第42話: 『戦後の傷痕 - 癒えぬ痛みと再生への歩み』
ここまで物語を追いかけてくださって、ありがとうございます。
今回は「戦いの後」に焦点を当てた回になります。
派手な戦闘はひとまず終わりましたが、残された痛みや、それでも前に進もうとする人々の思い――そういった“影”を描く静かな章です。
ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
ラントフ男爵軍の撤退から数日が経った。オルターナ領には、勝利の安堵よりも、深い疲労と喪失感が重くのしかかっていた。
朝もやが立ち込める共有地には、投石器によってえぐられた無残な穴が空き、折れた槍や鎧の破片が散乱していた。かつて蒼く輝いていた魔導キノコの群落の一部は、砲撃の衝撃で黒く焼け焦げ、異様に巨大化したまま枯れかかっている。あの生命力に満ちていた光景は、まるで悪夢のようだった。
最も辛い作業が、犠牲者の埋葬だった。防衛班の若者を含む十数名の遺体が、白布に包まれて並べられる。その中には、ミレーヌとゴドウィンを救うために戦ったマルクの姿もあった。ガルムは、我が子の亡骸の前で、ただ無言で立ち尽くしている。老兵の背中は、一夜でさらに屈んで見えた。彼は泣かない。しかし、その沈黙は、どんな号泣よりも深い悲しみを物語っていた。
リナを中心とした女性たちは、負傷者の手当てに追われていた。包帯を巻き、ハーブティーを飲ませ、恐怖に震える子どもたちを抱きしめる。彼女たちの目には、疲労の色が濃く、時折、こぼれ落ちる涙を無言でぬぐう。
「ミレーヌ様……」
ミレーヌが傷の手当てをしていると、一人の老婆が近づいてきた。彼女の息子が戦死したのだ。
「あの子……誇りに思っています……領地のために戦ったんですもの……」
老婆は涙を浮かべながらも、しっかりとミレーヌの手を握った。
「でも……どうか……お体をお大事に……。あなた様が倒れたら……私たち……本当に……」
その言葉に、ミレーヌは胸が張り裂けそうになった。彼女たちは、自身の喪失の悲しみの中にあって、まだ彼女を気遣ってくれる。
「……ありがとうございます」ミレーヌは涙声でそう答えるしかなかった。
そして、最も気がかりはゴドウィンだった。病室に寝かされた彼は、時折意識を取り戻すものの、そのたびに激しい疲労と魔力の枯渇による苦痛に顔を歪める。かつては張りのあった銀髪(今は雪のように白い)はパサつき、顔には深い影が落ちている。彼が指先でわずかな魔力の灯りを起こそうとすると、それはかすかに揺らめき、すぐに消えてしまう。
「……ふ……情けない……姿を……」
「そんなこと言わないで」ミレーヌは彼の手を握り、温かいスープを一口一口、ゆっくりと飲ませた。「あなたが生きていてくれる……それだけで十分です」
「……ミレーヌ様……。私は……もう……以前のような……魔術は……使えません……」
ゴドウィンの声には、無念さがにじんでいる。
「……ですが……知識と経験は……まだ……残っています……。これからは……それで……お役に……立ちたい……」
「ええ……。あなたの知恵が、何よりも必要なのです」ミレーヌは強くうなずいた。「あなたは……戦うことをやめたわけじゃない。戦い方を変えただけです」
その言葉に、ゴドウィンの目に、かすかながらも温かな光が戻った。
ミレーヌ自身も、内側に深い傷を負っていた。目の前でゴドウィンが倒れ、マルクを失い、領民の悲しみを見つめなければならない無力感。「守る」ということが、時に「失う」ことと表裏一体であることを、身をもって知った。
彼女は夜、一人で書斎に立ち、父の肖像画を見つめた。
「父さん……あなたも……こんな気持ちだったのですか……?領民を守ろうとすればするほど、その重みに押しつぶされそうになって……」
肖像画の中の父は、優しく、しかし悲しげな微笑みを浮かべているように見えた。
しかし、ミレーヌはそこで立ち止まらなかった。次の朝、彼女は自ら鍬を手に取り、共有地の修復作業に加わった。泥だらけになりながら、石を除け、新しい土を盛る。その姿を見て、領民たちも少しずつ動き始めた。
「ミレーヌ様までそんな……!」
「俺たちもやらねえと、な!」
ガルムも、悲しみをぐっと胸の奥に押し込み、足を引きずりながらも指揮を執った。
“よっしゃ、まずはこの穴を埋めるぞ!使えるものは再利用だ!”
再生への歩みは、ゆっくりと、しかし確かに始まっていた。傷痕は深い。癒えるには長い時間がかかるだろう。しかし、彼らは止まらない。失ったものへの追悼は、決して後戻りではなく、前を向く力に変えていく——オルターナ領は、戦火をくぐり抜け、さらに強固な結束で結ばれようとしていた。
読んでくださり、ありがとうございました!
今回は、勝利の裏側にある現実や、オルターナ領の人々が抱える喪失を中心に描きました。
戦いの余韻って、派手な場面よりもむしろ心に残るんですよね……。
それでも、登場人物たちは立ち止まりません。
壊れた土地も、心も、少しずつ前へ。
彼らが新しい日々を作り直していく姿を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
次回も、物語はまた少し動きます。
ゆっくりでも、しっかり進んでいくオルターナ領をどうぞお楽しみに!




