第44話: 『決断 - 敵地への旅立ち』
第44話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、物語の大きな転換点となる「王都行きの決断」を描きました。ミレーヌたちの覚悟が試される話です。では本編をどうぞ。
ミレーヌの王都行きの決断は、オルターナ領に新たな波紋を広げた。最も激しく反対したのは、老兵ガルムだった。
「何を言い出すか! 王都だと言うのに! あの……ゴドウィン様をあのような姿にした連中の、真っただ中へ……!」
書斎で行われた「防衛協議会」で、ガルムは拳をデスクに叩きつけて立ち上がった。マルクを失った悲しみと、ミレーヌへの心配が彼を激昂させている。
「この俺が……この身を挺してでも止める!」
「ガルム、落ち着け」ゴドウィンが静かに、しかし力強く諭す。彼は病室から無理を承知で出席し、毛布に包われて椅けつに座っている。
「ミレーヌ様の……決断は……正しい……。我々が……ここで……じっとしていても……侯爵の……魔の手は……必ず……再び……迫る……」
「だが……!」
「ガルムさん」ミレーヌはガルムの怒りと悲しみに満ちた瞳をまっすぐに見つめた。「私だって……怖いです。王都なんて、未知の世界です。でも……」
彼女の声は震えていたが、確かに響いた。
「ここで、目を背けていたら……マルクさんや、他の犠牲になった方々の……思いまでも……無駄にしてしまう気がするんです。ゴドウィンが払った代償も……」
ミレーヌの目に涙が光る。
「私は……もう、ただ守られるだけの存在ではいられない。自らの手で、未来を切り開く……それが、領主としての責任だと思うから」
リナは黙ってうなだれていたが、ゆっくりと顔を上げた。
「……ミレーヌ様が行かれるなら……私は、ここで待っています」
彼女の目も潤んでいる。
「あなたが戻って来られる場所を……この領地が、しっかりとした基盤でいることを……私たちが守ります。だから……どうか……必ず戻って来てください」
エイラン老婆は、むっつりと腕を組み、ミレーヌをじっと見つめていた。
“……ふん……。ならば、わしも一言言わせてもらおう”
老婆の声は低く響いた。
“王都へ行くなら……オルターナの誇りを忘れるな。てめえは、ただの辺境の領主じゃない。数多の犠牲の上に立つ、戦いの領主だ。そのことを、肝に銘じて行け”
「はい……」ミレーヌは深くうなずいた。
ガルムは、しばし沈黙した後、深いため息をついた。
“……わかった……。俺の負けだ……”
彼はミレーヌを見つめ、その目には依然として不安の色が濃いが、どこか諦めにも似た覚悟が宿っていた。
“だが……ミレーヌ様が行かれるなら……この俺も……お供する……!マルクの分まで……ゴドウィン様の分まで……俺がこの命で貴女を守ってみせる……!”
“ガルムさん……”
“父さん……”リナも複雑な表情でうなずいた。
こうして、王都行きのメンバーが固まった。ミレーヌ、ガルム、そして屈強な防衛班員二名。ルフィンが手配した護衛と合流し、小さな隊列を組んで向かうことになる。
出発の前日、ミレーヌは一人で Laboratory を訪れた。ゴドウィンはベッドで起き上がり、何か書物を読んでいた。
「ゴドウィン、明日、出発します」
“……はい……”
ゴドウィンは本を置き、ミレーヌをじっと見つめた。彼の目には、かつての鋭さはないが、深い慈愛と心配の色が満ちている。
“王都では……観察を……忘れずに……。貴族たちの……言葉の……端々に……罠が……仕掛けられています……”
“ええ、気をつけます”
“……そして……これを……”
ゴドウィンは枕元から、小さな銀のペンダントを取り出した。それは、複雑に絡み合う植物の模様が彫られた、ごく質素なものだ。
“これは……護符です……。私の……残りの……わずかな……魔力を……込めました……。危険を……感知すると……微かに……温かく……なります……”
“ゴドウィン……!そんな……あなたの体に負担を……”
“構いません……。これが……私に……できる……最後の……魔術……かもしれません……から……”
ゴドウィンはミレーヌの手を握り、ペンダントを押し付けた。
“どうか……無事に……帰って……来て……ください……”
ミレーヌは、その冷たい指の感触と、込められた想いに、言葉を失った。彼女はペンダントをしっかりと握りしめ、うなずくことしかできなかった。
いよいよ出発の朝。領地の入り口には、多くの領民たちが見送りに集まっていた。彼らの表情は、不安と期待が入り混じっている。
「ミレーヌ様、気をつけて……!」
「必ず戻って来てくださいね!」
「ガルムさん、ミレーヌ様をよろしくお願いします!」
ミレーヌは馬車の踏み台に立ち、集まった領民たちを見渡した。
“皆さん……!行って参ります!”
彼女の声は、朝もやの中に力強く響いた。
“私は、オルターナ領の領主として、この地の未来を確かなものにするために王都へ向かいます!どうか……私の不在中……お互いを支え合い、この領地を守り続けてください! 必ず……戻ってきます……!”
“行ってらっしゃい!!!”
領民たちの声が一つになって響き渡る。その中には、リナやエイラン、そして無理をして起き出してきたゴドウィンの姿もあった。
ミレーヌは馬車に乗り込んだ。ガルムたち護衛も馬にまたがり、ルフィン先導の隊列が動き出した。
振り返れば、領地の入り口で、いつまでも手を振り続ける領民たちの姿が、遠くにかすんでいく。ミレーヌは、ゴドウィンから預かったペンダントを胸に握りしめた。
(行ってきます……。そして……必ず戻ってみせます……。この絆を……この希望を……守るために……)
馬車は、未知なる戦場である王都アヴァロンへと、ゆっくりと確実に進み始めた。オルターナ領の命運を分ける、新たなる戦いの幕開けであった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
更新が遅れてしまいましたが、体調がようやく少し落ち着いてきたので、なんとか今回の話を投稿できました。
皆さんはインフルエンザなど大丈夫でしょうか?
季節柄、体調を崩しやすい時期なので、どうか無理せずお過ごしください。
次回もゆっくりペースになるかもしれませんが、引き続き応援していただけたら嬉しいです。ありがとうございました。




