている。しかしこの部屋の中では、時間が止まったかのようだった。


「罠です」

ガルムが最初に口を開いた。

「明らかな罠です。要求に応じれば、ミレーヌ様は捕まり、技術は奪われ、結局イザベラ様も殺されるでしょう」


「しかし、応じなければイザベラ様が……」ゴドウィンの声は苦しげだ。「彼女は我々のために、命がけで情報を提供し続けてくれた。見殺しにはできません」


ミレーヌは窓辺に立ち、遠くを見つめていた。彼女の脳裏には、仮面舞踏会で初めてイザベラと会ったときの光景が浮かぶ。怯えながらも、確かな意志を持って手を差し伸べてきたあの女性。


(私を信じてくれた……)


「行きます」

ミレーヌの声は静かだったが、揺るぎなかった。

「イザベラ様を救出します」


「ミレーヌ様!」ガルムが叫ぶ。「無謀です! それでは敵の思うつぼです!」


「だからこそ、こちらも思うつぼを演じるのです」

ミレーヌは振り返り、わずかに口元を緩めた。

「ギデオンは私がイザベラ様を救出に来ることを期待している。ならば、その期待通りに動く。ただし……向こうが想定していない方法で」


ゴドウィンが目を輝かせる。

「つまり?」


「二つのチームに分かれます」

ミレーヌは机の地図を広げた。

「第一チームは表向きの救出隊。私を含む少数精鋭で、ギデオンの別荘に向かう。彼らはそこに全注意を向けるでしょう」


彼女の指が別の場所を指す。

「第二チームは……王都のダンロップ侯爵家本邸に向かう」


「本邸ですって!?」ガルムが驚く。


「ええ。イザベラ様が捕まっているのは別荘の地下牢。しかし、ギデオンが本当に恐れているのは、本邸にある彼の犯罪の証拠が暴かれることです。私は賢者の塔との密約の書類を、本邸のどこかに隠していると踏んでいます」


「それを押さえれば、交換条件にできると?」


「そうです。さらに……」ミレーヌはリナが開発した新型装置の設計図を手に取る。「これを持っていきます。『生態系調和爆雷』の改良版。殺傷能力はなく、広範囲の敵を一時的に無力化できる」


ゴドウィンがうなずく。

「つまり、正面からは無力化装置を使い、背後からは証拠を押さえる。二方向からの挟み撃ちですね」


「時間がない。すぐに準備を」


別荘地、地下牢


冷たい石の床に座り込むイザベラは、ぼんやりと天井の小さな窓を見上げていた。彼女の体には無数の傷跡があり、服は血で汚れている。拷問を受けたのだ。


「おや、まだ起きていたのか」


鉄格子の向こうから、聞き慣れた声がする。ギデオンだった。彼の顔には優雅な微笑みが浮かんでいるが、目は完全に狂気に染まっていた。


「もうすぐだよ、イザベラ。お前の愛するオルターナ家の娘が、お前を救いに来る。そして……」


彼は格子に手をかけ、そっと撫でる。

「あの女もここに閉じ込め、ゆっくりと……いたぶる。お前たち二人そろって、私のコレクションの始まりだ」


イザベラは何も答えなかった。ただ、かすかに口元を動かす。


(ミレーヌ様……来ないで)


