第67話『ガルムの決断 - 前線の死闘』
こんにちは! 前回はミレーヌがなんとか遺物の暴走を止めましたが、戦いはまだ続きますね……。今回はガルムの視点で前線の激戦をお届けします。
前線・魔導農園第二防衛ライン 午前八時十五分
冷たい朝霧が、戦場の硝煙と血の匂いを湿った空気の中に閉じ込めていた。ガルムは、魔導農園の植物が密集する森の縁に身を潜め、息を殺して敵の動きを観察していた。
「隊長、左翼から敵の斥候が近づいてきます」
若い護衛兵が、微かな足音を聞き分けて報告する。
「数は?」
「五、いや……六名。軽装備ですが、動きが速い。精鋭でしょう」
ガルムはゆっくりとうなずく。遺物の暴走が止まった後、ギデオンの部隊は一旦後退したように見えたが、それは単なる態勢の立て直しだった。今、彼らは魔導農園の防御システムをかいくぐるべく、小規模な精鋭部隊を散開させていた。
「あの植物の茂みを通り抜けようとしている」
別の兵士が指さす。確かに、鋼のように硬い蔓が絡み合った防壁の、わずかな隙間を狙って敵兵たちが移動している。
「魔導農園の防御は生きている」ガルムが低く言う。「人間が考えた固定された防御陣地とは違う。動き、変化する」
彼は手を挙げ、合図を送る。待ち伏せていた十名の護衛隊が、微かな動きだけで配置を変える。彼らはこの一週間、魔導農園の「生きている地形」で戦う訓練を積んできた。どこで植物が敵を捕捉するか、どの経路が安全か、ほぼ本能に近いレベルで理解している。
「では……『森の招待状』を送ろう」
ガルムが懐から小さな笛を取り出す。それは普通の笛ではなく、特定の周波数を出す魔導器具だ。彼が静かに吹くと、聞こえないほどの高音が森の中に響き渡る。
すると、驚くべきことが起こった。
敵兵たちが近づいていた植物の茂みが、わずかに動いた。蔓が静かに絡み合いを解き、一瞬だけ通路のようなものが開く。敵兵たちは躊躇なくその中へ入っていく。
「いい……あと少し……」
ガルムは指を折り数える。三、二、一──
突然、開いていた通路が再び閉じる。しかも今度は、二倍の速さで、二倍の密度で。敵兵たちは文字通り「生きた檻」に捕らえられた。
「動くな! 動けば動くほど締め付けが強くなる!」
敵の指揮官らしい男が叫ぶが、すでに遅い。蔓には微かな麻痺毒が含まれており、抵抗するほどに毒の回りが速くなる。
「第一陣、捕獲」
ガルムが報告を送る。武器を使わず、流血を出さずに敵を無力化する──これがミレーヌが望んだ戦い方だ。
しかし、戦いが常に計画通りに進むわけではない。
「隊長! 右翼から新たな敵部隊! 今度は……魔術師を伴っています!」
ガルムが振り返る。確かに、白いローブをまとった賢者の塔の魔術師一人を中心に、二十名ほどの部隊が別ルートから接近していた。魔術師の杖の先には、植物を枯らす魔法の光が渦巻いている。
「くそ……奴らは学習したな」
ガルムは歯ぎしりする。
「植物防御の弱点を突いてくる」
「どうしますか?」
「分かれろ。お前たちは捕らえた敵の確保を続けろ。私はあの魔術師を止める」
「隊長、一人では……」
「一人の方が動きやすい」
ガルムは森の影に消えた。彼の動きは、長年の戦士としての経験と、この一ヶ月で培った地形への理解が融合したものだった。足音を立てず、枝に触れず、時には魔導農園の植物そのものが彼の通過を手助けするように動いた。
(ミレーヌ様が言っていた……土地が味方になるってことか)
彼はそう思いながら、魔術師の背後へと回り込む。
魔術師はまだ若い、三十歳前後の男だった。しかしその目には、研ぎ澄まされた知性と、それ以上の傲慢さが光っている。
「くだらない自然魔術め」
魔術師が呟きながら杖を振るう。緑色の光が放たれ、前方の植物の壁がみるみる枯れていく。
「所詮は生物だ。特定の周波数の魔法で細胞を破壊すればいい」
ガルムは息を殺し、距離を詰める。十メートル……五メートル……
その時、魔術師が突然振り返った。
「おや、小鳥が一羽、後ろにいるようだな」
(察知された!?)
