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没落令嬢は農業で成り上がる!〜転生教師の魔導農園改革〜  作者: 星川蓮
第5幕:『古代遺物の発見 - 根源への挑戦と裏切り』

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第39話: 『決戦前夜 - 覚悟と策謀』

戦は避けられなかった。

しかし、剣を取る理由は、ただ勝つためではない。

守りたいものがあるからこそ、人は立ち上がる。


――オルターナ領、決戦前夜。


ラントフ男爵軍の軍勢が領地の境界線に布陣を終え、重苦しい戦雲がオルターナ領を覆った。敵は、日没を待っての総攻撃を伝えてきた。最早、時間は限られている。


避難を終えた領民たちは、邸宅の広間や地下室に身を寄せ合っていた。子どもたちは恐怖で泣きじゃくり、母親たちは必死でなだめ、男たちは無言で武器を握りしめていた。異様な静寂が、領地を支配する。


その中で、ミレーヌは「防衛協議会」の面々と最後の作戦会議を開いていた。メンバーは、ミレーヌ、ゴドウィン、ガルム、リナ、エイラン。皆、疲労と緊張の色を濃く浮かべている。


「敵の数は百を優に超える」ガルムが机の上の略図を指す。老兵の声には、もはや迷いはない。「正面からの戦力では、勝ち目はない。故に……時間稼ぎと、奇襲が命綱だ」


「魔導キノコを用いた地雷と罠は、第一波の歩兵を十分に混乱させられるだろう」ゴドウィンが淡々と補足する。「問題は、その後だ。騎兵の突撃と、投石器をどうするか」


「投石器……」ミレーヌは唇を噛んだ。「あれが動き出せば、邸宅も Laboratory も……」

「ふん……だがな、奴らが投石器を使えるほど近づけるかどうか……」ガルムがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。「わしらが仕掛けたからくりが、それを許さん」


「食料と水は、一週間分は確保しました」リナが報告する。彼女の目は泣き腫らしているが、意志はしっかりと前を向いている。「怪我人の手当てに使うハーブや包帯も。……どんなことがあっても、生き残るために」


エイラン老婆は、最後まで黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。

“……お嬢様……いや、ミレーヌ。お前は、よくここまでやってきた”

彼女の声は、これまでになく優しかった。

“わしはな、お前が目覚めた頃は、またぞろ世間知らずの令嬢が……と思っていた。だが、違った。お前は……この土地に、本物の根を下ろした。……だから、みんながついていく”


老婆の言葉に、ミレーヌの胸が熱くなった。

“エイランさん……”

“だが、リーダーたるもの、時に……冷酷な決断も必要だ”エイランの目が鋭くなる。“もしも……防衛線が破られ、もはやこれ以上……という時は……。お前は、生き残る者たちを連れて……逃げるのだ”


“そんな……!”

“聞け!”エイランの声が強くなる。“お前が死んでしまっては、全てが終わりだ! 生き残れば……いつか、再起の機会は訪れる! この老婆は……ここで、骨になる覚悟はできている!”


“私もだ” ガルムが静かに言った。“マルクの分まで、戦う。お前さんは……未来を生きろ”

“ミレーヌ様……”リナも涙を浮かべてうなずいた。“あなたが生きていれば……私たちの希望は消えません”


ミレーヌは、彼らの自己犠牲の精神に、胸を締め付けられた。彼らは、自分を未来の象徴として守ろうとしている。

(そんな……私は……ただの……)


その時、ゴドウィンが厳かな口調で言った。

“ミレーヌ様。私にも……お願いがあります”

“ゴドウィン……?”

“私は……古代遺物の力を、一時的に解放する術を知っています”


一同の息が止まる。あの危険極まりない力を?

“それは……『瘴煙の呪い師団』さえも一掃しうる、強大な力です。しかし……その代償は……甚大です”

ゴドウィンの表情は、深い悲しみに満ちていた。

“施術者である私の寿命を大きく削り、あるいは……魔力そのものを失う可能性があります。さらに……遺物の力が完全に暴走すれば、この領地自体が……魔境と化す恐れもあります”


“そんな……!” ミレーヌは絶句した。“それだけの代償を……”

“しかし……これが……最後の切り札なのです”ゴドウィンはミレーヌをまっすぐ見つめる。“この術を使うかどうか……その決断は、領主である貴女にお任せします”


重い沈黙が訪れた。逃げるか、それとも、ゴドウィンの命と引き換えに、勝利の可能性を掴むか。


ミレーヌは目を閉じた。頭の中を、数々の光景が駆け巡る。

・初めて魔導キノコが光った瞬間の、小さな希望。

・収穫祭で皆が笑った、あの温かな時間。

・マルクの最期の言葉。

・そして、ゴドウィンがこれまでに示してくれた、揺るぎない忠誠心。


(私は……何のために戦っているのか?)

(領地を守るため?父の仇を討つため?)

(違う……!それは……この人たちの、笑顔のためだ……!)


彼女はゆっくりと目を開けた。その瞳は、涙で潤んでいたが、決意に曇りはなかった。

“ゴドウィン……。その術は……封印してください”

“ミレーヌ様……!”

“あなたを失ってまで……この領地を守る意味はない!”ミレーヌの声は強く響いた。“あなたは……家族です……! 家族を……道具のように使うことは……できません……!”


ゴドウィンの目に、大きな涙の粒が浮かんだ。老執事は、声を詰まらせながらうなずいた。

“…………かしこまり……ました……”


“私たちは……私たち自身の力で戦う” ミレーヌは皆を見渡した。“魔導農法の力で……この土地で育んだ知恵と技術で……! たとえ負けるとわかっていても……! 逃げるときは……全員で逃げる……! それが……私の決断です!”


その言葉に、ガルムもリナもエイランも、深くうなずいた。彼らは、自分たちの命を捧げるよりも、この領主の人間としての尊厳を守る道を選んでほしかったのだ。


決戦前夜。オルターナ領には、悲壮感ではなく、共に戦い、共に生きるという、静かで強い決意が満ちていた。ミレーヌは、教師として、令嬢としてではなく、一人の人間として、仲間と共に運命を選択したのである。

夜は深く、空気は凍るように静かだった。

誰もが恐れていた戦いが、いよいよ幕を開けようとしている。


けれど、その静寂の中にあったのは、絶望ではなかった。

ミレーヌの決断が、人々の心に“灯”をともしたのだ。


ゴドウィンは涙を拭い、リナは震える手を強く握りしめ、

ガルムは武具を整え、エイランは祈りを捧げた。

誰もが知っていた――この夜を越えた者こそ、真にオルターナの民となるのだと。


命を懸ける覚悟は、もはや悲壮ではなく、静かな誇りへと変わっていた。


――そして、夜明けが訪れる時、彼らの物語は新たな段階へと踏み出す。


(作者より)

体調を崩しており、今後少し投稿が遅れるかもしれません。

それでも、この物語を最後まで紡ぐつもりです。

どうか気長にお付き合いいただければ幸いです。

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