オルターナ領、出発直前


救出隊は十名。ミレーヌ、ガルム、そして選りすぐりの護衛たち。全員が軽装で、目立たない旅人を装っている。


「ゴドウィン、領地は頼みました」

「お任せを」ゴドウィンが深く頭を下げる。「必ずや、本邸班との連絡を密に保ちます」


リナが駆け寄ってくる。

「ミレーヌ様! 装置、持っていってください!」


彼女が差し出したのは、掌に収まるほどの小さな球体だった。

「これが新型です。投げると、十メートル範囲の敵を十秒間、戦闘不能にします。殺しはしません」


「ありがとう、リナ。あなたは本当に……偉くなった」


リナの目に涙が光る。

「父さん……喜んでくれるでしょうか」

「きっと、誇りに思っているわ」


出発の時が来た。一行は夜陰に紛れて領地を後にする。その背中を、ゴドウィンとリナ、そしてエイランが見送った。


「お嬢様……どうかご無事で」

エイランの祈るような呟きが、闇に消えた。


別荘地、夜


ギデオンの別荘は、丘陵地帯にひっそりと建っていた。周囲には見張りの兵士が数十名、そして魔術師の気配もする。警戒は厳重そのものだ。


「予想通り、警備はこっちに集中している」

ガルムが低く囁く。

「本邸班の連絡は?」


「ゴドウィンから、もうすぐ到着すると」


ミレーヌは小型の通信機を耳に当てる。イザベラからもらったものだ。すると、かすかに声が聞こえてきた。


『……こちら本邸班。裏口から侵入成功。ただいま書斎を捜索中』


「頼みます」


ミレーヌはリナの装置を手に取った。小さな球体が、月明かりに照らされて微かに光る。


「では、始めましょう」


彼女が合図を送ると、ガルムと護衛たちが一斉に動き出した。目指すは、地下牢へ通じる裏口だ。


しかしその時、別荘の正面の扉が開き、ギデオンが姿を現した。彼の手には、血に染まった布が握られている。


「おお、来たか、オルターナの娘よ!」

彼の声は異様に高揚している。

「お前の愛するイザベラの……血のついたハンカチだ。見事、救出してみせよ!」


ギデオンは狂ったように笑いながら、布を空中に投げた。


ミレーヌの手が、かすかに震えた。しかし、彼女はすぐに冷静さを取り戻す。


「ガルム、二手に分かれます。あなたは裏口から。私は正面で彼の注意を引きつける」


「一人で!? 危険です!」


「装置がある。それに……」ミレーヌはギデオンを見つめる。「彼は私を捕らえたい。まだ殺すつもりはない」


ガルムは一瞬躊躇したが、うなずいた。

「五分で戻ります。それまで絶対に死なないでください」


「約束する」


ガルムたちが闇に消えるのを見届けてから、ミレーヌはゆっくりと立ち上がった。月光が彼女を照らし出す。


「ギデオン・ダンロップ」

彼女の声は凛と響く。

「イザベラを解放しなさい」


ギデオンは嬉しそうに拍手した。

「おお、勇敢だ! 素晴らしい! だが……無謀だ!」


彼が手を上げると、周囲の闇から無数の兵士が現れた。五十、いや、それ以上。完全に包囲されている。


「さあ、どうする? オルターナの魔女よ」


ミレーヌはゆっくりと笑みを浮かべた。

「一つ、お見せしたいものがあります」


彼女は懐から球体を取り出し、高々と掲げた。


「これは、カイルという男が命を懸けて作り、その娘が完成させた装置だ。殺しはしない。ただ……」


球体が輝き始める。


「一時的に、すべてを眠らせる」


彼女が地面に球体を叩きつける。炸裂と同時に、眩い光が辺りを包み込み、無色の煙が広がった。


「なに……これ……」

「眠い……」

「目が……開けられない……」


兵士たちが次々と倒れる。十秒で、五十人の兵士が完全に動けなくなった。


ギデオンは驚愕の表情で周囲を見渡す。

「何を……した!?」


「生態系調和爆雷の改良版です」

ミレーヌは一歩、また一歩と近づく。

「殺しはしない。でも、あなたの兵士たちはもう戦えない」


「ふ、ふざけるな!」


ギデオンが剣を抜き、魔法をまとわせる。しかしその時、別荘の奥から別の物音が聞こえた。地下牢の方だ。


「ミレーヌ様!」

ガルムの声が響く。

「イザベラ様、救出しました!」


彼が抱える女性の姿が月明かりに浮かぶ。血に染まり、ぼろぼろになった服。しかし確かに、イザベラだった。


「イザベラ……!」

ミレーヌが駆け寄ろうとする。


しかしギデオンが邪魔をする。

「まだだ! まだ終わっていない!」


彼が剣を振りかざした瞬間、別荘の中から別の声が響いた。


「終わりだ、ギデオン」


それは魔導通信機を通じて流れてきた声だった。ゴドウィンの声だ。


『本邸班、成功しました。ギデオンの犯罪記録、すべて押さえました。賢者の塔との密約書類も。今、王都の治安維持隊が本邸を包囲中です』


ギデオンの顔から、完全に血の気が引いた。


「な……に……」


「あなたの負けです、ギデオン」

ミレーヌは静かに言った。

「人質を解放しなさい。そして罪を認めなさい」


ギデオンは周囲を見回す。倒れる兵士たち。救出されたイザベラ。遠くから聞こえる、別荘を包囲する足音。そして──自分だけが、取り残されている。


「……まだだ」


彼は最後の力を振り絞り、剣をイザベラに向けて投げつけた。


「イザベラ!」


ガルムが咄嗟にかばう。剣は彼の肩に深く突き刺さったが、イザベラには届かない。


「ぐっ……!」


「ガルム!」


その隙に、ギデオンは闇に消えた。追うべきか、しかし負傷者を抱えては無理だ。


ミレーヌは歯を食いしばりながらも、まずは仲間の手当てを優先する決断をした。


「医療班を! すぐに!」


イザベラがかすれた声で呟く。

「ミレーヌ様……なぜ……来てくれたんですか……」


「あなたが……私を信じてくれたから」

ミレーヌは彼女の手を握る。

「今度は、私があなたを信じる番です」


夜明けが近い。戦いは終わった。しかしギデオンは逃げ、まだ真の決着はついていない。


オルターナ領の戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。


イザベラ救出、成功……! しかしギデオンは逃げ、ガルムは負傷。喜びもつかの間、新たな課題が山積みです。

リナの開発した新型装置が大活躍でしたね。父カイルの意志を確かに受け継いでいます。そしてイザベラの壮絶な拷問の跡……彼女の心の傷も深そうです。

次回『決戦 - 遺物の前で』では、逃げたギデオンが最後の賭けに出ます。舞台は再びオルターナ領へ。いよいよクライマックスが見えてきました。お楽しみに!

――そしてちょっとした裏話ですが、実は作者がインフルエンザにかかってしまい、更新が少し遅れていました……!すみません!もう元気になりましたので、ここからはしっかり進めていきます。引き続きよろしくお願いします!

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