第35話: 『古代遺物の謎 - 封印の間』
地下の扉を開ける瞬間、すべてが変わった。
光と闇の狭間で、遺物は静かに、だが確実に問いを投げかける。
真実を知る覚悟をした者だけが、その答えを手にする――さあ、封印の間へ。
調査隊は、冷たく湿った闇の中、ろうそくの灯りだけを頼りに井戸の底へと降りていった。ゴドウィンの先導で、井戸の側面に隠された人工的な坑道の入り口を見つけ出す。それは、長い年月で崩れかかりながらも、明らかに人の手で掘られたトンネルだった。
「気をつけろ……」ガルムが低く唸る。「ここは……ただの井戸じゃないな。墓場のようだ」
空気は重く、魔性的な汚染の濃度が桁違いに高い。呼吸するたびに、肺がわずかに疼くような感覚がある。ミレーヌが配ったキノコの菌糸を織り込んだ外套が、かすかに蒼く光り、彼らを穢れから守っている。
坑道は深く、複雑に続いている。壁には、古びたが美しいフレスコ画がところどころに残されていた。それは、豊穣の女神に祈りを捧げる人々や、大地から溢れ出る蒼き光を描いたものだ。
「これは……オルターナ家の紋章にも通じるモチーフだ」ミレーヌは足を止めて描きをなぞった。「初代領主は……この力を聖なるものとして崇めていたのかもしれない」
「しかし、その輝きは、いつの間にか毒と化した……」ゴドウィンが厳かに付け加える。「力そのものは中立でも、それを使う者の意志で、良くも悪くもなるのです」
さらに進むと、坑道は突然広い空間へと開けた。そこは円形の大広間のようになっており、中央には石で組まれた古い祭壇が設けられていた。そして、その祭壇の上に、それはあった。
古代遺物。
それは、ゴドウィンが回収した破片の本体だった。黒曜石のように黒く、しかし内部に無数の星辰を閉じ込めたようにきらめく、人の背丈ほどもある逆円錐形の結晶。それは地面に触れることなく、空中に浮かび、ゆっくりと、不気味なまでに美しく回転している。その周囲の空間は歪み、微かな紫黒色のオーラを放ち、ミレーヌたちが持つ魔導キノコの外套の輝きを不安定に揺らめかせた。
「っ……!」マルクが思わず後ずさりした。「あれが……!」
「……美しい……しかし……」ミレーヌは息を呑んだ。生物教師としての彼女の直感が、これが生命の法則そのものに逆らう、危険極まりない存在であると告げていた。
ゴドウィンは目を見開き、警戒しながら結晶に近づいた。
“ふむ……この形状、この魔力の循環……。これは間違いない……『ゼラスの星脈石』……伝説の古代遺物です……”
彼の声には、畏敬と恐怖が入り混じっている。
“記録では、土地の生命力を増幅し、あるいは収奪し、時には……生命そのものの営みに干渉する力があるとされています……”
「生命の営みに干渉……?」ミレーヌは不吉な予感に胸を締め付けられた。
“ええ……例えば……”ゴドウィンはミレーヌをじっと見つめた。“死にゆく魂を引き留め、別の器に移す……といったことも、理論上は……”
その言葉は、ミレーヌ(杉本)にとって雷撃のようだった。
(まさか……この遺物が……私の転生と関係しているのか……?)
ゴドウィンは彼女の動揺に気づかず、調査を続ける。彼は水晶の針を掲げ、遺物の周囲を慎重に歩く。
“……なるほど……。初代領主は、この力を農地の肥沃化に利用しようとしたのでしょう。しかし、制御に失敗し、逆に土地を枯渇させ、魔性的な汚染を生み出してしまった……。そして、やむなくここに封印した……”
“しかし、ダンロップ侯爵は……この力を、より軍事的、あるいは政治的な目的で利用しようとしている……。もしこれが、兵士の生命力を爆発的に増幅させたり、あるいは……王族の寿命すら操作できるとなれば……”
「とんでもない……」ガルムが唸る。
その時、ミレーヌの頭に、もう一つの閃きが走った。
“待ってください、ゴドウィン……。もしこの遺物が、オルターナ家の血縁によってある程度制御できるのなら……?”
“……!?”ゴドウィンははっとしたようにミレーヌを見る。“おっしゃる通りです……!初代が封印したということは、制御する鍵を何らかの形で残している可能性が……! それは……血統かもしれない……”
ミレーヌはゆっくりと遺物に近づいた。鼓動が早くなる。この身体の血が、遺物と共鳴するかのように感じる。
(お願い……教えて……。あなたは、何のためにここにあるの?私を、この世界に呼び寄せたの……?)
彼女が遺物まであと数歩というところで、異変が起きた。
遺物が強く輝き、低い唸りのような音を発し始めたのだ。それと同時に、ミレーヌの意識が、過去の断片——彼女ではない、誰かの記憶に引きずり込まれそうになる。
―――初代領主が、祈りを捧げながら遺物に手を触れる光景。
―――父が、苦悩に満ちた表情でこの祭壇を訪れる光景。
―――そして……ギデオン・ダンロップらしき青年が、冷笑を浮かべて遺物を眺める、ごく最近の記憶……!
「あっ……!」ミレーヌは頭を抱え、ひざまずきそうになった。
“ミレーヌ様!”
ゴドウィンが彼女を支える。
“あの……男……ギデオン……! 彼も……ここに……!”
“なんですって!?”
“この遺物は……記憶を記録している……!過去にここに立った者たちの……!”
その瞬間、調査隊の来た道から、不気味な笑い声が響いてきた。
“よくぞ、我々の仕事を完了してくれた、オルターナのお嬢様”
振り返ると、そこには瘴煙の呪い師団の精鋭たちが、坑道の入り口を塞いで立っていた。先頭の男は、先日の威嚇以上の、圧倒的な魔力をまとっている。
“我々の目的は変わった。侯爵様のご意向だ……。この遺物を破壊するのは、あまりにもったいない。我々が回収する……”
男はミレーヌたちを見下ろし、残酷な笑みを浮かべた。
“そして……お前たちは、遺物の最初の生贄となれ!”
封印された祭壇と、そこに眠る〈ゼラシアル・ライトストーン〉――
今回の章は、物語のスケールをぐっと押し広げる節目でした。
遺物が過去の記憶を映し出した瞬間、ミレーヌの内なる疑問は個人的なものから領地の命運へと姿を変え、そして敵の狙いは一気に鮮明になります。調査隊の“地底の発見”は祝福であると同時に、最も危険な扉をも開いてしまったのです。
この回で描きたかったのは「知ることの重さ」と「選択の責任」です。遺物は魅力的で、美しい。だからこそ、それを前にする者の内面が試される。ミレーヌたちの決断は、以後の戦いの色を決めるでしょう——守るために使うのか、支配に利用されるのか。




