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没落令嬢は農業で成り上がる!〜転生教師の魔導農園改革〜  作者: 星川蓮
第8幕『全面戦争 - 生命の砦』

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第71話『逆襲の狼煙 - 「蔓」の援軍』

王都からの調査委員会到着まで、あと三日。オルターナ領は厳しい監視下に置かれ、魔導農園の稼働も制限されている。そんな中、ギデオンの新たな妨害工作が始まろうとしていた。だがその時──「蔓」ネットワークが静かに、しかし力強く動き出す。

調査委員会到着の二日前、夜明け前の暗い時間帯。領主館の書斎では、ミレーヌたちが集まっていた。


「まずいことになりました」

ガルムの声が沈む。

「東西南北すべての街道に、ダンロップ侯爵派の検問所が設置されました。公式には『治安維持のため』ですが、明らかに我々への物資流入を断つ狙いです」


「食料と医薬品の備蓄は?」ゴドウィンが尋ねる。


「あと五日が限度です」エイランが答える。「戦いの後で傷病者も多く、消費が激しくて……」


窓の外では、早朝から動き始めた領民たちが、限られた物資をやりくりしている。カイルを失った工房では、リナとベルトルト親方が必死に動いていた。


「完全に包囲されたわけですね」

ミレーヌの声は静かだった。

「これで、調査委員会にも『孤立した危険な領地』という印象を与えられる」


その時、書斎の密かな連絡口から小さな箱が滑り込んできた。開けると、中には一本の短剣と、使い込まれた小さな魔導通信機が入っている。短剣の柄には、見覚えのある紋章──レインフォード伯爵家のものだ。


「イザベラ様からだ」

ミレーヌがメモを読み上げる。


『ギデオンは完全に監視を強化した。二度と外に出られない。だが、これだけは届ける。

この通信機は、レインフォード家が密かに持っていた、軍用よりも高性能な試作品だ。

遠くの声も拾う。民の声も。

どうか、私の代わりに──』


工房


その頃、リナはカイルの遺した装置の前に座っていた。三日間、ほとんど眠らず、彼女は装置の解析を続けている。


「リナ、少し休まないと」

ベルトルト親方が心配そうに声をかける。

「あんた、もう三晩も寝てないよ」


「まだです」

リナの目は装置に釘付けだ。

「父さんが最後に使った“生態系調和爆雷”は、確かに私たちの武器になった。でも……もっと効率的な使い方があるはずなんです」


彼女は装置の制御基板を開き、複雑に絡み合った回路を顕微鏡でのぞき込む。

「ここ……父さんは自分の生命力を直接燃料にした。でも、もしこれを魔導農園のエネルギーに置き換えられれば……」


「おいおい、そんな無茶な」ベルトルト親方が首を振る。「あんたの父さんですら、最期の最後までできなかったことだよ」


「だからやるんです」

リナは顔を上げる。涙で濡れたその目には、しかし確かな決意があった。

「父さんができなかったことを、私がやる」


街道検問所


正午、西の街道に設けられた検問所では、退屈そうな兵士たちが通りかかる行商人を適当にあしらっていた。


「通行証は? ない? じゃあ通れないよ」

「でも、この街道は昔から自由通行が──」

「昔と今は違うんだ。さっさと引き返せ!」


行商人は肩を落として去っていく。彼の荷車には、オルターナ領宛ての薬草が積まれていたが、もちろん検問所の兵士は知らない。


しかしその時、別の方向から一人の旅人が歩いてくるのが見えた。粗末な革の鎧をまとい、背中には大きなリュートを背負っている。吟遊詩人だ。


「おい、止まれ! 通行証は?」


吟遊詩人はゆっくりとフードを外す。陽気そうな中年の男だった。

「通行証? いやあ、持ってないねえ。でも、代わりにこれを聞いてくれないかな」


彼はリュートを構え、歌い始めた。


『昔々、あるところに──

正義の騎士と悪しき貴族がいたそうな

騎士は民を守り、貴族は民を虐げ

騎士は誉れ高く、貴族は名を汚した』


「な、何を勝手に──」


『しかし騎士には秘密があった

貴族の姫君と恋に落ちて

許されぬ恋に焦がれながら

それでも民を守り続けた──』


「止めろ! そんな歌を歌うな!」


兵士たちが剣を抜く。しかし吟遊詩人はひるまない。


『ああ、しかし運命は非情なり

貴族は騎士を亡き者にせんと

姫君を人質に城に閉ざし

騎士はひとり、戦場へと向かう──』


「お前、その歌は……!」

兵士の一人が顔色を変える。この歌は、まさにダンロップ侯爵家とオルターナ家の因縁を暗示しているのだ。


『されど騎士は死なず

民の心に生き続け

今ここに、新たな騎士が

立ち上がらんとしている──』


吟遊詩人がリュートを高々と掲げる。その瞬間、彼の周りに突然、数人の人影が現れた。みな旅人の服装だが、動きは洗練されている。護衛の手練れだ。


「通行証はないけれど」

吟遊詩人がにこやかに言う。

「通行料なら、たっぷり払うよ」


彼が指を鳴らすと、護衛たちが一斉に行動を開始した。検問所の兵士たちは一方的に打ち負かされ、気絶させられ、縛り上げられる。戦闘は一分もかからなかった。


「さて」

吟遊詩人はリュートを抱え直し、オルターナ領の方向を見つめる。

「噂の辺境領主様に、会いに行きますか」


領主館、同日夕方


「……というわけで、検問所は突破しました」

吟遊詩人の男はそう言って、優雅に一礼した。その動作には、長年人前で演じてきた者の風格がある。


「あなたは……?」


「名乗るほどの者ではありませんが、あえて言うなら、『蔓』の一員ですね」男は笑う。「カラドックでロバートさんの世話になった者です。今は自由気ままに旅をしながら、ときどき、こうして困っている人たちを手伝っています」


