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没落令嬢は農業で成り上がる!〜転生教師の魔導農園改革〜  作者: 星川蓮
第1幕:『孤島の観察者』

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第4話: 『書斎の融合 – 生物学と魔術の接点』

初めまして。作者の星川蓮です。

この作品は「生物教師が異世界に転生し、没落令嬢として農業改革に挑む」物語です。

戦闘よりも農業・経営・領地運営がメインですが、ときどきバトルや政治劇も入ります。

難しいことは抜きに、知識と工夫で逆境を切り開く姿を楽しんでいただければ嬉しいです。

感想やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!

【書斎での共同作業】


オルターナ邸の書斎は、もはや寂れた貴族のそれではなく、一個の前線基地のような活気を帯び始めていた。広いデスクの上には、領内の詳細な地図、ミレーヌがしたためた緻密なキノコのスケッチと観察記録、そして各種の土壌サンプルが所狭しと並べられていた。


ミレーヌはデスクに向かい、顕微鏡(ようやく邸内で功能するものが見つかった)を覗きながら、ぶつぶつと呟いていた。

「……菌糸の成長速度は予想以上だ。やはり魔性の土壌中の特定の成分……おそらくは魔力的な残留物を、何らかの形で栄養源としている……」


彼女の隣で、ゴドウィンは分厚く埃をかぶった古文書――『地脈と魔性の生態誌』といった難解な書物――を解読していた。その眼差しは、単なる執事というよりは、学者そのものだった。


「お嬢様」ゴドウィンが静かに口を開いた。「この古文書には、『古の魔力は地を這い、その流れに触れた動植物は変異を遂げる』とあります。また、『その変異は必ずしして悪しきものではなく、時には環境との新たな調和をもたらす』とも……」


ミレーヌは顔を上げ、興味深そうにゴドウィンを見た。

「調和……?つまり、このキノコの変異は、単なる『汚染』に対する『耐性』ではなく、この新しい環境への『適応』だと言えるのか?」


「可能性はありますな」ゴドウィンは肯き、指で文章をなぞった。「魔力的な汚染も、ある視点で見れば、生態系にとっての『強い刺激』『環境変化』です。それに対し、生物は時に驚くべき方法で適応し、新たな生態的地位を獲得する……」


「……ニッチの獲得か!」

ミレーヌの目が輝いた。生物学用語が飛び出し、ゴドウィンが少し驚いた顔をする。

「つまり、このキノコは、他の生物が生きられないこの過酷な環境で、逆に独自の生態系を築いている可能性があるんだ!汚染物質を分解し、無害化し、それを自身の成長のエネルギーとしている……!」


二人の間で、沈黙が流れた。それは、失望の沈黙ではなく、大きな発見の可能性に触れた驚きの沈黙だった。


「ゴドウィン」ミレーヌの声は興奮を含んで少し震えていた。「あなたの魔法の知識と、私の生物学の知識……この二つが合わされば、この汚染を浄化する理論……いや、浄化ではなく、この新たな生態系そのものを利用する方法が見いだせるかもしれない!」


老執事の口元に、わずかではあるが、確かに微笑のようなものが浮かんだ。

「お安い御用で。かつて、とある……場所で、似たような研究に携わった者です。お嬢様の観察眼と理論構築力には、ただただ感服するばかりです」


【实验室の設立と実験の開始】


彼らは行動を起こした。書斎に隣接する空き部屋を臨時实验室とすることにした。そこへ、邸内で調達できる限りの資材――ガラス瓶、陶器の壺、さまざまな土壌、そして何より、ミレーヌが培養した浄化茸の菌糸――を運び込んだ。


ミレーヌは、生物学の実験手順に則り、几帳面に実験区画を設定する。

「こちらは、普通の土壌を対照区に。こちらは、魔性の土壌そのまま。そしてこちらは、魔性の土壌に菌糸を添加した実験区。成長の度合い、土壌の色や成分の変化を逐一記録していく必要がある」


ゴドウィンは、彼女の指示を受け、驚くほど器用に、そして正確に作業をこなしていく。まるで、実験助手の経験があるかのようだ。彼は時折、指先でわずかに魔力の波動を感じ取るような仕草をし、呟く。

