第45話『魔導の王都アヴァロン - 驚愕と邂逅』
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今回は、物語の舞台がついに王都アヴァロンへと移ります。
華やかな表の顔と、権謀が渦巻く裏の顔──その入り口となる章です。では本編をどうぞ。
車輪のきしむ音が、舗石の路面を規則正しく打つ。ミレーヌは馬車の窓から差し込む光に目を細め、外の喧噪に耳を澄ませた。
「これが…王都アヴァロン……」
彼女の呟きには、ため息にも驚愕にも分類できない、複雑な響きが込められていた。
辺境の地オルターナ領とは、あまりにも隔たりすぎた光景がそこには広がっている。馬車は巨大な城門をくぐり抜け、魔導文明が生み出した驚異の中へと滑り込んでいった。道の両脇には、魔力を帯びた青白い光を放つ街灯が等間隔に立ち並び、夜でさえも街を明るく照らし出すのだろう。ところどころに設置された複雑な紋章からは、微かな気配が漂い、それはおそらく防衛や何らかの制御のための魔導器に違いない。
人々の服装も、辺境で見慣れた実用的で地味なものとは一線を画していた。特に貴族とおぼしき人々は、繊細な刺繍が施された豪華な衣服をまとい、中には微かに光る宝石や魔導器をあしらった装飾品を身に着けている者もいる。馬車も、馬ではなく、不可思議な輝く結晶を動力とした、音もなく滑るように走る車両が何台も行き交っていた。
「辺境との差があまりにも大きすぎる……」
ミレーヌは思わず呟く。オルターナ家が没落する以前、彼女が幼い頃にこの街を訪れた記憶はある。しかし、当時はただ広くて賑やかな場所という程度の認識でしかなかった。今、一領主としてこの光景を見ると、その格差は単なる「豊かさ」の差ではなく、「根本から違う世界」であるように感じられた。
「これが、王国の中心であり、ダンロップ侯爵が縄張りとする場所か……」
ガルムが低く唸るように言った。彼の手は、常に腰の剣の柄に触れている。この華やかさの裏に潜む危険を、戦士の本能が感じ取っているのだ。
ルフィンが手配した宿は、主要な貴族街からは少し離れた、商人や下級貴族が多く利用する質素だが清潔なものだった。それは、目立ちすぎないための配慮である。
宿の一室に荷物を運び込み、ほっと一息ついた頃、ドアをノックする音がした。ガルムが警戒してドア前に立ち、確認してから開けると、ルフィンと、そして彼の背後に、ずんぐりとした中年の男と、痩身で眼光の鋭い初老の男が立っていた。
「ご無事で何よりです、ミレーヌ様」ルフィンが微笑みかける。「早速ですが、お二人をご紹介します。こちらのお方は……」
「私は、バートラムと申します」
ずんぐりとした男が、少し早口で言った。その目には、どこか懐かしそうな輝きが浮かんでいる。
「かつて、お父様である前オルターナ伯爵様に、王都での会計業務で仕えておりました。ご無沙汰しております……お嬢様、いえ、ミレーヌ様が、ここまで立派に成長なさったとは」
ミレーヌははっとした。父の時代の家臣……。彼女の記憶の中には、確かにそんな人物がぼんやりと存在していた。
「バートラム……様? あなたが?」
「はい。ご家族のご不幸の後、私は表向きは商会に職を変えましたが……密かにオルターナ家に関わる記録や、当時の取引の資料を保管してまいりました。ダンロップ侯爵の手が及ばぬように」
バートラムの言葉に、ミレーヌの胸が熱くなった。この王都にも、静かに灯をともし続けてくれた者がいたのだ。
そして、ルフィンはもう一人の初老の男を紹介した。
「そして、こちらはクロード・ヴェルモンド子爵です。反侯爵派の貴族のお一人で、我々の理解者です」
クロード子爵は優雅に一礼し、鋭い視線をミレーヌに向けた。
「オルターナ当主、ご苦労なことです。王都の情勢は、辺境の方が遥かに健全かもしれませんよ。ここは、表面上は蜜のように甘い言葉が飛び交い、その裏では poison(毒)が日常茶飯事の場所です」
子爵はゆっくりと窓辺に歩み寄り、カーテンの隙間から街を見下ろした。
「ダンロップ侯爵の影響力は、陛下の耳元にまで及んでいます。彼は単なる大貴族ではありません。王国内の主要な魔導産業の多くに資本を投下し、多くの貴族に融資という名の鎖で繋がれている。表立って反対する者には、経済的、社会的な圧力が容赦なく降りかかる。かつてのオルターナ家のように……」
ミレーヌは息を呑んだ。父の悲劇が、単なる個人的な確執ではなく、より巨大で陰湿な権力構造の犠牲であったことを、改めて思い知らされる。
「では、我々がこの街でできることは……」
「“証拠”です、ミレーヌ様」バートラムが熱を込めて言う。「侯爵派の不正を証明する確固たる証拠がなければ、彼らを動かすことはできません。私は、当時の帳簿の写しなど、いくつかの材料を保管しています」
「そして、“場”です」クロード子爵が続ける。「侯爵派に反感を持ちながらも、声を上げられずにいる者は少なくありません。貴女がオルターナの正統な後継者として、ここアヴァロンに現れた意味は大きい。我々は、貴女を“旗印”として、結束することができる」
ミレーヌは二人の言葉を噛みしめる。辺境では、敵はラントフ男爵のような分かりやすい武力だった。しかし、ここ王都の敵は、目に見えず、手ごわく、領地全体を締め上げるような巨大な“影”そのものだった。
「わかりました」ミレーヌは静かに、しかし強く言った。「私は、この“影”と戦うために来ました。父の無念を晴らし、オルターナ領の未来を切り開くために。どうか、お力添えを」
彼女はバートラムとクロード子爵に深く頭を下げた。
辺境の領主は、ついに巨大な敵の本拠地へと足を踏み入れ、静かなる同志たちと手を結んだ。戦場は武力から、情報と権謀術数の世界へと移り変わる。ミレーヌは、この甘美で危険な都の空気を深く吸い込み、覚悟を新たにした。この場所が、新たな戦いの舞台なのである。
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