第25話: 『水源の確保 - 簡易灌漑設備の建設』
農業改革が進むオルターナ領。しかし次なる壁は――“水”。
井戸の再生を目指すミレーヌたちが掘り当てたのは、想像を超えるものだった。
今回は、領地運営の裏で少し“危険な真実”に近づくお話です。
魔導農法の成功と分業制の確立により、オルターナ領の農業生産力は着実に向上していた。しかし、新たな課題が表面化してきた。水不足である。
これまで限られた区域での栽培は、手作業での水やりで何とかなっていた。しかし、耕作面積が広がり、より多くの作物を育てるには、安定した灌漑システムが不可欠だった。特に、魔導キノコは一定の湿度を好み、水不足は成長と浄化能力に直接響く。
「あの『古い井戸』を、なんとか再生できないでしょうか?」農業生産班のリナが、ミレーヌとゴドウィンに提案した。彼女は日々の作業の中で、水の確保が最大のネックになっていることを痛感していた。
「確か、十数年前までは使われていたと聞いています。魔性の汚染で水質が悪化し、使えなくなったそうですが……」
ミレーヌとゴドウィンは早速、その古い井戸の調査に向かった。井戸は領地のほぼ中心に位置し、その周囲は特に魔性の汚染が強い地域だった。井戸の縁は崩れかけ、ふたは朽ち果てている。
「ふむ……確かに、この井戸は領地の地脈の結節点のような場所にありますな」ゴドウィンが目を閉じて魔力的な感覚を研ぎ澄ませながら呟く。「ここが汚染されていることが、全域への悪影響の増幅につながっている可能性があります」
ミレーヌは井戸の中を覗き込んだ。深い闇が広がり、かすかに淀んだ水の気配と、不気味な魔力の残渣を感じる。
「まずは水質を調査する必要があります。ゴドウィン、繩とバケツを」
彼らは慎重に水を汲み上げた。その水は濁り、異様な紫黑色を帯び、鼻をつく腐敗臭を放っていた。
「……これは、とても農業用水には使えません」ミレーヌはルーペで観察し、ため息をついた。「有害な物質……おそらく魔性的な毒素が高濃度で含まれています。この水で灌漑すれば、作物は枯れてしまうでしょう」
しかし、彼女は諦めなかった。
「ですが……この井戸そのものが、汚染の発生源なのか、それとも汚染された水が溜まっているだけなのか、を調べる価値はあります。もし単なる溜まり水なら、井戸を深く掘り進め、地下水脈にまで到達できれば、きれいな水が得られるかもしれません」
「おっしゃる通りです」ゴドウィンも同意した。「かつて使えていたのですから、清らかな水源が地下には眠っているはずです。……しかし、この作業は危険を伴います。井戸の壁が崩落する危険もありますし、何より……この濃厚な魔性に長時間晒されることになります」
「防護策を講じればいい」ミレーヌの目が輝いた。「魔導キノコで浄化した土で濾過層を作るのはどうですか? あるいは、ゴドウィンが魔術的な結界を張るとか」
決断は下された。古い井戸の再生は、灌漑設備建設プロジェクトの第一歩として始動する。
防衛施設班のガルムたちが中心となり、井戸の補強作業が始まった。一方で、研究開発班は浄化用の資材を準備する。かつて魔導キノコで浄化した土壌を袋に詰め、井戸の底に沈めて濾過装置とする試みだ。
作業開始から数日後、井戸の深さを掘り進めていたガルムの息子の一人が、鍬の先に硬いものが当たったと報告に来た。
「親父!井戸の底で、変なものに当たったぞ! 石じゃない……もっと硬い!」
ミレーヌとゴドウィンが急ぎ現場に駆けつける。慎重に周りの土を取り除いていくと、そこには不定形の黒く輝く金属片が埋もれているのが現れた。それは意図的に加工されたような、しかし自然の鉱石とも違う、不気味なオーラを放っていた。
「……これは……?」ミレーヌが手を伸ばそうとした。
“触れてはなりません!”ゴドウィンの鋭い叱責が飛んだ。彼の顔は緊張に歪んでいる。“ミレーヌ様、これは……古代遺物の破片です……!非常に危険な魔力を帯びています!”
“古代……遺物?”
“ええ……遠い昔、失われた時代の魔導技術で作られた品々です。強大な力を秘めるが、多くは暴走したり、腐敗したりしている……!”ゴドウィンは息を呑んだ。“この井戸の水の汚染……いや、この領地全体の魔性の土壌の原因は……もしかすると、この遺物なのかもしれません……!”
その瞬間、ミレーヌの頭の中で閃光が走った。土壌汚染の「中心点」。それはまさに、この井戸の真下だったのだ。
(そうか……!この遺物が、長い年月をかけて毒を流し続け、土地を冒してきた……!?)
ゴドウィンは続ける。“この破片は、より大きな本体の一部でしょう。それをこの地に埋めた者……それが、オルターナ家没落の真の黒幕かもしれません……”
発見は、あまりにも衝撃的だった。彼らはただ水を求めていただけなのに、領地の悲劇の根源とも言えるべきものに触れてしまったのだ。
“……どうしますか、ミレーヌ様?”ガルムが重苦しい空気を破って尋ねた。“この……危ないものを、取り出すのか?”
ミレーヌは深く考え込んだ。危険極まりない。しかし、ここで目を背けては、根本的な解決にはならない。
“……いえ……今は手をつけない”彼女は苦渋の決断を下した。“まずは、この破片を厳重に隔離する。ゴドウィン、魔術的な封印を施してください。そして、井戸の掘削は……別の場所を探します。この遺物の周囲を掘るのは、自殺行為です”
“かしこまりました”
“ガルムさん、この発見は……今のところ、極秘事項です。領民を不安に陥れないために”
“わかっておる”
彼らは慎重に遺物の破片を魔術的に封印し、その上を厚い浄化土で覆った。目的であった水源の確保は頓挫したように見えた。
しかし、この発見は大きな謎を提示した。古代遺物、そしてそれを意図的に埋めた黒幕の存在。ラントフ男爵や瘴煙の呪い師団の背後に、さらに深い闇が潜んでいることを、ミレーヌとゴドウィンは悟ったのだった。
プロジェクトは一時中断したが、彼らは新たな目標を得た。真実の追究。それは、領地の再生よりも、はるかに危険で困難な道のりだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
領地の再生が進むほど、闇の根が深く見えてくる……。そんな展開、大好きなんです。
今回の豆知識:「井戸とキノコ」
実は、古い井戸の壁面や底に“キノコ”が生えることがあります。
湿度が高く、有機物が多く残るためで、地上とは違う独特の菌類が見つかることも。
中には新種として発見された例もあるそうですよ。
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