第6話: 『魔導農法の萌芽 – 第二の変異と理論の完成』
最初は「不定期更新になります」と言っていたのですが……考えた結果、1日1話ペースで更新していくことにしました!
もちろん学校の行事や体調で多少前後することはあるかもしれませんが、できる限り毎日お届けしたいと思っています。
楽しみにしていただければ嬉しいです!
【予期せぬ問題 – 成長の限界】
オルターナ邸裏庭の成功は、領内にわずかなながらも確かな希望の波紋を広げ始めていた。エイランの小屋の庭にも菌糸がすき込まれ、テオの家の裏庭でも小さな実験が始まろうとしていた。
しかし、ミレーヌとゴドウィンは早くも新たな壁に直面していた。
「……成長が鈍化しましたな」ゴドウィンが laboratory のデータを指さして言った。浄化茸の菌糸の拡大速度が、一定のエリアを超えると明らかに低下していた。
「どうやら、菌糸が浄化できる魔性の『濃度』や『量』に、限界があるようです。単純に菌糸を増やせばいいというものではない……」
ミレーヌは顕微鏡を覗きながら、眉をひそめていた。
「それだけじゃない。菌糸そのものが、ある一定のサイズに達すると、内部で老廃物のようなものが蓄積し始めているように見える。これが自己中毒を起こし、成長を阻害している……?だが、この世界のキノコに、そんな機構が……」
彼女の頭の中では、現代生物学の知識が高速で回転する。キノコの成長限界、栄養源の枯渇、老廃物の蓄積――。しかし、どの理論も完全には一致しない。そこには、魔力的な要素という未知の変数が大きく関わっているのは明らかだった。
【第二の変異 – 魔導キノコの誕生】
突破口は、予想外の形で訪れた。ある朝、 laboratory の一角で培養していた浄化茸の一群に、明らかな異変が起きているのをミレーヌが発見した。
「ゴドウィン! 来てください! これは……!」
ゴドウィンが駆けつけると、そこには数本のキノコが、他の個体とは明らかに異なる様相で生育していた。その傘の部分に、微かな、しかし紛れもない蒼い輝きがともり、ごく微弱な、さざなみのような魔力の波動を放っていた。
「なん……ですこれは……!?」ゴドウィンも息を呑んだ。「キノコ自体が……魔力を発している……?」
ミレーヌは慎重にその変異体を採取し、顕微鏡下で観察する。そして、さらに驚くべき事実を発見する。
「信じられない……この変異体の菌糸……周囲の老廃物のような蓄積物を吸収し、それをエネルギー源として変換している……!しかも、その変換効率が異常に高い!」
ゴドウィンは目を見開いた。
「つまり……このキノコは、浄化過程で生じた『魔性的な老廃物』すらも浄化し、自身の成長の糧としている……?それだけでなく、余剰の魔力を……光として放出している……?」
二人は顔を見合わせた。彼らの頭の中で、別々の知識体系――生物学と魔術理論――が、一つの閃きのもとで激しく結びついた。
「……もしかすると」ミレーヌが声を震わせた。「これは浄化の限界を超えるどころか……浄化の副産物を、新たなエネルギーとして利用する段階へと進化したのではないか……!」
【魔導農法の理論的完成】
この発見は、全てを変えた。二人は書斎にこもり、この「第二の変異体」――ミレーヌが魔導キノコ(マナキャップ) と名付けた――の分析に没頭した。
ミレーヌは生物学の観点からデータを解析する。
「魔導キノコは、高濃度の魔性汚染区域でも旺盛に生育できる。むしろ、それを好む。そして、浄化過程で発生する魔力的な副産物を吸収し、利用可能な安定した魔力へと変換して放出する……」
ゴドウィンは魔術理論の観点から考察を加える。
「放出された魔力はごく微弱だが、極めて純度が高い。これは……土壌を活性化するには十分なエネルギーです。おそらく、この魔力を浴びた作物は、成長が促進され、通常とは異なる……より優れた性質を得る可能性さえあります」
「つまり……」ミレーヌが結論づけた。「魔導キノコは、浄化装置であると同時に、魔力供給装置でもある……! 魔性の土壌を浄化しながら、その過程で得られたエネルギーで、高品質な作物を栽培する……この二段構えのシステムこそが、この土地を再生する最終的な答えだ!」
彼女は興奮してデスクの上の紙に図を描き始めた。
「まず、魔導キノコを要所に配置し、汚染の核心から浄化を進める。キノコが魔力を放出する。その魔力を浴びて、浄化された土地で通常の作物……いや、魔力を帯びた高品質な作物を栽培する……!」
ゴドウィンは深く肯き、その図を見つめて呟いた。
「……魔術と農耕の融合……。『魔導農法』とでも呼ぶべきでしょうか。これは、かつてない発想です……」
【領民への示範 – 希望の具体化】
理論が固まると、彼らは再び行動に移った。裏庭の拡大実験区画の中心に、慎重に魔導キノコを移植した。
数日後――。その効果は、誰の目にも明らかだった。
魔導キノコを中心に、浄化の速度が格段に向上した。そして、その周囲で栽培を始めたハーブや豆類は、みるみるうちに成長し、その葉や茎にほのかな蒼い輝きを宿し始めたのである。
ミレーヌはエイランやテオ、そして興味を持ち始めた数名の領民を集め、この光景を見せた。
「見てください!この土地は確かに甦りつつあります! そして、これからは単なる浄化だけではありません。このキノコの力で、より美味しく、より栄養価の高い、誰も見たことのない作物が育てられるのです!」
エイラン老婆は、輝く豆の葉を触り、ため息をついた。
“……ふん……、まさか、わしが生きている間に、こんな光景を見る日が来ようとは……”その声には、もはや疑念はなく、静かな驚嘆と、わずかな誇りのようなものさえ宿っていた。
テオはキラキラした目で魔導キノコを見つめていた。
“お姉さん……これ、魔法みたいだね!”
【新たなる決意 – 借金返済への道】
夜、書斎でミレーヌはゴドウィンと最終的な計画を練り上げた。
「まずは、この魔導キノコを使って、可能な限り広い土地を浄化し、魔力で強化された高付加価値作物を栽培する。それを売り、最初の借金返済の資金とする」
「しかし、ミレーヌ様。ラントフ男爵の動向が気がかりです。彼らがこの成功を静観しているとは思えません」
「……ええ、わかっています。だからこそ、時間との勝負です。彼らが本格的に動き出す前に、確かな実績と、ある程度の資金力、そして何より領民の絶対的な支持を築き上げなければ」
ミレーヌは窓の外の暗い領地を見つめた。そこには、ほのかな蒼い光を放つ実験区画が、ぽつりと希望の灯のように輝いていた。
「これはもう、単なる生存競争じゃない。ゴドウィン」
彼女は振り返り、老執事を強く見つめた。
「魔導農法という新たな可能性を、この世界に示す戦いなんだ。私は、このオルターナの地で、それを成し遂げてみせる!」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回から ここはキノコ豆知識コーナーにしようと思います 。
今回のテーマは――
「キノコの本体は見えてる部分じゃない」
実は、みなさんが食べてるシイタケやマイタケの「傘と柄」の部分は、ただの繁殖器官なんです。
本体は地中に広がる 菌糸 と呼ばれる白い糸のような部分で、そこが栄養を吸い取って生きてます。
つまり、地面から生えてるキノコは「花」みたいなものなんですね。
次回も読んでくださると嬉しいです。




