第34話: 『地底への挑戦 - 調査隊結成』
地上の平穏の裏で、闇は確実に広がっていた。
怯えて待つか、それとも踏み込むか。
ミレーヌは、決意した。
――すべての始まりであり、終わりでもある“地下”へ。
魔術師団の不気味な威嚇は、オルターナ領を目に見えないストレスで包み込んだ。領民たちの笑顔の裏には、常に緊張が張り付いている。そんな中、ミレーヌとゴドウィンは、もはや受身でいることはできないと決断した。脅威の根源である古代遺物の正体を、自らの手で明らかにする時が来たのだ。
「あの古い井戸の下に眠るもの……あれを知らなければ、私たちはいつまでも手探りです」ミレーヌは「防衛協議会」の面々——ガルム、リナ、エイランを前に、静かに、しかし力強く宣言した。「私はあの遺物を調査するため、調査隊を結成します」
一瞬、沈黙が流れた。地下深く、魔性に汚染された区域へ向かうというのは、死をも意味し得る危険な行為だ。
真っ先に口を開いたのは、老兵ガルムだった。
“ふん……ようやく、って感じだな。じりじりと待たされるより、よっぽどいい”
彼はかつての傷んだ足を引きずりながらも、胸を張った。
“俺も行く。この足が不自由でも、腕と経験はまだ使える。何より……あの井戸の底で見た、忌々しい破片を放っておける気がしねえ”
“父さん!”ガルムの息子の一人、若く屈強なマルクが前に出た。“俺も行く! 父さんの盾になる!”
彼の目は、恐怖よりも父を守り、領地に貢献したいという熱意に燃えていた。
リナはしばらく沈黙していたが、ゆっくりと顔を上げた。
“……私は、ここに残ります”
彼女の選択に、少し驚きの声が上がる。
“地上で、皆が不安に怯えているでしょう。ミレーヌ様やガルムさんたちが命がけで調査している間、この領地の日常を守るのが、私の役目だと思います。子どもたちを笑顔にし、皆の食事を準備し……あなたたちが無事に戻って来られる場所を作るのが……”
彼女の声は震えていたが、意志は固かった。
エイラン老婆は、むっつりと頷いた。
“わしも残る。リナの手伝いをし、地上の異変に気を配ろう。……だが、一つ言っておく。地中は、地上とは訳が違う。古いもの、穢れたものの気配が充満している。油断したら、魂まで蝕まれる”
メンバーが固まると、ゴドウィンは Laboratory から、いくつかの道具を持ち出した。魔導キノコの菌糸を織り込んだ布で作られた外套や、遺物の破片から放出される魔力の波動を感知する水晶の針、そして緊急時に周囲の魔性を一時的に浄化するキノコの胞子を封じた小瓶などだ。
“これらは、私がかつて……『賢者の塔』 にいた時代に学んだ知識を応用したものです”
ゴドウィンが、静かに、しかし重みを込めて口にした『賢者の塔』という言葉に、空気が一瞬で張り詰めた。それは王国随一の魔術師たちが集う、伝説的な機関の名だ。
“私はそこで、古代遺物や魔性的汚染について研究しておりました。しかし……とある政治的陰謀に巻き込まれ、無実の罪を着せられて追放された……”
彼の目には、深い苦悩と、消えることない怒りの色が浮かぶ。
“その陰謀の黒幕が……ダンロップ侯爵です。侯爵は、古代遺物の力を危惧し、あるいは利用しようとしていました。私は彼の意に反し、遺物の危険性と封印の必要性を訴えたのです……”
“つまり……あなたは、ずっと前から、この戦いの当事者だったのですね”ミレーヌは息を呑んだ。
“ええ……おそらく、オルターナ家が狙われたのも、この土地に遺物が眠っているからだけではなく……私がこの地に身を寄せていたから……という理由もあったのでしょう”ゴドウィンは深く謝罪するように頭を下げた。“ミレーヌ様……お嬢様を、この因縁の渦中に巻き込んでしまったことを、お詫びします”
ミレーヌは一歩前に出て、ゴドウィンの肩に手を置いた。
“とんでもない。あなたがここにいてくれたからこそ、私たちはここまで来られました。これは……運命です。私たち二人が、それぞれの過去と知識を持ち寄り、この戦いに挑む……そう思います”
その言葉に、ゴドウィンの目に、かすかな涙が光った。
いよいよ調査隊が出発する日。メンバーは、ミレーヌ、ゴドウィン、ガルム、マルクを含む屈強な男たち三名。彼らは魔導キノコで処理された外套をまとい、それぞれが武器と道具を手に、古い井戸の入り口に立った。
地上で見送るリナと領民たちの表情は、不安と祈りに満ちている。
“気をつけて……!”リナが叫ぶ。
“必ず戻る”ミレーヌは笑顔を見せ、力強く返事をした。
ゴドウィンが先頭に立ち、ロープを使って井戸の底へと降りていく。冷たく湿った空気が肌を刺し、不気味な魔力の気配がますます濃厚になる。
“さあ……行こう”ミレーヌは呟いた。“この土地の真実を見極めるために”
調査隊の地底への旅が、今、始まった。
地上での防衛から、ついに「真実を探る」段階へ。
ミレーヌたちは受け身を捨て、自ら闇の核心に足を踏み入れました。
それは、勇気であると同時に、帰れぬ覚悟の一歩でもあります。
ゴドウィンの過去と因縁が明かされ、物語はさらに大きな渦へ。
オルターナ領をめぐる“遺物”の真実とは、そして侯爵の目的とは――。




