第67話『ガルムの決断 - 前線の死闘』
前回はミレーヌが遺物の暴走を食い止め、イザベラの動きもちらりと見えました。さて、今回は地上戦の様子と、ガルムの活躍に焦点を当てていきます。では、戦場の空気を感じながら、どうぞ──
遺物の暴走が収束した後、オルターナ領の前線には奇妙な静寂が訪れていた。賢者の塔の魔術師たちは自らの干渉魔法が跳ね返された衝撃で一時的に無力化され、ギデオンの部隊も突然の内部混乱に戸惑っている。
「今だ!」
ガルムの怒号が森に響き渡る。三十名の護衛隊が、魔導農園の地形を巧みに利用して反撃に出た。彼らは蔓や灌木に身を隠し、敵の隙をついて矢を放つ。植物の防壁が再び活動を始め、敵兵の進路を阻む。
「左翼から騎兵十騎、突撃してくる!」
見張りの声に、ガルムが即座に対応する。
「蔓の罠区画に誘導しろ! あそこなら馬足を止められる」
指示通り、騎兵たちは意図的に蔓が密生する区画へと導かれる。鋼のような蔓が馬脚を絡め取り、騎兵たちは次々と落馬した。
「歩兵隊、前進! 落ちた奴らを拘束せよ!」
しかし、ギデオンはそう簡単にはいかなかった。彼は馬上で剣を振るい、部下に命令を飛ばす。
「魔術師隊、回復したか!? ならばこの植物の罠を焼き払え!」
賢者の塔の魔術師たちがようやく態勢を立て直し始める。今度は慎重に、範囲を限定した炎の魔法を放つ。蔓は燃え上がるが、周囲の植物への延焼は最小限に抑えられている。彼らは学習していた。
「くそ……手馴れてきたな」
ガルムが歯ぎしりする。
その時、突然、敵部隊の後方から悲鳴が上がる。
「なんだ!?」
「味方同士で斬り合っている!」
確かに、銀色の鎧をまとった数名の兵士が、周囲の仲間を急襲していた。その中心に立つ一人は──兜を脱ぎ捨て、金色の髪を乱れさせながら剣を振るうイザベラ・レインフォードだった。
「裏切り者め!」
ギデオンの怒声が戦場に響く。
「お前までが……!」
「もう、あなたの道具じゃない!」
イザベラの声は震えていたが、剣捌きは確かだった。彼女の周りには、同じようにダンロップ家の紋章を外した兵士たちが集まっている。十名ほどか。彼らはイザベラに従うレインフォード家の私兵たちだった。
「ガルム隊長!」
前線の兵士が叫ぶ。
「あの女性……味方ですか!?」
ガルムは一瞬逡巡する。イザベラは確かにミレーヌと密会していた。しかし、今ここで彼女を味方として受け入れるべきか? 罠の可能性も……
その判断を下す前に、状況が動いた。
イザベラたちの反乱に気を取られた敵部隊の隙を突き、別の動きが始まっていた。魔導農園の外周から、農具を手にした領民たちが姿を現したのだ。
志願兵団の参戦
先頭に立つのは老農夫のエズラだった。彼の手には、鍬を改造した奇妙な武器がある。柄の部分が長く伸ばされ、先端には魔導キノコの胞子を散布できる袋が取り付けられている。
「若いもんばかりに任せておれん!」
エズラの声には、年齢を感じさせない力強さがあった。
「この土地は、わしらが守る!」
彼の背後には、百名近い領民たちがいる。リナをはじめとする工房の見習いたち、薬草に詳しい老婆たち、そして子供たちでさえ、それぞれが持つ技術を武器に変えていた。
「これは……何だ?」
敵兵の一人が驚いて後退する。
彼らの「武器」は尋常ではなかった。
・鍬や鎌を改造した長柄武器
・魔導キノコの幻覚胞子を詰めた投擲袋
・浄化植物の棘で先端を覆った杖
・昆虫を誘引する匂いで敵を混乱させる香嚢
「戦い方……を知らん者たちか」
ギデオンが嘲笑する。
「農具で剣に勝てるとでも?」
しかし、エズラたちは剣で戦う気は毛頭なかった。
「投げろー!」
エズラの合図で、数十個の袋が敵部隊の上に放り投げられる。袋が破裂し、中から黄色い粉が舞い散る。
「咳……なにこの粉!?」
「目が……見えん!」
幻覚胞子だった。敵兵たちは混乱し、方向感覚を失う。その隙に、領民たちはさらなる「攻撃」を仕掛ける。
今度は奇妙な音を出す道具だ。特定の周波数の音で、地中に眠る昆虫を覚醒させる。無数の虫が這い出てきて、敵兵たちの鎧の隙間に入り込む。
「うわあ! 虫が!」
「気持ち悪い! これじゃ戦えん!」
ガルムはこの光景を見て、ある作戦を思いつく。
「全員、彼らに合わせて動け! 領民たちの『混乱攻撃』の後、我々がとどめを刺す!」
護衛隊と志願兵団の連携が始まった。領民たちが農具と工夫で敵を混乱させ、護衛隊がその隙に武装解除や拘束を行う。殺傷ではなく、無力化を目指す戦い方だ。
イザベラの苦闘