「……ふむ。菌糸の周囲では、魔力的な歪みが……少しだけ和らいでいるように感じられますな。微細な、しかし確かな『浄化』の波動が……」


「魔力まで感知できるんですか?」ミレーヌは驚いた。

「ええ、多少のことは。かつての……なれの果てですな」ゴドウィンは少し自嘲気味に笑ったが、すぐに真剣な表情に戻る。「お嬢様の言う通り、このキノコは、魔力そのものを『消化』しているのかもしれません」


【裏庭での実証実験 – 小さな成功】


数日後、实验室でのデータがある程度まとまってきた。菌糸を添加した区画では、明らかに土壌の黒ずみが減り、通常の土に近づきつつあった。決定的な証拠が必要だった。


「实验室の中だけでは、説得力に欠ける」ミレーヌは言った。「外の環境で、実証してみせなければ。あの老婆……エイランさんにも、テオくんにも」


彼女はゴドウィンと共に、邸の裏庭の一角を選んだ。そこは他の場所同様、荒れ果て、魔性に侵されていた。彼女はスコップで慎重に区画を区切り、实验室で培養した菌糸を豊富に含んだ培養土をすき込んでいった。それは、希望の種をまく儀式のようでもあった。


それから一週間。ミレーヌは毎日、決まった時間にその区画を観察し、記録を取った。天候や温度の変化も細かく記録する。ゴドウィンもまた、魔力の観点から変化を感知しようと試みた。


そして、ついにその日は訪れた。


「ゴドウィン! 来てください!」


早朝、ミレーヌの少し興奮した声が裏庭に響いた。ゴドウィンが駆けつけると、彼女は実験区画の前にしゃがみ込み、目を輝かせている。


彼女の指さす先で、驚くべき光景が広がっていた。

実験区画の土壌は、周囲の不気味な紫黒色から、豊かな黒土へと明らかに色を変え始めていた。そして、その中心では、彼女が浄化茸と名付けたキノコが、数本ではあるが、力強く、そしてごく普通のキノコのように生育しているではないか。


しかし、さらに驚くべきは、そのキノコの傍らだった。

ほんの数センチ、ではあるが、普通の、何の変哲もない緑の草が、ひょろりと、しかし確かに芽を出しているのである。


「見てください……! キノコだけじゃない……! 他の植物も……! 育つ可能性が……!」ミレーヌの声は感極まって詰まった。


ゴドウィンは無言でしゃがみ込み、その草の芽と、色あせた土壌を交互に見つめた。彼はゆっくりと手を差し出し、土に触れる。そして、目を閉じた。

「……信じられない。この土地の……長年、澱のように溜まっていた魔力的な重だるさが……確かに、軽減されています。このキノコは、魔力を『浄化』している……!」


彼はゆっくりと立ち上がり、ミレーヌを見つめた。老執事の厳格な顔に、深い感動と、ある決意のようなものが浮かんでいる。

「お嬢様……いや、ミレーヌ様。貴女は、ただの希望ではなく、理論に裏打ちされた確かな光を、この地にもたらしました」


ミレーヌは、ゴドウィンが初めて自分を「ミレーヌ様」と呼んだことに、そしてその眼差しに込められた深い敬意に、はっと息を呑んだ。


彼女は自分の手のひらを見つめる。かつては試験管とペンしか握ったことのなかった、細くて白いその手が、今、絶望の大地に、ほんの小さなではあるが、紛れもない生命の緑をもたらした。


(……できる)

(私の知識が、この世界で意味を持つ)

(そして、彼ら――ゴドウィンや、テオくんや、エイランさんや、この領地を去らざるを得なかった全ての人々を、救う道筋が見え始めた)


涙が、一粒、彼女の頬をつたった。それは、悲しみの涙ではなく、研究者としての純粋な喜びと、領主としての責任感が入り混じった複雑な涙だった。



更新は不定期になるかと思いますが、最後までしっかり描いていきたいと思っています。

気長にお付き合いいただけると嬉しいです!

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