魔術師の杖が素早くガルムの方向を指す。しかしガルムはそれより速かった。彼は地面に身を伏せ、転がるようにして魔術師の死角へ移動する。
「逃がすと思うか!」
魔法の弾が地面を爆発させる。土煙が舞い上がるが、ガルムは既に別の位置にいた。彼は魔導農園の植物の根元に隠れ、次の機会を伺う。
(直接攻撃は無理だ。なら……)
ガルムは小さな袋を取り出す。中には、魔導農園で培養された特殊なキノコの胞子が入っている。これは幻覚性ではなく、魔力に反応して急成長する種類だ。
彼は袋を開け、風上へと胞子を撒く。
「何だ? この粉は……?」
魔術師が顔をしかける。
胞子は空中で魔力を感知し、急激に発芽する。無数の微小なキノコが魔術師の周囲の空中に生え始め、彼の魔法の詠唱を阻害する。
「な、なにこれ!? 咳……!」
魔術師が咳き込み、詠唱が中断される。その隙に、ガルムが飛び出した。
しかし、護衛兵たちが動く。
「魔術師様を守れ!」
五人の兵士が盾を構えて前に立つ。ガルムは剣を抜き、彼らと対峙する。
「一人で五人か……悪くない」
ガルムの剣技は、華やかさはないが実戦的だ。一撃一撃が最小限の動きで最大の効果を狙う。彼は盾の隙間を突き、足元を払い、集団戦の中での個人の動きを封じる。
一人、また一人と敵兵が倒れていく。しかしガルムにも傷が増える。左腕に矢傷、右足に斬り傷……
「隊長! 援軍に行きます!」
遠くから護衛隊の声が聞こえるが、ガルムは叫ぶ。
「動くな! お前たちの任務は捕虜の確保だ!」
彼は息を整え、残る三人の兵士を見据える。その時──
「面白い戦い方だ」
声が頭上から聞こえる。ガルムが抬頭すると、木の枝に一人の男が座っていた。黒い革鎧に、無造作に結んだ長い髪。年齢はガルムと同世代ほどか。
「お前は?」
「名前はシグムンド。ダンロップ侯爵家の……まあ、雇われ兵だな」
男は軽々と木から降り立つ。
「植物を使った戦術、珍しい。見ていて飽きなかった」
ガルムは警戒を最大限に高める。この男は今までとは違う。殺気はあるが、狂気はない。職業軍人だ。
「一対一でやろう」
シグムンドが剣を抜く。それは実用一辺倒の、鍛え上げられた直剣だ。
「あの魔術師はもう役に立たん。お前のキノコで魔力回路がやられた」
確かに、魔術師は倒れ、苦しそうに呼吸している。
「なぜ一対一を?」
「戦士の礼儀さ」
シグムンドが微笑む。
「それに……この戦い、どうも腑に落ちんのだ。あのギデオン様の言うことと、実際に見ているものが違う」
二人の間が静寂に包まれる。風がそよぎ、枯れかけた植物の葉がかすかに音を立てる。
「では……」
ガルムが構える。シグムンドも同じく。
次の瞬間、二人は激突した。
剣と剣が火花を散らす。ガルムの実戦剣術と、シグムンドの正統派剣技。一見するとシグムンドが優位に見えるが、ガルムは地形を活かし、時には植物の茂みに身を隠し、奇襲を仕掛ける。
「ほう……面白い!」
シグムンドが笑う。
「だが、それだけか?」
彼の剣の速さが突然増す。今まで温存していた実力を見せ始めたのだ。
ガルムは次第に押され始める。傷が痛み、体力の限界が近い。
(ここか……)
彼は決断する。最後の切り札──ミレーヌから渡された「緊急用の種」を使う時だ。
ガルムは戦闘の流れの中で、こっそりと懐から種を取り出し、地面に落とす。シグムンドはそれに気づかない。
「終わりだ!」
シグムンドの必殺の突きが放たれる。ガルムはかろうじてそれをかわすが、代償に左肩に深い傷を負う。
その瞬間、地面が揺れた。
種が発芽し、信じられない速さで成長する。それは蔓植物だったが、普通のものとは違う。触れると強力な鎮静効果のある花粉を放出するのだ。
「なにっ!?」
シグムンドが後退するが、すでに花粉を吸い込んでいる。彼の動きが鈍くなる。
「これが……オルターナ領の……力か……」
シグムンドは膝をつき、剣を地面に突き刺して体を支える。
「……敗れた」
ガルムもまた、深手を負って倒れ込む。護衛隊が駆け寄ってくる。
「隊長!」
「大丈夫か!?」
「ああ……まだ死にはせん」
ガルムは痛みに顔を歪めながら言う。
「奴を……捕虜にしろ。尋問する価値が……ある」
「はい!」
護衛隊がシグムンドを拘束する。魔術師もまた無力化され、捕らえられた。
ガルムは仰向けに倒れ、空を見上げる。灰色の冬空の向こうに、かすかに青空が見え始めている。
(ミレーヌ様……これで……少しは……)
彼の意識が遠のいていく。最後に聞こえたのは、遠くから響く轟音と──
「隊長! 新たな敵部隊が! 今度は……攻城兵器を伴った本隊です!」
戦いは、まだまだ終わらない。
うわあ、ガルムさん、頑張りました……! シグムンドという新キャラも出てきて、戦い方が本格的でかっこよかったです。こういう「戦士同士の礼儀」みたいなの、いいですよね。
個人的には、魔導農園の植物と協力して戦うガルムさんの様子が、「土地と共に戦う」感じでとても好きです。人間だけでなく、環境も味方につけるっていう発想が新鮮。
さて、次回は『カイルの贖罪 - 工房の最終兵器』。ついにカイルさんの秘密兵器が登場します……! どんなものなのか、私も楽しみです。では、次回もお楽しみに!