しかし、イザベラたちの状況は厳しかった。十名ほどの私兵で、数十倍の敵を相手にするのは限界があった。
「イザベラ様、後退しましょう!」
私兵の一人が叫ぶ。
「これ以上は……」
「ダメ! ここで止めなければ!」
イザベラの剣は、既に三人の敵を無力化していた。しかし彼女自身も、左腕に深い斬り傷を負っている。
その時、ギデオン自らが動いた。
彼は馬を駆り、イザベラめがけて一直線に突進する。剣には炎の魔法がまとわり、触れるもの全てを灰にする勢いだ。
「愚かな女……恥を知れ!」
イザベラはギデオンの突進をかわそうとするが、傷が邪魔をして動きが鈍い。かわしきれない──
「イザベラ!」
ガルムが間一髪で飛び込む。彼の剣がギデオンの剣を弾き、火花が散る。
「お前は……辺境の猟犬か」
ギデオンが苛立ちを露わにする。
「貴様ごときが私に刃向かうとはな」
「猟犬で結構だ」
ガルムが低く唸る。
「だが、この土地を守る猟犬なら、誇りだ」
二人の剣が激しくぶつかり合う。ガルムは実戦で培った荒々しい剣技、ギデオンは貴族として学んだ洗練された剣術。スタイルは違うが、どちらも一騎当千の腕前だ。
「面白い……だが、これでどうだ!」
ギデオンが左手を挙げる。何かの合図だ。すると、彼の背後から賢者の塔の魔術師が一人、呪文を唱え始める。
「卑怯者め!」
ガルムが叫ぶが、回避する間もない。
魔法が放たれる──しかし、それはガルムではなく、イザベラを標的にしていた。彼女の足元に魔法の縄が現れ、彼女の動きを封じる。
「まずはお前から始末する」
ギデオンが冷笑する。
「裏切り者の末路を見せてやろう」
「離せ!」
ガルムがギデオンに斬りかかるが、魔術師が障壁を張り、攻撃を阻む。
その時、別の方向から救いの手が伸びた。
「イザベラ様、こちらです!」
リナの声だった。彼女は数名の志願兵を連れ、魔導農園の蔓を巧みに操りながら近づいてくる。彼女の手には、工房で開発された蔓の操作装置がある。
「この蔓で魔法の縄を切断します!」
リナが装置を操作する。地面から新たな蔓が伸び、魔法の縄に絡みつく。蔓には微弱な魔力吸収能力があり、魔法の効果を徐々に弱めていく。
「小娘が……!」
ギデオンがリナに向き直ろうとするが、ガルムがそれを阻む。
「お前の相手は俺だ」
「うるさい!」
ギデオンの剣の勢いが増す。彼は本気を出し始めた。剣技に加え、魔法を織り交ぜた攻撃を繰り出す。炎の刃、氷の刺突、雷の衝撃──
ガルムは全てをかわし、防ぎきる。彼の鎧には既に幾つもの傷がついているが、彼は一歩も引かない。
「隊長! 援軍が!」
護衛隊の一人が叫ぶ。
西の森から、新たな部隊が現れた。しかしそれは敵の増援ではなかった。その先頭に立つのは──
「ミレーヌ様!?」
確かに、ミレーヌが二十名ほどの護衛を従え、前線に現れていた。彼女の顔色はまだ青白いが、目には確かな意志の光が宿っている。
「魔導農園の力で、直接戦場を支援します」
ミレーヌが地面に手をつく。彼女の触れた土地から、緑色の光の波紋が広がる。その光は負傷した味方の傷を癒し、疲労を回復させる。
「これは……治癒の力!?」
イザベラが驚く。魔法の縄が蔓によって切断され、彼女は自由の身になっていた。
「イザベラ様、よく来てくれました」
ミレーヌが微笑む。
「でも、今は戦いましょう。詳細は後で」
戦場の勢力図が再び動き出す。ミレーヌの参戦で、オルターナ側の士気が急上昇した。
しかし、ギデオンはまだ諦めていない。
「いいだろう……ならば、ここで全てを終わらせよう」
彼は剣を地面に突き刺し、何かを唱え始める。それは古代語でも、現代の魔法語でもない──
「あの詠唱は……!」制御室から通信で状況を監視していたゴドウィンの声が緊迫する。「禁呪だ! あの馬鹿者、そんなものを……!」
戦場全体が、不気味な静寂に包まれる。ギデオンの周囲の空気が歪み、地面が黒く変色し始める。
彼は、最後の切り札を繰り出そうとしていた。
うわあ、ギデオンが禁呪まで使い出すとは……! ガルムとイザベラの共闘も見ものでしたね。農具で戦う領民たちの発想力には脱帽です。
そういえば、鍬や鎌を改造するアイデア、実際の歴史でも農民一揆とかで見られますよね。生きるための道具が、いざという時には守るための武器にもなる。人間の工夫ってすごいなぁと改めて思います。
次回は『カイルの贖罪 - 工房の最終兵器』。カイルが密かに開発していた最終兵器がついに明らかに……! その代償とは? では、次回もお楽しみに!