ミレーヌは目の前の人物をまじまじと見つめた。吟遊詩人という肩書きは表の顔で、裏の顔は──


「情報屋、ですね?」


「おお、怖い怖い。まあ、そんなところです」男はリュートを調弦しながら言う。「それで、オルターナ様。この検問所突破で、侯爵派はさらに警戒を強めるでしょう。でもご安心を。私たちは、他にもまだまだ仲間を集めています」


「私たち?」


「ええ。『蔓』ネットワークは、確かにロバートさんの逮捕で大打撃を受けました。しかし……」男はいたずらっぽくウインクした。「地下茎ってやつは、切れても切れても、別の場所から芽を出すんですよ」


彼がリュートをかき鳴らすと、低く響く音が室内に広がる。それは単なる楽器の音ではなく、魔力を帯びた通信の合図だった。


間もなく、書斎に設置されたイザベラからの魔導通信機が、突然のノイズを発する。そして──


『……もしもし、聞こえますか……?』


かすかだが、確かに人間の声だった。


『こちら、自由都市ラーベル、新興商人組合です。ロバートさんの件は知っています。彼の志を継ぐ者は、まだたくさんいます』


別の声が重なる。


『こちら、東部辺境の薬草組合。オルターナ領の魔導作物には、ぜひ取引してもらいたい。検問所の目を盗んで、密かに荷を届ける手段はあります』


さらに別の声。


『西の山岳地帯、鉱山技術者ギルドです。先日あなた方に助けられた者たちがいます。借りは返したい。必要な鉱石があれば、いつでも』


次々と重なる声。ミレーヌは息をのんだ。ロバートは逮捕され、多くの連絡拠点は壊滅した。しかし──


「ネットワークは……死んでなかった」


『生きてますよ』

最初の声が笑う。

『むしろ、一回り大きくなったくらいです』


工房


その日の深夜、リナはついに装置の再設計に成功した。


「できた……!」

彼女の声には歓喜と、そして深い安堵が込められていた。


新しい装置は、父・カイルの装置より二回りほど小さい。だが内部構造は根本的に異なっていた。生命エネルギーではなく、魔導農園から供給される魔力で駆動する。そして──


「これなら、誰でも使える」

リナは装置に触れる。

「父さんの犠牲を……無駄にしない」


ベルトルト親方が、黙って彼女の肩を叩いた。その目には、涙が光っている。


夜明け前、領主館


ミレーヌは一睡もせず、届けられた情報を整理していた。

・検問所のうち、三か所は「蔓」の手で機能不全に陥った。

・東部の薬草組合から、約束手形の形で資金的支援の申し出。

・西の鉱山技術者ギルドから、防御装置強化のための特殊金属の提供。

・そして、吟遊詩人からもたらされた最も重要な情報。


「ギデオン・ダンロップの居場所……掴めましたか」


「ええ」吟遊詩人はリュートの共鳴板を開き、中から小さな地図を取り出した。「王都から北西に三十キロ、侯爵家の別荘地です。表向きは療養。実際は、賢者の塔統制派と密会を重ねている」


ミレーヌは地図をじっと見つめる。


「ここを……叩けば」


「ええ。もし彼の悪事の証拠を押さえられれば、調査委員会の形勢は一気にこちらに傾くでしょう。ですが……」


「ですが?」


「これは私個人の見解ですが」吟遊詩人は声を潜めた。「ギデオン・ダンロップは、今やダンロップ侯爵家にとって捨て駒です。彼の失脚は、侯爵家にとって痛手ではあるが、致命傷ではない」


「では、何が致命傷になるのですか?」


吟遊詩人は答えなかった。代わりに、リュートを抱えて立ち上がる。


「それに気づくのが、あなたの役目でしょう、オルターナ様」


彼はそう言って、にこやかに一礼し、夜明け前の闇の中へ消えていった。


領主館、夜明け


東の空が白み始める。ミレーヌは窓辺に立ち、新しい一日の訪れを見つめていた。手には、リナが完成させた新型装置の設計図。耳の奥には、夜通し聞こえていた「蔓」の声たち。


(孤立は……していなかった)


彼女はそう思った。


確かに街道は封鎖され、物資は不足している。だが、それでも声は届く。想いはつながる。そして、技術は受け継がれる。


「調査委員会まで、あと二日」

ミレーヌはつぶやく。

「やることは、まだたくさんある」


彼女は机に向かい、新しい設計図と情報地図を広げた。背後から、ガルムとゴドウィンがそれぞれの位置につく。エイランが温かい飲み物を運んでくる。


朝日が領主館の窓を黄金色に染める中、オルターナ領の新たな一日が始まった。


逆襲の狼煙は、静かに、しかし確実に上がった。

「蔓」ネットワーク、完全復活とはいきませんでしたが、地下茎のようにしぶとく生き残っていました。吟遊詩人という新しいキャラクターも登場し、情報戦もさらに複雑に。


リナの成長が印象的でしたね。父・カイルの遺志を継ぎ、自分自身の技術で装置を完成させる。悲しみを乗り越えた強さが感じられました。


次回『ギデオンの狂気 - 人質作戦』では、追い詰められたギデオンがさらに危険な手段に出ます。イザベラの運命も気になるところ……次回もお楽しみに!

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