第37話: 『遺物の暴走 - 制御不能の力』
地の底に封じられていた“古き力”は、静かに、しかし確実に目を覚まし始めていた。
それは祝福か、呪いか——誰も答えを知らない。
地下調査に赴いたミレーヌたちは、ついにその遺物の正体へと触れる。
しかし、その代償として失われた命がひとつ。
そして、地上では、これまで領地を支えてきた魔導キノコたちが異形へと変貌を遂げていた。
混乱、悲嘆、恐怖。
それでも彼女は立ち上がる。
これは“破壊”ではなく“理解”の物語——
力を拒むのではなく、力と共に歩むことを選ぶ者の、始まりの章である。
調査隊が、マルクの亡骸と共に地上へ戻って来た時、彼らを待っていたのは、異変に慄く領民たちの蒼い顔だった。
「ミレーヌ様! ゴドウィン様! いったい地下で何が……!」
リナが真っ先に駆け寄ったが、その言葉は途中で止まった。ガルムが背負う、変わり果てたマルクの姿と、隊員全員の憔悴しきった表情を見て、全てを理解した。
「マルク……さん……?」リナの声は涙で詰まった。
「連絡だ! 共有地で……キノコが……!」別の領民が叫ぶ。
ミレーヌたちが共有地へ駆けつけると、そこには信じ難い光景が広がっていた。これまで整然と蒼く輝いていた魔導キノコが、所々で**異常なほどの巨大化**を遂げ、あるいは逆に**黒く腐敗**し、**不気味な触手**を伸ばし始めていた。それらは隣接する作物を締め上げ、養分を吸い取っている。空気中には、甘ったるく腐ったような**強烈な異臭**が充満していた。
「なん……だ、これは……!」エイラン老婆が杖を握りしめ、唖然と呟く。
「遺物の影響だ……」ゴドウィンが苦渋に満ちた声で説明する。「地下で無理な刺激を与えたため、その力が**暴走**し、地脈を通じて領地全体に拡散している……!」
「見て! あのジャガイモが……!」一人の子どもが指さす。
彼の指の先では、収穫間近のジャガイモが、みるみるうちに**巨大な瘤**のように膨れ上がり、表面には無数の**眼球**のようなものが出現し、不気味に動いていた。
「きゃあっ!」女性たちの悲鳴が上がる。
「やめろ……! 止まれ……!」農業班の男が必死に変異したジャガイモを鍬で叩き壊そうとするが、そのジャガイモから伸びた蔓が逆に男の腕を巻き付き、みるみるうちに男の皮膚を**植物化**させていく。
「触れるな! 離れろ!」ゴドウィンが叫び、魔術の光線で蔓を切断する。
パニックが領地を覆おうとしたその時、ミレーヌの声が冷静に、しかし鋭く響いた。
「落ち着いて! パニックになるのが一番危険だ!」
彼女は変異したキノコの前にしゃがみ込み、ルーペで観察を始めた。生物教師としての本能が、恐怖を凌駕した。
「……なるほど……。遺物の力は、生命の**成長と変異**を加速させ、**制御**を失わせている……。これは……ある種の**強制進化**……いや、**狂った進化**だ……」
「ミレーヌ様、危険です!」ゴドウィンが彼女を引き離そうとする。
「待って……! 見て……ここを……」ミレーヌは、腐敗したキノコと健全なキノコの境界線を指さした。「菌糸のネットワークが、暴走した魔力を**必死に浄化**しようとしている……! 完全には追いついていないけど……**抵抗**している……!」
彼女の目が、かつてない輝きを帯びた。
「ゴドウィン……! 私たちは間違っていたかもしれない……!」
「なんです?」
「この遺物は……**悪**じゃない……! それは、ただ**力**でしかない……! 問題は、それを使う**意志**と**方法**なんだ……!」
彼女は立ち上がり、領民たちを見渡した。
「みんな、聞いて! この異変は、地下にある**古代遺物**というものの力が暴走したためです! これは……私たちが引き起こしたことです!」
その言葉に、動揺が走る。
「ですが……この力は、初めは土地を豊かにするために使われようとしていた力でもあります! 今、私たちの魔導キノコが、その暴走した力を**必死に食い止めようとしている**!」
彼女の言葉に、人々は荒れ狂う異変の中に、わずかな**希望の糸口**を見いだした。
「私は……この力を『破壊』するつもりでした」ミレーヌの声は強く、明確になった。「ですが……違う。それは……**あまりにもったいない**。」
「この力を……この狂った進化を……**制御する方法**を見いだす……! この力を、魔導農法の**新たなエネルギー源**として、領地を守る**盾**として……**利用**するんだ……!」
「で、できると思いますか……?」リナが震える声で尋ねた。
「わかりません……! でも、やらなければならない……!」ミレーヌの目には、マルクの最期の姿が焼き付いていた。「マルクさんの犠牲を……この異変で傷ついた全ての命を……無駄にしないために……! 私たちは、この力と**向き合い、征する**道を選ぶ……!」
ゴドウィンは、ミレーヌの決意に満ちた側顔を見つめ、深く息を吸った。
“……おっしゃる通りです。力は中立です。かつて私が賢者の塔で学んだこと……力そのものに善悪はなく、それを使う者の**心**が全てを決定する……。ミレーヌ様なら……この危険な力を、**生命のために**使いこなせるかもしれません”
彼はミレーヌに向き直り、真剣な眼差しで問いかけた。
“しかし、それは……並大抵の覚悟ではできません。遺物の力は、扱いを間違えれば、あなた自身をも……**変異**させかねない。あるいは、より強大な敵を招くかもしれません”
“わかっています……”ミレーヌはうなずいた。“でも……もう後戻りはできない。この領地で、この人たちと共に生きると決めたからには……この運命と戦い抜くしかない”
その夜、ミレーヌとゴドウィンは、異変の収束と、遺物の制御法の研究に没頭した。 Laboratory の窓の外では、狂ったように蠢く動植物の影が、闇の中で不気味に揺れていた。
遺物の暴走は、確かに災厄だった。しかし、ミレーヌはその災厄の只中で、一筋の**光**——危険極まりない、しかし可能性に満ちた光を見いだしたのだった。それは、守りから攻めへ、そして**創造**へと戦い方が変わる、重大な転換点であった。
異変は終わっていない。むしろ、ここからが始まりだ。
ミレーヌの決意は、ただの理想ではなく、“共存”という未知の実験そのものだった。
災厄をもたらす力を、希望の糧へと変える。
それは狂気にも似た挑戦であり、人の領分を越えた試み。
だが——彼女の中には確かに、ひとつの炎が灯っていた。
その炎はやがて、領地の運命を、そして世界の均衡をも揺るがす光となる。
闇を照らすその光が、再び暴走の火種とならぬように。
彼女たちは、夜明けの見えぬ闇の中で、静かに次の一手を探し始める。




